蔵書目録

明治・大正・昭和:楽器・音譜目録、来日音楽家、音楽教育家、来日舞踊家、軍内対立、医学教育、清国留学生、林彪、北京之春 

「私のカチューシャ」 松井須磨子 (1916.10)

2017年04月09日 | 松井須磨子
 
 
 私のカチューシャ
                 松井須磨子

 □カチュシャの芝居

 カチューシャのやうに一つ芝居を何百回となく手にかけますと、しまひには機械的になつて、藝に生命がなくなる恐れがあります。理想からいへば、何百回やつても、一回毎に新しいものを演ずるつもりで、うぶな心持ちでやらなければならないのですが、やゝともすると、それがさう行かなくなります、いろゝの人を舞台の上で世話して見ても、下根の人ほど此心がけが少ないやうです。のして行くくらゐの人は一回ごとに緊張した心持で舞台に出るやうですが、見込みのない位の人に限つて、もう十回も同じ芝居をやると、そろゝ舞台を馬鹿にして、だらけた心で登場します。したがつて其藝が不真面目なものになります。私もいつもこの事を考へてはカチューシャの舞台を粗末にしないやうにと思つてはゐますが、何にしてもあんまり度数が多いので、知らずゝたるんだ所が出て来はしないかと恐れてゐます。それを防ぐ一つの方法として、わたしは時々脚本の中をところゝ直して貰つて新しいものゝ稽古にかゝるつもりで、自分と自分の気を引きしめてゐます。

 □十七八のカチューシャ

 カチューシャの序幕、あの別荘の場は、まだ十七か十八の小娘なのですが、俳優の苦心として、殊に女優の苦心としては、年齢 とし を変へることが男優よりも一層骨が折れます。自分とほゞ同年輩の人物に扮するのは楽ですが、自分よりもずつと年下に扮するのはなかゝ困難です。序幕のカチューシャは十七八ですから、今の私としては十年も若くならなければなりません。初めのうちはそれがよほど楽に行つたやうに思ひますが、長くやつてゐるうちにはつひ素にもどり易く、今では此辺 このへん が最も骨が折れます。もつとも之は一つは脚本や人物の性質にもよるのでせう、同じ若い娘でも、前にケテヰーをやりました時は大へん楽に十六七の小娘になれましたが、カチューシャの方は、初 はじめ からケテヰーに比べればむつかしかつたやうです。

 □カチューシャの仕処

 カチューシャの仕処 しどころ は何といつても、あの歌の所と監獄の場とです。最後の幕で公爵と分れるところもいゝには相違ありませんが、深く内部にもぐり込むやうな仕処ですから、極 ごく 小さい劇場で、静に理解して見て貰ふ見物の前でよい背景をつかつてやるのでなければ、しばへがしません。ついでゝすが、此幕 このまく に聖書の馬太伝 またいでん を朗読するところがあります。あれが実に厄介で、意味は重大ですからはつきり見物に通るやうに読まなければなりません。それかと言つてうるほひのない切口上になつてもいけず、牧師が聖書を読むやうな臭味のある調子になつてもいけず、たゞの女が読むので、それでゐてどこかに多少宗教的な荘厳な味もなくてはならず、其辺の加減がむつかしくて困ります。

 □カチューシャの唄

 カチューシャの唄は序幕と病院の場と二ヶ所で違つた文句の違つた調子で唄ふのですが、序幕ではたゞ晴やかにあどけなく唄ふのですから割に楽です。それに声もまだあまり使つてゐない内ですからいゝのですが、病院の場で唄ふのは、其すぐ前の幕に監獄の場であらん限りの声をつかつてどなつた後なのですから、喉が非常につかれてゐて困ります。序幕の唄では、例の通り窓の前に月の光を浴びながら公爵と長椅子に並んで腰をかけて唄ふのですが、あの椅子の高さが丁度腰かけた足をぶらゝさせるに都合のいゝ位になつてゐないといけません。あそこでは足をぶらゝさせ、体をすこし斜にして姿勢に媚 こび を持たせ、手を拍 う つて、つまり手拍子、足拍子、体拍子の三拍子でつりあひを取つて、あどけない態度を出し、そしてあの歌を唄ふやうになつてゐるのです。病院の場の唄は悲しく哀れに唄ふのが主で、泣いてゐたものが、其涙をおさへゝ歌ふので、殊にあの所では私いつもほんとうに泣いてやつてゐるものですから、其まゝ歌につゞけるのが骨です。其代り婦人の見物などにはあの悲調の方が却つて評判がいゝやうです。歌としてよりも感情として痛切なからでせう。従つてカチューシャの歌といへば多くはあの方の唄ひ方に近いのが本当のやうに思はれてゐるやうです。けれどカチューシャの唄としてだけから言へば、唄らしいのは前の方でせう。其かはり後のに比べれば陽気です。よく活動写真などに添へて唄つてゐる陰気な単調な讃美歌のやうなのは、本当ではありません。病院の場で唄ふのでも、悲哀の中にやはり此歌本来の節廻しはなくてはなりません。
 この病院の場の唄は前に申した如く、其前の場でどなつた後ですために声がつかれてゐて、舞台裏で生卵を飲んで出る位にしても苦しいのですが、其他あの場合にあの歌を唄ひ出させる手引になるのは相役のフョードシアの唄でフョードシアの声の調子一つでそれに連れて歌ひ出すカチューシャの声の調子が極 き まるのですから、いつもこれには苦心します。先方 さき がうまくこちらの注文通りの調子で引出して呉れゝがいゝのですが、それが中々さう行きません。それと今一つは最後に二人一緒に唄つてゐる中に幕が切れるのですが、其幕がちょうど歌の終ると同時に下に降り切るようにして、音もなく静に、唄につれて、切れると、初めて見物が拍手しますが、ちよつとでも其呼吸がはづれると誰れも拍手する気になれません。

