柴犬日記と犬の児童小説

初めて飼った犬の記録と犬が出てくる児童小説

権力とマスコミ

2018-04-24 21:55:57 | おもしろい
新潮で女性記者にセクハラ発言を繰り返したと報じられた財務省の福田淳一事務次官が辞任した。この問題ではセクハラを受けていた女性記者が、勤務先のテレビ朝日の上司に相談したが「報道は難しい」と伝えられ、週刊新潮に連絡したという。ジャーナリストの牧野洋氏は「マスコミの取材体制にも大きな問題がある」と指摘する――。
国家権力とマスコミは主従関係にある?
国家権力を取材するマスコミは国家権力に仕える立場にあるのだろうか? 国家権力が「主」でマスコミが「従」という主従関係が成り立つのだろうか?
答えはもちろんノーである。主従関係が成り立っていたら、マスコミは「政府広報紙」と変わらなくなってしまう。マスコミは対等の立場で国家権力と対峙し、権力のチェック役を担わなければならない。
ところが、財務省の福田淳一事務次官をめぐるセクハラ問題を見ると、そこには主従関係があるように見える。マスコミはネタをもらうために財務省に気に入ってもらおうと何でもする。時にはセクハラ行為も我慢しなくてはいけない、というわけだ。
今回のセクハラ問題は、同一組織内で起きたわけではない。福田氏は財務省内の女性職員ではなく、テレビ朝日の女性記者に対してセクハラ行為を繰り返したとの疑惑を持たれている。
財務省内で男性上司が人事権を盾にして、部下の女性職員にセクハラをしたと仮定しよう。この場合、女性職員は解雇や左遷を恐れてセクハラ行為を我慢することもあるだろうし、内部告発者となって上司と対決することもあるだろう。ここには明らかに主従関係がある。
一方、テレ朝の女性記者は財務省の職員ではない。福田氏によって解雇されることはないし、左遷されることもない。にもかかわらずセクハラ行為を受けるような状況に置かれたのである。
問題の根っこにある「アクセスジャーナリズム」
理由は単純だ。ネタを取るためである。どのメディアであっても、財務省のトップに食い込み、ネタを取ってくる記者は重宝される。一緒にバーで飲んだり週末にゴルフを楽しんだりする関係を築ければ御の字だ。
問題の根っこにあるのがいわゆる「アクセスジャーナリズム」だ。アクセスジャーナリズムとは、記者が政府高官や企業経営者に気に入られ、特別に情報をリークしてもらう手法だ。「リーク依存型取材」と言い換えてもいいかもしれない。
権力側との「アクセス(接近)」を重視するあまり、ジャーナリズムに欠かせない批判精神を失ってしまう――これがアクセスジャーナリズムの本質である。日本では財務省の記者クラブ「財政研究会」を筆頭に権力側に配置された記者クラブがアクセスジャーナリズムの一大拠点として機能している。ここに主従関係が生まれる土壌がある。
問題は女性記者に対するセクハラ行為に限らない。男性記者に対するパワハラ行為も考えられる。権力側が「主」でマスコミが「従」になる結果、同一組織内で起きる上司・部下と同じような関係が「取材される側」と「取材する側」に生まれるわけだ。
念のために強調しておくと、被害に遭ったテレ朝の女性記者がアクセスジャーナリズムに傾斜していたと言っているわけではない。むしろ逆である。記者クラブから出入り禁止となるリスクを承知のうえで、福田氏のセクハラ行為を告発したのである。アクセスジャーナリズムと決別しようとしたといえる。
アクセスジャーナリズムがはびこると、記者は事実上、政府や企業にコントロールされてしまう。ネタ欲しさのあまり相手に都合が悪いことを一切報じなくなり、政府や企業を持ち上げる「よいしょ報道」を繰り返すようになる。
記者クラブ内では「特オチ」を嫌がる文化が根強い。「特オチ」とは他社が一斉に同じニュースを報じているなかで、一社だけ蚊帳の外に置かれる状況だ。そのためクラブ内ではどのメディアもこぞって権力側にすり寄ろうとする。こうなるともはやジャーナリズムではなく、事実上「政府広報紙」「企業広報紙」に成り下がってしまう。
テレ朝の対応はピュリツァー賞と正反対
米国にもアクセスジャーナリズムを行う記者はいる。2003年のイラク戦争に絡んでニューヨーク・タイムズのジュディス・ミラー記者が手掛けた「大量破壊兵器」の報道が代表例だ。同記者は「ブッシュ政権の御用記者」のレッテルを貼られ、実質的に業界から追放されている。アクセスジャーナリズムを認めない文化があるからだ。
奇しくも、福田氏辞任のニュースが飛び出す3日前の4月16日に、米国でジャーナリズムの世界で最も栄誉あるピュリツァー賞が発表された。最高格の公益部門受賞作は、権力者によるセクハラ疑惑を暴いた特報だった。
特報を放ったのはニューヨーク・タイムズ紙とニューヨーカー誌。ここにはアクセスジャーナリズムは介在していない。両メディアは内部告発者である被害者側の立場から取材し、権力側の不正を暴いている。
権力側でセクハラ疑惑の矢面に立たされた筆頭格は、米映画界の大物プロデューサーであるハーベイ・ワインスタイン氏だ。ニューヨーク・タイムズとニューヨーカーが同氏のセクハラ行為を暴いたことがきっかけになり、世界的な「#MeToo(私も)」運動が起きている。両メディアとも同氏に嫌われても一向に構わないのである。
翻ってテレ朝の対応は180度違った。社内に被害者である女性記者がいたうえ、本人が報道を望んでいたにもかかわらず、報道機関として福田氏のセクハラ行為を暴こうとしなかった。それを暴かずに何をしていたのだろうか。財務省の機嫌を損ねて特オチという恥をかかされるのを避けたかったのではないか。
エゴスクープを「本物のスクープ」と思い込む
例えば、財務省の記者クラブで働く記者にとって絶対に回避しなければならない特オチの一つは日銀総裁人事だ。2月に黒田東彦総裁の続投が決まるまで、クラブ加盟の各メディアは財務省幹部を対象にアクセスジャーナリズムを全面展開していたことだろう。
だが、そもそもこのような取材合戦をしていること自体が問題だ。日銀総裁人事は重要だが、それを一日でも早く報じることで世の中が良くなるわけではないからだ。
米ニューヨーク大学(NYU)教授のジェイ・ローゼン氏によれば、日銀総裁人事の速報は「エゴスクープ」に相当し、本物の特ダネではない。エゴスクープは「放っておいてもいずれ明らかになるニュース」をすっぱ抜く点に特徴がある(厳密には日銀総裁人事は「トレーダーズスクープ」だが、その違いは追って別稿で解説しよう)。
日本語にすれば「自己満スクープ」だ。典型例は「政府は黒田日銀総裁を続投させる方針を固めた」のほか「東京地検特捜部はあすにもC氏の逮捕に踏み切る」や「A社とB社は週内にも経営統合で合意する」といった記事だ。これらは記者の努力がなくてもいずれ公になるという点で共通する。
ローゼン氏は「エゴスープを放って喜んでいる記者は、報道界という狭い内輪の世界で競争しているにすぎない。公益とはまったく関係ない世界に身を置き、自己満足しているだけだ」と手厳しい。同氏の基準では「エゴスクープの価値はゼロ」だ。
にもかかわらず、日本にはエゴスクープこそ「本物のスクープ」と思い込んでいるマスコミ幹部は多い。エゴスクープが新聞協会賞を受賞することもある。
