蔵書目録

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『美術と文藝 十四号 梅蘭芳の巻』 柳屋書店 (1919.11)

2020年04月04日 | 中国戯曲 京劇 梅蘭芳東渡

           
 
 美術と文藝 十四號 
    梅蘭芳の巻
    大正八年十一月 

 表紙 天女散華 佐藤三重三氏 

 ・明眸皓齒の人      香取仙之助氏
 ・提灯と廣告       葉左衛門氏
 ・梅蘭芳と歌右衛門    川尻清潭
 ・梅蘭芳の字       結城禮一郎氏
 ・貴妃酔酒        本巴屋八重次
 ・用向の前に       岡村柿紅氏
 ・千年かかつて拵へた女  普白老人氏、
 ・香取君と梅蘭芳     鈴木泉三郎氏
 ・梅蘭芳の巻に就て    (柳や)
 ・麗人梅蘭芳       久米正雄氏
 ・梅蘭芳に贈る      與謝野晶子
 ・梅蘭芳の芸術      田中滄涼氏
 ・梅蘭芳の歌       與謝野晶子氏
              吉井勇氏
 梅蘭芳用箋
  赤、白、青色紙 二色刷 各冊 四十四錢
  黄色紙     二色刷 一冊 五十四錢(送料共)
 
 裏表紙 梅蘭芳の名刺

 〔内容は、梅蘭芳関係10頁、柳屋書店目録30頁である。〕

  梅蘭芳と歌右衛門    川尻清潭

 梅蘭芳の一行が、中村歌右衛門の招待を受けて、歌舞伎座に「沓手鳥孤城落月」の舞臺を見た日、幕間に梅蘭芳を歌右衛門に引合せたのは私でした。
 これは私が、さう云ふ役廻りを承って居た譯では無く、丁度此日に歌舞伎座へ行き合せて居たのと、又松竹合名會社の文藝部員として、取分け歌舞伎座には深い關係があるのと尚歌右衛門と私とは古い親友であるのと、もう一つは其數日前に梅蘭芳とは近附きになって居た等の事から、偶然兩者の間に立って、臨時に案内役を勤めたのでした。
 其時先づ歌右衛門から口を切って云った言葉は、お名前は豫て聞て居ましたが、計らずも斯うしてお目に懸る事の出來たのを喜びます、さうして今日は忙しい中を能く見物に來て下すった、自分は女形を得意とするので幸ひ此興行に淀君を勤めて居るの見て貰ひたいと思って御招待をしたのです、尚貴優の舞臺も是非拝見に行きますが、同じ事ならば得意の物を見たいから、貴優が見せたいと思ふ藝題の出る日を知らせて下さい、又爰に居るのは、伜の福助です、私はもう年を取って居るし、體も惡るいので、志はあっても外國へ行くことは出來まいと思ひますが、福助は年も若し、或は外國へ行くやうな事があるかも知れません、其時にはお國へも出るでせうから話相手になって萬事宜敷賴ますとの挨拶。
 梅蘭芳は其返事として、私が今度日本へ来ましたのは、日本の演劇を研究したいのが目的です、それに今日は御叮嚀な招待を受けて特に日本一の名優が得意の妙技を見せて頂いた事を、心から嬉しく思ふのと同時に、大に得る所のあったのを感謝します、又今回の自分の演技は、旅の事でもあり萬事簡單な端物計りを演ずるので、敢て得意と云ふ程の物は見せられませんが、お暇があったら一度見物に來て、惡い所は何分の注意を仕て貰ひたく願ひます、次に御令息福助さんが支那へ來られる時があれば、身に引受けて必ずお世話を致す事を誓ひますと、以上支那語での話を、一行の村田烏江と云ふ、北京共同通信社の通譯で答へました。
 斯くて梅蘭芳と歌右衛門と福助が握手の記念撮影があり、更に他の幹部俳優の部屋へ案内をするつもりであったのを、梅蘭芳は、今日は歌右衛門さんに御招待を受けたのですから、外へは伺ひませんと辭し去ったのは、流石に如才ない人だと思ひました。
 その梅蘭芳の人気は未だ帝國劇場の舞臺を踏まぬ前から、新聞に雑誌に書き立てられて天女でも降って來たやうな吹聽、現に東京驛へ到着した乗込みの時にも、出迎ひの自動車を見物が取巻て動かせないので、梅蘭芳は数百枚の名刺を投げて挨拶の辭に代えたなど役者気にしても気が利いて居ます、所が右梅蘭芳の名刺を持って居れば女に惚れられる呪になると云傳へられて、それからそれへ傳手を求めて、宛然神樣のお礼のやうに望み人のあったのも事實です。
 扨いよゝ蓋を開けた帝劇の初日には、各劇塲の関係者は勿論、あらゆる方面の名士の集った事、恐らく空前絶後とも云って差閊ない顔揃ひ、「天女散華」の幕が明いて、塲に登った梅蘭芳の姿の優しさ、横から見ても後ろから見ても、どうしても女とより見へない物ごし恰好、天性の美貌に赤味勝の化粧の彩、それを得意の高調な美音等は、嘗て小村侯爵が所藏の寫眞を見た時より、一層名優である事を慥め得ましたのと共に、其梅蘭芳と歌右衛門が握手の媒に立ったのを、永く私の思出とする事が出來ます。

