連続在職日数2822日、憲政史上最長の政権を築いた安倍晋三元首相は、アベノミクスや集団的自衛権の行使など、賛否両論の政策を推し進めた。またスキャンダルにまみれたモリカケ問題では、国民を二分する激しい対立を引き起こしもした。
2012年12月に成立した第2次安倍政権とは何だったのか。安倍氏が殺害されるひと月前、奇しくもその実態を論考した『長期腐敗体制』(角川新書)を上梓していたのが、思想史家であり政治学者の白井聡・京都精華大学准教授だった。
ベストセラー『永続敗戦論』をはじめ、戦後日本政治史の核心をつく著作を発表し続ける白井氏に、第2次安倍政権以降の「体制」について、その真相を語ってもらった。
(取材・文 小林空)
© 現代ビジネス白井聡氏
「自公政権はきわめて歪な『体制』と化している」
――安倍晋三元総理が凶弾に倒れました。
まずは哀悼の意を表したいと思います。あまりに衝撃的で言葉もありません。
事件の解明はまだこれからですが、歴史にその真相を正しく刻むべき事件となることは間違いない。
近年、暴力の激発が増大しています。秋葉原の無差別殺傷事件、相模原の障害者無差別殺傷事件もしかり。また在日コリアンへのヘイトスクラムであると指摘される京都宇治のウトロ地区への放火事件も記憶に新しく、暴力はエスカレートしてきたわけですが、ついに体制側への暴力が発生してしまった。今後、暴力の連鎖が生じかねないという危機感が募ります。
――安倍氏を殺害したのは、母が深く信仰し、その財産を収奪的に献金した統一教会に深い怨恨をもっていた山上徹也容疑者でした。
彼は団塊ジュニア世代でもあり、一時、自衛隊に所属しますが、その後は非正規として職を転々としていたようです。バブル期に育ち、「失われた30年」に主に非正規社員として社会人生活を送っていた。典型定なロスジェネの貧困不安定層ですね。
安倍氏が統一教会と関わりがあったことが今回の事件の発端と考えられますが、同時に安倍氏は「失われた30年」の期間に憲政史上最長の政権を築いた総理でもありました。山上容疑者は特異な家庭に育ち、苦しんだ挙句にこの凶行に至りましたが、本来は大学に進学できる十分な学力があったはずでしょう。彼のような不利な環境で育った人に対する公助が不足している現実が、図らずも露呈することとなりました。
――政治史的な観点から、今回の事件をどのように解釈しますか?
私は2012年以降発足した安倍政権から現在の岸田文雄に至る自公政権は、きわめて歪な「体制」と化していると考えています。それを私は長期腐敗体制と呼んでいるわけですが、その間に露呈した数々の無能、不正、腐敗にブレーキが掛けられなかったことで、その恩恵にあずかる一部の既得権者を押し上げる一方で、多くの国民の生活は疲弊していきました。そういう意味で、今回の衝撃的で傷ましい事件で、安倍氏自身も長期腐敗体制の犠牲者となったと言うべきではないか。いまはそんな感想を抱くことを禁じ得ません。
「2012年体制」の深層
――本書では2012年からの第2次安倍政権以降を「2012年体制」と定義づけられていますが、タイトル『長期腐敗体制』にも体制という言葉が使われています。これは、どういう意味なのでしょうか。
2012年体制とは政治学者の中野晃一さんが「55年体制」を意識し、提唱したものです。自民党を万年与党、社会党などを万年野党とした55年体制は、30年以上続いたのち、93年の細川政権の誕生により終焉しました。
その後、実現されるべきポスト55年体制とは、政権交代が可能な「二大政党制」、また官僚主導から脱却する「政治主導」であると定義されました。紆余曲折を経て、2009年の民主党政権成立により模索されてきたポスト55年体制は出来上がったかに見えました。
しかし、2012年に民主党が下野し、第2次安倍政権が誕生して以降、政権交代の可能性は実質的に消滅しました。この状態が2012年体制と呼ばれるものです。それが今日もなお続いているわけです。
では体制とは何か、長期政権と何が違うのでしょうか。政権とは人物によって語られるもので、たとえば、佐藤栄作の首相在任期は長かったけれど、佐藤政権としか呼ばれないし、小泉純一郎氏の政権も同様です。
一方体制は、固有名が消えて、固定化された権力の構造を意味します。江戸時代の「幕藩体制」や旧ソ連や中国のような「共産主義体制」といったように、つまりはトップが入れ替わっても変化が生じないほどに権力構造が強固に定まっている状況が体制なのです。