エゴスクープの弊害は大きい。第1に、記者がブラック労働を強いられる。発表されたり、他社に抜かれたりしないようにするため、昼夜問わず血のにじむような取材合戦に放り込まれる。特オチ回避は至上命令なのだ。
第2に、アクセスジャーナリズムと紙一重だ。というか、アクセスジャーナリズムを受け入れなければエゴスクープはまずものにできない。こうなるとマスコミが権力側と癒着しかねず、記者のブラック労働よりも深刻な問題となる。
記者へのセクハラ・パワハラをなくす決定打
財務省側の視点で考えてみよう。日銀総裁人事のリーク先を考えるとき、財務省の良き理解者であり、常に財務省の意向に沿った報道を手掛けているメディアを選ぶだろう。一方、内部告発者を情報源にして財務省の不正を暴こうとしているようなメディアは出入り禁止にしたいはずだ。
財務省の良き理解者かどうかではなく、セクハラ行為を受け入れるかどうかでリーク先を決めるケースもあるようだ。今回のセクハラ問題をスクープした「週刊新潮」(4月26日号)が入手した音源によれば、福田氏が情報の見返りに女性記者にセクハラ行為を迫っているとも受け取れる会話が紹介されている。
アクセスジャーナリズムから脱却するには、マスコミ業界全体としてエゴスクープと決別し、本物のスクープを目指せばいい。エゴスクープを新聞協会賞から排除するのは第一歩だ。そうすれば自然にアクセスジャーナリズムへの依存度を下げることができる。
本物のスクープとは、「放っておいてもいずれ明らかになるニュース」ではなく「記者の努力がなければ永遠に埋もれしまうニュース」である。記者が独自にニュースを発掘する調査報道と同義と考えていい。直近では、朝日新聞が放った「森友文書改ざん」のスクープが代表例だ。
このような報道であれば、マスコミと権力側の間に主従関係は発生しない。マスコミはエゴスクープを追い求めないから、権力側にすり寄る必要はなくなる。権力側からのリークに頼る報道はしなくていいのだから、記者に対するセクハラやパワハラが発生する余地もなくなる。この機会に各社には報道のあり方を考え直してほしい。
牧野 洋(まきの・よう)
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記者クラブ

2018-04-24 14:37:38 | おもしろい
財務省の福田淳一事務次官が、テレビ朝日の女性記者と会食中、「胸触っていい」「抱きしめていい」などの言葉を執拗(しつよう)に投げかけたというセクハラ騒動を受けて、さまざまな論争が巻き起こっている。
 「被害を訴えたのにネグったテレ朝のパワハラ体質にメスを入れるべき」
 「報道機関が会話を無断で録音して、週刊誌にネタを流しているほうが問題だろ」
 それぞれ大事な論点に違いないと思う一方で、この問題の本質をつくテーマについては、あまり論じられていないのが気にかかる。
 それは、なぜ福田氏が女性記者を「お店の女性」のように接していたのか、ということである。
 『週刊新潮』が音声データを公開した当初、普段から女性に対してこのような発言をよくするのかと質問された福田氏は以下のように答えている。
 「お恥ずかしい話だが、業務時間終了後、時には女性が接客をしているお店に行き、お店の女性と言葉遊びを楽しむようなことはある。また、仲間内の会話で、相手から話題を振られたりすれば、そのような反応をするかもしれない」
 だが、音声を聞けば、女性記者に対してもバリバリに「言葉遊び」を楽しんでいる。福田氏本人や擁護派のみなさんは、全体をみればセクハラじゃないことが分かるとか、森友問題などについて探りを入れてくるのではぐらかしているだけだと反論をしているが、あのデータ自体が捏造(ねつぞう)とかでない限り、「胸触っていい」などと福田氏が発言した事実が覆ることはない。
●公務員のスキャンダルが相次ぐ
 では、なぜ福田氏は「お店の女性」としか楽しまない「言葉遊び」を、テレビ朝日の女性記者に対しても行ったのか。まずみなさんの頭に思い浮かぶのは、「人間性の問題」という言葉だろう。
 一般社会では、銀座の高級クラブやキャバクラ好きのおじさんが、会社の飲み会でも女性社員にお酒をつくらせたり、「ほら、ぼさっとしてないでキミたちは部長の横に座って」なんて注文をつけたりするセクハラシーンがよく目撃されている。福田氏も頭の中が「酒席の女性=ホステスさん」的世界観でこりかたまったおじさんがゆえ、こういう言動に出たのでは、と思う方も少なくないのではないか。
 ただ、筆者の考えはちょっと違う。
 そもそも、一部の官僚のなかには「女性記者=ホステスさん」くらいに思っているフシがある。このような「勘違い」を促進させる組織やシステムこそ、今回のような問題を招いたと考えている。
 「おいおい、いくらなんでもそりゃ官僚に失礼だよ」という声が聞こえてきそうだが、過去を振り返ってみれば、福田氏がかわいくみえるような「勘違い公務員」が山ほどいる。
 例えば今から28年前、東大卒で福島県警本部長だったエリート警察官僚が、女性記者の自宅に押しかけたり、官舎に招き入れコタツの中で手を握ったりしたというスキャンダルが週刊誌で報道された。
 1993年には、秋田地検の次席検事が、夜回りに来た女性記者を官舎にあげて胸に触ったことが写真週刊誌に報道された。
 2000年代になると、もっと露骨になってくる。高知県警の巡査長は、女性記者を呼びつけては抱きついた。帰ろうとする女性記者のタクシーに乗り込むと「ホテルへ行け」と言いだすなどやりたい放題をして論旨免職となった。
 2003年には大阪府警の副署長が女性記者と飲んだ後、「遅いからホテルに1人で泊まったら」とビジネスホテルへと連れていき、肩を抱き寄せたり、抱きついたりした、として懲戒処分を受けた。
 2007年には、長崎市の企画部長が、女性記者をホテルに連れていって性的関係を強要するというセクハラ疑惑も報道された。
●最上位は「女性記者」
 もちろん、報道されるのは氷山の一角にすぎない。大げさな話ではなく、日本の女性記者の歴史は、公務員のセクハラ史と言ってもいいくらいだ。
 なぜこうなってしまうのかというと、一部の公務員にとって、「女性記者」を口説き落とすということは、競争率の高いナンバーワンキャバ嬢をモノにして、周囲の男たちから羨望の眼差しで見られるのと同じくらい誇らしいことだからだ。
 2001年9月14日の『週刊朝日』には、外務省の課長補佐以上の官僚が、1年間で関係した女子の数を自慢し合うという秘密会合があるとして、女性をランク付けしているという記事が出た。ホステスさん、アルバイト、女性職員の順番で高得点で最上位は「女性記者」だと、同省の若手官僚が言っている。
 「それも新聞よりテレビ。最上位はキャスターですよ。なにしろ外務省はキャリア、ノンキャリのカースト制ですからね。何でもランク付けが好きなんですよ」(同誌)
 「つい最近も、ボクの知り合いが、ある民放の女性記者をゲットしたという情報が流れ、『あれは○点だ』とか『いや、○点だろう』とささやき合ったばかり」(同誌)
 「ゲットってポケモンかよ」と怒りに震える女性たちも多いだろう。あるいは、「こんな非人道的な会話を、外務省のエリートがするわけがない、週刊誌の捏造だ」と信じない方もいるかもしれない。だが、筆者も数年前、外務省ではないが、ある省庁の高級官僚たちと酒席を共にしたとき、これとほぼ変わらぬ「女性記者」の格付けトークを聞いたことがある。
