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マルキュー藤田の釣日記

熱い釣りの記録や思いをお伝えします

1年間を振り返って

2008-12-30 09:06:55 | ウンチク

 平成20年の釣行回数は、延べ97回。うち、へらが81回でアユが16回だった。一頃と比べると、鮎の回数は半減し、その分へらに回っている感じである。アユも面白いが、一頃の熱が冷めたというか、飽きてしまった。やはり、へらは、何年やっても面白い。へらのうち、水沼ダムへの釣行が33回、湯崎湖が12回、坂下ダムが11回、釣仙郷が7回となっている。ちなみに、坂下ダムでのオデコは7回記録している。来年は、健康第一で、体を壊さない程度に頑張りたいと思う。

日研いわき支部例会を振り返ると、2回目の年間総合4連覇、12回目の年間優勝を手にしたものの、個々の例会を振り返ると、ほとんど良いところが無く終わってしまった。点数も900点そこそこだし、釣果も100kgに届かなかった。例会優勝回数も1回と情けない結果に終わってしまった。唯一成果とすれば、マムシ突端で21尺天天の底釣りで思い切った釣りをしたことぐらいだろうか。パットしない成績でありながら、年間優勝出来たのは、やはり年間を通して大コケをしなかったことが大きいのだろう。これは、昨年も書いた勝因だったと思う。逆の立場に立つと、私は、攻略するのが難しい嫌な相手だといえるだろう。言い換えると年回1回でもポカをしてしまえば、年間優勝は難しいと言えよう。

 マッチャン、大越君、近藤君など若者が伸びてきており、簡単に例会優勝はさせてもらえなくなってきたが、まだまだ私も釣盛りなので、負けてはいられません!初の5連覇達成に向け頑張ります!


第2回いわき釣道場杯 12月28日 湯崎湖

2008-12-28 18:50:14 | 湯崎湖情報(釣行記)

  昨年は、142本の宙という、中途半端な釣りで、無欲(??)の優勝。今回は、2連覇に向けて気合十分。今回は30人の精鋭が集まった。くじを引くと、1番スタート。さすが、招待選手(?)だけのことはある。迷わず、本命ポイントの45号向き、入って6番目を確保する。左隣は、キラー股間、右は1つ空いて大越君、その隣は小野君が入った。私を含めたこの4人の優勝争いになる事は、間違いなさそうだ。

 今回私は、勝負竿の8尺を出した。最も自信のある竿だ。大越君は12尺、キラー股間は10尺と相変わらず竿の長さに頼ろうとする弱気が見え見え。小野君は何時もの14尺で段底だ。私は、チョウチンで始めると、大越君は1本強。キラー股間は、2本弱のセットだ。

 朝は、絶好調のロケットスタートが決まった。軽く馴染ませ、エサ落ち後に左に20cm位フワフワと流れていくと、毎回同じタイミングでズバッと決まる。全く同じパターンでアタリが出るが、3回に2回はカラツンになる。それでも凄いペースで周りを圧倒し、9時にフラシ交換。しかし、その後は次第に決まらなくなり、タナを浅くしていくと、浅いタナほどウキが良く動き、最終的には50cmのカッツケになってしまう。超甘の馴染みゼロバラケで打っていくといい感じでアタリが出るが、日中になると正面から強い風が吹き出し、手前に流されてしまう。こうなると、馴染みゼロバラケでは、落ちたバラケと食わせがチグハグになってしまい、アタリが出ない。諦めてチョウチンに戻すが、浅ダナよりアタリが遠く、しかもカラツンになってしまう。最後は、大越君の猛チャージをかわし、逃げ切って優勝を手にした。39枚、20kgジャストだった。2位は、後半追い上げた大越君が16kg台、3位はキラー股間が15kg台で入り、予想通り、1位から3位を独占する形になった。小野君は途中入れパクが決まったが、続かず、今一歩の釣果で終わった。