実際に第2次安倍政権が長期化する中で、我々は徐々に「安倍一強体制」という言葉を使うようになっていきました。無意識のうちにこれは単なる長期政権ではないと気づいたのです。ゆえに、菅政権、岸田政権に変わってもその権力構造は基本的に変わらない。だから体制なのです。
そして2012年体制を、私は長期腐敗体制とも呼んでいます。これは安倍氏が死去し、政治の中枢からいなくなったこれからも継続する可能性の高い権力構造なのです。こんなどうしようもない体制が事実上のポスト55年体制になってしまったのです。
「腐敗」「不正」「無能」の三拍子
――55年体制の崩壊とともに二大政党制や政治主導を目指した結果、民主党政権の失敗を経て、長期腐敗体制が築かれてしまった。主に政治主導の失敗が招いた体制とも言えそうです。
09年に民主党政権が成立した際、前面に打ち出したのが政治主導でしたが、やり方があまりに拙劣で狡猾な官僚の餌食となってしまいました。その後、民主党が下野して誕生した安倍政権でも政治主導の理念は生き続けます。
2014年には内閣人事局を作り官僚の人事権を握ることで制度的には政治主導を完成させました。人事権を握ることで官僚への強力な権力の源泉を安倍政権は掌握し政治主導を制度としては確立したのです。
ところが権力掌握に成功したものの、政治家の側に官僚を主導する能力や見識はありませんでした。そのため実態としては政権中枢に取り入るのが上手な一部の官僚たちが専制的に支配する体制が出来上がってしまいました。本来目指された政治主導とはかけ離れたものです。1980年代から官僚機構は批判を受け、それが政権交代の原動力にもなったのですが、いまやこうして官僚機構は権力をガッチリと再掌握したのです。
© 現代ビジネスphoto by gettyimages
――そのため本書では、2012年体制は、「腐敗」「不正」「無能」の三拍子がそろっていると指摘されています。
日産アリア
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日産自動車株式会社
長期腐敗体制の中でどのように劣化が進み、どんな失敗があり、かつ、どう隠蔽されてきたのか。モリカケ問題や桜を見る会など不正や腐敗もありましたが、特に無能さを露呈したのがアベノミクスでした。安倍氏は「株価が上がり、有効求人倍率は上がり、雇用創出に成功した」と主張しましたが、首をかしげざるを得ません。すべてはマヤカシだったのではないか。まさに今そのツケが回ってきています。
アベノミクスの柱は日本銀行を「政治主導」して行われた異次元の金融緩和でした。これのせいで、いま日本の経済政策はにっちもさっちもいかなくなっている。アメリカをはじめ諸外国がインフレに苦しみ金融引き締めを急ぐ中で、日米の金利差が拡大し、終わりのない円安にあえぐ結果になっている。年末には対ドルで150円という水準の円安に向かうとの観測も流れています。
そもそも異次元金融緩和はカンフル剤のようなもので、注射することで日本経済が活性化するきっかけをつくるという政策だったはずです。しかし、そもそも資金需要のない日本経済に、異次元緩和で大量のマネーを供給し続けただけでした。そのお金は日銀の当座預金に積みあがるばかりで、市中に流れ出ることはなく、新規産業も生まれなければ、労働者の待遇も改善しなかった。
雇用は非正規ばかりが増える一方で、給料も上がらない。こんな状態で、個人消費が喚起されるはずもない。さらには社会保障費は右肩上がり。そこへもってきて、いまはまた円安やエネルギー価格高騰の悪いインフレで、家計は圧迫されています。2012年体制の下で日本がどれほど貧しくなったか、目を覆うばかりです。日本人の経済生活は破綻に向かっています。
設備投資の観点からみても、エネルギー問題から見ても、深刻なのは再生可能エネルギーへの投資がまったく不足していたことです。世界的にもカーボンニュートラルが追求目標となっている中、自然エネルギーへの転換において、日本はヨーロッパ諸国から大きく水をあけられる状況になっている。
10年前、20年前には、京セラや三洋電機(現パナソニック)が世界でトップを走っていた太陽光発電の電池パネルの生産は、中国のメーカーに抜かれて見る影もありません。そして今、電力不足で苦しむという新興国と変わらない状態になっている。
© 現代ビジネス「安倍元首相は自らが生み出した『長期腐敗体制』の犠牲者です」 思想史家・白井聡が語る銃撃事件
