山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

国家公務員と中村哲さん、ふたつの投書

2019年12月16日 16時18分00秒 | Weblog

 今日(2019・12・16)の『朝日新聞』の「声」の欄のふたつの投書に目が留まった。ひとつは「国家公務員はだれのための仕事?」。「桜を見る会」で名簿を廃棄した官僚は、家族、親戚に胸を張って国家公務員だといえるかと問う。投稿者は、同窓会などの世話役をしているが、懇親会の会計報告や名簿は保管し、領収書はのり付けし、絶対廃棄しない。まして国民の税金で飲食する行事で開示請求があったら提示するのは当然の義務だ、速やかに廃棄するなど理解できない、恥ずかしくないかと憤る。全く同感だ。

 もうひとつは、「中村哲さんの誠実さを見た」だ。田舎町での「ペシャワール会」の活動報告会に参加した時、小柄で目立たない中村さんがビデ上映から説明すべてを一人でやっていたそうだ。アフガンの人道活動でノーベル賞をもらってもおかしくない人が、偉ぶらず、田舎町まで来て報告する。彼の誠実、精神を受け継ぎたいというものだった。

 2001年、米軍のアフガン空爆を支援するために自衛隊を派兵する法案審議の時、中村さんが国会に参考人として呼ばれた。中村さんは長年のアフガンでの活動経験から、「自衛隊の派遣は百害あって一利なし」と答えた。そのとき自民党席から「売国奴」というヤジが飛んだ。空爆支援が愛国的行動だったか。アフガン戦争でどれだけ破壊が進み、分裂、武装対立が激しくなったか。中村さんが売国奴だったら、彼に対するアフガンからの追悼、感謝の声がこれほど届くだろうか。中村さんこそ、憲法9条の平和主義を身をもって実践した人だった。日本への敬意をもかち得た人だった。いま、日本の政治で問われるのは「恥」だ。「恥」は日本人の行動規範の中心をなしてきた。ところが今や、恥知らずが国家をろう断し、片方で道徳教育を推進する。

 

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