 これで本年度のへらの日程は終了。いい形で納竿することができた。


第4回農林水産大臣杯争奪戦 12月23日 横利根川

2008-12-23 19:39:19 | 横利根川

 オールスターが勢ぞろい、ダイワからは、昨年の覇者浜田、準優勝岡崎、今年のマスターズ覇者茂木、3位の古澤、鬼将軍池澤、がまかつからは、都祭、高橋秀樹、マルキューからは、中澤、伊藤智、関川、戸張、早川、シマノからは、小山、萩野、西田、モーリスからは、小池等々日本の主だった顔ぶれ127名が揃った(マルキュー藤田も元気よく4年連続出場達成:参加することに・・・?)。正に日本一を争う一発勝負だ。

 運命のくじ引きは、堀井の18番スタートが当たった。堀井では1度しか舟を出したことがなく、不案内だ。あまり変化がなく、横利根一浅いポイントだ。

 舟が順番にスタートしていくが、すべての船は、水郷館方面に進んでいった。船宿前から中島方面は、がら空きである。躊躇なく、堀井対岸正面に舟を付ける。左右20メートルにライバルなし。楽して釣ろうという作戦だったが・・。

 11尺でタナを取ると、予想以上に浅い。9尺で十分取れる深さだ。両ダンゴで底釣りを開始すると、5投目で落ち込みでチクッと入ったが空振り。その後も落ち込みでサワリが続き、期待したが、食ってくるのは全てブルーギル。連チャンでブルである。へらの気配がなく、これはやばいと思っていると、右隣は移動していった。どうも、水郷館方面でイレパクのようだ。ブルにうんざりしていると、落ち込みで止めた後、ズバッ!と入った。思わず竿をたたくと、本命がやっと乗った。完全に宙で食ったアタリだ。7時45分だった。前年よりかなり早い1枚目だ。その後は、ブルのアタリも次第に遠くなり、アタリが全くなくなってしまう。11時までにやっと3枚。諦めムードだ。ここでこの日2回目の宙を試みる。1回目は全く触らなかったが、何と2投目でウキが動いた。その後ウキが動きっぱなしになるが、乗らない。急いでグルテンを作り、下バリにグルテンを小さくつけると、一発で消しこんだ。しかし、食ったのはダンゴの方。これは、行けるかもしれないと思って両ダンゴでテンポよく打つが、次第にアタリが遠くなり、ついには全く触らなくなってしまった。最後は底に戻し、道具を仕舞いながら餌を打っていると、上がりべら(5枚目)が来た。対面では検量が始まったが、しぶとく餌を打つと、最後の最後に入れアタリになり、ラスト10分で4枚釣ってタイムアップ(焼け石に水でした・・)。9枚、3.1kgと情けない結果で終わってしまった。

 トップは、中島屋水道管下で27kg、2位は水郷館で26kg、3位は横利根の帝王こと菅沢氏が、堀井から舟を出して、水郷館方面まで行き23kgだった。20kgオーバーが7人。50位で7.2kgと比較的良く釣れた大会だった。が、ポイントを外すと全く釣れないという、何時ものパターンとなった。同行したキラー・小カーン(股間)近藤氏は、中島屋でポイントを外し、7枚で撃沈した。来年の出場権は既に手にしている。来年こそは、ポイントを外さないようにしたい。

PS 日本へら鮒釣り研究会のHPで成績が掲載されました。私は何と堂々の83位!キラー股間は、94位でした。結果の詳細は、http://www.nikken-web.net/event-tyuou/2008-nourin-hai.htmlを参考にしてください。(何も100位まで載せなくてもいいのに・・。ハズカシ)


明日は、

2008-12-22 19:50:07 | ウンチク

 明日は、第4回農林水産大臣杯が横利根である。4度目の正直(そんなの聞いたことないが・・)を狙って思いっきり行きたい。フラシは2個用意した(足りないかも??)。気合い十分!船宿は抽選なので、どこの船宿に当たっても良いようにポイントは頭に入れたつもりである。どうも、昨年同様に季節風が強く吹きそうだ。何とか風を背にして釣りたいものだ。今回は、キラー股間・近藤君が同伴だ。いい経験にらればと思っている。結果は、乞うご期待!