「縁故を優先する考え方」が蔓延る
――異次元の金融緩和は日本の経済界を突き動かすこともできなかったということですね。そして、景気は上向くことはなく、いまも金融緩和をやめられない。これが円安を招いている実態と言えそうです。
アベノミクスの失敗は、政治家だけでなく経済界にも大きな責任があると思います。コロナ禍でムリヤリ開催されたオリンピックが典型ですが、国策にはどんなに馬鹿らしいことでも「万歳! 万歳!」と言って一枚かませてもらおうと必死になるが、本来、やるべき政策が民間からボトムアップされることはありません。
そして、労賃カットと円安誘導という最も安易な手段で収益確保です。経営者として本来あるべき展望を欠き、2012年体制を支えることで、利権にぶら下がる商売を続けてしまった。
日本の今の在り方はネポディズム(ものごとの正しさよりも縁故を優先する考え方)資本主義と呼んでもいいでしょう。他方、政治的には権威主義国家となり下がってしまった。
――鯛は頭から腐ると言いますが、まさに「無能」さを露呈した頭(トップ)から日本経済の衰退は進んでいる。それなのに、それをくつがえす民間の活力が湧き上がらない。
その通りです。だから長いものに巻かれることしか考えない人間が増えている。文化面で見るべきものがあればまだ救いがあります。歴史的に見ても国の衰退期には、退廃的で美しい文化が生まれることもありますが、それも感じることはできません。政治、経済、文化、どの面をとっても閉塞と停滞しかありません。精神的に死に絶えつつある気すらします。
ロシア交渉も成果なし
――安倍政権で比較的評価の高い外交・安全保障についても、白井さんは「目も当てられない」と指摘しています。
それは長期的な視点やそのための主体性、自主性が感じられないからです。これは2012年体制の外交に首尾一貫しているのですが、「国際社会で日本が生きていく道はこうなのだ」という確たるビジョンがない。
安倍政権は、前半期には中国を抑え込むために対米追従・従属を深める外交でした。そのためにTPPに参加したし、また、集団的自衛権の行使容認というほとんど改憲に等しいことまでやりました。ところが後半になると徐々に対米従属一本足打法を修正し始めます。
顕著なのが中国への接近です。そもそも日本経済が中国との関係なしに成り立たないことは、分かりきったことでした。その現実に促される形で、関係改善を余儀なくされたというのが真相でしょう。
実際、2020年には中国の習近平国家主席を国賓として招くはずでした。これはコロナ禍で中止となってしまいましたが。しかしながら、総理を退任してからの安倍氏は、台湾有事をことさら宣伝するようになり、対中緊張を煽りました。
要するに、何がやりたいのかさっぱりわからないのです。こうしたビジョンのなさは外交では致命的に作用します。それがロシア交渉で露呈しました。
2014年ロシアがクリミア併合を行いアメリカとの緊張が高まっている最中、安倍氏は北方領土問題の解決と平和条約締結を目標としてプーチン大統領と27回首脳会談を行いました。
米露緊張の中でのロシア交渉に、プーチン大統領は「アメリカの機嫌を損ねるのはわかっているよな、覚悟しているのか」と様々な形で問いかけます。ところが、日本からの回答はなく、ここでも安倍氏の外交姿勢は曖昧なままに進められた。当然、プーチン大統領の日本への不信を払しょくできるはずもなく、ロシア交渉は何の成果も得られませんでした。
コロナ対応に追われた菅政権での外交はほとんどなく、岸田政権になってからは再び対米従属一辺倒へと戻りつつあります。
――ウクライナ情勢を見ても、米中対立を見ても、これから地政学的に大きな変化は避けられそうにありません。
ロシアの侵攻に対してウクライナは健闘していますが、ロシアが地力で勝るという現実が徐々に明らかになってきました。さらにアメリカ主導で対露経済制裁が行われているわけですが、参加しているのは先進国だけ。制裁を掛ければロシアは立ちいかなくなるだろうという見込みで始めたわけですが、あまり効いていない。現実問題として先進国に世界をコントロールする力などないことが証明されつつあります。
そういう混沌とした世界情勢の中で、現状分析もあやふやでビジョンを明確に示さない2012年体制が対応できるのか。難しいだろうと言わざるを得ません。
――ビジョンのない長期腐敗体制は、なぜ生まれてしまったのでしょうか。