  貴妃酔酒        本巴屋 八重次

 ほんのりと梅蘭芳が酔ふて立つ舞臺の春の宵の美し
       ■
 王の櫛銀のかさしのゆらゝに酔へる美男の額にさゆらく
       ■
 星のむれかがやく夏のそらにふと梅蘭芳の舞臺顔見ゆ
       ■
 そら色に金絲の縫ひの幕のまへ輝き立てる梅蘭芳

  梅蘭芳の巻に就て

 好きです、好きです梅蘭芳、貴所を見て半歳、今に姿が目に見えて聲が耳に聞えます、あんなに美しいものが此の世の中にあるのかと或時は不思議の想ひに堪へません、私に戀人があるとしましても貴所程美しくはありますまいし、山東をどうにかせんならんのなら貴所はぜひこちらのものになって頂きたい。
 貴所を好きな清方畫伯や一所に貴所を見て居た華岳さんや晩花君に貴所の繪を頼んだのですが間に合ひませんでした、栖鳳さんなんかあの天女散華を本願寺の山門に描かれたらよろしいのに。
 玄文社諸氏の好意と暢気とにて漸く此の號も出來ました、然し御覧の如く何れも賴りない事を書いて居られますので私しの見たうちで最も気に入つた、久米氏、田中氏のものを拝借致しました、其の他有島生馬氏、與謝野晶子氏も貴所の讃美者です、私しも貴所の好きな事に掛けてはどんな人にも敗けません、もつとゝ貴所を見たい、好きです、好きです、梅蘭芳。(柳や )

