吉敷(よしき)川だより

山口盆地を小さく貫く吉敷川、そのほとりに住まい、キノコや花を求め、山野を彷徨っています。移ろいゆく自然に心を重ねながら。

ありがとうございました

2009-12-31 | Weblog
 あっという間の1年である。時間というのは、老いてくるとますます加速するようである。
 今年はとても充実した有意義な1年となった。多くの人に感謝したい。

 来年はいよいよ古希を迎える。「人生七十古来希なり」と言ったのは、今から1200年以上前の、唐の詩人杜甫である。
 人の寿命が延びた当節では、古希は誰でも当たり前の光景となった。

 ただ、わたしがこの地平に立つとは、想像だにしなかったことではあるが・・・。

 この広大な宇宙の片隅で、たった1度の生を与えられ、ひたむきに生きてきた。そして気がつけば、すぐ70歳という信じられない位置にいる。
 
 しかし、先を憂えず、青春時代を生きるように、希望を失わず、はつらつと生きてゆきたいものと思う。
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空気が旨い

2009-12-30 | Weblog
 今日はわが家から、吉敷川沿いを下に向かい、良城橋を渡り国道435号線を上り、また吉敷川に掛かる蛍身橋を渡って、市道に沿うように走り、赤田神社の手前からまた国道に出る。

 急に走り始めると、頸部と心臓上部に違和感があって、走ることは止めていたが、呼吸法を自分なりに変えて、走り始めたのが4日前である。

 わたしは呼吸が下手で、鼻中隔湾曲症の所為かも知れないが、吸うのが浅く、いつも連れ合いから注意されていた。深く吸うことを意識するととても身体が楽で、今までの不都合は呼吸の所為ではあるまいかとさえ思える。

 五木寛之の随筆の中に、鼻で呼吸をしないで口呼吸をする女性が書かれていたが、わたしも五十歩百歩であった。
今のわたしには空気がことのほか旨い。

 走れるのがうれしくて、今日も1時間ばかり走る。走り終えてしばらくしての爽快感は、何とも言えない。
 今日は脚のあちこちに筋肉痛が起こっていて、動きづらいが、明日もまた走り、走れる喜びと終わった後の爽やかさに浸りたい。足腰を鍛え、そうして来たる2010年のきのこシーズンに備えたいと思う。

 昼前に電話がある。「カメラのキタムラ」からである。2週間前にマクロレンズが使えなくなって、修理に出していたが、治ったとのことであった。
 8000円余りの修理代は5年保証のおかげで無料になった。

 小さいきのこを早く撮りたい、と思う。
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カレンダーとブックカバー

2009-12-29 | Weblog
 先日、美しい手作りのきのこのカレンダーが届いた。

 送っていただいたのは、わたしがいつも参考にさせてもらっているホームページ「ドキッときのこ」の作成者、竹しんじさんである。
 彼のホームページには、きのこに対する優しいまなざしが溢れている。そしてきのこの同定に役立つ、情報が私どもにも分かる言葉で述べられていて、とても参考になる。

 わたしもあの語り口と、写真に対する覚悟に目覚めたい、と切に思う。

 今日さらに、広島の友人から、きのこをアレンジしたブックカバーが届く。色とりどりのきのこが踊り、わたしをメルヘンの世界へ誘う。とてもうれしい。
           「今日の写真」
            
            カレンダーの一部 今年、岐阜と長野の県境で、シラカバに生えるツノシメジを、広島のYさんが見つけられ、
            わたしも写真に収めているが、今一つである。次はがんばっていい写真を・・・。
            
            ブックカバー(布製) ファンタスチックなきのこが踊る。大切に使いたい。

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走る

2009-12-28 | Weblog
 今日も維新公園を歩きかつ走った。最近は体重が増え、走ればすぐ息が上がる。休んではちょこっと走り、それを繰り返す。

 この冬は走ることを意識したい。

 家電量販店へ赴き、ノートパソコンを眺める。
 いろんな場所へ出かける時は、ノートパソコンが便利である。デスクトップでを外に持ち出すこともできず、どうしてもノートパソコンが欲しい。歳を取って決断力が落ちた身には、なかなか決められない。

 係員の説明を聞きながら、携帯性と操作性のかねあいを胸に置きつつ、カタログに代金を記入してもらい、さらにカタログに折り目を付けてもらって、持ち帰る。

 帰って、カタログをにらんでいるが、ぐずぐず・・・今年もあと数日、どうしよう。
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ナナホシテントウムシ

2009-12-27 | Weblog
 午前中、約1時間半ばかり吉敷川沿いを歩いた。カワセミが居るはずだがと目をこらすが、モズが川の中の木の枝で、視線を鋭く走らせているのみであった。

 陽が暖かく、庭の草でもと庭に出れば、ソシンロウバイの花が既に咲いていて、いい香りが鼻腔をかすめる。
 晩白柚も黄色みを強めていて、下側にわずかに緑色を残している。食べられるのも後もう少しである。

