吉敷(よしき)川だより

山口盆地を小さく貫く吉敷川、そのほとりに住まい、キノコや花を求め、山野を彷徨っています。移ろいゆく自然に心を重ねながら。

「秋の日」 

2015-10-31 | Weblog
  秋の日  リルケ

 主よ――時です。
 夏はまことに偉大でした。
 あなたの影を 日時計の上に横たえ、
 野面に風をはなってください。

 最後の果実に 豊かな実りをお命じください。
 彼らにもう二日 南国めく陽ざしを与え、
 成熟へとうながしてください そうして、
 最後の甘味を 重い葡萄の房に追い入れてください。

 今家をもたぬ者は、もはや家を持ちません。
 今孤独でいる者は、いつまでも孤独でいるでしょう、
 そうして眠られぬままに、本を読み、ながい手紙を書き、
 落ち葉の舞い舞う並樹道を、
 落ちつかぬ心を抱きながら
 あちこちとさまようでしょう。

           『新版ドイツ詩抄』(山口四郎訳)より

 秋もまたいよいよ深まり、わたしもまた詩人となる。
 そして、季節の迅速を想う。
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柘榴

2015-10-30 | Weblog
 今年は気にかかるきのこ:コナガエノアカカゴタケを何度たずねても会うことが出来ず、今日もその姿を求めて山陰の海岸へ向かう。

 行きがけに、やはり今年はまで見ていないオダワラノボリリュウ(城川仮)の出ていた場所に寄ってみたが、まるで見られなかった。今年は1回休みなのだろうか。

 山陰の海岸は風が強く、海が吠えるように白波を打ち付ける海浜を探したが、コナガエノアカカゴタケはまるで見らなかった。わたしが最初にこのきのこを見たのは11月の初めだった。しかし、梅雨時分にも姿を見せる。今年は11月が暖かいらしく、もうしばらくは海浜を歩かないといけない。

 場所を変えて森のきのこを探したが、まるで見られない。
 諦めて帰途に就く。
     「今日の写真」
     
     わが家の柘榴(ざくろ)。数年前、ベニバナミツマタとベニバナエゴノキそれにこの柘榴を植えたが、今年初めて赤い実を二つ付けた。
     天地(あめつち)の恩寵受けて輝けりざくろの赤き実むべの青き実    宮 柊二  「天声人語」でこの歌を知ったが、それ以来、愛唱の歌となる。
     わたしは宮 柊二もさりながら、その妻であった宮 英子の晩年の短歌にも関心がある。後日またそれにも触れてみたい。
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久しぶりのキリノミタケ

2015-10-29 | Weblog
 宮野の森を皮切りに、徳地や県央部あるいは秋吉台の辺縁の森を5箇所ばかり歩いた。

 以前はほぼ毎日歩いて、大腿四頭筋のうちの外側広筋が筋肉疲労のため、歩く度に宿痾のごとくうずいていた。
 今日はきのこの見られない森をあちこち10000歩ほど歩いたが、痛みが感じられず、普通のごとく歩けるのが何よりうれしい。
 脊椎管はかなり狭窄しているのだが、症状が出るにはまだ時間かかりそう、とにかく今を楽しむことにする。

 何処の森もきのこはまるでなく、がんざきで地下生菌を探してもみたが、これもまるで見られず、寂しさは募るばかり・・・。

 さらに、キリノミタケはどうなっているか覗いてみた。既に開いて何日か経っているものが4~5個見られた。しっかり触ってみるのだが、胞子を吹き出す気配はなく、また、分生子の様子も確認できなかった。
 しかし、10数日ぶりの野歩きはわたし達を元気にする。
     「今日のきのこ」
     
     ヒメロクショウグサレキン Chlorociboria omnivirens (Berk.) J.R. Dixon カサ径3~4mmほど。
  
  キリノミタケ Chorioactis geaster (Peck) Kupfer ex Eckblad カサ径7~9cm。あれこれと触ってみるのだが、どれも胞子を出さない。
     
     同上 青黒色の倒木が何本かあり、これは別の木から出ていたもの。
     
     ホソヤリタケ Macrotyphula juncea (Alb. & Schwein.) Berthier 高さ6~7cmほど。
        
        同上 落ち葉の間に菌糸が伸びている。
        
        キツネタケ Laccaria laccata (Scop.) Cooke カサ径3cm。芝と草が入り交じった辺りに群生していた。
        
        カキシメジモドキ Tricholoma ustaloides Romagn. カサ径4cm。カサにはまだ粘性が残っている。近くにカサ径8cmほどの老菌もあった。
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この痛みは脊椎管狭窄症ではない

