山上俊夫・日本と世界あちこち

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対話のための対話は意味がない。プーチンとの23回の対話はどんな意味があった?千島問題を正しい軌道に

2018年09月16日 22時51分21秒 | Weblog
 安倍首相は常々、北朝鮮の拉致問題で「対話のための対話は意味がない」という標語をくり返してきた。対話のための対話もできないお寒い実態だったことは、北が対話をしてもいいといってから暴露された。北朝鮮側との対話ルートが全くないのだ。国際会議でちょっと立ち話をしたのと、ベトナムで北の官僚と接触をした程度だ。対話は意味がないをかたくなに実践した結果がこれだ。
 一方、ロシアのプーチン大統領とは今度のウラジヲストクでの「東方経済フォーラム」(9月12日)での会談で23回にもなった。どんな成果があったのか。成果どころか、先日の23回目は前提条件なし=領土問題棚上げの平和条約を今年中に結ぼうと押し込まれた。これはそもそも、安倍首相が「プーチン大統領とはアプローチを変える必要があると一致した」「聴衆のみなさんにも、平和条約締結に向けた我々の歩みを支持してもらいたい」と拍手をうながす演説をしたのが引き金になった。プーチンの方が何枚も上手だ。これをうけてプーチンは、「シンゾーは今アプローチを変えようと提案した。平和条約を今とはいわないが、年末までに前提条件なしに結ぼう」と発言した。そのとき、安倍首相は苦笑いをしていたと日本のテレビは報じた。国民民主党の玉木代表は「薄ら笑いを浮かべていた。外交上の大きな失態」と批判しした。共産党の志位委員長は「重大な外交的失態だ。安倍首相に外交を担う資格はない」と手厳しい。安倍首相が前提条件なしの平和条約に何の反論もしなかったことに、日本国内では野党ばかりでなく、反発が広がった。プーチンへの反論の機会がなかったのかと思ったがそうではなかった。その後安倍氏は4,5回発言をしたのに、何の反論もしなかったのが真実のようだ。だとすると外交の資格がないというのは的を射ている。
 プーチンとの対話は、これこそ対話のための対話、日本国内向けに外交が得意な安倍首相という虚構をふりまくための対話でしかなかったということが今度の一件で明らかになった。「朝日新聞」の9月14日付けの社説がその結びで、「社交と外交は違うという当然の現実を忘れてはならない」と書いた。その通りだ。安倍首相がやっていたのは外交ではなく社交だったのだ。ウラジミール、シンゾーと呼び合い、23回も首脳会談を重ねる。でも領土問題は1ミリもすすまず、それどころか完全に後退してしまった。トランプ大統領ともゴルフで親密ぶりをアピールしてきたが、これは断じて外交ではない。安倍首相は外交が得意、地球を俯瞰する外交などといって自慢しているが、莫大な税金を使って、お金を配りながら社交をしているだけではないか。
 ところで1ミリもすすまないロシアとの領土問題。日本政府は北方4島は日本の「固有の領土」だ、だから返せと主張している。「固有の領土」とは何か。国際法的に意味のある概念なのか。「固有の領土」は国内向けのアピールに使えるだけの論であって、国際法上の用語ではない。こんなもので外交交渉はできない。双方が固有の領土だといい合ったらどうなるか。
 国際法と条約によって厳密に見ていかなければならない。日露の領土問題の出発は、江戸時代の1855年に結んだ「日露通好条約」だ。そこでは、国後・択捉を日本領とし、樺太の国境を未画定とした。ついで1875年「樺太・千島交換条約」を結んだ。樺太をロシア領とする代わりに全千島を日本領とするものだ。これはロシアとの間で平和裏に領土を確定した最終条約であり領土問題の土台だ。
 問題は第2次大戦終結に際し、スターリンが社会帝国主義的欲望をむき出しに、ヤルタ会談で千島の領有を要求し、米英はこれを認めたことにある。全面講和の声を抑えて、1951年に結んだアメリカなどとのサンフランシスコ講和条約で千島を放棄した。サンフランシスコ講和条約2条C項は「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」となっている。歯舞・色丹は千島ではなく北海道の付属諸島で、当時のアメリカも千島には歯舞・色丹は含まれないと表明している。したがって、千島列島は国後、択捉の南地島と得撫(うるっぷ)から占守(しゅむしゅ)までの北千島からなり、これらを日本は放棄したと当時の政府は説明している。
 ところが、1956年になって、政府は国後、択捉の領有権を主張しだした。つまり南千島はサンフランシスコ条約で放棄した千島ではないといいだした。どうにも成り立たない言い分だ。以後、日本政府は、国後、択捉はわが国固有の領土で歯舞・色丹含め4島を「北方領土」と呼ぶようになる。当時は千島という表記もあったが、いまや千島という本来の名称を葬り去り、マスコミも含め地理的にも国際法的にも意味不明の「北方領土」で埋め尽くされている。南千島は千島ではなく、したがってサンフランシスコ条約で放棄した千島には含まれないという言い分は、国際的には全く通用しない。条約制定時の政府の説明と180度異なる。だから、ロシアからは一蹴されてそれでおしまいとなっている。
 20回会談をしても、返還可能なのは千島ではない歯舞・のみという当初の線からは1ミリも前進しない。それどころか、今度の安倍失態会談で2島返還さえも切り縮められるという憶測まででている。
 大切なのは、第2次世界大戦終結の大原則=領土不拡大の原則をよみがえらせて交渉することだ。日露戦争で日本が奪った樺太のように戦争で他国の領土を簒奪することを目的としてやられていた帝国主義戦争の時代を反省して、領土不拡大の原則で終戦処理をしようと国際合意がなされていたのに、ソ連は歯舞・色丹と全千島を、そしてアメリカ帝国主義はサンフランシスコ講和条約第3条で沖縄・小笠原を占領した。大西洋憲章(1941)、カイロ宣言(1943)、ポツダム宣言(1945)に規定された領土不拡大の原則から、ヤルタ秘密協定での歴史の進歩に逆行した領土簒奪の誤りを正すことが基礎にすえられなければならない。戦後処理の誤りをそのまま条約にしたサンフランシスコ条約2条C項を正しいとする立場から自由にならなければならない。でないと、国後・択捉の南千島は千島ではないという国際的に通用しない、ロシアに一蹴される理屈では、説得力の問題ではなく、論理の破綻を見透かされたままで交渉などできるはずもない。安倍首相は新しいアプローチなどといってすり寄る作戦をとっているが、うまくあしらわれて利用されるだけだ。
 最近読んだ本に古関彰一・豊下楢彦著『沖縄 憲法なき戦後 講和条約3条と日本の安全保障』がある。豊下氏は沖縄の尖閣問題にかかわって、「日本がまずなすべきは、『固有の領土』という国際法上の根拠を欠いた概念の使用をやめることである。そもそも『固有の領土』という概念は、『北方領土』という用語を根拠づけるために持ち出されたものであり」「『固有の領土』とは、日本に『固有の』概念に他ならない」と指摘している。国内向けの論理で日本人の頭を洗脳しても、国際舞台では相手にされない。

 
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