☆入江
眼下の入江では、一頭のバンドウイルカが昼の月を捉えようとして、海中から跳ね上がってい
る。
「どうして、あんなことをしているのかしら?」
崖上に立って見下ろしている連れの女が言った。
「僕たちに芸当を見せようとしているんだよ。イルカってそういう生き物なんだ」
「でも野生のイルカが、どこで芸を覚えたっていうのよ」
「海に接したシーワールドでは、イルカの訓練をしているからね。海から見ていて覚えたんだろ
う。観客が喜ぶのを見て、自分もしてみようとしたんだよ」
「あの昼の月が、ボールの代りってわけ?」
「ああ、永遠に届かないんだから、手応えは観客の僕たちの反応だけだ」
女が揺さぶられたように、崖の際まで進み、拍手をし、黄色い声で叫ぶ。
「イルカさーん、素敵よ!」
バンドウイルカの動きに、明らかな変化が見え、白い腹を見せて宙返りを打った。それっき
り、出てこなかったが、七、八分もして二人が岬を離れようとしたとき、凄まじい勢いで突
進し、これまでの十倍も飛び上がって月を手に入れてしまった。
了
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