 狭い庭は雑草の天国で、ちょっと手を抜くと、もうスズメノカタビラ、ツメクサなどが群生していて、こぼれ種で生えたビオラやネモフィラを避けながら、抜き取ることになる。

 きのこのない生活はなかなかにくたびれる。
                「今日の写真」
                 
                 ナナホシテントウムシ 陶器の上で動かない。越冬の準備はいいのと言いたくなる。
                 
                 ソシンロウバイ 伸びた枝を切ったので今年は花が少ない。最近は葉が付いたまま花が咲く。控えめな香りがいい。

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五界説のことなど

2009-12-26 | Weblog
 動物は五感によって外界を認識しているようだが、人間は外界の事物に名を付けることによって認識している。
 人間が自然を整理し理解しようとすれば、やはり分類が意識に立ち上る。

 生物の分類の初めは、今から2300年以上前のアリストテレスに遡る。学問の祖とも言われた彼が、生物を意志を持って動くものを動物、それ以外を植物とし、これが二界説の始まりとなった。

 17世紀の中頃には、イギリスの物理学者フックがコルクの切片を顕微鏡で見て、細胞壁に囲まれた空間をセル(細胞)と名付ける。それと前後して、オランダの呉服商レーエンフックが酵母や精子を覗いて、驚くべき精細さで図版を残している。

 さらに下って18世紀、スエーデンの博物学者・植物学者リンネが、生物の分類は二界説でいいと言ったという。
 顕微鏡が次第に進化し、植物とも動物とも言えないものがたくさん見つかり、19世紀中頃から20世紀初頭の人、ドイツのヘッケルが動物界、植物界、原生生物界の3界説を唱える。

 それから紆余曲折はあったが、アメリカのホイッタカーにより原核生物、原生生物、動物、菌類、植物の五界説が提唱され、世の中に受け入れられ、定着した。
 この時初めてわたしの関心事の菌類が一つの界として認められたと言うことはうれしいと言わねばならない。

 しかしすぐに原核生物の細菌も分子生物学の進展に伴い、一系統ではなく、古細菌という新たな系統が発見され、むしろ真核生物から人間へはこちらの系統が近いことが示唆された。

 その前、1953年にアメリカのワトソンとイギリスのクリックにより、イギリスの科学誌ネイチャーに一枚の論文、すなわちDNAが2本の逆方向に走る分子鎖で螺旋状になっていることを発表した。

 衝撃が世界を走り、分子生物学ははじけるように発展する。わが愛する菌界も、例外でなく、従来のおおらかな分類から、味も素っ気もないリボソームRNAの塩基配列によって、思いもよらぬ種同士が近縁であったりし、驚きととまどいは隠せない。

 昔のおおらかな形態などによる分類、すなわち腹菌類、あるいはヒダナシタケ類とかの概念は、目で追う限り、索引の役目を果たし、今後の図鑑類には踏襲されていくのではないだろうか。
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クモタケのセックス

2009-12-25 | Weblog
 キノコは菌類の中でも肉眼で確認できる子実体(いわゆるきのこ)を形成するもので、担子菌類と子囊菌類がある。
 子囊菌と担子菌は10億年くらい前に真核細胞が多細胞化する前後に別れたようで、似て非なるものである。

 以前は珍菌として騒がれたコウボウフデは、最近ではあちこちのシイ・カシ林でみられるようになったが、当初は担子菌として図鑑に掲載されていた。
 しかし、実際は消失性の子囊に包まれていることが分かり、子囊菌となったことは記憶に新しい。

 担子菌のライフサイクルなどはよく図が示され、さっと眺めれば分かったような気になるが、突き詰めて考えていくと不明なことが多い。核の合体の後はすぐに減数分裂と書いてあって、いきなり4個の胞子の図があるだけで、なぜいきなり4個になるのか疑問が湧く。

 初心者には減数分裂なるものもはなはだ心許なく、仕方がないので人間の生殖細胞の減数分裂をながめ、やっと第一減数分裂と第二減数分裂があることを知り、少し謎が解ける。

 次に分からないのが子囊菌のライフサイクルである。子囊菌には有性生殖及び無性生殖の菌があり、国立科学博物館編の『菌類の不思議』にそのライフサイクルが図示されているが、全く理解に苦しむ。

 子囊菌では胞子が発芽して、一次菌糸、二次菌糸の別がないのだろうか。
 説明によれば、菌糸体が十分な量になると子囊果原基が形成され、なんとその中に造精器と造囊器が分化して、その合一によって有性生殖が行われるとある。
 まるで、シダの生殖と同じようなことが行われるようだが、その実体は霧の中である。

 専門書を読み砕く能力はなく、素人に分かる啓蒙書はとても少ないのが残念だ。

 クモタケのようにまず無性生殖のアナモルフ(分生子)を形成して、それを放散した後、今度は有性生殖のテレオモルフ(胞子)を形成する場合が時に見られる。 これをイリオモテクモタケと呼び、一つの生物に二つの名がついているようだ。そのメカニズムは、アナモルフの形成後に、さらに菌糸が生長して、造精器、造嚢器を作り有性生殖を行うのであろうか。

