私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

相生若狭野 浅野家の陣屋跡

2017-12-02 16:06:59 | 歴史探索
 12月 2日(土)   天気:晴れ+風    室温;17.7℃

 きょうの新聞のはりま版に 「保存活用 会社組織で 若狭野 浅野家の陣屋跡」 との見出しで
11月28日に 訪れた 浅野家の陣屋跡のことが 載っています。 法界庵の前で お会いした 以
前 区長をしていたと言われる人が 崩れそうな法界庵を 保存したいが お金がかかる。 相
生は 城下町ではないので 市は 保存に熱心ではない。 内部の台所を 一部 修理したので
市から文化財に指定できないと言われている・・などと おっしゃっていました。
 
 新聞には 忠臣蔵で知られる大名、赤穂浅野家の分家・旗本だった若狭野 浅野家の陣屋跡
を 保存活用する計画案が 市民グループの手でまとまった。
 地元の歴史を生かした教育や 観光事業などを進める会社を作って 修理や 維持の費用をま
かなう。 今月には 「浅野陣屋記念館の設立にむけて」 と題した説明会がある。

 浅野家は 3千石で 本家が取りつぶされた後も 旗本として 幕末まで続いた。 領地に置いた
陣屋跡には 1822年ごろに建てられた木造の建物(218㎡) 法界庵が 今も残る。

 藩札を作る 「札座」 として使われ 後に 庵寺や 集会所になった時期もあるという。 傷みが
進んだため 市民らが 「浅野陣屋保存ネットワーク」 をつくって 市に相談するなど 建物の保
存と 活用の道を探ってきた。

※ウィキペディアによると
 陣屋とは、江戸時代の幕藩体制における、大名領(藩)の藩庁が 置かれた屋敷、また 徳川幕府
直轄領の代官の住居および役所が 置かれた建物のことである。
 一般的に 3万石以下の城を持たない 大名が 陣屋を持った。 また 上級旗本も知行地に陣屋を
構えた。


 下の家系図は 陣屋保存ネットワークのページから コピーしました。
 浅野家三代・長矩は 吉良上野介を斬りつけて 切腹、御家取り潰し。
 分家の浅野長恒が 若狭野浅野家の初代で 浅野家は 幕末まで続きます。 若狭野浅野家は 江戸
幕府直参の旗本だったので 江戸に居ることが多かった。 本家取りつぶし後 多くの資料が 分家に
わたり 保管されていた・・・。
   
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