 □監獄の場

 監獄の場は前半ではカチューシャが堕落した身の上を話す所、また後半では公爵に逢つて罵るところと、仕所が二つに別れてゐますが、前半は脚本の筋がまことにおもしろくよく出来てゐますから、あの長い身の上話も自然と見物を飽きさせないやうに、楽に藝が出来ます。一体芝居は目に訴へるのが大部分ですから、すべての事件が舞台の上で、みな現在に行はれるやうに出来てゐなければ面白い芝居にはなりません。過去の事や他所で起つた事を人物の口から物語らせるやうな行方 ゆきかた の芝居は概して面白くないと思ひます。なるたけ斯 こ ういふ物語の部分を減じて現に具体的に起こつた事として舞台の上に見せなければいけません。ですから身の上話などといふものは、芝居の中ではよほど工風をしないとだれて面白くありません。カチューシャのあの場の身の上話などは数ある芝居の中でも最も巧 たくみ に出来て、見物を飽きさせない物語の場面だと思ひます。その中でも「今度はシベリアかサガレンへでも行つてそこの牢番のお神さんにでもなるかハヽヽ」といふ、この「ハヽヽ」の切れの寂しみなどが最も藝のいる所だと思ひます。また後半、公爵を罵るところでは、何といつても、カチューシャが初めて昔の公爵と知つて、写真を叩きつけて、「うぬ」と一言、つゝ立つたまゝしばらく無言で睨みつけて、「うぬ、悪魔、悪魔」と連呼する、あそこのところが一番骨が折れます。すべて此後半の型は、初めは英国の女優がツリー一座でやつたといふ、其話に本づいて形をつけたのですが、段々何百回とやつてゐる内に、自分の型になつて、今では少々なりすぎたかと思ふくらゐです。それから今一つはあの幕切れ、うウヰスキーの瓶を落すのをキッカケに、全く彫刻身になつて、何か尊いものを見とめたやうな表情でぼうとなつて幕をおろすのですが、あれもしどころの一つです。またやけになつてウヰスキーをあほるところがありますが、あのウヰスキーの飲みやうが、ちびゝ飲むのでなく、がぶゝ飲むやうで、強い酒を飲む形でないといふ批評をよく受けます。あれも初めから其辺をいろゝ工風して見たのですが、まさかがぶゝは飲まないまでも、全く写実できついお酒を飲む人のまねをしたのでは、あの場合間を持つための目的に合ひません、どうしても或程度まで口にあてゝ時間を長めてゐる必要があるものですから、あんな風に折衷した飲み方をしてゐるのです。これら藝の上の特権として其嘘 そのうそ を許していたゞくほかはありません。

 上の写真と文は、『婦人公論』 秋季特別号 (第十号)現代女ぞろひ号 第一年 第十号 大正五年十月号 の 説苑 に掲載されたものである。
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「サロメ」 須磨子、貞奴等 (1913-1926)

2015年10月19日 | 松井須磨子
 

 第二 

 サロメ(妃ヘロヂアスの娘)  松井須磨子氏
 ヘロド、アンチパス(猶太王) 倉橋仙太郎氏
 ヨカナアン(預言者)     澤田正二郎氏
 ナアマン (首斬役)     鎌野誠一氏
 若きシリア人(近衛の大尉)  中井哲氏
 妃ロヂアスの扈従       宮島又雄氏
 カツパドシア人        波多●譲氏
 第一の兵卒          田中介二氏
 チグルリヌス(若き羅馬人)  田那若男氏
 第二の兵卒          酒部良一氏
 第一のナザレ人        花田幸彦氏
 第二のナザレ人        渡邊秀雄氏
 第一の猶太人         小川落葉氏
 第三の猶太人         駒山草二氏
 ヌビア人           宮路千之助氏
 第二の猶太人         中田正造氏
 第三の兵卒          花岡染雄氏
 第四の兵卒          水野秀次郎氏
 黒人             倉若梅二郎氏
 同              井上清氏
 同              玄哲氏
 同              竹内慶雄氏
 ヘロヂアス(猶太王の妃)   波野雪子氏
 サロメの侍婢         小野しをり氏
 同              川路歌子氏
 同              松田久野氏
 同              勝山御代子氏

     オスカー、ワイルド作
     中村吉蔵訳
  第二 悲劇 サロメ 一幕

    『猶太王ヘロド、アンチパスの宮殿』

 ヘロド王の宮殿の高台に、衛士四五人、王が内殿に酒宴の間を見張りの態、処へ王妃と先王との間に生れた姫サロメ、王が屡々厭らしい眼を向けるのを嫌つて、酒宴の席を遁れ来て、空井戸に捕へられて居る預言者ヨカナアンの声をきゝ、それを連れて来させる、生き乍らの墳墓とも云ふべき処から出されたヨカナアンは、盛に姫の母なる王妃の悪行を罵るけれど、サロメは之に耳を假さず、預言者の奇しき美に情を動かし、放膽な言葉を吐く、ヨカナアンは之を叱して再び空井戸に入る、王、王妃を携へて登場し、サロメに舞を所望する、サロメは王より、その望むものは、例令国の半なりと與へるとの約を得て、七面紗の舞を舞ひ、終つてヨカナアンの首を所望す、王はそれだけはと、他のものと替へん事を請ふけれども、サロメは聴かず、刑吏を送つて、首を斬らせ、やがて、銀の大盤にのせて首を持ち来るや、否や忽ち其の唇に接吻す、王は怖れ、且つ怒り、『此女を殺せツ』と叫べば、兵卒突進して、盾の下にヘロヂアスの女ユデアの皇女サロメを圧殺す。

 以上は、大正二年十二月の 帝国劇場 絵本筋書 の一部である。

 東京歌劇舞踊団公演  本郷座 大正十四年 〔一九二五年〕 四月

      オスカー・ワイルド原作 奥山昌平編曲 ジヤツ・ルボーフ振附
 (3)舞踊劇「サロメ」 一幕

   一、ヘロデ王の宮殿内

       配役

     ヘロド・アンチパス(ユダヤ王)   黒木憲三
     ヨカナアン(預言者)        澤マセロ
     サロメ(妃ヘロデアスと前王との娘) 相良愛子
     若きシリア人(近衛の大尉)     霧島誠
     ヘロデアス(王妃)         竹内マリ子
     ヘロデアスの小姓          逗子靖子
     ナアマン(首斬役人)        河村博
     サロメ(妃ヘロデアスと前王との娘) 相良愛子
     その他舞姫、奴隷、武士多勢


      

 上左の2枚の写真は、大正四年 〔一九一五年〕 六月一日発行の『淑女画報』 第四巻 第六号 に掲載されたものである。

 サロメ三人(須磨子嬢ー貞奴夫人ー京子女史)

 サロメ三人(其一)〔上左〕  

 (松井須磨子嬢の扮したるサロメ)〔写真中の右〕
  新古典劇『サロメ』はイギリスの詩人オスカー・ワイルドの傑作で、材を聖書の旧約全書中から採つたもので、官能派の代表的戯曲であります。美と感覚の権化たる猶太 ユダヤ の女王サロメは、一夕預言者ヨカナァンの月のやうに冷徹した声を聞き、豊麗な肉体に魅せられて忽 たちま ちその虜となり、遂ひに王に請うて其の首を求め、官能の爛酔 らんすい の中に満足して死ぬといふのが一篇の筋であります。

 〔ヨカナアン サロメ〕〔同〕

 (川上貞奴夫人の扮したるサロメ)〔写真中の左〕
  青い酔つたやうな月光のシムホニーの中に幻の如く点出されて来る古代ユダヤの静整 せいせい した情景を背景にして、最も近代的な悪魔のやうな女王サロメの舞ひと歌とは看客 かんきゃく を恍惚たらしめずには措 お きません。美と醜、善と悪との交錯した不可思議な幻影の中に官能の勝利に謳歌し、同時に其の敗滅に慄 をのゝ くやうな、奇しき夢に誘ひこまれるのが此の戯曲の特色であります。

