吉敷(よしき)川だより

山口盆地を小さく貫く吉敷川、そのほとりに住まい、キノコや花を求め、山野を彷徨っています。移ろいゆく自然に心を重ねながら。

野を歩くことも読書もなんと楽しいことか

2018-11-15 | Weblog
 鴻ノ峰は、きのこ観察になかなかいい場所だが、昨今の雨の少なさに、すっかりきのこは忘れて、ただ足慣らしの場となっている。
 そういうわけで、カメラも三脚も持たずに歩くことが多くなった。

 それで、2本のストックで歩く、ノルディック・ウオーキングを思い出し、倉庫に置いてあった2本のストックを使って、一昨日、鴻ノ峰を歩いてみた。

 やや曲がった体幹を感じさせない姿勢を保持して歩くことができ、そのうえ腕への負荷もあり、普通に歩くよりも20%も運動量があるようだった。
 下りはストックは要らなかったが、これからしばらくはノルディック・ウオーキングにしたいと思う。

 話は変るが、ここ最近、多くの時間を、本を読むことに費やしている。加島祥造の書いた本をあれこれ読みあさり、彼の心のありように寄り添い、2500年前の先哲の言葉を、彼の頭脳を通して、理解しようと試みる。ことばの概念がおぼろげに立ち上がるのがうれしい。

 また別のチャンネルから、津野海太郎著『百歳までの読書術』を知り、あるいは福岡伸一の『やわらかな生命』を知る。
 読み終えれば、そのどちらも面白く、津野梅太郎の読んだ本のあれこれに付箋をつけ、福岡伸一ハカセの卓見などに付箋をつける。

 最近は本を書店で求めることがとても少なくなった。しかし、図書館で借りて読んで、手元に置きたい、と思う本があれこれあり、ネットで検索しつつ、悩む。

 さて、今日は市内の野に出かける。ゆく秋を感じながら、野を歩けば、妻がいち早く、サルトリイバラの蠱惑的な真紅の実があふれる林縁を指さす。
 それを手際よくハサミで切り取り、きのこを探す。シロシメジ、カキシメジを見て、さらにハマシメジをさがすが、1本も出ていない。もっと遅くなるのだろうか。

 すがしき秋の半日を、わたしたちは空の青と風と光に戯れつつ、たおやかに歩いた。
  「今日のきのこ」
  
  シロシメジ Tricholoma japonicum Kawam. 傘径5cmほど。もう見られないかと思ったが、まだ出ていた。
  
  カキシメジ Tricholoma ustale (Fr.) P. Kumm. 傘径5cmほど。何個も出ていた。
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おっぴさん

2018-11-10 | Weblog
 Sさんと秋吉台で待ち合わせる。家族旅行村には多くの人(概ね300~400人)が集結していて、聞けば連合山口の草刈りボランティアがあるようだ。

 わたしたちは、あちこちときのこを探す。新しい落ち葉は深くなるばかりで、きのこは見られない。ゆく秋の寂寥ばかりが、ただただ心を浸す。

 場所を変って、山を坂をと歩いたが、やはりきのこは見られない。

 昼前にSさんと別れ、もう一箇所寄ってみる。小さなきのこをカメラに収め、帰る気になる。

 やなせたかし著『だれでも詩人になれる本』に掲載されていた詩をもう一つ掲載したい。

   おっぴさん   内海秀子(仙台)

  何年も寝たきりの
  おっぴさん                
  もう 手も足も細っこくなって
  まるで枯枝
  毎日あっかいに来る娘も
  めっきり白髪がふえた
  なにかしら語りかけながら
  までえに体を拭いて
  寝衣装をとっける
  おっぴさんは娘ばりが頼り
  「養命酒をのまいん」と言う
  娘は んまそなふりして飲む

  ホロホロと萩の花この散るばんかた
  おっぴさんの口が動いて
  「もう  さよなら
   千も  万も
   おせわ さ ま」


  訳 おっぴさん-----ひいばあさん
    あっかい -----世話
    までえに -----ていねいに
    とっける -----とりかえる
    娘ばりが -----娘だけが
    のまいん -----のみなさい
    ばんかた -----夕方
 (これは、ひ孫が祖母について行き、共にひいばあさんの世話をしている時に生まれた詩でしょうか?わたしはなんだか今日も心が暖かです。)