  麗人梅蘭芳       久米正雄

 ▣親愛なる菊池君‥‥‥
 ▣君が長崎へ發つ時、呉々も病後の外出を警めて呉れたに係はらず、僕は帝劇の梅蘭芳を替り目毎に五回見てしまった。初日の晩などは歸ってから、熱を測って見たら三四分上ってゐた。文字通りに梅蘭芳熱に罹った譯だが、それにも懲りない程夫れ程、梅の魅力は私を牽きつけたのだ。
 ▣實際梅の芝居は、近來にない佳いものだった(惜しいけれども紙面の都合で省略)
 ▣五つの戯の中では、虹霓關と貴妃醉酒とが最もよかった大倉男の嗜好とかで天女散花を五日打つたなどは、愚の最も甚だしきものだ
 ▣虹霓關と云うのは日本の一番目物見たいな芝居で、大部分立廻りから成立してゐる。筋も頗る近代的で虹霓關を守ってゐる武將が、敵將に殺されて、其妻が凛然と良人の仇を討つべく出陣する。而して戰陣の間に敵將と見えて、刄を交へてゐる中に、其武者振りに仇たるを忘れて惚込んで了ふのだ。日本の世界だったらさしづめ警視廳あたりから杭議の來さうな位、近代的なものだ。梅はその妻に扮するのだが、立廻りをし乍ら其キマリゝに、敵將と顔を見合せて流瞥を送る所は實によかった。それに其他の立廻りの型が、日本のそれと似てゐ乍ら、もっとデコラチヴで、もっとデリケートで、而して三國誌的なのが殊の外面白かった。
 ▣貴妃醉酒は梅の楊貴妃が醉態を見せる、實に絢爛を極はめた戲だった、美さから云へば僕はこんなに美しい舞臺を見た事がない。
 ▣梅にはプライベートにも會見した。舞臺顔の美しさもさる事だが、素顔の美しさにもそヽ゛ろに驚かされた。梅の舞臺姿を見てゐるとほんとうに麗人と云ふ気がする。化粧は日本の女形の眞白に塗るのと異って、稍紅目に暈すのが、却って生々した感じを與へる。殊に美しいのは、その媚を含んで上目使ひに見上げた眼だ。而して驚いた事には、肩にはほんとに柔い表情がある。‥‥‥私の是らの言葉は決して梅に惚れ込んだ結果の誇張では、さらゝない。
 ▣梅に會った時、何か書けと云はれて皆で恐縮した。僕はかう云ふ凡句を思ひ付いた曰く  
   蛇皮線の鳴る時春の盡く時
  梅のことをわざと詠じないのは所謂言語に絶するからだ。乞笑覽。(大阪毎日より)  

  梅蘭芳の藝術    田中滄涼子 〔下は、その一部〕

 私は梅蘭芳の總ての演技を見る積りで居たが「貴妃醉酒」と、及ひ殆ど總ての人が、異口同音に推稱する「虹霓關」との二種を、餘儀ない事故のために見落したことを返へすゝ゛も遺憾に思って居る。私の看た内では「御碑亭」を最も貴ぶ「黛玉葬花」は之に亞ぐ「天女散華」は恐く最も劣るもので、而も某富豪の好みからこれを五日も續けて演ったことは同好者の大なる不幸であった。

 ・梅蘭芳に贈る  與謝野晶子

     うれしや、うれしや、梅蘭芳  
     今夜、世界は  
     ほんに、まあ、華美 はで な唐画の世界  
     真赤な、真赤な  
     石竹 せきちく の色をして匂ひます。  
     おゝ、 あなた故に、梅蘭芳、  
     あなたの美しい楊貴妃ゆゑに、梅蘭芳  
     愛に焦 こが れた女ごころが
  
     この不思議な芳しい酒となり、  
     世界を浸してながれます。  
     梅蘭芳、  
     あなたも酔つて居る、  
     あなたの楊貴妃も酔つて居る、  
     世界も酔つて居る、  
     わたしも酔つて居る、  
     むしやうに高いソプラノの  
     支那の胡弓も酔つて居る。  
     うれしや、うれしや、梅蘭芳。

 〔掲載写真〕

 ・梅蘭芳用箋(見本の一部) 2種
 ・「梅蘭芳の黛玉葬花」   2種
 ・「村田嘉久子の偽梅蘭芳」 

柳屋書店目錄 〔11-41頁〕  

  特別広告: 〔下は、その一部〕

  ・支那劇と梅蘭芳    一冊 一圓十二錢
  ・諸大家支那劇談品梅記 一冊 一圓九十二錢 

  梅蘭芳扇子 
    一本八十錢 三種あり

 奥付: 

    非賣品  送料二錢
 大正八年十一月吉日發行
    大阪市東區平野町三丁目
 編輯發行兼印刷人 三好米吉
    大阪市東區平野町三丁目 
 発行所  柳屋書店
     電話本局一〇〇八番
     振替大阪二〇七八七番

〔蔵書目録注〕

 上の写真にある「梅蘭芳に贈る  與謝野晶子」は、『婦人之友』 生活苦楽号 大正八年七月号 第十三巻 第七号 に 「梅蘭芳〔メイ ラン フワン〕に贈る歌 与謝野晶子」として活字のものが掲載されている。



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