 サロメ三人(其二)〔上中〕

 (下山京子女史の扮したるサロメ)
  最近、東京に於ては京子、須磨子、貞奴の三女史が前後して此のサロメを演じてそれゞ特色を発揮しました。聞けば、木村駒子女史もサロメを演ずるとか、サロメばやりの時に当つて本誌がサロメ 人を紹介するのも意味なき事ではないでせう。

 上右の1枚の写真は、矢吹高尚堂製の絵葉書のものであり、下の説明がある。

 帝国劇場第五十六回興行悲劇(サロメ)ヘロツド王宮殿の高台

  

 サロメダンス(天勝嬢演)

 オスカーワイルドの傑作戯曲『サロメ』は日本でも近来に至りいろゝの人によって演ぜられ、非常に有名になりました。之は最近、有楽座に於て松旭斎天勝嬢の演じたサロメであります。

 サロメは猶太王妃のつれ子で、今では王女でありますが、或る夜預言者ヨカナアンの冷徹な声を聞き、豊麗な肉体に魅せられて、忽 たちま ち其の擒 とりこ となります。処が、一方猶太王はサロメ 艶な容姿 すがた を愛し、一夕、サロメの得意なダンスを所望し、其の代りに何でも望み通りのものを與へると約します。そこでサロメは七つのヴェールの舞といふのをまって、ではヨカナアンの首を下さいといふ。-本図はサロメのダンスと窈姚たるその容姿とであります。  

 上の写真2枚と文は、大正四年 〔一九一五年〕 の『淑女画報』 第四巻 第八号 に掲載されたものである。

   

 上の写真2枚は、本郷座の絵番付の一部内容である。

 大正四年五月八日 午後三時三十分開幕

 第一 廣津柳浪氏脚本 『目黒巷談』五幕

  藝者●次         川上貞奴

 第二 オスカー、ワイルド作 松居松葉氏譯 『サロメ』 壹幕

  ヘロド王宮殿の一部

  ヘロド王         五味國吉郎
  妃の小性         木下吉之助
  善きシリア人 ナラホット 山本嘉一
  マナッセー        宮田八郎
  オシヤス         ●川菊之助
  イサカデー        松本要二郎
  ユダ           東辰夫
  カパドシアン人      後藤良介
  ローマの使者ジグラス   岩田祐吉
  使者           久保田甲陽
  奴隷           若松紫翠
  同            石川正三
  侍●           下田猛
  同            竹内一陽
  兵士           戸塚吉郎
  音楽師          ●田松吉郎
  黒奴           山田巳之助
  首切役人 ナーマン    谷富一
  ユダヤ人         小河幸雄
  同            武村新
  同            村田武郎
  同            岸一夫
  兵士           十五人
  音楽師          六人
  奴隷           七人
  侍●           十人
  預言者 ヨカナアン    井上正夫
  侍女           一ツ橋龍子
  同            原秀子
  同            佐藤定子
  同            川上春●●
  王妃 ヘロドダス     河合武雄
  王女 サロメ       川上貞奴         

 第三 室町明人氏作 『お國と山三』 壹幕

  出雲のお國        川上貞奴

   春木町 本郷座 座主 松竹合名会社

  観劇料 特等 御壹名 金壹圓八拾銭 一等 同 壹圓六拾銭 二等 同 壹圓三拾銭 三等 同 金八拾銭 四等 同 金六拾銭 五等 同 金三拾五銭   
   初日金四拾銭均一 

     

 上左:木村駒子のサロメ    大正四年九月一日発行の『女の世界』 1巻 5号 の口絵にあるもの
 上中:松旭斎天勝嬢      絵葉書のもの
 
 上右:邦楽座、五月信子のサロメ 大正十五年 〔一九二六年〕 十一月一日発行の『写真タイムス』 十一月号 第二巻 第十一号

  日本一のバンパイヤ、吾が五月信子のサロメ、それこそ日本一です。おゝ、ヨカナアン、ヨカナアン!恋人ヨカナアンの首を抱いて狂ひ叫ぶサロメ、人の心に迫り、鬼気を呼ぶ、凄惨な狂恋の叫声、美しき瞳は裂けよと計りに恋人の首に見入るサロメ。蠢惑 こんわく 的な信子の姿態に、美しきサロメの狂態に、見物は死せる如く酔ひ、澱 よど める水の如く静まり切つてゐます。

  

 帝国劇場 大正八年 〔一九一九年〕 二月十五日より 

 サロメ 一幕 オスカー、ワイルド作 中村吉藏訳 

 第四 猶太王ヘロド、アンチパスノ宮殿

 一 サロメ(妃ヘロヂアスの娘) 河村菊枝
 一 ヘロド、アンチパス 森英治郎
 一 ヨカナン(預言者) 加藤精一
 一 ナアマン(首斬訳) 澤村い十郎
 一 カッパドシア人 白崎菊三郎
 一 第一の兵卒 小柳京二
 一 チグルリヌス(若き羅馬人) 林幹
 一 第二の兵卒 高木茂
 一 猶太人 澤村遮莫
 一 第一の猶太人 助高屋助藏
 一 第二の猶太人 澤村開幸
 一 第三の猶太人 澤村藤橘
 一 第四の猶太人 松本治松
 一 ナザレ人 尾上幸雄
 一 第一のナザレ人 澤村春十郎
 一 第二のナザレ人 澤村國次
 一 ヌビア人 澤村宗次
 一 ドレイ 尾上松藏
 一 ヘロヂアス(猶太王妃) 村田嘉久子
 一 廷臣 澤村宗彌
 一 同 澤村小槌
 一 サロメの侍婢 白井壽美代
 一 同 橘薫
 一 同 櫻井八重子
 一 同 山崎里子
 一 同 草間錦糸
 一 同 瀧澤静子
 一 同 櫻木花枝
    帝国劇場管絃楽部員

 東京歌劇舞踊団公演  本郷座 大正十四年 〔一九二五年〕 四月

      オスカー・ワイルド原作 奥山昌平編曲 ジヤツ・ルボーフ振附
 (3)舞踊劇「サロメ」 一幕

   一、ヘロデ王の宮殿内

       配役

     ヘロド・アンチパス(ユダヤ王)   黒木憲三
     ヨカナアン(預言者)        澤マセロ
     サロメ(妃ヘロデアスと前王との娘) 相良愛子
     若きシリア人(近衛の大尉)     霧島誠
     ヘロデアス(王妃)         竹内マリ子
     ヘロデアスの小姓          逗子靖子
     ナアマン(首斬役人)        河村博
     サロメ(妃ヘロデアスと前王との娘) 相良愛子
     その他舞姫、奴隷、武士多勢

  