 世の中にはドラマとかに出てくる真面目な公務員もたくさんいるが、それと同じくらい「女性記者」を「ホステスさん」のように扱い、あわよくば深い仲にと目論む「エロ公務員」も大勢いるのだ。
 だから、福田氏のやったこともそれほど騒ぐような話ではない、などと言いたいわけではない。個々の人間性だけでは、ここまで大量に、かつ安定的に、「女性記者へのセクハラおじさん」を世に送り出すことは困難である、ということを申し上げたいのだ。
 そうなると、「病巣」は官僚組織の中にあると考えるべきだ。福田氏のように対外的には「仕事のできる国家公務員」がアフター5になると、「女性記者へのセクハラおじさん」へと豹変(ひょうへん)させてしまう、構造的欠陥が官僚組織のどこかに潜んでいるとしか思えないのだ。
 このシステムエラーによって、一部の役人のおじさんたちは、若い女性記者たちを「自分が好きにできる存在」だと勘違いをしてしまう。無理もない。まっすぐ家に帰りたくないとき、電話一本すれば、家でパジャマ姿でくつろいでいてもタクシーを飛ばしてかけつてくれる。同僚ならば、すぐに大問題になるようなエロトークをしても、ちょっとしたボディタッチをしても役所のコンプラへと駆け込まず、「秘密」を守ってくれる。もちろん、女性記者からすれば「取材」という仕事のためなのだが、おじさんは「特別な関係」だと勘違いしてしまう。キャバ嬢の「営業トーク」を真に受けて、のぼせる構図とよく似ている。
●システムエラーの正体
 ここまで言えば、カンのいい方は「システムエラー」の正体にお気付きではないだろうか。そう、「記者クラブ」である。
 ご存じのように、日本の警察、検察、裁判所、そして官省庁には、クラブ加盟社だけが優先的に情報にアクセスできる、記者クラブという制度がある。ここに加盟した記者は役所から横並びで情報がいただける。が、それだけでは、どこの新聞、どこのテレビもみな横並びになってしまうので、クラブ記者たちは役所が終わった後、官僚の自宅に押しかけたり、秘密裏に会食をすることで独自情報を得ようとする。

© ITmedia ビジネスオンライン 官僚と記者クラブのビミョーな関係
 それこそが日本独特の「夜討ち」「朝駆け」という取材文化だ。
 情報を持っている高級官僚に呼び出されたら即座にかけつける。ライバルよりも気に入られて、ライバルよりもディープな内部情報を得る。そういう熾烈(しれつ)な競争がクラブ記者の間で、日夜繰り広げられているのだ。
 ――なんて話をドラマチックに描くと、元新聞記者である横山秀夫さんの『クライマーズハイ』みたいになるが、ミもフタもない言い方をしてしまうと、なんのことはない、閉ざされた「ムラ社会」のなかでライバルを蹴落としながら、いかにしてムラの権力者からかわいがられるか、そして「えこひいき」をされるかという競争に過ぎないのである。
 そう聞くと、「ん? なにか似てるな?」と思う方もいるかもしれない。高級クラブやキャバクラという、福田氏が「言葉遊び」を楽しむ店である。
 ホステスさんたちは「店」という閉ざされたムラ社会のなかで、ライバルを蹴落としながら、支払いのいい「上客」の心をつかもうとする。そのために、心にもない営業トークをして、同伴やアフターに付き合い、「指名」という「えこひいき」を勝ち取っていく。「取材」と「接客」という違いはあるものの、やっていることの本質はなにも変わらないのである。
 実はこれこそが、福田氏が女性記者を「お店の女性」のように扱った根本的な原因である。
●クラブ記者と官僚の関係
 クラブ記者と官僚の関係は、ホステスさんと客の関係とよく似ている。嫌な官僚でも情報をくれるなら我慢をしてエロ話の相手をしなくてはいけない。嫌な客でも指名をくれるなら、口説きもかわしたり、多少のおさわりも我慢をしなくてはいけない。
 人間関係がうりふたつならば、そこで行われるハラスメントが似るのも当然だ。酔った福田氏が、女性記者に「お店の女性」のような「言葉遊び」を始めるのは、彼のなかではまったく自然なことなのだ。
 こういう本質をズバリとつくような話をしてしまうと、「権力の監視」という尊い仕事をしている記者クラブを、夜のお店と重ねるとは失礼すぎる、と怒りの抗議が寄せられるかもしれないが、クラブ記者のみなさんが、高級クラブのホステスさんや、キャバクラ嬢並みに、上客に弱い立場にあることをこれ以上ないほど証明しているエピソードがある。
 2017年6月、国連人権理事会で「表現の自由の促進」の特別報告者であるデービッド・ケイ氏が、日本の政治ジャーナリズムについての報告書を発表した。マスコミは、ヒトラー安倍の恐怖政治で、いかに報道が萎縮しているかを必死にアピールしたので、その手の話もだいぶ盛り込まれたが、問題はそこではなく、日本のマスコミを調査した際、ケイ氏が直面した違和感である。それは、米テンプル大日本校教授のジェフ・キングストン氏が明かしている。
 「ケイ氏が驚いたのは、調査した記者たちが『匿名』を希望したことだ」(朝日新聞 2017年8月22日)
●ハラスメントの温床
 日本のメディア事情に疎いケイ氏はこれを安倍政権が怖いからだと勘違いしたが現実は違う。マスコミ記者は、選挙が落ちればただの人になる政治家などではなく、何十年も長い付き合いになる官僚から嫌われることを恐れて「匿名」にしたのだ。
 名指しで、安倍政権を叩く記者は山ほどいるが、官僚組織や記者クラブを面と向かって叩くマスコミ記者がいないのがなによりもその証拠だ。
 自分たちの労働環境の文句すら、面と向かって言えないから、自分が受けた「被害」を訴える人を見るとカチンとくる。なぜこいつは我々のようにじっとハラスメントを我慢しないのだと憎悪がこみあげる。
 セクハラを受けたのだからまずは財務省に駆け込むべきだとか、テレビ朝日で報道できるように戦うのがジャーナリストだ、みたいなもっともらしい感じで、女性記者がバッシングされているのはこれが理由だ。
 旧日本軍、相撲協会、レスリング協会などをみれば明らかだが、閉鎖された社会はハラスメントの温床となる。これ以上、「被害者」を出さないためにも、そろそろ記者クラブというまったく今の時代にマッチしない「ムラ社会的なキャバクラ」のあり方を見直すべきではないか。
(窪田順生)
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森友疑惑

2018-03-21 11:35:55 | おもしろい
 なぜ、麻生太郎財務相は辞任しないのか。
 3月2日に朝日新聞が、財務省が森友学園との国有地取引に関する決裁文書を書き換えた疑惑がある、と報じた。朝日新聞の報じ方は自信に溢れていて、根拠となる資料を入手していると思われる。
 ところが、麻生財務相は国会での野党の追及に、説得力のないあいまいな答弁に終始した。原本は大阪地検のもとにあって国会に取り寄せることは不可能で、書き換えがあったか確かめようがない、というのだ。しかし、これは財務相とも思われない幼稚な誤りだ。国会には国政調査権というものがあり、国会から提示を求められれば、地検にはそれを拒否する権限はないのである。