  「今日のきのこ」
  
  ハナウロコタケ Stereopsis burtiana (Peck) D.A. Reid 傘径1.5cmほど。
  
  ツノフノリタケ Calocera cornea (Batsch.) Fr. 高さ1.5cmほど。ハナビタケではと思ったが、胞子はピーナッツの袋形で大きさは9×4.5μm、ツノフノリタケのようである。
  
  クロゲシジミタケ Resupinatus trichotis (Pers.) Sing. 傘径1cmちょっと。胞子は球形で径5μm。
  
  同上 ヒダの様子。
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森は明るい

2018-11-09 | Weblog
 昨夜遅くから明け方にかけて、しょぼしょぼと雨が降った。

 わずかな雨量だが、それでもずいぶん久しぶり。

 わたしたちは市内・徳地の大原湖畔へ向かう。野や山は夏とは違う色で装っていて、ああ、何と明るいことか・・・。

 きのこはもう少ないけれど、でも湿った森を歩くのは、心のササクレが取れるよう・・・。赤や黄や茶の新しい落ち葉を、かさかさ鳴らし、きゅっきゅっと踏みしめ、森の匂いが身体にしみる・・・。

 昼食を挟んで、明るい金色のイチョウの葉が散る、道を引き返し、家路を辿る。今日の冒険は終わりである。

  「今日のきのこ」
  
  タマツキカレバタケ Collybia cookei (Bres.) J.D. Arnold 傘径1cmほど。
   
  同上 柄の先には淡黄褐色の玉がついている。
  
  チジレタケ Plicaturopsis crispa (Pers.) D.A. Reid 傘径2~3cm。
  
  同上 ヒダの様子。
  
  オリーブシワチチタケ(仮)傘径2cmほど。春にも生えるのだが、今時分からまた生え始める。今日はこの1本のみ。
  
  ヌメリツバタケ Mucidula venosolamellata Imazeki & Toki emened. Ushijima, Nagas. & N. Maekawa 傘径4cmほど。
  
  ハナビラニカワタケ Tremella foliacea Pers. 全体が10cm弱の塊。
  
  シハイタケ Trichaptum abietinum (Dicks.) Ryvarden 傘径3cmほど。
  
  地衣類と共生するきのこ 傘径3mmほど。
  
  ナガエノチャワンタケ Helvella macropus (Pers.) P. Karst. 傘径1.2cm。
  
  そこだけ燃えているよう・・・。
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みみず

2018-11-08 | Weblog
 昨日、久方ぶりに県立の図書館へ出かけた。長い間改修のため閉館で、わたしはご無沙汰であった。

 どこを改修したのか分からないが、わたしはあちこちと獲物を探す。

 ふと、『だれでも詩人になれる』というタイトルに引かれて作者を見れば、なんとあの「あんぱんまん」の作者「やなせたかし」である。
 えっ、でも、わたしは半信半疑で何冊かと一緒に借りて帰る。

 それを今日読み終えて、「やなせたかし」とは何とすてきな人だろうと、わたしは驚嘆した。もっと早く詩の理解者としての「やなせたかし」を知りたかった。

 『詩とメルヘン』という雑誌を立ち上げ、長く主催していたなんて、まるで知らなかった。ごめんなさい。
 『だれでも詩人になれる』というあの本に書いてある、あなたの意見にわたしはまったく賛成です。

 もう仮の姿から解き放たれたあなた、どうか山口の我が町の上を、アンパンマンのように飛んでくれるといいな、と思っています。

 今日はやなせたかしさんが『だれでも詩人になれる本』に引いている詩を一篇掲載します。

    みみず  大関松三郎

  何だ こいつめ
  あたまもしっぽもないような
  目だまも手足もないような
  いじめられれば ぴちこちはねるだけで
  ちっとも おっかなくないやつ
  いっちんちじゅう 土の底にもぐっていて
  土をほじっくりかえし
  くさったものばっかりたべて
  それっきりで いきているやつ
  百年たっても二百年たっても
  おんなじ はだかんぼうのやつ
  それより どうにもなれんやつ
  ばかで かわいそうなやつ
  おまえも百姓とおんなじだ
  おれたちのなかまだ

