黄昏どきを愉しむ

傘寿を過ぎた田舎爺さん 「脳」の体操に挑戦中!
まだまだ若くありたいと「老い」を楽しんでま~す

ねがわくば 花のもとにて 春死なむ

2017-04-06 | 日記・エッセイ・コラム

今朝の朝日1面の中央に 「大岡信さん死去」の報。

 「折々のうた」が懐かしい!

天声人語欄にも「あの欄のない朝日の1面は寂しい」

「時々で良いから掲載を」・・・・

 86歳の生涯だった。

 

 現在、朝日の1面 天声人語の左脇には

 「折々のことば」鷲田清一氏が連載している。

今朝で717回。 

 

大岡さんは実に6762回 

 人語氏の最終行に「闘病の果てに豊穣な「言葉と活字」が

残された。 と。

 私も、 朝日の読者、若い時から続けすでに半世紀を超える。

大岡さんの連載を楽しみに、また いろいろなジャンルの詩歌の内容を

 勉強させてもらった。

 また、大岡さんの「折々のうた」も手もとにある。

 

 これは写真入りの豪華版 あとがきにも書いていたが

 「四季の風物と詩歌世界の響き合いを直接目で感じることができる

ように造られている点である。」

 昔、企業内の研修時に 大岡さんの 分かりやすい解説や歌のポイントは随分と使わせていただいた。

 記事を読み進めて行くと…

 西行法師の 1句が好きだったと…

  「ねがわくば 花のもとにて 春死なむ その如月の望月のころ」

 

  私もこの歌が好きなんです。

   高齢者の講演で話をするときに 「こんな最期を迎えたい」

  もう少し、自分流に 「…孫に囲まれ ほろ酔いの時」 なんてジャレを言いながら。

 

  さすがです  神様も 願いをかなえてくれました。

   記事の 緑の線 「もう 言うことありませんね」

 

 

そして なんと不思議な出会い? いや、この「折々のうた」の最後の1句に

島田修二さんの詩が。

「生」といひ「活」といふこと いきいきと 見過世過の歌を詠むべし

 この島田さん 半生を新聞記者として過ごしたが、作歌生活に専念することを決心して退職した。

「渚の日々」という歌集に。 

大岡さんの解説に

「生」「活」はセイ・カツだが、ふと気がつけば、

どちらもイキ・イきである。この発見があってこの感興が生じた。

そうだ、生活とは、元来イキキということだったのだ。

 

大岡さんも 読売新聞社へ。パリ特派員の辞令が出た直後に社を去った。

記者と詩人の二足のわらじが限界だからだと。32歳の決断だ。

 

誰だって、どうせやるなら 好きな道を、

そして 「いきいき」とした 人生でなければ 悔いが残るよね。

 

「桜の花が舞い散る中で亡くなった。あの人らしい最期でした」

「死」は悲しい しかし 誰も通過する道でもある。

   こんな素敵な迎え方って…   

私だって「願わくば」ですが?

  

 

 

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続 黄昏どきを愉しむ

 傘寿を超すと「人生の壁」を超えた。  でも、脳も体もまだいけそう~  もう少し、世間の仲間から抜け出すのを待とう。  指先の運動と、脳の体操のために「ブログ」が友となってエネルギの補給としたい。