2015-10-28 | Weblog
 外科医の紹介状を持って、父兄同伴で、じゃあなくて後見人同伴で、済生会病院へ出かける。
 空は明るく、牧歌的な雲があるものは陰翳をつけ、あるものはさらりと白く、溢れるように浮かんでいた。
 11時半の予約であったが、少し早めにというので、11時過ぎには病院へ着いた。
 総合受付で受付をすませ、問診票に記入し、周りに眼をやれば老人ばかりであった。
 わたし達の世代は、女性の半数、男性の4分の1は、皆ほぼ90歳くらいまでは生きていく時代である。
 さらにこれから10年くらいの間、団塊の世代が75歳ほどになれば、老人の世界は爆発する。

 それはさておき、整形外科の待合室で、どれくらい経った頃か、看護師がわたしの名を呼ばわりつつ、顔を上げたわたし達の所へ来て、MRIの写真はあるが、レントゲン写真がないので、これから腰のレントゲン写真を、とのたまう。

 ほどなく誘導されて、4枚ほどの写真を撮った。待合室に帰って、それから待つこと待つこと、13時頃にしびれを切らして、受付に聞きに行くと、ちょっと間をおいて、まだわたしの前に11時予約の人がいるので、その後だとおっしゃる。

 「人の時間を何だと思っているのか、この慮外者めが」と言う言葉をグッと呑み込んでさらに待つ。
 その間に、缶コーヒーを飲んだり、週刊紙を売店で需(もと)めて読んだりしながら時間をつぶす。ただ、我が隣の後見人はどっしりと腰を落ち着け、全く揺るがない。

 やっと、順番が回ってくる。診察室へ後見人ともども入っていった。お待たせしましたとねぎらう看護師の声を背に、診察椅子に座る。

 医師の問診、さらには診察台での足や腰のさまざまなチェックを受けて、医師が言うには、あなたの症状は脊柱管狭窄症の症状ではないとおっしゃる。医者の対応は態度、言葉遣い、論理の確かさなど、テレビで見る素晴らしい医者の象とダブらせるほど、まさにすごい先生であった。

 確かに、MRIでの写真はかなり良くないが、あなたの症状は腰部の関節が悪いようで、この辺りに水が溜まっているなどとMRIの写真を示しながら、的確にわたし達に伝える。そして、症状が出た時は揉むなどもやはり効果があるという。

 また、脊椎管狭窄症の手術の目安は、200mが歩けなくなった時で、その時はまず最寄りの外科医へ行って、紹介状を書いて貰うこと、また、インナーマッスルを鍛えて下さい、またストレッチはこんなのもありますなどといろいろ教えていただく。
 中腰はいけないとか、バチグワで庭木の根を掘る話しをしたらそれは厳禁、重い物はだめなど注意をうける。現状は大腿四頭筋のうちの外側筋が痛いのみなので、屈んで撮る趣味のきのこ写真の撮影はどうか聞いたら、好きなことは続けたら、とのことである。

 そうして医師から渡された脊椎管狭窄症のパンフで、「良い」写真と「悪い」写真が示されたところをボールペンの先で示し、わたしの容体はこの写真よりも悪いと「悪い」写真の方を指し示すのであった。

 わたし達は、脊椎管狭窄症の容体は悪いが、長年歩いたことで、筋肉の助けなどによって、まだもっているのでは、と拡大解釈し、200mが歩けなくなるまで、とにかくきのこを求めて歩くということを後見人と申し合わせ、帰途に就く。

 夕方、もう一つ気にかかる腐った臭いがする鼻を、耳鼻咽喉科で診てもらう。レントゲンで膿も溜まっていないことを確認し、鼻を洗って貰い、後顧の憂いを取り除く。

 先日の雨もあり、明日は久しぶりに野に出たい。
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「夕べの家々」

2015-10-27 | Weblog
   夕べの家々      ヘッセ
 
 夕べ遅く斜めにさす金色の光りの中に
 ひと群れの家がひっそりと燃えたち、
 もったいないばかりの深い色をたたえて
 団欒の夕べが祈りのように花咲いている。

 家々は互いにしみじみと肩を寄せあい、
 姉妹のようにむつまじく丘の斜面に生い立って、
 習いもせぬに誰でもが知っている歌のように、
 素朴でしかも年古りている。

 壁と漆喰(しっくい)と、傾いた屋根、
 貧しさと誇り、荒廃と幸福、
 それらがやさしく、深く、静かに、
 昼の灼熱を照り返している。


    山口四郎訳 『新版ドイツ詩抄』より

 ヘッセは自分の庭園から深く静かに観照しているのであろうか。わたしもその平安を恋しいように懐かしむ。


 雨量は少なかったが、久々の雨に大気は潤い、台地もそして何より森の木々も少し落ち着いたように見える。夕方近くなって、連れ合いが口腔の不調を訴えるので、口の中を覗けば、口の奥に白いぶつぶつが出来ている。
 近くの緒方耳鼻咽喉科へ出かける。鼻の炎症に雑菌が付いているとのこと、抗生物質などをもらって帰る。連れ合いは鼻の炎症などかって罹ったこともないのだが・・・。