 財務省は逃げまくったが、国会に提示しない理由がなくなり、提示はした。だがなんと、それは改ざんした後の文書であった。ナンセンス極まりなく、わざわざ国民の信頼を失わせる行為だ。その後、自民党幹部たちからの要請もあって、やっと原本らしきものが提出された。
 私は原本が提出されると知ったとき、当然、麻生財務相は辞任すると考えた。自民党の幹部3人にそのことを言うと、3人とも「辞任すると思う」と答えた。一人は現職大臣だ。
 だが、麻生氏は辞任せず、改ざんは理財局の一部の職員によって行われたと説明した。責任者は、当時の理財局長だった佐川宣寿氏であり、動機は、事前の価格交渉を否定するなどした佐川氏の国会答弁と文書の内容に齟齬(そご)があったので、答弁に合わせるため書き換えたのだという。
 そもそも森友学園に対する国有地売却の価格が、なぜ8億円も引き下げられたのか。その理由を記したはずの記録を佐川氏は破棄したと答えたが、実は破棄されていなかった。事前に森友側と価格などを含め一切交渉してはいない、と証言したが、価格を含めて学園側と交渉していた録音データが残っていた。

© dot. 田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネ…
 それにしても、佐川氏自身に虚偽答弁する必然性などはなく、政府筋からの強い圧力があった、ととらえざるを得ない。
 私は森友学園の籠池泰典・前理事長が逮捕される前、あるテレビ局に頼まれ籠池氏にインタビューした。
「あなたは2015年10月に、安倍昭恵夫人に電話をしましたね。昭恵夫人は海外出張中でしたが、何を頼みたかったのですか」
 籠池氏は工事の立て替え金を早く返済してほしいのと、売却価格を安くしてほしい、の2点だと答えた。
 その後、昭恵夫人付の女性官僚から連絡があり、昭恵夫人に頼んだことを詳しく知らせてほしいと言ってきたので、手紙に詳しく書いて郵送した。しばらく経つと、頼まれたことをいろいろやったが、うまくいかなかったというファクスが届いた。だが、その後、今年度は無理だが来年度にまたやってみるというファクスが届いたということだ。
 そこで、翌年はどうだったか、と問うと、籠池氏は「満額回答だ」と答えた。籠池氏は、昭恵夫人の大変なご尽力で、立て替え金も返済され、売却金も8億円引き下げられた。心から感謝したい、と答えたが、この部分は放送されなかった。
 籠池夫妻は、現在もなお勾留され続けている。釈放すると、籠池氏が昭恵夫人に、どのような頼み方をし、昭恵夫人がどのような尽力をしたのか、具体的にしゃべられるのが怖いのだろう。
※週刊朝日  2018年3月30日号
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カズとおじいちゃん<6>最終回

2018-02-18 12:58:12 | 小説
土曜日の午前。大山神社から始まる登山道沿いの緩い斜面に立つ二本の杉のうち、上の方にある大木の前にタンを連れた和彦たち七人が集まっていた。大山からの帰りには正午までに竜崎老人宅に寄ることになっていた。老人のたっての頼みだった。
今度こそはと誰もが大木の空洞を見つめていた。その大木は幹回りが三㍍を超え周囲の雑木を圧倒していた。根元には和彦が少しかがめば入れるぐらいの空洞があった。空洞を縁取っている茶褐色の樹皮が彫刻の飾りのようにも見えた。軍手をはめた雪男が両ひざをついてシャベルで地面を掘り始めると、全員が中腰になって雪男の手先を見つめた。
「おっ、何だこの赤いのは」
 雪男が声を上げた。
「おーっ」
背後がどよめいた。土は意外にも柔らかく雪男の二かきで二つの牛乳びんの膨らんだ部分とさらに透明なビニール袋に入った赤い陶器が現れた。雪男は両手を突っ込み、左手で二つのびんの細くなったところを、右手で赤い陶器の入った袋をつかみ引き上げた。二本の牛乳びんを斜面に置いた雪男は、顔の前で泥のついた袋を右手で掲げた。赤い陶器は手のひら大で長方形をしていた。
カタッ。袋の中で斜めになった陶器の上ぶたが外れて袋の底に落ちた。雪男は慌てて袋の上から左手を上ぶたに添え本体と合わせようとしたが、その前に二つ折りの白い封筒と四つ折りになった一枚の便せんも底に落ちてきた。封筒の裏側に書かれた名前の中に「仙」の一文字があるのを誰もが見逃さなかった。
「わーあ、仙吉さんからの手紙だ。仙吉さん、ここに来たんだ」
「カズッ、良かったな」
和彦が歓声を上げながら弘人たち四人とハイタッチを繰り返した。
「竜崎さん、待ったかいがあったわね。ほんとに良かったわ」
 公子の声も弾んだ。
「これ渡したら竜崎さん喜ぶぞ」
 雪男がビニール袋の外から封筒と便せんを陶器の本体に入れて上ぶたを閉めた。そうこうしているうち和彦たち五人がひそひそ話を始めた。
「どうして封筒のほかに便せんも入ってるのかなあ」
 弘人に背中をつつかれた和彦が雪男と公子の顔を見比べながら首をひねった。
「う、うん。まあ、そりゃあ竜崎さんに見せてからの話だな」
「そうよ、和ちゃん」
 雪男の意見に公子が同調した。
「それにしても仙吉さん、竜崎さんが連絡を取ろうとして入れたびんの手紙に気づかなかったのかしら。連絡用のびんを開けた気配もないし……」
 公子がぽつりと言った。
「確かに、言われてみればお母さんの言うとおりだな。仙吉さん本人ならびんが二本埋まってたら一本は竜崎さんが入れたものと気づくはずだよな。そしたら竜崎さんの連絡先も分かるんだから、こんなことしなくてもいいはずだが」
「あー、やっぱり仙吉さん以外の人が来たんだよ……。お父さん、そのびんはどうしたらいい」
 一呼吸置いて和彦が斜面に置かれた二本の牛乳びんを指さした。
「そりゃあ、二人の手紙が入った方は埋め戻すべきだな。二人の約束は守られないとな」
「そうだね」
雪男は一本のびんをもとの位置に埋め戻した。赤い陶器はビニール袋から取り出され、泥を払った袋と、もう一つのびんとともに腰につけたバッグに入れられた。
「じゃあ、下山するぞ」
 雪男の軽やかな声を合図に七人は雪男を先頭に登山道から境内に出て石段を下りていった。
「手紙渡したらおじいちゃん、どんな顔するだろう」
「今日はほんとにドキドキしたよ」
「すごいロマンがあったなあ」
タンを連れた和彦たちは口々に言い合い駐車場を目指した。
                ◇
朝八時に白石家を出た七人が竜崎家の近くにある公民館の駐車場に着いたのは正午前だった。そこには一台の救急車が停まっていた。
「おっ、救急車だ。中をのぞいてみようぜ」
弘人の誘いに和彦をはじめ子供たちがすりガラスのウインドーの前でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「何してるの! いけませんよ」
救急車を前に物珍しそうにしている子供たちに公子が雷を落とした。
「ちぇっ」
弘人が公子に聞こえないように舌打ちした。タンを連れた和彦を先頭に七人は灘道を一列になって歩いた。竜崎家に入っていく進入路近くに来たとき人だかりがしているのが目に入った。
「お父さん、何かあったのかなあ」
 和彦はそう言うとタンのリードを引っ張り五、六人が群れている所まで二、三十㍍走った。
「何かあったんですか」
 和彦はやじ馬の大人たちに声をかけた。
「あら、僕」
声をかけてきたのは竜崎家の玄関から進入路を走って来た篠田民生委員だった。エプロンをつけサンダルをはいて慌てた様子だ。