 PROGRAM 新京極 歌舞伎座

 トンボ会第六回替連鎖劇

  当る大正四年八月十九日正十二時開演

  近代劇 実演サロメ   トンボ会一行 新加入女優阪本しづ馬 出演
  連鎖劇 芸者の意気地

  場割

  一番目 芸者の意気地
  二番目 近代劇 サロメ

  扮装人名

  一 猶太王 ヘロドアンチパス 原田好太郎
  一 預言者 ヨカナアン 國松一

  一 ヘロデアスの娘サロメ 新加入女優 阪本しづ馬

  歌舞伎座
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「松井須磨子一行と露国俳優」 プーシキン座  (1915.12)

2013年10月04日 | 松井須磨子
   

   浦鹽斯徳 〔ウラジオストック〕 のプーシキン座に於ける松井須磨子一行と露国俳優の合同演劇

 例の松井須磨子と島村抱月氏及其一行たる芸術座の男女俳優総て十一名は大正四年の暮れ大連から哈爾賓 〔ハルビン〕 烏港 〔ウラジオストック〕へと渡りあるき十二月廿四日敦賀港に帰つた。写真は十二月二十一日烏港プーシキン座で興行中の露国小露西亜劇と合同して悲劇刺刀一幕、喜劇競争二幕をやつた時の記念撮影にして第二列の左から五人目が抱月氏八人目が●〔不明〕つて須磨子氏である。須磨子氏は彼地に於ける感想を語つて曰く「外国の旅行は今度が初めてゞす、大連から直ぐ日本に戻る積りでしたが折角此処まで踏出したからには、私等の立場として一つ西伯利亞 〔シベリア〕 気分を味つて帰らうと云ふので急に予定を変更し露領を巡る事に致しました矢張百聞は一見に如かずですね」と抱月氏を顧みて笑居た。

   Actress S.Matsui’s party with the Russian players at Vladivostok.

 上の写真とその説明は、大正五年 〔一九一六年〕 三月一日に発行の 『写真通信』 三月号 第廿三号 に掲載されたものである。

    

  問題の御夫婦  島村抱月氏と松井須磨子丈

 上の写真は、大正四年九月一日発行の 『女の世界』 九月号 第一巻 第五号 に掲載されたものである。

     

 左3枚:〔いずれも説明なし〕 右1枚:「芸術座松井須磨子嬢」
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「人形の家」 帝国劇場 (1911.12)

2012年10月15日 | 松井須磨子
 

 文芸協会第二回公演(人形の家)
   松井すま子の扮装ノラ

 上の写真と説明は、絵葉書のものである。

     

 明治四十四年 〔一九一一年〕 十二月(於帝国劇場) 〔上左の写真〕
   文芸協会第二回公演(人形の家)
   東儀鐵笛のクログスタツド
   松井須磨子のノラ

 同上 〔上中の写真〕
   松井須磨子のノラ
   土肥庸元のヘルマー

 上の左・中の2枚の写真と説明は、大正元年 〔一九一二年〕 八月六日発行の『舞台之華』掲載のものである。右1枚の写真は、上方屋製の絵葉書のもので、次の説明がある。 

 文藝協会 (人形の家) 帝国劇場 〔上右の写真〕 
 
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「思ひ出 (ハイデベルヒ)」 有楽座 (1913.2)

2012年03月29日 | 松井須磨子
 表紙には、「第五回公演『思ひ出』筋書及番組 文藝協会 大正二年 〔一九一三年〕 二月一日ヨリ同十四日迄 十四日間午後五時開場有楽座ニ於テ」とある。21.3センチ。

     番組

   思ひ出(ハイデベルヒ) 五幕 マイエル、フェルステル氏作 松居松葉氏訳

  カアル、ハインリッヒ   ザクセン、カアルスブルヒ公国の公子  土肥庸元氏
  ドクトル、ユットナア   公子の侍師          ……  東儀季治氏
  フォン、ハウク      国務卿            ……  佐々木積氏
  フォン、パッサージ    侍従長            ……  森英治郎氏
  フォン、メッチング    侍従             ……  西原勝彦氏
  フォン、ブライテンベルヒ 侍従             ……  戸田猿仁氏
  ルッツ          式部官            ……  加藤精一氏
  グランツ         舎人             ……  横川唯治氏
  ロイタア         舎人             ……  河野伸●氏
  シエーラァーマン     舎人             ……  小野太郎氏
  伯爵デトレーブ      ハイデルベルヒ大学々生    ……  森英治郎氏
  カアル、ビルツ      同              ……  佐々木積氏
  クルト、エンゲルブレヒト 同              ……  小串敏樹氏
  フォン、ウエデル     同              ……  戸田猿仁氏
  フォン、バンジン     同              ……  金井謹之助氏
  フォン、ライニケ     同              ……  澤田正二郎氏
  ハイデルベルヒ(シュアーベン組)大学生         ……  河野伸●氏
  同        同                  ……  鎌野誠一氏
  同      (ヴアンダル組)大学生          ……  横川唯治氏
  同        同                  ……  宮島文雄氏
  同      (ラインランド組)大学生         ……  川井源蔵氏
  同        同                  ……  上田榮氏
  同        同                  ……  田岡桂二氏
  楽手                          ……  淺井房次氏
  ケラーマン        学生小使           ……  倉橋仙太郎氏
  リユウダア        酒屋の亭主          ……  西原勝彦氏
  フラウ、リユウダア    其妻             ……  廣田濱子氏
  フラウ、デルフェル    其叔母            ……  都郷道子氏
  ケティイ         其姪             ……  松井須磨子氏
      其他大学生楽手等数十名
          以上

   

  問題の女優須磨子

  先頃まで文芸協会の花形として名ありし松井須磨子嬢の素顔の写真です。下は、ハイデルベルヒのケテーに扮した同嬢。

  The upper : Miss Suma Matsui, who was until recently connected with the Bungei kyokwai and was regarded as its star actress
  The lower : The same girl playing the part of Keto of Heidelburug.  

