山上俊夫・日本と世界あちこち

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志位委員長、米政府に普天間無条件撤去を伝える

2010年05月10日 22時34分57秒 | Weblog
 ニューヨークの核不拡散条約(NPT)再検討会議に出席し、国連関係者、各国政府関係者と懇談をかさねてきた日本共産党志位委員長が、2010年5月7日、米国務省で日本部長のケビン・メアしと会談をした。議題は、核兵器問題と普天間基地問題だ。
 普天間問題では、志位氏は、自らも参加した沖縄県民大会の総意を紹介し、「4月21日、ルース駐日大使との会談で、沖縄の情勢は決して後戻りすることはない限界点をこえていると述べたが、それはいよいよ決定的なものとなっている。県内移設という方針は、県民の理解を得ることが絶対に不可能な、展望のない方針だ」とのべた。また徳之島の島民の意志も紹介し、「もはや沖縄県内はもとより、日本国内のどこにも、地元合意が得られる場所はない。普天間問題解決の唯一の道は、移設条件なしの撤去しかない。これが私たちの主張だ」とのべた。
 日本部長は、米軍の存在は日本防衛と極東の平和と安定に貢献している、海兵隊の存在は抑止力として重要とのべた。
 志位氏は、「抑止力というが、沖縄の海兵隊の展開先はイラク、アフガニスタンではないか」と指摘。県内移設を押し付けるなら、沖縄のすべての基地撤去を求めることになるとしう宜野湾市長の県民大会での発言伝えた。
 米側は、06年に日米政府が合意した現行案が良いとの立場を表明。
 志位氏は、「県民の怒りの根源には、凄惨な地上戦を体験し、占領時に土地を強奪されたうえ、65年にわたる基地の重圧のもとで、痛ましい事故や事件が繰り返された歴史的な痛みの蓄積がある」と強調。かつての沖縄の本土復帰は、沖縄と本土の運動をふまえ、サンフランシスコ条約第3条の壁を越えての決断だったと指摘。返還にいたる過程で米国側も後戻りできない点に至っていることを認識して、返還の決断にいたった過程も指摘しながら、「私たちは、いままさに同じような決断が求められる歴史的岐路に日米関係は立ち至っていると考える」と述べた。
 米側は「見解は違っても意見交換をするのは有益、これからもできるだけやりたい」と述べた。『しんぶん赤旗』2010・5・9付けから紹介した。
 志位氏が国務省との会談を求め、無条件撤去というすっきり解決法率直に主張したことの意味は大きい。現在の沖縄県民の総意は、限界点を越えているがゆえに、本土復帰のときと同じような決断が必要なそういう地点にすでに立ち至っているという時代認識を示し、同意を求めたことが重要だ。
 アメリカの顔色をうかがい、及び腰で交渉する歴代日本政府の立場を突破することが展望を開くことを予感させる。志位氏との会談が、アメリカ側にとって、県民の総意の歴史的位置についてはっきり説明を受けたはじめての場だったのではないか。日本外交にとっても意味ある会談だったいえよう。
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