 夜、わたしがパソコンに向かっていると、何かきのこの腐ったような臭いがする。あれっ、またきのこを腐らせたかと、辺りを見回すが、ここ10日近く野に出ていないので、きのこは持ち帰っていないはず。
 わたしの鼻腔もなにやら異変があるようだ。鼻がつまっているのではないが、おそらく副鼻腔にまた雑菌がわいたのであろう。もうちょっと早く分かれば一緒に診てもらったのだが・・・。

 明日は、脊柱管狭窄症をMRIやレントゲンの写真をもとに専門医に診てもらう日である。
 また、雨が降らず、開こうに開けないキリノミタケが今日の雨で、ひょっとして、との思いもある。
 しかし、この腐ったような臭いを何とかしないと・・・。
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『老いの歌――新しく生きる時間へ』

2015-10-26 | Weblog
 庭のドウダンツツジは標高の高いところには及ばないが、少し紅葉し、目を楽しませてくれる。だが、それも仔細に眺めれば、ちりちりと乾いている。

 明日は午後から雨の予報だが、しっかりと降って欲しいものである。

 午前、やや遅くに佐々木外科病院へおもむき、専門病院への紹介状を書いて貰う。今週の水曜日に済生会山口病院の予約が取れたということであった。
 とにかく専門医の意見を聞いて腹を固めねばならない。

 岩波新書の小高賢著『老いの歌――新しく生きる時間へ』を読み終える。老いの諸相を自分の目で確かめながら、歌に詠んでいくそのたくましさに大いに頷くところがある。
 日野原重明さんが主宰する75歳からの「新老人の会」の入会要件として何かを新しく始めると言うのがあったように思うが、わたしも75歳を契機に何か新しいことを始めて見たいと思う。
 俳句でも短歌でも絵でもいい、とにかく何かものを作ることを考えたい。

 なお懸案であった山口県のきのこ目録の不符号分についてやっと仕上げ、とりまとめていただいているKさんへ送った。Kさんの尽力により、順調にいけば次は図版を選ぶことになる。
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月夜茸山の寝息の思はるる

2015-10-25 | Weblog
 今日の空の色も哀しいほどに深い藍色であった。そう、野も山も乾きに乾いて、わたしは哀しい。

 しかしナルちゃんは別物。ぬめるような柔らかい四肢と組んずほぐれつ遊び、耳をつんざくような甲高い声に安心する。中耳炎の熱は下がって別人のよう・・・。

 図書館で借りた渡辺真四郎著『人生の四季』に、次のような短歌がある。

 もみぢ葉は 袖にこきいれて もていでなむ 秋は限りと見む人のため   素性法師

 素性(そせい)は俗名 良岑玄利(よしみねのはるとし)、僧正遍昭の出家前の子。三十六歌仙の一人。左近将監の要職にあったが出家して大和に住んだ。『古今和歌集』所収。
 「北山に僧正遍昭と茸(たけ)がりにまかりけるによめる」の添書きがある。父親と京都の北山にきのこ狩りに行ったときの歌。山にはまだ美しい紅葉が残っていた。その紅葉を摘み取って袖に入れ、都に持ち帰ろう。もう秋が終わったと思っている都人に、秋はまだ残っているのだよ――――と教えるために。素性は紅葉に自分の人生の思いを託した。
・・・・・とある。

 添え書きにある茸がりとは? 1000年以上前の人たちの茸がりとは、マツタケ狩りであろうか。しかし、紅葉時期となればマツタケはもうほとんどないのでは・・・。どんなきのこ?

