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水仙

短歌

定期購読している『短歌研究』8月号が届いた。

今月号のトップは俵万智氏の「キーホルダー」。

私は俵万智氏の歌は好きだが、しかしトップには、もっと重厚な歌をおいてほしいとも思う。

が、そんなことを思うのは私が歳を取ったせいだ。

若い人から見れば、俵万智氏も十分ベテランなのだろう。

俵万智氏が登場したとき、河野裕子氏はあまり褒めなかった。

あれは何だったのだろう?

ひょっとすると、脅威を覚えたのかもしれない?

私は、まだ作歌を始めていなかったから、新鮮な気持ちで読ませてもらったものだった。

その後、朝日カルチャー芦屋の河野裕子氏の教室に通うようになった。

が、その頃の河野裕子氏は、必ずしも評判がよいと言うわけでもなかった。

私が最初にお習いした先生にも「あなた河野裕子さんがどんな歌を作っているか知ってるの?」と、言われた。

その頃の河野裕子氏の歌はあまりにも身近なことばかり詠いすぎるということを言う人も多かった。

○借りものの言葉で詠へぬ齢になりいよいよ平明な言葉を選ぶ  河野裕子(『家』)

が、その後、乳がんになられ、いったん回復されていたが、また10年後に再発して、歌がよくなったと言う人が多くなった。

それは、死を見つめた歌になったからだったかもしれない。

『葦舟』とか死後上梓された『蝉声』などが、それに当たると思う。

河野裕子氏の偉かったことは、死の間際まで詠い続けたことであった。

それが死後、残された家族によって『蝉声』にまとめられたが、その歌もさることながら、その歌人としての姿勢に心うたれる。

もうすぐ亡くなって12年目の8月12日がくる。

河野裕子氏は私の師でありながら、同時に同時代を生きる仲間でもあった。

その河野裕子氏が亡くなって、私は、何だか宙ぶらりんになってしまったような気がしている。

今月の『短歌研究』のトップバッターが俵万智氏であることも取り残された感を強める。

もう世代交代はとっくに終わっているのだ。

いくら頑張っても、われわれは「老兵は去るのみ」ということを思い知らされるだけかもしれない。

寂しいけれど、それが現実なのだろう。

しかし、やめてしまうのも寂しいから、これからも悪あがきを続けるしかない。

★俵万智短歌雑誌の巻頭を飾りて今も輝き続く

★キーホルダーキーぶら下げる小道具を使ひ歌人は家族を歌にす

★大学に入学せし子と高齢になりしふたおや詠ふ中年

団塊の世代です

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