戦争の責任は政治にある

90歳を過ぎての挑戦、、、ここにきて戦争を知らぬ政治家が幅を利かせ、憲法に取り組むべきを、避けて通る姿は残念に思う。

平和でありたいが手中に入れた核を廃棄出来るか

2018-01-17 19:32:21 | 政治社会
核廃絶の平和活動が活発ながら、国連に強固な実戦
部隊を持たず、一度手に入れた核技術は忘れ去る後
戻りは不可能だ。人類滅亡より自国民の存亡を重視
し最大限譲歩しても憲法に核は報復攻撃にしか使用
しない歯止めを明確にする。日本は核廃絶を問われ
アメリカの核の傘の許煮え切らない態度しか取りえ
ない。破れ傘でも一応の抑止力と自己満足している
が、日本を取り巻く世界情勢は、アメリカは中国と
事を構える体力も気力も無い。尖閣諸島など無人の
島に攻防相戦う筈もなく、アメリカは中国が軍事基
地を建設した人口島を攻撃しなけらば制空権は確保
出来ないことは明白だ。自衛隊隊員を諸島で玉砕戦
法を取ってはならぬ。日本国土は広い。無人島も無
数に或る。沖縄を含む本土防衛に絶対必要なのは、
遅ればせながら核兵器を自国の抑止力として、アメ
リカのなるがまま、兵器供給国(資金を含め)とな
ラぬ決意が必要だ。今のままだと本当に破れ傘の下
の日本となり,ずたずたに老若いがみ合い、平和は
永遠に訪れない。決意はトランプ大統領の時だ。
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