 この詩を読んでわたしはしびれました。この確かな観察力と、自分を客観視する想像力、小学生というのですから・・・・。
 大関松三郎は18年の生涯でしたが、死後、小学時代の詩がまとめられて、『山芋』として刊行されたようです。12歳ばかりの少年の詩だとは・・・。

 わたしは、D・H・ロレンスの「蚊」という長い詩を思い出しました。(加島祥造著『「おっぱい」は好きなだけ吸うがいい』に引用されています。)ロレンスの確かな目とほんの少しやんちゃな顔が見えるような気がします。ロレンスは『チャタレイ夫人の恋人』を書いた小説家ですが、自然を憧憬してやまないタオイストだと、加島祥造は言っています。

 思いがけなく、今日のわたしは豊かな一日となりました。
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「ふるさと」

2018-11-05 | Weblog
 わたしたちは今日も鴻ノ峰を歩く。腰の調子が良くなって、さらに心臓の調子もいい。

 紅葉を、カメラに収める同年代に挨拶し、さらに上がれば、仙人のようなご老人が、道の真ん中で、若い夫婦と話している。

 今日のわたしは心臓の具合もよく、つい、坂道を走って上る。平地でも100歩ばかりしか走れないのに、130歩ほど走り、わたしは気分がいい。

 さらに、急坂を走り上がる。たまたま下ってきた、いつも会う夫婦が、びっくりしてわたしを凝視する。「おはようございます」と言って、何食わぬ顔で、行き交う。

 後から遅れて続くわが妻に、くだんの夫婦の男性が「お父さんは走って大丈夫なの?」と問うたそうである。

 わたしは坂道を走り上がること3回、最後は150歩まで伸ばし、適度の疲労感がたまらなくうれしい。

 若い時から、呼吸が浅く、妻からたびたび指摘されていたが、その改善の方法が分からなかった。今頃になって、腹を膨らませることで横隔膜が下がり、肺の容積が広がることを知り、今、その恩恵によくしている。

 今日も、乾いた大地にはきのこは見られず、予報では9日に、2週間ぶりに降るらしい。当てにはならないが、慈雨が本当に待たれる。


 今日は次の詩を掲載したい。

  ふるさと   大木惇夫

 朝かぜに
 こほろぎなけば

 ふるさとの
 水晶山も
 むらさきに冴えたらむ、

 紫蘇むしる
 母の手も
 朝かぜにしろからむ


 この詩は、秋冷の朝の望郷の思いを抒情したもの。作者は広島市天満町の生まれである。
 都にもこおろぎを聞くころになれば、思い出されるのは紫に澄む故郷の山であり、紫蘇むしる母の手の匂いであり、白さである。
 この詩は「こほろぎなけば」「むらさきに冴えたらむ」「紫蘇むしる」というように、聴覚、視覚、嗅覚によつて、秋の清涼の気と郷愁の思いとを抒情している。
 (この解説の出典が不明となっていて申し訳ない。)
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78歳、あるがままとはいかなくて

2018-11-04 | Weblog
 わたしは若い時から、医師から強い運動はしないようになどと言われ、心臓に何か欠陥があるのでは、と思っていました。
 中年になって、ジョギングをするのに、走り初めが異常に苦しいのですが、それをがまんすると普通に走れる(と言っても遅いのですが)ことも知りました。

 また、ある時期は心臓が苦しく、坂が上れなくて、妻と子に背中を押してもらって、ようやく上ったこともありました。

 そういうことから、妻にはあまり長生きはできないと常々言っておりました。が、あっという間に馬齢を重ね、今78歳で「おとうさん、結構生きたのではないの」と皮肉られています。
 ただ、最近は鴻ノ峰の坂道を休みながら上っています。