「大変なのよ。竜崎さんが今、救急車で運ばれるところよ」
「えっ、そんな」
 和彦がとっさに玄関の方に目をやると、少し開いた引き戸の隙間からストレッチャーの端が見え、その脚が小刻みに揺れていた。寝かされた竜崎老人の顔は見えなかったが、白衣を着た救急隊員のほかに黒のセーターを着た白髪の男性がストレッチャーに向かって何か呼び掛けているようにも見えた。
「どうしたんだ、和彦」
「和ちゃん、何があったの」
 異変を感じて走って来た雪男と公子が和彦の顔をのぞき込んだ。
「カズッ、何があったんだ」
弘人たちも駆けて来て和彦の背中に声をかけた。
「おじいちゃんが……」
 和彦はそれ以上言葉が出なかった。
「あの、この僕のご家族の方ですか。わたしは民生委員をしている篠田といいます」
「はい、和彦の母ですが」
 公子が早口で答えた。
「あっ和彦くんだったわね。竜崎さん今、救急車で病院に運ばれるところなんです」
「えっ」
公子をはじめ誰もの表情が硬くなった。公子が意を決し口を切った。
「ご容体はどうなんでしょう」
「気分が悪いから来てくれって電話があったんで行ってみたら、居間の電話台の所で竜崎さんがお腹を押さえて苦しんでたんですよ。ごめんなさい、わたし慌てて出てきたもんで鍋の火を消したかどうか心配で。中に主人がいますので」
 篠田民生委員はそう言うと進入口の真ん前にある家へ駆けて行った。
「おじいちゃん大丈夫かなあ」
 和彦はしゃがんでタンの頭に額をくっつけた。タンは嫌がって頭を振りながら鼻息を荒くした。やじ馬も徐々に増えてきて顔見知り同士で雑談しながら竜崎家の玄関を見守った。
「さっきはごめんなさいね。齢をとるといけませんわ。ところであなたたちは今日は何か用でも?」
 自宅から出てきた民生委員は照れ笑いから落ち着いた顔になって尋ねた。
「竜崎さんに子供たちから届けるものがあっておじゃましたところです」
 公子が答えた。
「届け物?」
「この手紙です」
 今度は雪男が腰につけたバッグから赤い陶器を取り出した。
「そこ、道あけてくださーい」
 雪男が陶器を差し出すと同時にストレッチャーの先頭にいた救急隊員が玄関先から大声を上げた。進入路の入り口をふさいでいた和彦たちや近所の人合わせて二十人ほどがぞろぞろと動いて道をあけ、運ばれてくるストレッチャーに注目した。雪男は陶器を素早くバッグに入れタンを抱きかかえた。
「おじいちゃん、和彦だよ。分かりますか」
 和彦は二、三歩前に出て大声で呼び掛けた。竜崎老人は毛布の中で向こうむきで横になり、両手でお腹を押さえながらエビのように体を曲げていた。和彦の呼び掛けには少しだけ頭を動かした。顔は青ざめ目は閉じられ、歯を食いしばった口からは「うっ、はっー」という我慢の息遣いが聞こえた。和彦は老人の苦しみが自分にも伝わってくるような気がして息苦しさを感じ立ちすくむしかなかった。
「あんた」
篠田民生委員はストレッチャーの後に付き添っていた夫に声をかけた。夫は地区の自治会長をしており、妻とともに駆けつけていた。
「あー、おまえか。わしは救急車に乗って病院まで行くから竜崎さんとこの留守番は頼んだぞ」
「分かったわ」
ストレッチャーが老人宅を出て一分ほどして公民館の駐車場からピーポーサイレンが鳴り響いた。耳をつんざくような音が小さくなるにつれ、集まっていた近所の人たちの数は減っていった。最後まで残っていたのは和彦たち七人と篠田民生委員だけだった。
「家の中に和風料理が何種類も作ってあったんだけど、もしかして来客するのはあなた方だったのかしら」
 民生委員がはっと気づいたような顔になって雪男と公子を交互に見た。
「そうかもしれません」
 雪男がしんみり言った。
「それにわたしたちが駆け付けたとき、玄関にタンの肉がいっぱい入ったレジ袋が転がってたんですよ。調理で火を使った後、買い物に出たんで体が急に冷えたのが悪かったんじゃないかってうちの人が言ってましたよ」
「ウワーン」
 それまで押し黙っていた和彦がいきなり大声を上げて泣きだした。
「どうしたの和彦くん」
 民生委員が和彦の顔をのぞき込んだ。雪男と公子は和彦が泣いている分けを察して和彦をはさむように両脇から肩を抱いた。
「みなさん。竜崎さんの料理、食べてあげてくださいよ。せっかく皆さんのために作った料理なんですから。竜崎さんきっと元気で帰って来られますよ」
 篠田民生委員は一人一人に笑顔を見せた。
「まあ確かにその方が竜崎さん、喜んではくれるんだろうけど」
 雪男は民生委員の勧めにもためらっていた。
「どうしましょうか、あなた。それにしても、これまで全く知らない者同士がタンちゃんを通して知り合いになったんだから人の縁って不思議なものね。ねえ、和ちゃん」
 公子は和彦の肩を軽く揺すぶった。
「おじいちゃんに早くこの手紙読んでもらいたいな。なんて書いてあるのかなあ」
 和彦はようやく元気を取り戻した。
「ああ、それそれ。その手紙って何のことですか」
民生委員は思い出したような顔つきで尋ねた。
「はい、その手紙というのは竜崎さんが五十年以上も待ちわびた手紙なんですよ」
 雪男が再びバッグから取り出した赤い陶器を軽く上下させながら答えた。
「はあ? まあとにかく中で話しましょうよ。わたしは留守番係だからいい話し相手ができたわ」
 篠田民生委員は視線を宙に浮かせた後、急に笑顔になって雪男たちに老人宅に入るよう促した。
 雪男に肩を抱かれた和彦を先頭に全員が玄関に向かった。玄関に入るとタンはまた下駄箱の脚にリードをくくりつけられた。
 竜崎老人が過ごしている六畳の居間には座卓が二つくっつけてあり、その周囲に座布団が八枚敷かれていた。篠田民生委員も入れて八人が座れば座卓はちょうどよい大きさだ。雪男は電話が置かれた収納ボックスを見つけると、中棚に赤い陶器と竜崎老人が和彦に託した封筒、老人が一人で埋めた連絡用の牛乳びんを置いた。
チーン、チーン。誰も声を発しない部屋で仏壇に置いてあるお鈴(りん)の音が響き渡った。
「弘人くん!」
 公子が声を上げると同時に今度はドスンと音がし差卓が揺れた。ふざけてお鈴を鳴らした弘人は近くの座布団に両ひざを曲げて飛び乗ったのだ。
「まねしないでよ!」
公子の先を制した注意に腰をかがめて前かがみになっていた子供たちはしゅんとなった。卓の中央には、たけのこご飯が盛られた大皿が二つ、その周辺に日本料理が盛り付けられた大皿が五つ並んでいた。鯛の昆布締め、ほうれん草の胡麻和え、ふろふき大根のそぼろあんかけ、ごま豆腐、アジのたたき。取り皿用の小皿は十枚ずつ重ねて三十枚が隅に置かれている。和紙の袋に入った割りばしも十数本用意されていた。公子が吸い物茶碗があるのに気づき台所まで行ってみると、ハマグリの吸い物が大鍋にかけてあった。隣のガスコンロには焼き肉用の鉄板も置かれていた。
「竜崎さん……」
 公子は和彦の来訪を心待ちにしていた老人の気持ちを推し量り熱いものが込み上げてきた。
「お母さん、どうしたの」
 なかなか戻って来ない公子を心配した和彦が台所までやって来て声をかけた。
「竜崎さん、和ちゃんのこと好きなんだね。こんなに立派な料理を作ってくださるなんて。それに和ちゃんの好物まで準備してあるわ」
 公子は冷蔵庫を開けタンの入った包みを和彦に見せた。
「おじいちゃん、仙吉さんと会えたらいいね」
 和彦はタンの包みを見ながら言った。