  〔上は、『婦人画報』 大正二年八月号 第八十五号 の口絵とその説明。〕

          思ひ出(ハイデルベルヒ)梗概 すぢがき

  第一幕
 
 ザクセン・カアルスブルヒといふ独逸 ドイツ 連邦の一公国の宮殿は、沈滞と因襲の空気に罩 こめ られて、まるで牢獄の感がある、大公殿下は頽齢 たいれい の人で、奥殿ふかく垂籠 たれこ めてばかり居る、その後を嗣 つ ぐべき公子は、大公の甥で、夙 はや く両親を失つた孤独の身であるのを、自分に子の無い大公は深く憐 あはれ んで、此公国の太子と定めたのである。八年前からユツトナアといふ博士をその家庭教師に頼んだが、万事古い型と規則づくめで束縛する此朝廷の習慣のために、温かい情を胸に蓄へて居る老博士も、冷たい意味のない教育をする外は無かつたのだ。併 しか し公子は試験の結果大学へ入学の資格が美事に獲 え られたので、一年の間ハイデルブルヒの大学へ留学する事となつた。其随行は老博士と式部官のルツツと、それから舎人のシエラーアマンと極つた。ルツツは有頂天になつて先発のシエラーアマンに自分の勝手な事のみ云ひつける。老博士も昔ハイデルベルヒに三年間在学して、そこの大学の陽気な愉快な空気に憧憬 あこ がれて居るのではあるが、国務卿が大公の旨 むね を受けて作つた教育の規則を、そこでも励行させようとするので、老博士は自分はもうそんな処へ行きたくないとすね出す。公子は是非博士に一緒に行つてくれと哀願する。博士もとうゝ折れてしまつて、「あゝ、ハイデルベルヒ、あなたもそこへ行つて目を御開きなさい!」と云つて、自分も終 つひ に勇み立つ。青年の喜びを味 あじは つた事のない神経質な沈鬱な公子は、かくして世間を見るべく旅立つ事となつた。

  第二幕

 ネッカァ河に枕 のぞ むハイデルベルヒは、其風光の明媚と歴史的旧蹟の多いのとで、南独逸の勝地と目 めざ されて居る。そこの大学の学生は書籍に親しむ暇に、麦酒を呑み、大きな声で笑ひ、歌をうたひ、決闘をやつて、飽 あく まで青年の喜びを擅 ほしい まゝにして居る。けふしもリュウダァといふ酒屋の庭で、学生団の集会をやるといふので、多数の学生はこゝへやつて来て、此酒屋の姪で、美人の聞え高いケティイといふ娘を中心に、盛んに騒ぎ廻る。ところが此酒屋の二階は、カアルスブルヒの公子が下宿と定まつたので、式部官のルッツは此有様を見て吃驚 びつくり してしまい、やがて停車場からこゝへ来た公子殿下に宿換を勧めるに至つた。が、老博士はそれを耳にもかけぬ、公子もこゝでよいといふ。かくて日は対岸の古城趾にしづむ五月の夕暮、公子と博士とはネツカアの河水の音を聞きつゝ、庭に置棄てられた椅子にかけて、世のしづけさを味つて居る。学生等が「生活の喜び」をうたふ唱歌の声は遠くから起こつて来て、公子は新生涯の喜びと美しさとに酔つてしまふ。新らしい刺戟に疲れ切つた博士は、椅子によつたまゝ眠つてしまふ、そこへ麦酒をもつて来た無邪気なケティイは種々 いろゝ な話を公子にしかけるが、公子は歯にかんで居て、碌々 ろくろく 返事もしない。併し美しい娘の愛らしさに心の目の開きかゝつた公子は、恥かしさも次第に消えて、娘の手をとらふとする、娘はそれを振払つて、自分には許婚 いゝなづけ の男がある。いやな男だが自分は孤児 みなしご で、叔父が結婚しろといふから結婚するのだといふ。かゝる話の間に、二人の心は次第に一つに融け合つて来る。そこへ学生連がやつて来て、公子を新入生扱ひにして、自分たちの組合 コーア に入れてしまふ。公子はかくして初恋の味 あぢはひ を知り、陽気な愉快な学生生活の味を知りはじめた。

  第三幕

 公子の学生生活もゝう四ヶ月になつた。折々彼は其友人と共に徹夜近郊を暴れ廻る事がある。ルッツはひとり終夜寝もやらで公子の室で公子の帰りを待つて居る。博士は公子と共に何処へでも行くが、その為めに身体は疲れはてゝ綿の様になつてる。今朝も公子は午前五時に、学生仲間と共に帰つて来る。いづれも徹宵 てつしよう の疲労に堪へかねて家はかへる中に、学生たちの小使をしてケラアマンといふのは、特に疲れ切つて、公子の室の一隅に眠り倒れて居る。ケティイから其の身の上を聞いた公子は、惻隠の情を起して、自分が大公の位に陞 のぼ つたら任用してやるから、是非ハイデルベルヒへ来いといふ。而 そして若干の金を呉れて帰してやる。その後で公子とケティイとは、一緒に馬車で郊外を散歩しやうといふ約束をする。ケティイは大喜びで、着物を換へに下りて行く間に、ハイデルベルヒから国務卿が来る。彼は老大公殿下危急の報を齎 もた らして、公子を迎へに来たのだ。公子は再びかの牢獄いひとしい自由なき生活に入る事を嫌つて、一年の猶予をたのむ。が、国務卿は公国に対する義務を説いて、是非御連れ申すといふ。老博士も已 や みがたい事情を見て、公子をすかしてハイデルベルヒへ還らせやうとする。公子も詮方なく、承知はしたが、博士が身体の衰弱してるのを見て、自分がまたこゝへ来るまで、自分の室で静養して居ろと勧める。博士は公子の親切に泣く。そこへケティイは散歩の着物に換へて来て、公子の帰国を聞いて一度は失望する。併し娘はやがて、自分の悲しみを押へて、甲斐々々しく公子の旅立の手つだひをする。かくして公子は、あらゆる幸福を棄てゝ、涙の中に牢獄の宮殿へ赴く事となつた。

  第四幕

 二年の後のザクセン・カアルスブルヒの宮殿は、更に荒涼たるものとなつた。大公薨去の後の公子は、新たに其公国の主権者になつたが、其挙動は憐れなほど沈鬱になつた。朝廷の官人はみな生色がない。たゞ二週間の後に起る、公子の結婚が彼等の唯一の期望であるのだが、それとて政略上の結婚であるから、多くの期待をもつ事は出来ぬ。新らしい大公はハイデルベルヒ時代の不羈奔放な青年生活を追懐して、目下の千篇一律な生活を呪ふ計 ばか りだ。そこへ其時代に小使をして居たケラアマンが、当時の約束を頼みにして訪ねて来る。新しき大公は喜んで彼を迎へ、ハイデルベルヒの生活の変つた有様を聞く。而して愛らしきケティイが、公子去つて後快々として楽 たのし まず、その為めにリユウダアの酒屋の衰へ行くといふ話を聞くに至つて、若き大公の心は恠 あや しく騒ぐ。彼は当時伴つてそこへ行つた式部官のルッツを随へて、行李怱々 さうさう ハイデルベルヒへと微行しやうと決心する。新らしき大公は恋なき結婚をする前に、初恋のケティイを見ずには居られなくなつたのだ。

