波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

花疲れ

2019-03-16 01:33:18 | 超短編


花疲れ
ここに寝かせてと
花の下
父の怒声に
花びらが舞う




花見の酒に酔って、すっかり花疲れしてしまった若い女が、立って歩けないほどになっている。女の傍らに、ひとりの男が申し訳なさそうに立っている。
「君は、町子がこんなになるまで、気がつかなかったのかね。すぐ近くにいながら」
娘の父親が、いかにも不快そうに言葉を投げつける。
「ええ、注意はしたのですが、平気だから、平気だからと、最後は独酌で飲みはじめたんです」
「腰が立たないほど酔って、平気のわけないじゃないか」
父親は娘を自宅に連れて行く車を探すのに手こずっていたが、最後は長男と連絡がついて、これでもいくぶん声が低くなっていた。しかし額の青筋は引いていなかった。
「この秋には一緒になるものが、こんなことでいいのかね。わしもなさけなくてことばにならんよ。こんな未来の旦那に、このまま可愛い末娘をわたしていいのと、考えてしまうよ」
父親はそう言って、桜の木の下に仰向けに寝そべっている娘の上に不安そうに目をやった。娘は花見にふさわしい淡いピンクのジャケットの下で、荒い息をついていた。激怒する父親を宥める声も、怒鳴り散らされている許嫁を慮る声も出てこなかった。あるいは父の怒声を聞き取れないほど、意識が混濁しているのかもしれない。それとも他者に関わっていられないほど、泥酔に襲われているのか。一緒に酒盛りをしていた仲間たちは、帰宅するなり二次会に出るなりして、ここにはいなかった。いるのは娘の父と男と、未来の新妻町子を残すのみだった。父親は小さいながらスーパーを取り仕切る店長であったのだ。


未完

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