大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、平成17年リタイア後ブログをはじめました。

三社神社・波除公園

2020年02月06日 | 高齢者大学
2月3日、高大歴考教室同窓会の総会でJR環状線弁天町駅へ、11時15分集合の10名。
駅前のクロスタワー大阪ベイ51階での総会にて今年度の担当月を決定後昼食開始。

制限時間なしのバイキング、食べ過ぎにブレーキをかけているつもりがついつい食べ過ぎました。
今回は、総会のみでしたので食後解散。

私は、大阪ベイエリアの入り口にあたる弁天町には来たことがありませんので、ホテルや弁天町駅で駅前の史跡を聴取し、三社神社と波除公園へ。

三社神社
安治川と尻無川に挟まれた埋立地に鎮座。
元禄11年(1698年)、伊勢国桑名の市岡與左兵衛宗勝が新田開発の工事の安全と開発の成功と開発された地域の守護神として、天照皇大神・豊受大神・住吉大神の3柱を祭神として勧請して、社殿を建立ことが起源。

後に相殿として、熱田大神・斎主大神・秋葉大神を合祀し、三社大神と称するようになり、三社さんとして地元の信仰を集めている。
昭和20年の大阪大空襲で、社殿などを焼失。現社殿は昭和35年に完成。
鳥居をくぐった境内入口には注連柱が立ち、意外と緑の多い境内周翁奥に入母屋造りの拝殿、透かし塀内に住吉造の本殿が建立されており、駅前の喧騒とは違って静謐感があふれています。

波除公園
昔から大阪は、淀川や旧大和川の洪水で大きな被害をうけていた。江戸時代前期には、根本的対策として種々の工事が行われた。貞享元年(1684年)市内では淀川の治水対策として河村瑞賢が幕命をうけ九条島を開削し、新川(現安治川)を通した。

安治川の開削で出た土砂によって安治川入港の目印となる波除山が南岸に築かれ、一名瑞賢山(写真上中・浪花百景図)ともいわれ幕府の管理するところであった。
現在は平坦化されてしまったが、山の崩壊を防ぐため植林した松が茂り、遠望できて名所であった。

公園内には、新田開発に携わった市岡與左兵衛宗勝の功績を顕彰する石碑が建っており、高さ5~6mの小山もありましたが、瑞賢山の名残でしょうか?


コメント   この記事についてブログを書く
« 海苔チャリティーセール | トップ | 第24回菜の花忌 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

高齢者大学」カテゴリの最新記事