  第五幕

 大公が再びおとづれたハイデルベルヒの山川草木はもとの儘 まま であるが、そこに住む人の多数はもとの人でない。老博士はこゝで客死して、こゝに埋められた。学生の多数も四散して、大公の昔馴染は幾人も居ない。大公が、曾遊の蹤 あと をその儘に見たいと願つたリュウダアが庭の小宴に招かれて来た学生の大多数は顔がゝはつて居る。もとの友人も燕尾服をつけて来て、当年の客気は更になく、大公に対してはたゞ儀式的の挨拶をするに過ぎぬ。大公は自分の予期に欺かれて来た事を悔恨して居る処へ、ケティイが町の買物から帰つて来る。幸ひに此娘のみは当年の温かい心を変へては居ない。大公を見るや喜びの叫び声をあげて抱きつき、其胸に懐旧の涙をそゝいで居る。両人は初めて恋を知つた其同じ庭で、人間の運命のまゝならぬを嘆く。併し健気 けなげ な小さい娘は、わがまことの恋人をなぐさめて、「妾は従兄と結婚します、あなたも美しい妃殿下と結婚なさい。たゞ二人が愛して居た事は、いつまでも忘れますまい」といふ。斯 か くして大公は恋なき王座にかへり、ケティイは恋なき結婚に赴くべく袂 たもと を分 わか つ。
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「卒業すると一人」 松井須磨子 (1912.2)

2012年03月21日 | 松井須磨子
    

    卒業すると一人 

 私の過去又は周囲に、何か小説的な話はないかとのお尋ねでございましたが、全体私は小説や芝居に出て来る様な、小説的な女でもなんでもないのですから。只昔気質な両親に厳格に育てられたと云ふ事以外には、何もございません。
 文芸協会へ入会致しましても、女よりは男の方の方が多いのですが、男女とも真面目なブツキラボウのお揃ひですから、別段之れと云ふことは一向ございません。でも何かすると、大勢で口を揃へて、私達の悪口など夫 それ はもうひどい事を仰る時がございます、随分たまりませんけれども、皆様そんなに大して悪気が有るのでなく、口から出任せを云つて見るに過ぎないのですから、私たちの方でも、そう長くは覚えては居ません、然し女生の人が少なくて、何に附ても都合が悪うございます、仲でも一番ひどいのは、踊 をどり の時間ですが、男と女とは踊は別な物を習ひます。男は男舞、女は女舞なのです(特別の場合は違ひますが)すると男の方は多い物ですから、別けて二組か三組位にします、ですから自分のお稽古が済んでも、人の稽古を見て居る事が出来ますが、女の方は人が少ないから、組を別ける必要はございません、自分でお稽古して頂く丈ですから。夫 それ にくらべると、男の方は皆様へ一通りおけいこが済めば、私たちの二度三度けいこしたに当ります、ですから何時も女生同志で、人が少なくてつまらないゝと申して居りましたが、卒業してからは、夫 それ が一層はげしくなりました、何しろ女の卒業生は私一人になつて仕まひましたから堪りません、ほんに心細くなります。
 踊などは何時もそう男の方のお供ばつかり、ほんとに上山さんや五十嵐さんがなつかしくなります、上山さんといへば、ほんとにあの方はお気の毒な方でございます。先生方も何 ど んなに残念でおほしめした事でせう。
 でもまあ仕合せな事には、在学生に女の方は三人ございますから、早く此方々が卒業なさるのを今から楽しみにして居ります。

 

 上の写真や文は、明治四十五年 〔一九一二年〕 二月一日発行の『新婦人』 第二年第二号 二月の巻 に掲載されたものである。最初の写真は、口絵にあるもので、「文芸協会女優松井須磨子嬢  (其筆蹟)」と説明がある。写真の枠の原稿は、上の文の一部である。 なお、この号には、「憚られたる姉の日記  故一葉女史令妹 樋口邦子」といった文もある。
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「ハムレット番組」 帝国劇場 (1911.5)

2011年10月03日 | 松井須磨子
 表紙には、「文芸協会第壹回公演 沙翁劇 ハムレット番組 帝国劇場 明治四十四年 〔一九一一年〕 五月二十日 午後四時開場」とある。22.7センチ、二つ折れ。

 沙翁劇 ハムレット (坪内逍遥氏訳)

    登場人名

 クローディヤス  丁抹国王     東儀季治氏
 ハムレット    王子       土肥庸元氏
 ポローニヤス   侍従長      加藤亮氏
 ホレーシオ    ハムレットの信友 森英次郎氏
 レヤーチス    ボローニヤスの男 林和氏
 ヨ゛ルチマンド  廷臣       佐竹東三氏
 コオネリヤス   廷臣       柏木力三郎氏
 ローゼンクランツ 廷臣       三樹永造氏
 ギルデンスタアン 廷臣       横川唯治氏
 オスリック    廷臣       泉新一氏
 僧官長               武田正憲氏
 マーセラス    武官組頭     佐々木積氏
 バアナード    武官       戸田猿仁氏
 フランシスコー  兵卒       横川唯治氏
 俳優長               戸田猿仁氏
 ゴンザゴー    劇中王      佐々木積氏
 ルシヤナス    劇中の悪漢    林和氏
 甲        墓堀男      東儀季治氏
 乙        墓堀男      佐々木積氏
 亡霊       ハムレットの父王 武田正憲氏
 ガーツルート   王妃       上山浦路子
 オフィリヤ    ポローニヤスの女 松井須磨子
 バプチスタ    劇中妃      秋元千代子
 其他公卿、官女、兵士、使者、暴徒等

 第一幕 亡霊出現の場
     使節派遣の場
     レヤーチス発足の場
     ハムレット亡霊に逢ふの場
 第二幕 艶書朗読の場
 第三幕 ハムレット独白の場
     劇中劇の場
     国王煩悶の場
     ハムレット苦悶の場
 第四幕 オフィリヤ狂乱の場
 第五幕 オフィリヤ葬式の場
     ハムレット復讐の場

 なお、下の写真と解説文は、大正元年 〔一九一二年〕 八月六日発行の『舞台之華』掲載のもの。

   

 明治四十四年五月於帝国劇場 〔上左の写真〕
    文芸協会第一回公演(ハムレツト)
    泉新一のオスリツク
    林和のレヤアチス
    土肥庸元のハムレツト
    森英次郎のホレーシォ
    上山浦路の王妃ガーツルード

 同上 〔上右の写真〕
    東儀季治の墓堀男
    土肥庸元のハムレツト
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「故郷 (マグダ)」 御園座 (1912.7)

2011年07月15日 | 松井須磨子
 表紙には、「明治四十五年 〔一九一二年〕 七月十九日ヨリ同二十三日迄「五日間」毎日午後六時半開演 『故郷 マグダ』筋書及番組 御園座 坪内博士主宰文芸協会 名古屋第壹回公演」とある。22センチ、両面印刷、表裏で共十面。

     