「うん、そうね。人間ってなかなか自分の思い通りにはいかないものね。五十年以上も待ってやっと連絡が取れそうになったのに今度は竜崎さんが倒れてしまうなんて」

 公子はいつになくしんみりしていた。和彦は腕を組み大人びた態度で聞いていた。
「あーあ、人は思い通りにいかないか。おじいちゃん……」 
「何? 和ちゃん」
「おじいちゃんね、奥さんが亡くなってから気力を失ってずっと台所に立ってなかったんだよ。それなのにおじいちゃん、僕たちのために一生懸命料理を作ってくれたんだ。僕も体育頑張らなきゃ」
 和彦は最後に一言言い残して仲間のいる居間に戻って行った。
「和ちゃん……」
公子は思わぬ和彦の言葉に胸が熱くなった。公子も居間に戻り、全員が座卓にそろったところで篠田民生委員が口を開いた。
「皆さん、今日は驚かれたでしょうね。でも竜崎さん、きっと元気で帰って来られますよ。この料理は親しくしてくれた和彦くんへのお礼の気持ちだと思います。竜崎さん、きっと元気になられますよ。さあ、みなさん」
 民生委員は気落ちした表情の七人を気遣い、竜崎老人が無事に帰って来る、と何度も繰り返した。しかし、誰もがはしをつけるのをためらっていた。
「ウーッ、ウーッ。ウワッン、ワンワワーン」
 タンがいきなり狂ったように吠え始めた。ガラーッ。玄関の引き戸が勢いよく開けられる音がした。タンは静かになった。
「あら、うちの人かしら。それにしても早いわね。よっこらしょっと」
 篠田民生委員は勢いをつけるようにして立ち上がり居間の障子を開けた。
「竜崎さん!」
「えっ、ほんと」
 民生委員の素っ頓狂な声に続き居間の七人が腰を浮かせて声を上げた。全員が一斉に立ち上がり我先に居間を出ていった。玄関には頭をかきながら照れ笑いを浮かべる竜崎老人が立っていた。タンは老人の足に両前足をかけてじゃれついた。雪男と公子はすぐ上がり口にかしこまったが、民生委員と子供たちは驚きと喜びが混在したような顔で突っ立ていた。
「おじいちゃん、治ったの! もう何ともないんだね。ほんとに治ったんだね。心配したんだから」
 和彦が喜々として声をかけた。
「あっ」
 思い出したような顔をした和彦は居間に駆けていき、収納ボックスの中棚にある赤い陶器を両手でつかむと開け放たれた居間の障子にぶつかりながら戻って来た。
「おじいちゃん、これ見て! 穴の中に埋まってたよ」
 和彦の膨らんだほおは赤く染まっていた。
「おーっ、おーっ。仙ちゃん……」
 竜崎老人は言葉にもならない声を発し、思わず仙吉の愛称を呼んだ。そして和彦の手から受け取った陶器を押し頂くように頭の上に掲げた。篠田民生委員以外は、くしゃくしゃになった老人の顔を見て満足感に浸っていた。
「竜崎さん一体どうされたんですか。うちの人は?」
 民生委員は問い詰めるような口調になった。
「いやー、心配かけて申し訳なかった。救急車に乗るまでは死ぬほど痛かったんだが、救急車が動き出したとたん、ぴたっと痛みが治まったんだよ。それで先生の言うには詰まっていた結石が尿管から膀胱に落ちたんで痛みがなくなったんじゃないかって言うんだ。だからレントゲンもとらずにタクシーで戻って来たんだ。会長さんは公民館の駐車場で館長につかまって話し込んでるよ」
 竜崎老人は居並ぶ八人に何度も軽く頭を下げた。
「まあ、ほんとにそんなことで済んで良かったですよ。最初はびっくりしてもう……」
 最後の言葉が出なかった篠田民生委員はエプロンの端で目頭をぬぐった。そしてぐすっと鼻を鳴らして後ろを振り返った。
「今日は和彦くんのお友達とお父さん、お母さんも来られてますよ。皆さん、わたしが勧めても料理を口にできないほど心配されたんですよ」
 民生委員は泣いたり笑顔になったりと表情を小刻みに変えた。
「お留守におじゃまして申し訳ありません」
「治られてほんとに良かったですね」
 雪男と公子はそれぞれ両ひざに手を置き、続けて挨拶した。
「いやあ、この日のためにささやかな料理を作らせてもらいましたよ。それより今日はご両親にご足労かけて申し訳ない」
 竜崎老人はそう言うと上り口に腰かけて、脱いだ赤いサンダルのかかとをそろえた。
「あら、竜崎さん、そのサンダルは?」
 民生委員が、陶器を手に居間に向かおうとする老人に声をかけた。
「ああ、それね。病院を出るとき履物がなかったんで売店のおばちゃんに借りたんだよ」
 老人は何事もなかったような顔で言い、和彦たちを居間に入るよう促した。八人は竜崎老人のために奥の仏壇下の席を空け適当な配置で座った。和彦は老人の左隣の席に着いた。
「おっと」
一声上げた老人は奥の席に着くと思い出したように後ろを向いて押入れを開け、下の段からもう一枚座布団を出した。そして居間の入り口の席で畳の上に座っている公子に渡すよう和彦に促した。
「ホイ、ホイ、ホイ」
子供たちは座布団のリレーが楽しくて掛け声を上げた。
「わたし、お吸い物、温めてきますから」
 受け取った座布団を畳に置くと公子は立ち上がった。
「ウーッワン、ウーッ」
公子が台所の板の間を歩く音に驚いたタンが横になったまま小さく吠えた。
「竜崎さん、さっき和彦くんがあなたに赤い陶器を渡してましたね。あれは一体何ですか」
「ああ、仙吉くんの手紙……」
 竜崎老人は目を大きく見開き、差卓の下に置いていた陶器を両手で取り上げた。右手でふたの中央についているぽっちをつまみ上げると底の浅い陶器から二つ折りの封筒がはね上がり、上に乗っていた一枚の便せんが畳に落ちた。老人は便せんを拾い上げ膝の上に置き、陶器を座卓の下に戻した。そして竜崎老人は咳ばらいをした。
「う、うーん。じゃあ皆さん、わたしが腕を振るった料理、どうぞ召し上がってください」
「おじいちゃん、それ読まないの?」
 隣の和彦が老人の膝の上を見つめた。
「おー、礼を言うのを忘れておったな。いやっ、皆さん、ほんとにありがとう。何だかドキドキするな」
 竜崎老人は胸ポケットから出した老眼鏡をかけると便せんをゆっくりと広げた。
「まあまあ、とりあえずいただきましょうよ」
 民生委員の一言で老人を除く全員が手を合わせた。老人は両手で持った便せんを顔に近づけた。
「いっただきまーす」
 子供たちの元気な声が部屋中に響いた。割りばしを右手に皿を左手にした子供たちは中腰になったり席を移動したりして好きな料理を取って食べ始めた。和彦は席を立たずに老人の横顔をうかがっていた。皿と皿が触れ合う音やにぎやかに談笑する声が、便せんの文章を読む竜崎老人には心地よく聞こえた。この部屋に活気がみなぎるのは妻を亡くして以来一年ぶりだった。
 竜崎老人が右手で老眼鏡を外した。うつむいた竜崎老人の左ほおに一筋の光ったものが流れるのを和彦は見逃さなかった。
「おじいちゃん……」
「和くん。仙ちゃん亡くなったよ」
「そんなー。せっかく二人が会えると思って僕たち喜んでたのに」
老人は便せんを読み終えると四つ折りにして陶器の中に戻した。がっくりと肩を落とし背中が丸まっている。
「カズッ、どうしたんだ。不景気な顔して」
 食事をしながら便せんを読む老人に注意を払っていた誰もの気持ちを代弁するように弘人が声をかけた。
「仙吉さん亡くなったんだって」
 和彦の言葉に部屋は静まり返った。
「いやっ、みんな、元気だして食べておくれ。仙吉くんの供養だと思ってね」
 老人は慌てて場の雰囲気を変えようとした。
