波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

行く雁

2015-05-02 22:01:44 | 童詩


◇行く雁


雁行きて空の静まり地に及ぶ


消えたと思ったら、また現れて、

鳴き交わしていった雁の群れも、

今ではひっそりしてしまった。

するとあの賑やかな鳴き声は

別れの挨拶だったのか。

そうと分かっていれば、

手を振るなりして、見送ったのに。

犬のジョンと一緒になって

雁の群れが通る度に

うるさい、うるさいと、

顔をしかめていたのだ。



   ◇

入り江

2015-05-02 14:34:00 | 掌編小説



☆入江



 眼下の入江では、一頭のバンドウイルカが昼の月を捉えようとして、海中から跳ね上がってい

る。

「どうして、あんなことをしているのかしら?」

 崖上に立って見下ろしている連れの女が言った。

「僕たちに芸当を見せようとしているんだよ。イルカってそういう生き物なんだ」

「でも野生のイルカが、どこで芸を覚えたっていうのよ」

「海に接したシーワールドでは、イルカの訓練をしているからね。海から見ていて覚えたんだろ

う。観客が喜ぶのを見て、自分もしてみようとしたんだよ」

「あの昼の月が、ボールの代りってわけ?」

「ああ、永遠に届かないんだから、手応えは観客の僕たちの反応だけだ」

 女が揺さぶられたように、崖の際まで進み、拍手をし、黄色い声で叫ぶ。

「イルカさーん、素敵よ!」

 バンドウイルカの動きに、明らかな変化が見え、白い腹を見せて宙返りを打った。それっき

り、出てこなかったが、七、八分もして二人が岬を離れようとしたとき、凄まじい勢いで突

進し、これまでの十倍も飛び上がって月を手に入れてしまった。 

                              了


   ☆




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2015-05-02 09:38:26 | 散文詩



 ◇鞄 



すり切れた鞄を抱えた男が
鞄屋に入れば
鞄がどれも河馬のような口を開けて
男を呑込もうとする
こうなると
鞄の品定めをするどころではない
あたふたと鞄屋を飛び出し
逃亡者に成り変る

男の挙動に不審を感じて
鞄屋の追跡が始る
しばし後を付けて気づいたことには
男の手にあるのは
商品とはほど遠いすり切れた鞄一つ
それでは何故
あの男は逃げるのか
カバ、カバ、カバン
たった「ン」のあるなしで、
カバンがカバに変貌したなどと
信じて良いはずはない

だが、男の中には
かっと河馬が牙を剥いて大口を開いている
そこに落込んだら最期
熱い臭い息を吐出す焦熱地獄が待っている
一体いかなる潜在意識が、
男の底深く眠っているのか
乳児の頃、生母の背から大口の中に
填り込みそうになったのか。
手掛りを掴もうにも若死の母の記憶はなく
街を彷徨う身となった男に
時として
こんな馬鹿げた仕掛けの中から
沸々と恐怖が発酵してくる
カバ、カバ、カバン
その鞄屋が追ってくる
大口を開いて追ってくる


  ◇



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