 クモタケに聞きたい。あんたどんなセックスなんね?と。
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星くず

2009-12-24 | Weblog
 わたしの属する宇宙が出来て137億年という。
 宇宙の始まりは最初にビッグバンがあったらしい。137億年前すなわちビッグバンの前はどうだったのか、の問いには初めもなく終わりもない、ビッグバンは特異点だという。

 それから90億年、何度か星が生まれ星が死に、次第に重たい原子ができ、そうしてわが太陽系は生まれた。
 多くの星の死のおかげで、より重い原子ができ、さまざまな原子や分子を含む地球が生まれた。

 微惑星の衝突などで沸騰する地球もやがて冷え、果てしない雨の末、海ができ、まだ沸き立つ海の中に命の元は生まれた。それが40億年前という。

 地球を構成する物質は思いのほか有機物が含まれていて、その有機物が化学進化をし、最初は低分子から、次第に高分子となり、自己保存と、自己複製のシステムを構築していく。

 やがて脂質の膜を獲得し、新しい生命:細胞ができる。さらに、気の遠くなるような時をけみして、原核生物から真核生物、ついで多細胞生物へと進化していく。大気は二酸化炭素が減り、酸素が増えてくる。
 やがて爆発的な生物の多様化が進み、海から、手つかずの大地へとまず菌類と共生する地衣類などが進出する。やや遅れて節足動物も大地を踏む。

 幾多の試行錯誤を乗り越えて、今まさにわたしの命がある。

 しばらくすればわたしも命絶えて、それからまた気の遠くなるような時を経て、地球も太陽も元の星くずになる。

 知性を獲得したヒトがあれこれ悩みつつ、この絶対の今を生きる。

 そうかわたしも星くずでできていたのか。
 
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ヒメカンムリタケ

2009-12-23 | Weblog
 買い物のついでに市内を少し歩いてみる。カラムラサキハツはいつも4月頃に見るのだが、冬に見たことがなく、そのつもりで探す。

 ハタケシメジ、マツカサキノコモドキ、老菌のカニノツメ、マンネンタケ、カワラタケ、コフキサルノコシカケ、ニクウスバタケ、チシオタケ、ヒラタケ、チャウロコタケ、ヒメカンムリタケ、小さなフウセンタケ類などを見る。

 そして、ツツジの植え込みの下にベニタケ類を見る。カラムラサキハツではと思ったが、カサの色が紫でなく朱色である。肉をかじってみればとても辛い。
 カサの表皮もあっさりと剥け、ドクベニタケであろう。胞子をメルツァー液で染めて見れば、やや網目状であり、類球形でその径は10μmほどであった。


 冬至を過ぎれば陽は日増しに長くなり、これから、日の出と日の入りの時刻を見るのが、春にかけての楽しみとなる。
 ちなみに今日の山口の日の出は7時17分、日の入りは17時11分であった。
 季節は厳寒に向かうのだが、日脚が長くなるというのは命に弾みのようなものが感じられてうれしい。
           「今日の写真」
            
            ヒメカンムリタケ Neolecta vittelina 高さ4cm。苔の斜面にまだあちこちで姿を見せていた。
            
            カワラタケ Trametes versicolor カサ径4~5cm。真っ黒いものもあるが、なかなか多彩である。
            
            ドクベニタケ Russula emetic カサ径3cm強。肉はきわめて辛く、いつまでも舌の先に残る。胞子は類球形で径10μm、表面に網目をもつ。
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『森とカビ・キノコ』

2009-12-22 | Weblog
 小川 真著『森とカビ・キノコ』を読了する。215頁ばかりの四六判のハードカバーで、カビ、キノコのタイトルに惹かれて借りたが、中身はほとんど樹木の大量死に関するものであった。

 マツから始まり、スギ、ヒノキ、クリ、コナラ、ミズナラ、サクラやウメなどの樹木の衰退が、酸性雨などの窒素過多や有害な硫黄酸化物によるものであると言う。
 中国大陸から押し寄せる有害物質と共に、降り注ぐ窒素化合物、それによって弱った樹勢に襲いかかるマツノザイセンチュウやカシノナガキクイムシ。

 樹木は生命を維持できるぎりぎりの量の窒素を得て生きている。それが雨や雪に混じり、有り余るほど供給されて、おかしくなるらしい。樹木に共生する多くの菌根菌のキノコ達も、硫黄酸化物の化学変化で著しく数が減っているという。
 その影響かどうか分からないが、今年は空前の実物の年で、ドングリ類は溢れるほど実がついた。植物が滅びを予感して命をかけて実をつけたのでないことを祈りたい。

 キノコと菌根関係を結ぶ樹木の勢いが著しく弱る中で、木が弱ってキノコが減るのかキノコが少なくなって木が弱るのかはっきりしないらしい。

 いずれにしても、わたしたちを取り巻く自然の現実を知ることができてとてもよかった。もっともっと自然とそしてきのこが知りたい。
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