  〔絵葉書の写真、左から:文芸協会第三回公演(故郷)松井須磨子氏扮装マグダ、同 土肥庸元氏扮装シュワルツヱ、同 東儀季治氏扮装フォン,ケラー博士〕

 故郷 四幕 スーダーマン氏作 島村抱月氏訳

  シュワルツヱ 退役陸軍中佐  ‥‥ 土肥庸元氏
  マグダ    中佐の先妻の娘 ‥‥ 松井須磨子氏  
  マリイ    同前      ‥‥ 林千歳氏
  アウグステ  中佐の後妻   ‥‥ 和泉房江氏
  フランチスカ アウグステの妹 ‥‥ 都郷道子氏
  マツクス   アウグステの甥陸軍中尉 ‥‥ 林長三氏
  ヘフターデ井ング 聖マリイ教会の牧師 ‥‥ 佐々木積氏
  フオン、ケラー博士 参事官  ‥‥ 東儀季治氏
  ベツクマン教授  休職校長   ‥‥ 西原勝彦氏
  フオン、クレプス 退職陸軍少将 ‥‥ 戸田猿仁氏  
  フオン、クレプス夫人      ‥‥ 横川唯治氏
  エルリヒ夫人          ‥‥ 森英治郎氏
  シューマン夫人         ‥‥ 泉新一氏
  テレゼ シュワルツェ家の女中  ‥‥ 森英治郎氏
  以上 

 『故郷 マグダ』すぢ書

 ◎此の芝居は、ドイツの或る小都会に起つた出来事で、気候の好い時節、或る日の午後四時頃から夜にかけてが、第一幕第二幕にあたり、翌日の午前十時頃から午後にかけてが第三幕第四幕になつてゐる。場所はすべてシュワルツェといふ退職陸軍中佐の家の客間で、窓から見おろすと、町一杯に音楽祭で賑つてゐるのが見える。
 
 ◎第一幕は今度の音楽祭には、イタリアで有名なオペラの女優ダロールトーといふのが招かれて来てゐる。それを歓迎するために知事が夜会を催すやら、町中は大騒ぎである。所がこの中佐の家などは、軍人気質の極古風な厳格な道徳を守つてゐて、音楽だの女優だのといふものは 斥してゐる。其の家へこの一両日来毎日立派な花束を匿名で贈るものがある妹娘のマリイはそれを自分の許嫁の中尉マツクスといふのがよこすのだと思つて、手堅くしつけられた彼女は、マツクスをたしなめる。けれども実際其花束はマツクスが送るのでもなかつた。其うち此家の前に毎晩馬車が来て、立派な婦人が家の様子をうかがつたり、匿名の花束の贈主が同じやうな、婦人であることが知れたりして、それが今度来たオペラの女優ダロールトーであるといふ事が知れたそして更に驚くべきことには、其女優が十二年前家を出た姉娘のマグダであるといふことを、妻君の妹フランチスカと牧師のヘフターディングとが見届けて来た。さうなると此静な家庭には大波乱が起らざるを得ない。之が此劇の発端である。主人の中佐は所謂旧道徳の世間を代表した人物で、卒中で体がきかなくなつて、退職を命ぜられてからは、牧師ヘフターディングに助けられて、宗教上の仕事を手伝つてゐる軍人として君につくすか、それでなければ神の御前につかへるか、是より外に為すべき仕事は無いと信じてゐる老人である。それでゐて、斯んな小都会にあり勝な、こせゝした世間の毀誉褒貶を気にし、思想が段々偏狭になつてゐる。親の権力に凡てのものを服従させて、善良な家族的道徳を維持しやうとしてゐる。其精神からまづ娘マグダを牧師に娶 めとら せやうとすると、マグダはそれを嫌つて、遂に家出をした。そして女優になる決心を知らせて来た。堅い父は烈火のやうに怒て、それきりマグダを勘当して了 しま つた。それ以来中佐は益々今の世間の風潮が嫌になつた。広い世間には旧道徳を破壊しやうとする革命の精神が漲つている。現代思想だの新思想だの新道徳だのといふものは絶対に排斥しなくてはならぬ。併 しか し其の現代の嵐は既に自分の家庭をまで侵して来た。自分等も何時亡ぼされるか知れない、心の底には言ふべからざる寂しさがあつて、段々ひがみも募つて来る。是が此芝居を貫いた半面の意味である。其他もとマグダと旅で別懇いしたといふ参事官フォン、ケラーは軽薄な、利己主義な、饒舌な、功名心の盛な当世才子である。中佐の前へ出ては「ちよいとした少銭で極安値に所謂現代思想が仕入れられる世の中ですから」といふやうな事を言ふと、中佐は喜んで「現代思想!ヘッヘッヘッヘッ」と心地よげに新思想を嘲ける。また此家で名誉として交際してゐる退職少将や教授やなどが来て、女優だの音楽だの芸術だので世間が騒ぐのを憤慨したり弁護したりする中佐は其女優が自分の娘であると聞いて、どんな事があつても家へは入れぬと言ひ張る。それを牧師がさまゞに説得して、終に呼び迎へることになる。之までが第一幕で、中佐の厳格な旧思想に対して、牧師は其献身的な寛大な精神で之を緩和し、まるで異なつた新思想を懐いてゐる娘を説諭して、新旧二つの世界を調和しやうとする所に趣意がある。 

 ◎第二幕では、牧師が迎に行つたあと、家中いろゝの心持でマグダの来るのを待つてゐると、牧師と行き違つてマグダの馬車がまた家の前に止まり、マグダは遂に父と継母のアウグステとに迎へられて這入つて来る。考へて見ると、十二年ぶりで自分の家は帰つたのである。其間マグダの身に随分と変化があつた広い世間は暴風雨のあれるやうに動いてゐる。それに此保守的な父の家では、「十二年、何一つ起つた跡もない。私が見て来た事はみんな夢であつたのか知ら」と不思議に思ふ。それと同時に、家へ這入ればもうすぐ父の権力、家庭の道徳といふやうなものがひし々とマグダの自由を束縛して来る。自分で作り上げた大きな自由な己といふものが小さくなるやうで心細い。それに自分は一方では是たけの地位を作るために、精も根も疲れ果てた奴隷あのやうな身の上である。とても永く家庭の人になつて、此上更に義務や道徳の負担を背負はされることは出来ない折角帰つた家ではあるが、またすぐに出て行く外はない。自分はやつぱり家の無い自由な身で暮す外ははない、マグダは斯う決心した。併し牧師が仲に立つていろゝとなだめて引とめやうとする。マグダはおれを嘲笑つて「広い世間の生活がどんなものだか罪悪の味はどんなでせう、快楽とはどんなものだか、あなたが少しでもそれをお察しなすつたら、そんな説教じみたお話をなさる御自身が、どんなにか滑稽に見えるでせうにねえ」といふ。けれども牧師がマグダとの結婚を謝絶されて以来、全く己を棄て々マグダの為に尽し、中佐の為に尽巣真心に段々動かされて、終に子供のやうな柔かな心持になり、暫く家に留まることになる。但しマグダが過去の生涯については誰も一言も尋ねてはならぬといふ約束である。