無能と不正、腐敗の体制がなぜできたのかを問うべきでしょう。今回の参議院選挙でも自民党が大勝したわけですが、それは国民がこの体制を支持し続けているからにほかなりません。
本来、民主主義国家では、国民の不満が高まれば為政者にノーが突き付けられる。イギリスでは7月7日にジョンソン首相も辞任に追い込まれたわけですが、きっかけはコロナ禍の行動制限に違反してパーティを開いていたことでした。こうした権力者の不正を罰する国民の姿勢は、少なくとも2012年体制ができてから、日本では影を潜めています。
批判に値することが続けばトップのクビが挿げ替えられる。この当たり前の民主主義のメカニズムが、日本では働かなくなっている。もはや日本では選挙が機能していないのではないかと、選挙をやる意味すら問われる状況になってきてしまっています。
その意味で、冒頭に語ったように安倍氏は2012年体制の犠牲者と言えるのではないでしょうか。本来であれば、無能と不正、腐敗が明らかとなれば、どこかでブレーキがかかるはずだったのですからね。
国葬に反対する理由
私自身はもう、一つ一つの選挙の結果に一喜一憂しなくなりました。結局は今のような政治状況を作っている社会の質、社会を構成している国民の質が問題の本質なのです。
経済的に苦しくなっているのに、投票率は上がらない。明らかに統治パフォーマンスの低い「長期腐敗体制」を支持してしまう。危機を回避する本能が、日本からどんどん失われているのではないか。日本人は生命力を失いつつある。そんな危機的な状況に陥っているのだと思います。
最後に、安倍元首相の国葬に私は反対です。最大の理由は、国家・国民に対する貢献がないからです。岸田首相は、民主主義への挑戦には屈しない意思を示すというようなことを言っていますが、そもそも山上容疑者による犯行は民主主義への攻撃ではない。家庭と彼個人の人生を台無しにされたことによる恨みが動機です。
選挙期間中の犯行となったのは、やりやすかったからにすぎない。ですから、国葬の岸田政権による政治利用は明らかであって、それは2012年体制を維持するのだという意思表明にほかなりません。岸田氏も、国葬を支持する人たちも、自分の権力の維持や自分の自意識のかさ上げのために、安倍氏を亡くなってまで利用するのはいい加減にしろ、と言いたいです。
2012年12月に成立した第2次安倍政権とは何だったのか。安倍氏が殺害されるひと月前、奇しくもその実態を論考した『長期腐敗体制』(角川新書)を上梓していたのが、思想史家であり政治学者の白井聡・京都精華大学准教授だった。
ベストセラー『永続敗戦論』をはじめ、戦後日本政治史の核心をつく著作を発表し続ける白井氏に、第2次安倍政権以降の「体制」について、その真相を語ってもらった。
(取材・文 小林空)
© 現代ビジネス白井聡氏
「自公政権はきわめて歪な『体制』と化している」
――安倍晋三元総理が凶弾に倒れました。
まずは哀悼の意を表したいと思います。あまりに衝撃的で言葉もありません。
事件の解明はまだこれからですが、歴史にその真相を正しく刻むべき事件となることは間違いない。
近年、暴力の激発が増大しています。秋葉原の無差別殺傷事件、相模原の障害者無差別殺傷事件もしかり。また在日コリアンへのヘイトスクラムであると指摘される京都宇治のウトロ地区への放火事件も記憶に新しく、暴力はエスカレートしてきたわけですが、ついに体制側への暴力が発生してしまった。今後、暴力の連鎖が生じかねないという危機感が募ります。
――安倍氏を殺害したのは、母が深く信仰し、その財産を収奪的に献金した統一教会に深い怨恨をもっていた山上徹也容疑者でした。
彼は団塊ジュニア世代でもあり、一時、自衛隊に所属しますが、その後は非正規として職を転々としていたようです。バブル期に育ち、「失われた30年」に主に非正規社員として社会人生活を送っていた。典型定なロスジェネの貧困不安定層ですね。
安倍氏が統一教会と関わりがあったことが今回の事件の発端と考えられますが、同時に安倍氏は「失われた30年」の期間に憲政史上最長の政権を築いた総理でもありました。山上容疑者は特異な家庭に育ち、苦しんだ挙句にこの凶行に至りましたが、本来は大学に進学できる十分な学力があったはずでしょう。彼のような不利な環境で育った人に対する公助が不足している現実が、図らずも露呈することとなりました。
――政治史的な観点から、今回の事件をどのように解釈しますか?
