静夜思

愁多酒雖少 酒傾愁不来

≪ 音楽教室生徒の下手な音でも”演奏”か? ≫  ≪ ”ふつう”の政治を ≫  ≪ 国家/組織は個人の為に在る 其の逆ではない! ≫

2017-09-07 11:27:07 | つぶやき
* 著作権料訴訟:「音楽教室は公の演奏」JASRAC主張 https://mainichi.jp/articles/20170906/k00/00e/040/212000c?fm=mnm
・ <6日の弁論で、JASRACは「音楽教室は(生徒募集の)広告で教師による質の高い音楽に触れることを宣伝しており、聴かせることを目的にしている。教室での教師、
  生徒の演奏はいずれも『公の演奏』に当たる」と主張した。
  <音楽教室側は、訴状で「教室での演奏は教育目的で、『公の演奏』ではない。聞き手に感動を与えることを目的にするものではない」としている。>
 ⇒ 思わず、私は我が目を疑った。 皆さんは、如何か? JASRACの面々は、本気で此の荒唐無稽な主張を貫こうとしているのか? そこに隠された狙いは 何だ?

▼ 普通の政治に誰が戻す?=与良正男 https://mainichi.jp/articles/20170906/dde/012/070/015000c?fm=mnm
・ まず、与良氏の言葉を読まれたい。「普通:ふつう」の与良氏の定義は:反対する者を「こんな人たち」と敵視して国民を分断しない。少数意見にも耳を傾ける。権力の行使は
  抑制的にする。戦前の歴史にきちんと向き合う。で、昨今で言えば軽々しくナチスやヒトラーの話を持ち出さない……。そんな政治だ。決して高望みしているわけではないのだ。
  ⇒ これらは、安倍首相や自民党幹部に我々が感じ取る品格及び、資質欠如そのものの裏返しである。
・ <私は民進党の人たちと会うたびに「個々の議員の関心は自分の選挙。要するにあなたたちを見ていると、国民のために体を張って闘っている感じがまるでしないのだ」と言っている。
  ぜひとも「そうではない」と反発してもらいたい。国民のためであること、が私が望んでいる「普通の政治」でもある>。   ← 全く同感だ。

★ 田中裕子の「江戸から見ると」:現場 https://mainichi.jp/articles/20170906/dde/012/070/019000c?fm=mnm
・ <1944年のインパール作戦は無謀な作戦の代名詞としてつとに知られている。問題の根幹は、大本営や陸軍上層部、そして司令官の中にある現場の人間(この場合は兵士)の
  軽視である。
・ <首相は「戦況悪化を打開するためにビルマで一旗揚げてほしい」と言い、司令官は「首相と大本営の希望だから」と兵士にそれを命じ、補給が不可能だと反対した人物は更迭した。
  上層部や司令官同士の組織内そんたくと人間関係が優先された。果ては、味方の兵を5000人殺せば陣地が取れる、と言ったという。>
・ <戦時だからとも思えない。競争に勝たせ、それを自分の名誉にしようとするリーダーたちは、上に向かってはそんたくし、部下たちを自己責任に追い込み、過剰に働くよう仕向ける。
  部下の犠牲が自分の勝利なのだ。
 ⇒ 昨今の国家戦略特区絡みの「そんたく」騒ぎとソックリではないか。 そう、戦前までの体質すなわち「国家や組織が個人の上に立つ」思想=国家主義は今も全く変わっていない。
   変わらないどころか、安倍政権では 寧ろ其の全体主義嗜好体質の強化を目指している。

≪ 企業をはじめさまざまな日本の組織が世界競争に入った今、上に立つ者が最も心を砕かなければならないのは、現場で働く人々である。組織や国家は一人一人が可能な限り幸福に生きるためにある。個人が組織や国家のために存在するのではない ≫。 田中総長の言葉は単に価値観だけではなく、「個人の上に組織や国家が在る」との行動理念ではビジネスはおろか、国家そのものの存立で、戦前までの日本のように、過ちを再び繰り返すのだということをも指している。 ・・・ようく 噛み締めて欲しい。
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