「あっ、その便せん、誰が書いたの」
 和彦があぐらをかいた老人の足元に置かれた赤い陶器をのぞき込んだ。
「仙ちゃんのお孫さんだよ。この日付を見るとひと月ほど前に来てくれたんだなあ。仙ちゃん、昨年末に病気で亡くなったそうだよ。死ぬ直前に心残りのことがあるって、この封筒の手紙を書いたんだ。それを大山に埋めるようお孫さんに託したんだそうだ」
「じゃあ、仙吉さんも大木の穴に手紙を埋めれば、おじいちゃんが掘り返してくれると思ってたんだ。二人とも考えることは同じだったんだね」
 和彦が老人を慰めるように言った。
「二人の心はつながってたんだよ」
 食べるのに夢中だった弘人がいきなり口をはさんだ。
「おーっ、弘人もたまには良いこと言うじゃないか」
 高貴が茶化すと司、卓也がそれぞれにはやし立てた。大人たちもどっと笑い声を上げた。
部屋中に笑いの余韻が残る中、雪男だけは何か考え事をしているようだった。
「おじさん、どうしたの」
 高貴が隣の雪男に不審そうな顔を向けた。
「あっ、いや……。大山で確か関西弁で私に話しかけてきた若い女性がいたんだが……」
「誰か、障子開けてちょうだーい」
 雪男が言い終わらないうちに公子の柔らかな声が響き、雪男が障子を開けると公子が温まった吸い物の大鍋を持って居間に入って来た。結局、間が悪く雪男の話は、そこで立ち消えになった。
「おじいちゃん、封筒の方は読まないの?」
 和彦が老人を見上げた。
「うん、後でじっくり読ませてもらうよ」
「そうよ。仙吉さんの思いが込められた手紙ですもの」
 畳に置かれた鍋敷きの上に大鍋をのせた公子が、和彦をたしなめながら椀に吸い物をよそい始めた。竜崎老人はまだ何も料理を取っていなかった和彦のために中腰になって、たけのこご飯を小皿に入れて取ってやった。
「うまーい」
 和彦は一口食べただけで声を上げた。
「和くん、ほら。鯛のこぶ締めだよ」
 今度はつやの良いあめ色の切り身を載せた小皿が和彦の前に置かれた。
「ありがとう。今度から自分で取るからいいよ、おじいちゃん」
「はははは、そうかい」
 老人の優しいまなざしを受けながら和彦はタイを一切れ口に入れた。
「ひゃー、味がしみてるー。これ昆布のうまみかなあ」
 和彦は公子が作る家庭料理とは違う味の世界にのめり込んでいった。ごま豆腐、ふろふき大根、アジのたたき……。次々と料理の味を確かめるように和彦は口に入れていった。今度は吸い物の入った椀を手に取った。
「あー、うまーい。おじいちゃんの腕前、すごいね」
和彦は感嘆の声を上げた。
「そうかい。ふふふふ」
老人の軽く笑った顔には自信があふれていた。和彦の顔も輝いていた。
「おじいちゃん、ここの電話番号教えてよ」
「ああいいとも」
 老人は腰を上げ後ろをむいて押入れを開けた。折り込みチラシの束を手にした老人は右手の人差し指をなめると五、六枚めくり裏側が白い小さめのチラシを抜き出した。
「はいよ」
老人は缶のふたからペンを取り出し電話番号を書いて和彦に手渡した。
「あっ、すっかり忘れてたよ。和くんの好きなタンをいっぱい買って来てあるんだ。どこにやってあるのかな」
 竜崎老人は民生委員に顔を向けた。
「あら、わたしも忘れてましたわ。冷蔵庫に入れてありますよ」
 老人は腰を上げ居間を出て台所に立った。冷蔵庫からタンの包みを取り出して鉄板でタンを焼き始めると、焼きあがった肉から次々と居間に運んだ。
一時間ほどの昼食を終えた和彦たちは、二台の車に分乗して家路についた。車を停めていた公民館まで見送ってくれた竜崎老人の笑顔が、和彦のまぶたに焼き付いていた。
                ◇
「ねー。僕、休みの日に竜崎のおじいちゃんとこへ通って料理を習いたいんだ。お母さん車で送り迎えしてくれないかなあ」
 竜崎家から帰った和彦は晩ごはんを食べながらテーブルの真向かいにいる公子と左隣の雪男に相談を持ち掛けた。
「和ちゃん、勝手に決めたって竜崎さんにご迷惑よ」
「そりゃそうだ。話が逆じゃないか」
 公子の言葉に雪男もうなずいた。
「分かってます。ごはん食べたら、おじいちゃんに電話するんです!」
 何事にも引っ込み思案だった和彦が自分から何かをしたいと言ったのは犬を飼いたいと訴えて以来二度目だった。公子と雪男は和彦の変わりように驚いて思わず顔を見合わせた。
「あっ、おじいちゃん。僕、和彦です。昼間はごちそうさまでした」
 公子は電話を代わるタイミングを見計らうように受話器を握った和彦のそばに立っていた。
「えっ、ほんと。ほんとにいいんだね。じゃ、今度の土曜におじゃまします。何時ごろがいい? うん、分かりました。十一時ね」
 話がまとまったところで公子が和彦の背中をつついて代わるようせかした。
「竜崎さん、ご迷惑じゃないですか。はい、そうですか。ではうかがわせていただきますので。よろしくお願いします」
 公子は壁に向かって何度も頭を下げながら受話器を下ろした。
「カズ。お前、料理習ってどうするつもりなんだ」
 缶ビールを手にした雪男が半分笑って半分は真顔で尋ねた。
「僕、大きくなったら料理人になるんだ!」
「へー、ホテルのコックさんにでもなるのか」
「違うよ。おじいちゃんみたいに和食の料理人だよ」
「ほー、板さんかあ」
 缶ビールをテーブルに置いた雪男は座ったまま椅子を後ろに動かして大きな音をさせながら立ち上がった。テーブルにあったタオルの布きんを右手で拾い上げ左肩にかけると、はしを右手に握った。
「♫ 包丁一本ー、さらしに巻いてー。旅へ出るのも板場の修行ー。待っててーこーいさん……」
 ほろ酔いの雪男ははしをマイク代わりにして会社の宴会そのままに首を振りながら歌い始めた。
「なにーそれっ。はははっ」
 和彦は聞いたこともない歌だったが、雪男の節回しと首ふりの動きがぴったり合っているのがおかしくて笑い転げた。
「お父さん、汚いでしょ! 布きん、取りなさい」
 公子の命令で短いショーはすぐに終わった。
               ◇
 カーン、カーン、カーン。待ちに待った土曜日が来て和彦と公子が公民館の駐車場に車を停め竜崎家へ歩いていくと、金づちで釘をたたく音が響いてきた。二人が老人宅へ入る進入路に来て目にしたのは、手ぬぐいでねじり鉢巻きして金づちを振るう竜崎老人とレジ袋を手にした篠田民生委員の姿だった。
「おじいちゃーん」
 和彦はエプロンンと三角巾が入った小袋を左手に提げ、右手はタンのリードに引っ張られていた。
「おー、和くん。何とか間に合ったなあ。朝ごはん食べててふと気づいたんだよ」
 竜崎老人は背の低い和彦のためにキッチンの前に置くお立ち台を作っていたのだ。庭は草が刈られたばかりで草汁の生臭いにおいがした。老人は高さ二十㌢、幅六十㌢、長さ一㍍の台を二つL字に並べると、台に上がるよう和彦に促した。板は買ってきたばかりらしく木の香りがした。
「どうだね」
「うん。歩きやすいよ。ぜんぜんがたつかないね。おじいちゃん、大工仕事も上手なんだね」
「いや、それほどでも」
 老人は言葉と裏腹に満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに竜崎さん、和彦くんとお友達になって明るくなられましたのよ」
篠田民生委員は公子に笑いかけた。
「はい、竜崎さん。これロールケーキ。この間のお礼です。頂いたキュウリのからし漬け、おいしかったわ」
