575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

澄んでいくただ跳ぶ縄に縁どられ   郁子

2014年12月07日 | Weblog
疲れることもなく、いつまでも跳び続けることが出来る。
そんな気分。無の境地に、と作者。

ランニングハイと同じように、かな?
私はランニングが苦手。
一度も、幸福感を味わったことがありません。

動詞が3つ。俳句的には、それが成功する場合もあります。
この句の場合はどうでしょうか?ひとつ無くして

  澄んでゆくただ縄跳びの輪の中に

と、どちらが作者の気持ちに近いのでしょう?

              

昨日は小さい叔父さんの一周忌。法要の後に納骨。
新しいお墓に入った最初の人となりました。
私には二人の叔父さんがありました。
ともに母の弟で、歳上を「大きいオジサン」
下を「小さいオジサン」と呼んで、可愛がってもらいました。
昭和20年8月15日。母の里に疎開をしていた私。
小さいオジサンの背中で玉音放送を聞いていたとのこと。
残念ながら記憶にありません。
そんなことを思いだしながら納骨しました。
冷たい雪交じりの前が岡崎にも降っていました。(遅足)

応答の一日一句

  店たたみ故郷に帰る枯野道     孝

  靴の紐結び直して枯野行く     亜子

 


コメント
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