 日頃はきのこを求めて山野を徘徊し、運動は十分していると思っていました。しかし、これは落とし穴で、狭い歩幅で前屈みにきのこを探す姿勢では、活性化する筋肉は限られています。
 背骨や背筋など、身体を支える骨や筋肉は別に鍛えないと、まっすぐ歩けないことを70歳近くで知りました。
 身長は小さいのに何と5cmも縮み、背骨はレントゲンで見るとほとんど崩れています。できの悪い外科医はわたしの症状も聞かずに、脊柱管狭窄症と判断する始末です。

 身体をのけぞらせることもできるし、坂を上る時、腰や脚が痛いわけではないのにです。

 何か骨や背中の筋肉を強化する方法はないか、暫く愚考していましたが、骨は刺激によって強くなることを知り、もう1ヶ月以上になりましょうか、かかと落としを始めました。
 もちろん腕立て伏せや、ダンベルの上げ下げとか、あるいは握力の強化と並行してです。

 床が低い玄関で、かかとを上げて、ついでに両腕も上げて一緒に落とします。ドン、ドンと、朝昼晩と30回ずつ行っています。
 そうしたら、膝から下の脚の太さが、今が一番太くなっているのではないかと思えるほどになりました。そうして、驚くことに次第に青年のように背筋を立てて、さっそうと(と思いますが)歩けることが多くなりました。
 そして、今日はもう痛いところがなく不思議なくらいで、とてもハッピーな気分です。

 最後に、もう一つわたしの健康法は、腹式呼吸です。横隔膜を動かしてする呼吸はわたしを幸せな気分にしてくれます。

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『静けさに帰る 加島祥造 帯津良一』が面白い

2018-11-03 | Weblog
 家から4kmほど、車で走れば7分ほどのところに、鴻ノ峰の登り口がある。
 わたしたちは車を置いて、いつものコースを歩き始める。

 空は抜けるように青く、木の間越しに見える白い雲がまぶしいほどである。
 空気が澄むというのは、空気中の水分が少ないことで、見通しがきくということのよう・・・。
 水分の恩恵を頼りに生きる、きのこ一族のことを思うと、わが心中はおだやかではない。

 季節を感じさせる鮮赤色に紅葉しているカエデの下を抜けて、暫く後、ちょっとした坂を、背筋を伸ばして、健やかに降りてくるいつもの痩身の老人を認める。

 ずいぶん昔からこの老人に会っているのだが、彼は言葉少なく、互いに「おはようございます」と言って、通りすぎるのが常であった。
 あの人は何歳くらいなのだろうと、妻と顔を見合わせたことであった。

 そして先日、ついにわたしは思い切って老人に話しかけた。
 「わたしは今年78歳になったのですが、この坂がきつくて・・・、とてもあなたの元気さに驚いています。失礼ですが、お歳はいくつになられたのでしょう?」と。
 するとくだんの人は、昭和6年生まれの87歳とよどみなく、さらに、歩幅が小さくなりましたと言われた。

 夏も冬も、飲み物も持たず、いつも身一つの手ぶらで歩いておられ、そのことを聞くと、手に持つのがいやなので、とあっさり答えられた。
 「いつまでもお元気で」「いつまで歩けることやら・・・」と行き交うことであった。

 今日も「おはようございます」と短く挨拶して行き交う。あの人はひょうひょうとして仙人のように遠ざかる。
 わたしは多分あの人の歳までは歩けないだろうと思いつつ・・・、坂に取りかかる。

 午後は『静けさに帰る 加島祥造 帯津良一』を一気に読み終えた。彼らが魔法のごとく吐く金言に付した、付箋の箇所を、ノートに書き写す。
 それは幸せなひととき、もう1日かかりそう。
  「今日の写真」
  
  朝、この坂を上る時吐く息はわずかに白く、いよいよ平地でも紅葉が進んでいく。
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今日もまたかくてありなん

2018-11-02 | Weblog
 今日も朝からきのこの展示用の資料を作るのに忙しい。作成したものは、既に500種を超えているが、さらにもう500種ほどは作っておきたいと思う。

 それをA4に印刷するか、A3にするかはまた考えたい。
 作っていくうちに、きのこの名前が、脳内のどこにも残っていなくて、画像を検索して、改めてきのこを思い出すことなどあって、脳はなかなかに活性化している。