私は2012年以降発足した安倍政権から現在の岸田文雄に至る自公政権は、きわめて歪な「体制」と化していると考えています。それを私は長期腐敗体制と呼んでいるわけですが、その間に露呈した数々の無能、不正、腐敗にブレーキが掛けられなかったことで、その恩恵にあずかる一部の既得権者を押し上げる一方で、多くの国民の生活は疲弊していきました。そういう意味で、今回の衝撃的で傷ましい事件で、安倍氏自身も長期腐敗体制の犠牲者となったと言うべきではないか。いまはそんな感想を抱くことを禁じ得ません。
「2012年体制」の深層
――本書では2012年からの第2次安倍政権以降を「2012年体制」と定義づけられていますが、タイトル『長期腐敗体制』にも体制という言葉が使われています。これは、どういう意味なのでしょうか。
2012年体制とは政治学者の中野晃一さんが「55年体制」を意識し、提唱したものです。自民党を万年与党、社会党などを万年野党とした55年体制は、30年以上続いたのち、93年の細川政権の誕生により終焉しました。
その後、実現されるべきポスト55年体制とは、政権交代が可能な「二大政党制」、また官僚主導から脱却する「政治主導」であると定義されました。紆余曲折を経て、2009年の民主党政権成立により模索されてきたポスト55年体制は出来上がったかに見えました。
しかし、2012年に民主党が下野し、第2次安倍政権が誕生して以降、政権交代の可能性は実質的に消滅しました。この状態が2012年体制と呼ばれるものです。それが今日もなお続いているわけです。
では体制とは何か、長期政権と何が違うのでしょうか。政権とは人物によって語られるもので、たとえば、佐藤栄作の首相在任期は長かったけれど、佐藤政権としか呼ばれないし、小泉純一郎氏の政権も同様です。
一方体制は、固有名が消えて、固定化された権力の構造を意味します。江戸時代の「幕藩体制」や旧ソ連や中国のような「共産主義体制」といったように、つまりはトップが入れ替わっても変化が生じないほどに権力構造が強固に定まっている状況が体制なのです。
実際に第2次安倍政権が長期化する中で、我々は徐々に「安倍一強体制」という言葉を使うようになっていきました。無意識のうちにこれは単なる長期政権ではないと気づいたのです。ゆえに、菅政権、岸田政権に変わってもその権力構造は基本的に変わらない。だから体制なのです。
そして2012年体制を、私は長期腐敗体制とも呼んでいます。これは安倍氏が死去し、政治の中枢からいなくなったこれからも継続する可能性の高い権力構造なのです。こんなどうしようもない体制が事実上のポスト55年体制になってしまったのです。
「腐敗」「不正」「無能」の三拍子
――55年体制の崩壊とともに二大政党制や政治主導を目指した結果、民主党政権の失敗を経て、長期腐敗体制が築かれてしまった。主に政治主導の失敗が招いた体制とも言えそうです。
09年に民主党政権が成立した際、前面に打ち出したのが政治主導でしたが、やり方があまりに拙劣で狡猾な官僚の餌食となってしまいました。その後、民主党が下野して誕生した安倍政権でも政治主導の理念は生き続けます。
2014年には内閣人事局を作り官僚の人事権を握ることで制度的には政治主導を完成させました。人事権を握ることで官僚への強力な権力の源泉を安倍政権は掌握し政治主導を制度としては確立したのです。
ところが権力掌握に成功したものの、政治家の側に官僚を主導する能力や見識はありませんでした。そのため実態としては政権中枢に取り入るのが上手な一部の官僚たちが専制的に支配する体制が出来上がってしまいました。本来目指された政治主導とはかけ離れたものです。1980年代から官僚機構は批判を受け、それが政権交代の原動力にもなったのですが、いまやこうして官僚機構は権力をガッチリと再掌握したのです。
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――そのため本書では、2012年体制は、「腐敗」「不正」「無能」の三拍子がそろっていると指摘されています。
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長期腐敗体制の中でどのように劣化が進み、どんな失敗があり、かつ、どう隠蔽されてきたのか。モリカケ問題や桜を見る会など不正や腐敗もありましたが、特に無能さを露呈したのがアベノミクスでした。安倍氏は「株価が上がり、有効求人倍率は上がり、雇用創出に成功した」と主張しましたが、首をかしげざるを得ません。すべてはマヤカシだったのではないか。まさに今そのツケが回ってきています。