 さて、物事はついでがある。きのこを詠んだ俳句を少し掲出してみよう。わたしの好きな俳人の句である。

   月夜茸山の寝息の思はるる           飯田龍太
   茸にほへばつつましき故郷あり         飯田龍太
   奥甲斐の夜毎の月の猿茸            飯田龍太
   大木の虚(うろ)の古茸冬の空         飯田龍太
   大寒の巨樹に蝟集(いしゅう)の茸あり     飯田龍太


 明日は病院へおもむき、紹介状を書いてもらおうと思う。
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元気の素ナルちゃん

2015-10-24 | Weblog
 一週間ばかり、ブログの更新が出来なかった。
 乾燥が続き、里山のきのこが出ないのも一因、その上、我が身上にまた新しい課題が浮上したことも一因である。

 もう大分昔、脊椎管狭窄症の診断を貰っていたが、腹筋類を強化し、その問題は克服したと思っていた。
 そうして、日々野山を歩いて、きのこを撮っていたのだが、いつまでも左の大腿四頭筋の外側が痛くて、ついに先週、外科医の門を叩いた。

 レントゲン、そしてMRIを撮ってもらい、我が背骨の3つほどがみにくく潰れているのを知る。
 佐々木外科では手術が出来なくて、手術をするのであれば済生会病院などを紹介するという。しかし手術をしても抜本的に良くなることはない、とにべもなく言う。

 持ち帰って、考慮の末、この週末が開けたら、やはり手術について紹介状を書いて貰うことにした。

 先週の金曜日遅くに、元気の素、ナルちゃんがやって来た。中耳炎で熱が高く、39.7度くらいあった。
 わが家に来る前に山口市の松尾小児科の先生に診てもらったと言うので、そのことだけで少し安心する。

 耳が痛いとゴチていたが、彼の熱は今日は下がり、元気を取り戻し、家の中を走り回る。
 わたしも何だか気分が上向き、山口県産のきのこ目録の不符号について、「ザ・プロフェッショナル」からご指摘をいただいた件について本気で取り組む。
 今まで試行錯誤した不符号の訂正がやっと軌道に乗る。後もう少し。

 わたしは、これからも背骨を固定してでも、きのこを求めて野山を歩きたいと思う。きのこへの情熱は増すばかりである。
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こころは豊か

2015-10-16 | Weblog
 昨日、隣の市、防府市の二つの森林公園なるものを目指して、家を出た。

 国道9号線のケヤキも既に色付き、さらに国道262号線へ入れば、アメリカフウが豊かな赤色を見せている。

 尋ね尋ねて、やっと二つの森林公園を確認したが、歩いて楽しむ風情はまるでない。車で行って、展望台がちょこんとあるだけの公園であった。

 わたしの感覚が間違っているのだろうか。少なくとも舗装された道ではない森の小径を歩いて、森の良さを感じる空間があちこちにあってもいいように思う。

 山口県人の姑息さが透けて見えるような気がして、寂しさがしゅうしゅうと心をよぎる。森林公園などと名乗らないで欲しい。

 昨日の昼過ぎには、種を撒いたキンセンカの苗を花壇に植えた。150本前後あったが、この花の特性というか霜に弱いので、軒下に作った花壇に蜜植した。

 土を耕せば、必ず野良猫が、やって来て糞をするので、取り溜めていた木々の小枝を畑地に蜜に挿して、防御する。

 今朝庭に出てみれば、猫の被害はないようであった。

 今日は一日家居を決め込み、先人が残した、わが心に波紋を投げかけるフレーズなどを書きためたノートを読み返す。
 貧しいけれど、その豊穣なことばに、わが心はことの他に豊かとなる。

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帰去来(かえりなむいざ)

2015-10-15 | Weblog
 帰去来(かえりなむいざ)    北原白秋

 山門(やまと)は我が産土(うぶすな)、   
山門=旧山門郡  産土=生まれたところ
 雲騰(あが)る南風(はえ)のまほら、    まほら=美しいところ
 飛ばまし 今一度(いまひとたび)、

 筑紫(つくし)よかく呼ばえば        
 恋(こ)ほしよ 潮の落差、
 火照(ほでり)沁(し)む夕日の潟。

 盲(し)ふるに、早やもこの眼、
 見ざらむ、また葦かび、     
      葦カビ=葦の芽
 籠飼(ろうげ)や水かげろふ。        籠飼=魚を捕る仕掛けの籠 水かげろう=水辺のかげろう

 帰らなむ、いざ鵲(かささぎ)、       鵲=カチカチと鳴くのでカチガラスとも呼ばれる
 かの空の櫨(はじ)のたむろ、        櫨=はぜ
 まつらむぞ今一度(ひとたび)。

 故郷やそのかの子ら、   
         故郷よ、昔なじみの誰彼も皆遠く、年ごとに疎遠になって
 皆老いて遠きに、              いるというのに
 何ぞ寄る童(わらべ)ごころ。        わが心は子供の時のままに、故郷を恋慕っている。

 今日は北原白秋の絶唱を何度も音読する。57歳で亡くなった詩人の望郷の歌がわが心にしんしんと響く。
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