 また、座ってばかりいては、身体に変調を来すので、30分ごとにかかと落としとか、腕立て伏せ、ダンベルの上げ下げ等々、いろいろな運動を織り交ぜながら、時には鏡の前で顔や眼を激しく動かすなどの運動を行い、わが老いの山坂をこえていく。

 若い時は処世の術を述べた論語をかじったりしたが、リタイヤした後は、やはり老子であろうか、と思ったりする。
 しかし、老子の思想はいくら読んでも分からない。紀元前に司馬遷によって編まれた史記にも既に伝説上の人物として登場するのだが・・・。

 さて、今日は、加島祥造著の『タオ 老子』のなかの第16章「静けさに帰る」を掲載したい。

 虚(うつろ)とは
 受け容れる能力を言うんだ。
 目に見えない大いなる流れを
 受け容れるには
 虚(うつろ)で、
 静かな心でいることだ。

 静かで空虚な心には、
 いままで映らなかったイメージが見えてくる。
 萬物は
 生まれ、育ち、活動するが
 すべては元の根に帰ってゆく。

 それは、静けさにもどることだ。
 水の行く先は----海
 草木の行く先は----大地
 いずれも静かなところだ。
 すべてのものは大いなる流れに従って
 定めのところに帰る。
 (そして、おお、
 再び甦るのを待つ。)

 それを知ることが智慧であり
 知らずに騒ぐことが悩みの種をつくる。
 いずれはあの静けさに帰り
 甦るのを待つのだと知ったら
 心だって広くなるじゃないか。
 心が広くなれば
 ゆうゆうとした態度になるじゃないか。

 そうなれば、時には
 空を仰いで、天と話す気になるじゃないか。
 天と地をめぐって動く命の流れを
 静かに受け容れてごらん、
 自分の身の上でくよくよするなんて
 ちょっと馬鹿らしくなるよ。

 ああ、そうしてわたしは少し分かったような気になる。だが、説明してみろと言われれば、突然まるで分からなくなる。
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ただ混沌があるばかり

2018-11-01 | Weblog
 四日前に、初めて寄った周南市のスーパーで、縁石にけつまずき、2mくらい前のめりになって、バッタリ倒れた。
 何が起きたか分からなかったが、歩道のコンクリートに両手をついて、左膝をわずかにつき、顔の接触はなかった。
 大丈夫ですか?と近くの方が声をかけてくれた。顔を上げつつ、ありがとうございます、大丈夫ですと答え、立ち上がる。

 両手の手のひらの親指の下が、紫色になっていた。
 その日のうちに、紫色もなくなり、けつまずいたことも忘れていた。

 ところが今朝になって、左手がずいぶんと痛く、冷蔵庫のドアも開けられないのであった。事故が起きて5日ぶりに痛みが出るとは、わたしは痛さよりもその事実に驚いている。


 さて、今日からもう11月、朝の冷えも厳しくなり、防寒用の厚い上着を出してもらう。

 きのこの溢れる季節には、きのこに紛れて、問題はないのだが、きのこが少なくなると、心の隙間に老いの虚空が広がって、わたしを戸惑わせる。

 凡人の老いのたたずまいのありようについて、時に立ち止まり、己の位置を確かめようとする。

 亡くなられたが、作家 中野孝次の考え方が好きで、彼の著書を読むうち、西行や兼好法師や良寛あるいは老子などに逢着して既に久しい。
 しかし、そのどれも上っ面をかじっただけでは、その本質を理解するにはほど遠く、ただ漠とした虚空が、そればかりが広がっていく。

 わたしは一向に頼りない、考えない葦のようなもので、自分は何をして死にたいのか、これからの時間をどう心豊かに生きていけばいいのか、杳(よう)としていて、確たるものがこの歳になってもないのであった。自分の心の突っ張り棒を未だに持てずにいる。