アベノミクスの柱は日本銀行を「政治主導」して行われた異次元の金融緩和でした。これのせいで、いま日本の経済政策はにっちもさっちもいかなくなっている。アメリカをはじめ諸外国がインフレに苦しみ金融引き締めを急ぐ中で、日米の金利差が拡大し、終わりのない円安にあえぐ結果になっている。年末には対ドルで150円という水準の円安に向かうとの観測も流れています。
そもそも異次元金融緩和はカンフル剤のようなもので、注射することで日本経済が活性化するきっかけをつくるという政策だったはずです。しかし、そもそも資金需要のない日本経済に、異次元緩和で大量のマネーを供給し続けただけでした。そのお金は日銀の当座預金に積みあがるばかりで、市中に流れ出ることはなく、新規産業も生まれなければ、労働者の待遇も改善しなかった。
雇用は非正規ばかりが増える一方で、給料も上がらない。こんな状態で、個人消費が喚起されるはずもない。さらには社会保障費は右肩上がり。そこへもってきて、いまはまた円安やエネルギー価格高騰の悪いインフレで、家計は圧迫されています。2012年体制の下で日本がどれほど貧しくなったか、目を覆うばかりです。日本人の経済生活は破綻に向かっています。
設備投資の観点からみても、エネルギー問題から見ても、深刻なのは再生可能エネルギーへの投資がまったく不足していたことです。世界的にもカーボンニュートラルが追求目標となっている中、自然エネルギーへの転換において、日本はヨーロッパ諸国から大きく水をあけられる状況になっている。
10年前、20年前には、京セラや三洋電機(現パナソニック)が世界でトップを走っていた太陽光発電の電池パネルの生産は、中国のメーカーに抜かれて見る影もありません。そして今、電力不足で苦しむという新興国と変わらない状態になっている。
© 現代ビジネス「安倍元首相は自らが生み出した『長期腐敗体制』の犠牲者です」 思想史家・白井聡が語る銃撃事件
「縁故を優先する考え方」が蔓延る
――異次元の金融緩和は日本の経済界を突き動かすこともできなかったということですね。そして、景気は上向くことはなく、いまも金融緩和をやめられない。これが円安を招いている実態と言えそうです。
アベノミクスの失敗は、政治家だけでなく経済界にも大きな責任があると思います。コロナ禍でムリヤリ開催されたオリンピックが典型ですが、国策にはどんなに馬鹿らしいことでも「万歳! 万歳!」と言って一枚かませてもらおうと必死になるが、本来、やるべき政策が民間からボトムアップされることはありません。
そして、労賃カットと円安誘導という最も安易な手段で収益確保です。経営者として本来あるべき展望を欠き、2012年体制を支えることで、利権にぶら下がる商売を続けてしまった。
日本の今の在り方はネポディズム(ものごとの正しさよりも縁故を優先する考え方)資本主義と呼んでもいいでしょう。他方、政治的には権威主義国家となり下がってしまった。
――鯛は頭から腐ると言いますが、まさに「無能」さを露呈した頭(トップ)から日本経済の衰退は進んでいる。それなのに、それをくつがえす民間の活力が湧き上がらない。
その通りです。だから長いものに巻かれることしか考えない人間が増えている。文化面で見るべきものがあればまだ救いがあります。歴史的に見ても国の衰退期には、退廃的で美しい文化が生まれることもありますが、それも感じることはできません。政治、経済、文化、どの面をとっても閉塞と停滞しかありません。精神的に死に絶えつつある気すらします。
ロシア交渉も成果なし
――安倍政権で比較的評価の高い外交・安全保障についても、白井さんは「目も当てられない」と指摘しています。
それは長期的な視点やそのための主体性、自主性が感じられないからです。これは2012年体制の外交に首尾一貫しているのですが、「国際社会で日本が生きていく道はこうなのだ」という確たるビジョンがない。
安倍政権は、前半期には中国を抑え込むために対米追従・従属を深める外交でした。そのためにTPPに参加したし、また、集団的自衛権の行使容認というほとんど改憲に等しいことまでやりました。ところが後半になると徐々に対米従属一本足打法を修正し始めます。