 

 〔上の写真は、「文芸協会第三回公演(故郷) 第二幕」とある絵葉書のもの。〕  

 ◎第三幕は其夜マグダが家へ泊つた翌朝で、起きるとからもう、双方の生活の様子が到底一致しない、別な世界の人々だといふことを現はしてゐる。マグダは妹を傍へ引よせ、マツクスとの恋の話を聞いて、金を自分が出して結婚させてやらうといふ。そして子供が生れたら「大威張りで、両手一杯に其子を差上げて世間に面と向つて見せてやつてお呉れ」と覚えず憤りの涙に咽ぶ。マグダは昔フォン、ケラーの為に弄ばれた時私生児が出来た其子のために今までの苦労もして来たのである。それを思ひ出すたびに、軽薄な其男を憎む情と、かわいゝ我子が日陰者であるといふ悲しさとが胸をつく。其上こんな穏やかな生ぬるい生活がマグダには窮屈すぎ狭すぎる。自分を小さくすることは不得手である。相手は必ず歌ひ負かして自分の前に平伏させてやるのがマグダの生き方である。それに対して、牧師はまた今までの自然の本性を殺してゐたことが悔るやうな気もするといふ。マグダは声をひそめて、善悪以上に超した人でなければ真に大きな人とは云へないといふ、所謂超人の思想をほのめかしたのである。其うちにケラーが尋ねて来て、昔の想出話をし、始めて子供の事を聞いて驚く。中佐は其様子を怪しんで、娘の身の上に関する疑ひを詰問する。 

 ◎第四幕では、マグダはもう家を去らうと決心してゐる、中佐はそれを引留めて、娘を弄んだケラーに談判し、うまく行かねばケラーをも娘をもピストルで射殺し自分も死んで汚れた家名を雪がうとする。牧師は一方、マグダに説いて、ケラート結婚し私生児を日陰者の身から救ひ出させ、事を円満に治めやうとする。併し功名心の盛なケラーにはたゞ細君のお供になつてごろゝしてゐることは出来ない否応なしにマグダと結婚して昔の自分の罪を償ふとしても其細君を利用して、社交界に手腕を揮はせ、自分の政治上の野心を満足させねば已まない。「最高の報酬于は応接間でのみ得られるもの」だから、マグダが舞台に出ることもやめねばならぬといふ。又私生児も当分隠して置いて、後にそつと養子にすればよいといふ。今まで屠所に牽かれる羊の気持で、自分を犠牲にして父や牧師の意に従はうと思ひ直してゐたマグダは、此一言を聞いて突き通すやうな笑声を上げ、ケラーを戸の外へ運び出さうとする。何より大事な子供をまで家名のために棄てよといふのなら、此上なんで家のためなどに苦む必要があらう。自分の最も神聖なものは芸術である。併し我子はそれよりも更に神聖である。それで問題はもう決して了つて。マグダは「また元のマグダに戻つた。父にやかましく言はれる必要はない。自分は自分の道を自由にあるいて行く。実を言へば父だつてマグダの世界とはまるで無関係である。マグダを家から逐い出して、独りで生きて行く外はないやうにしてそれでマグダが独立して自由な女になれば、それが気に入らぬと言ふ父に娘を流浪させる権利があるなら、なぜ娘は自分の愛を求め幸福を求める権利が無いてあらう。斯うなる以上はマグダはもう出て行く外はない。それにマグダが今までに身を許した男は必ずしもケラー一人ではないから、此上父が娘の身を心配するのは無用である。マグダが斯う言ひ放つのを聞いて父はおのれと一言、ピストルを取り上げ打たうとして痙攣のために遂に絶命する。マグダは「あゝ、帰つて来なければよかつた」と室の中央に突つ立つたが、牧師は諄々として愛と、犠牲の必要を説き父の前に其罪を悔いよといふ。マグダは屍の前に泣伏して悔恨の涙を流し天に祈を上けるそれが最後の幕である。

   

 〔上左の写真は、「文芸協会第三回公演(故郷) 第四幕」とある絵葉書のもの。左はマグダ(松居須磨子)、中はシュワルツヱ(土肥庸月)、右はフォン・ケラー博士(東儀季治)。上右の写真も、第四幕の絵葉書のものである。〕

 なお、広告は、いとう呉服店・洋紙問屋の中井商店名古屋支店・桔梗屋呉服店・ライオン歯磨の四面である。
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「クレオパトラ」 帝国劇場 (1914.10)

2011年03月21日 | 松井須磨子
   

 上の2枚の絵葉書の写真の下には、いずれも「帝国劇場 (大正三年 〔一九一四年〕 十月興行) 芸術座劇 悲劇(クレオパトラ) 松井須磨子の扮装女王クレオパトラ」とある。
 
 この「クレオパトラ」の絵葉書の他の六枚は、次の場面である。

        
  
 ・女王宮殿内 〔上の写真:左から1枚目〕
 ・女王宮殿の一室 〔2枚目〕
 ・女王宮殿大広間 〔3枚目〕
 ・ 同上      〔4枚目〕
 ・ 同上      〔5枚目〕
 ・女王宮殿廟内  〔6枚目〕

 なお、『婦人公論』でも、「須磨子嬢のクレオパトラ」として、口絵2頁〔写真2枚と説明〕で紹介されている。

 須磨子嬢のクレオパトラ  

  クレオパトラは日本でも最近興味を喚起してゐるが確かに歴史上の女として特色ある一人である。この特色ある女を描いた芸術としては云ふまでもなく沙翁の「アントニーとクレオパトラ」が一番有名である。(中略)彼女は一方に非常に残忍な性質を持つてゐて且つ知略に富んだ非常な美人で、丁度今日の所謂ジプシーガールといふ一種の婦人気質を大きくしたやうな女であつた。元来欧州のジプシーガールといふのは、愛の感情が極端で或時は火の如く熱し、或る時は氷の如く冷たくなるといふ性質のが多い。ワイルドの描いたサロメ、又はずつと近代的になつたものではカルメン若しくはヘツダ・カブラーなどが皆な同じ型の女である。(以下略)  - 島村抱月 -

  クレオパトラ どうぞもつと、彼方 あちら にてゐて下さい。側 そば へ寄らないで下さい。
  アントニー  どうしたと云ふのだ?何処 どこ が悪いのか?
  クレオパトラ あなたの其のお眼の色の嬉しさうですこと!ローマから何 ど んな良いお知らせが来たので御座います?奥方から何と云つて来ました?ローマへお帰りなさらなくてはならないでせう?それで其 そ んなに嬉しさうな眼付きをしてゐらつしやるのでせう。
  アントニー  私の心は神々が御承知だ。
  クレオパトラ 世界の女王でこんなにまで男に欺された者が他にありませうか?私、もう口惜 くや しいゝ。

 楽屋に於ける須磨子嬢

 
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