 加島祥造の老子の本などをあれこれと読んだりするが、肝心の道、Taoが分からない。

そうして、新井満の『自由訳 老子』に出会う。

その第1章「道とはなにか」に次のようにある。

 道というものが、ある
 道という言葉を、どう読むべきか・・・?
 すなおに“みち”と読んでもいいし
 中国風に“Dao”と読んでもいいし
 英語風に“Tao”と読んでもいいが
 まあ今日のところは、私を産んでくれた中国の大地に敬意を表して
 “Dao”と読むことにしよう
     ☆
 道(Dao)はね
 あなたがこれまで考えてきたような道とは大違いなのだよ
 何しろ道(Dao)から
 天と地、即ち大自然が生まれ
 その天と地から、万物が生まれたのだ
 万物とは何だと思う・・・?
 この世に存在するすべてのものさ
 虫や花や魚や鳥や馬や牛や犬や猫や虎や蛇や
 象や蟻や蝶や樹木や森や河や岩や月や星や地球や
 太陽や銀河系や・・・、もちろん、あなたも万物の一員だよね
 万物、即ちあなたとあなた以外の全ての存在
 は一つ残らず、天と地から生まれ、その天と
 地は、道(Dao)から生まれた
 これでおわかりであろう
 ルーツを辿ってゆくならば、あなたも
 道(Dao)から生まれたことになる
 いわば、あなたを産んでくれた
 偉大なる母のような存在
 それが道(Dao)なのだよ 
     ☆
 「あのう・・・、道(Dao)のことが、まだよく
 わからないのですが・・・」
 あなたは首をかしげていうかもしれない
 よろしい
 ではもっとわかりやすく説いてあげよう
 道(Dao)とは、どんなものなのか・・・?
 ちょっとイメージしてみてごらん
 この宇宙を
 くまなくとうとうと流れつづけている
 命の巨大な運動体
 宇宙大河を・・・
 それが、道(Dao)の実相さ
 「その河はどれくらいの
 おおきさなのですか?」
 とにかく大きいのだよ
 あまりに大きすぎて気が遠くなるくらいさ
 命の宇宙大河はね
 あるときは小河となり
 ある時は大河となって
 右に左にうねりながら流れつづけている
 だからこの宇宙とは、すみからすみまで
 宇宙大河が運ぶ
 霊妙なるいのちのエネルギーで
 満たされているのだよ
 「その河はいつ頃から
 流れ始めたのですか・・・?」
 宇宙大河は、太古から流れつづけてきた
 過去から現在へ
 現在から未来へ
 そして再び過去へ
 そうなんだ
 宇宙大河とは、時間の母でもあるのだよ
 天と地と万物の
 生と死と再生をつかさどり
 あまねく変化させながら
 宇宙の果てまで流れていっては
 また流れもどってくる
 メビウスの帯のように循環し
 永遠に流れつづけているのだよ
 ゆったりとおおらかにね
 これが、道(Dao)さ
     ☆
 以下略。
 そしてわたしは、いよいよ混沌としつつもなお、覚悟のままならぬ身の始末について、あるいは生きていくよすがについて、模索する日は続くのであった。
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ナルちゃん・アオちゃんに会いに行く

2018-10-28 | Weblog
 今日は下松の孫達に会いに行く。ナルちゃん、アオちゃん、そして娘はナルちゃん達のパパの親元で、産後の養生をしている。

 わたしたちは昼過ぎ、ナルちゃん・アオちゃんのパパの生家にお邪魔する。

 玄関先でナルちゃんとその祖父のSさんが迎えてくれる。

 新しい孫のアオちゃんも娘もとても元気で、その上Sさんご夫妻の醸す雰囲気もとても暖かく、わたしたちの心も暖かくなる。

 ナルちゃんは毎日Sさんに送り迎えされ、幼稚園に歩いて通っているようで、少したくましくなっている。

 ナルちゃんの求めに応じ、テレビゲームで対戦するが、全然かなわない。

 眠っているアオちゃんに声をかければ、目をつむったまま、表情を少し動かし、わたしはしっかり写真を撮る。

 2時間弱滞在し、娘の舅・姑の優しさに接し、わたしたちは満たされた思いで下松のSさん宅を後にする。

 空気は日ごとに澄んで、秋はいよいよ深くなってゆく。

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