顕著なのが中国への接近です。そもそも日本経済が中国との関係なしに成り立たないことは、分かりきったことでした。その現実に促される形で、関係改善を余儀なくされたというのが真相でしょう。
実際、2020年には中国の習近平国家主席を国賓として招くはずでした。これはコロナ禍で中止となってしまいましたが。しかしながら、総理を退任してからの安倍氏は、台湾有事をことさら宣伝するようになり、対中緊張を煽りました。
要するに、何がやりたいのかさっぱりわからないのです。こうしたビジョンのなさは外交では致命的に作用します。それがロシア交渉で露呈しました。
2014年ロシアがクリミア併合を行いアメリカとの緊張が高まっている最中、安倍氏は北方領土問題の解決と平和条約締結を目標としてプーチン大統領と27回首脳会談を行いました。
米露緊張の中でのロシア交渉に、プーチン大統領は「アメリカの機嫌を損ねるのはわかっているよな、覚悟しているのか」と様々な形で問いかけます。ところが、日本からの回答はなく、ここでも安倍氏の外交姿勢は曖昧なままに進められた。当然、プーチン大統領の日本への不信を払しょくできるはずもなく、ロシア交渉は何の成果も得られませんでした。
コロナ対応に追われた菅政権での外交はほとんどなく、岸田政権になってからは再び対米従属一辺倒へと戻りつつあります。
――ウクライナ情勢を見ても、米中対立を見ても、これから地政学的に大きな変化は避けられそうにありません。
ロシアの侵攻に対してウクライナは健闘していますが、ロシアが地力で勝るという現実が徐々に明らかになってきました。さらにアメリカ主導で対露経済制裁が行われているわけですが、参加しているのは先進国だけ。制裁を掛ければロシアは立ちいかなくなるだろうという見込みで始めたわけですが、あまり効いていない。現実問題として先進国に世界をコントロールする力などないことが証明されつつあります。
そういう混沌とした世界情勢の中で、現状分析もあやふやでビジョンを明確に示さない2012年体制が対応できるのか。難しいだろうと言わざるを得ません。
――ビジョンのない長期腐敗体制は、なぜ生まれてしまったのでしょうか。
無能と不正、腐敗の体制がなぜできたのかを問うべきでしょう。今回の参議院選挙でも自民党が大勝したわけですが、それは国民がこの体制を支持し続けているからにほかなりません。
本来、民主主義国家では、国民の不満が高まれば為政者にノーが突き付けられる。イギリスでは7月7日にジョンソン首相も辞任に追い込まれたわけですが、きっかけはコロナ禍の行動制限に違反してパーティを開いていたことでした。こうした権力者の不正を罰する国民の姿勢は、少なくとも2012年体制ができてから、日本では影を潜めています。
批判に値することが続けばトップのクビが挿げ替えられる。この当たり前の民主主義のメカニズムが、日本では働かなくなっている。もはや日本では選挙が機能していないのではないかと、選挙をやる意味すら問われる状況になってきてしまっています。
その意味で、冒頭に語ったように安倍氏は2012年体制の犠牲者と言えるのではないでしょうか。本来であれば、無能と不正、腐敗が明らかとなれば、どこかでブレーキがかかるはずだったのですからね。
国葬に反対する理由
私自身はもう、一つ一つの選挙の結果に一喜一憂しなくなりました。結局は今のような政治状況を作っている社会の質、社会を構成している国民の質が問題の本質なのです。
経済的に苦しくなっているのに、投票率は上がらない。明らかに統治パフォーマンスの低い「長期腐敗体制」を支持してしまう。危機を回避する本能が、日本からどんどん失われているのではないか。日本人は生命力を失いつつある。そんな危機的な状況に陥っているのだと思います。
最後に、安倍元首相の国葬に私は反対です。最大の理由は、国家・国民に対する貢献がないからです。岸田首相は、民主主義への挑戦には屈しない意思を示すというようなことを言っていますが、そもそも山上容疑者による犯行は民主主義への攻撃ではない。家庭と彼個人の人生を台無しにされたことによる恨みが動機です。
選挙期間中の犯行となったのは、やりやすかったからにすぎない。ですから、国葬の岸田政権による政治利用は明らかであって、それは2012年体制を維持するのだという意思表明にほかなりません。岸田氏も、国葬を支持する人たちも、自分の権力の維持や自分の自意識のかさ上げのために、安倍氏を亡くなってまで利用するのはいい加減にしろ、と言いたいです。