 民生委員は老人の方へ向き直ってレジ袋を手渡した。
「いやっ、すまないねえ」
 受け取ったレジ袋を頭の上に掲げて恐縮する老人に公子が声をかけた。
「竜崎さん、和彦がお世話になります」
「いいや。わたしこそ和くんに救われた思いです。もう包丁を手にすることはないと思ってたのが、こんなかわいい弟子ができたんですから」
 竜崎老人は和彦の肩に手を置いた。大きな温かい手だった。
「おじいちゃんは今日から僕の師匠なんだね」
「そうだとも。和くんが一人前の板さんになるまで長生きして教えなきゃな。生きる張り合いができてうれしいよ」
「ウーッ」
 タンが低い声でうなった。
「あー、分かった、分かった。クロも仲間だぞ」
 老人は腰を落としてタンの頭をなでてやった。
「おじいちゃん、クロじゃないよ。タンだよ」
「ああー、そうだったな」
 老人は笑いながら胡麻塩頭に手をやった。公子と篠田民生委員は、からし漬けの話で盛り上がっていた。和彦は目の前にある老人の耳元でささやいた。
「おじいちゃん、仙吉さんは何でおじいちゃんとの約束、守らなかったの」
「うん、それはな……。和くんが、いつか言った通りだったよ」
 老人もささやき返した。
「あら、何をひそひそ話してるの」
 民生委員が二人の顔を見比べながら言った。
「いやっ……」
 和彦と竜崎老人が同時に同じ言葉を発した。
「はっはっはっ」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「まあ、おかしなお二人さん」
「じゃあ、五時に迎えに来るからね」
 篠田民生委員と公子は連れ立って竜崎家を後にした。
「おじいちゃん、ビシビシ鍛えてね。僕、日本一の板さんになってみせるよ」
「よーし覚悟はいいな。はははっ」
 タンに右手を引っ張られた和彦はロールケーキの入ったレジ袋を老人から受け取り、お立ち台を両肩にした老人とともに竜崎家の中に入っていった。
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カズとおじいちゃん<5>

2018-02-17 21:57:10 | 小説
開けて日曜日の早朝。白石家と団地四人組の家はもちろん、竜崎老人も地元新聞の朝刊を見て度肝を抜かれた。
”山の穴に札束一千万円、登山の家族ら届け出、大山“
 この見出しは一面トップを飾っていた。
「あのカバンに一千万も入ってたのか」
 食堂のテーブルにつき左手に新聞、右手にトーストを手にした雪男が声を上げた。和彦も公子も手にしていたトーストを置いて席を立ち、雪男の後ろに回り込んだ。
「あなた、その金の出どころ書いてある?」
「ああ。商事会社の社員が持ち逃げした金だそうだ」
「その人、逃げてるの?」
「いいや、とっくに捕まってるんだが、金のありかは明かさなかったそうだ」
「じゃあ、僕たち、お手柄なんだね」
 和彦が二人の会話に割って入った。
「そういうことになるなあ。表彰でもしてもらえるのかなあ。ははははっ」
新聞をテーブルの上に置いた雪男は残りのトーストを口に入れると席を立って食堂の隣にある洗面所に行き、鏡の前でネクタイの結び目をチェックし始めた。
「おじいちゃんと仙吉さんのタイムカプセルは捨てられたのかなあ」
 和彦が開けられたままのドアの向こうにいる雪男に尋ねた。
「あるべきところを掘ったら別のものが入ってたんだから、そういうことになるなあ」
「僕、これからおじいちゃんの所へ行って昨日のことを報告してくるよ。おじいちゃん、仙吉さんと一緒に入れた手紙がなくなってきっとショックを受けてるよ」
 和彦が言い終えた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。タンがいつものように地団駄を踏んで吠え始めた。
「あら、こんなに朝早く誰かしら」
 公子が食堂を出ていった。
「まあ、竜崎さんですの。お初にお目にかかります。和彦がお世話になっております」
 廊下の向こうの玄関から食堂にまで公子の驚いた声が聞こえてきた。和彦は急いで玄関に出た。
「おじいちゃん」
「いやあー、和彦くん。昨日は少し気分が悪くて来れなかったんだよ。君たちやご両親に大変な思いをさせてしまってねえ。電話帳で住所を調べてタクシーで飛んできたんだ」
「おじいちゃん、仙吉さんと一緒に埋めた手紙も連絡用のメモも全部なくなったんだよ。おじいちゃんも被害者なんだよ」
「そうですよ。別にわたしたちは犯罪に巻き込まれたわけじゃないですから、そんなにお気遣いなさらなくても」
 和彦も公子も竜崎老人に慰めの言葉をかけた。
「ほんとに申し訳ない。手紙のことはもうあきらめましたよ。こういう巡り合わせだったんですよ」
 老人は何度も胡麻塩頭に手をやった。
「初めまして。和彦の父です。わたしは今から出勤ですが、良かったら上がってお茶でもどうですか」
 スーツを着た雪男が柔らかい物腰で玄関に現れた。和彦は普段と違う雪男の物言いに驚いた。
「やっ、ありがとう。タクシー待たせてるんで、わたしはこれで失礼させてもらいます。和彦くん、よかったらまた遊びに来ておくれよ」
「はい」
 竜崎老人は和彦たち三人に見送られ、再びタクシーに乗り込み白石家を後にした。
                  ◇
 一か月後。四月に入り春休みもあと数日を残すのみとなった。和彦はもうすぐ六年生の新学期を迎える。六年生のクラスは五年生からの持ち上がりで弘人たち団地四人組と同じクラスだ。和彦は春休みに入ってから毎日のように団地の広場でタンと一緒に弘人たちと遊んだ。和彦にはもう孤独の陰はなかった。
「ウー、ワワワーン」
リビングにある電話が鳴ると同時にタンが激しく吠え始めた。昼食を済ませた和彦は公子とともにタンをあやして遊んでいた。和彦はタンの首輪を引っ張りリビングを出て自分の部屋に連れて行った。
「はい白石ですが。あら、竜崎さん。はい、はい……。いえ、子供が入れるほどの大きさではなかったですよ。大きくても四、五十㌢四方の穴だったような気がしますが。えっ、じゃあ違うんですか。上の方にある杉の大木? 分かりました。和彦に伝えておきます。はい、失礼いたします」
 受話器を置くと公子はドアを開けた。
「和ちゃーん」
和彦がタンを連れて戻ってくると公子は微笑んだ。
「どうしたの、お母さん」
「和ちゃん。今の電話ね、竜崎さんからだったのよ」
「おじいちゃんが何だって」
 和彦は細い目をぱちくりさせた。
「わたしたち、どうも穴を掘る場所を間違えていたようよ」
「えっ」
「わたしたちが掘った所から登山道を十㍍ほど行って、斜面を少し登った所にあるのが目的の大木みたいだわ。竜崎さん、今朝、ふっと思い浮かんだんだって。手紙を埋めた大木に行くまでの所で根元が空洞になってる杉の木がもう一本あることをね。ほんとの大木は和ちゃんが入れるくらいの空洞があるのよ。わたしたちが穴を掘った杉の空洞はそんなに大きくなかったじゃない」
「わー、よかった!。おじいちゃん、ほんとによく思い出してくれたね。僕、これからおじいちゃんとこ行ってくるよ。あっ、お母さん。今度の土日どっちかでお願い」
「はいはい。お父さんに頼んでおきますよ」
 和彦は公子に見送られ、タンとともに竜崎老人宅に向かった。
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