12月20日 湯崎湖

2008-12-20 18:24:36 | 湯崎湖情報(釣行記)

 一緒に遊んでくれる人がおらず、仕方なく1人で湯崎湖に初釣り大会に試釣に行った。今回は、普段やらない場所、釣り方で、一発勝負の練習である

 15尺両ダンゴ、バランスの底で始めると、最初は全く反応がなかったが、次第にウキが動き出し、第一号は、開始30分後に来た。バリバリの新べらである。しかし、その後は、ウキは動くものの、食いアタリが出ず、釣れそうで釣れない状態に突入。結局11時まで底で粘ったが、いい感触は得られず、底を断念。15尺で宙にすると、すぐにウキが動き出すが、なかなか乗らない。タナを変えたり、竿を16尺、18尺に変えたりするが、打開策が見いだせず、結局地合いにならないで終了した。釣れているのは、短竿浅ダナかチョウチン。しかし、本番ではこの釣り方では通用しない。本番は、長竿の宙か、底なのだが、土曜日のガラガラの状態ではやはり参考になりそうにない。

 せっかくの試釣であったが、何も得るものがなく、3日の大会は今年も即死で撃沈しそうな予感・・。こうなったら、志賀釣老の隣で邪魔に徹するしかなさそうだ


昔行った思い出の釣場-3 ビン沼

2008-12-17 20:40:32 | 想い出

 中学、高校時代の野釣りのホームグランドは、荒川本流とビン沼だった。ビン沼は、荒川の旧川で、当時は両岸が灌木とヨシで覆われていた。ヨシの間には既設の釣台が設置されていたが、全体にはヨシで阻まれ、釣座は非常に少なかった。水深は非常に浅く、砂塚橋上流の通称墓場下は例外的に1m程の水深があったが、そのほかの場所は、50cm程度の水深しかなかった。有名なポイントは、最上流のオンドマリであったが、私の住んでいた浦和からは一番遠いポイントだったため、オンドマリでは竿を出したことがなかった。現在のビン沼は、河川改修により浚渫、護岸化され、昔の面影は全くなくなってしまったが、オンドマリだけは、昔のまま取り残され、昔のビン沼の風情を保っている。

 風情が無くなってしまったビン沼であるが、河川改修後は、水深が深くなり、足場も良くなり、大量に放流されるようになって、へら鮒釣場としては、以前より人気が出ているようである。休日には、ポイント争奪戦で深夜から大変な騒ぎらしい。その中に昔の良き時代のビン沼を知っている人はどの位いるのだろう?昔のビン沼にタイムスリップしてみたいなどと子供のようなことを考えることがある。まぶたに残る原風景が懐かしい。

 もう30年以上竿を出していない。

 今もオンドマリでは、へらが釣れるのであろうか?誰か教えてほしい。


昔行った思い出の釣場-2 戸田道満

2008-12-15 21:12:26 | 想い出

桃源郷で修業を積み、次に釣れていかれたのが、戸田市観光協会が管理している道満であった。道満は、小貝川吉野の並んで管理釣場の元祖であり現役バリバリの釣場であるが、当時まだ、管理釣場という概念は全くなかった。今と較べると当時の放流量は少なかったのだろう、なかなか釣れなかった。釣れても、池で自然繁殖した小べらが多いこともあった。子供釣場から逃げ出した金魚やザリガニなども釣れた。

通い始めた頃は、今の入口の反対側に入口があり、その脇に小さな売店があった。おばちゃんがラーメン等を作ってくれた。いつも小さな女の子が一緒にいた記憶があるが・・。

 昭和50年頃であろうか、入口が今の場所に移動した(今の場所と書いたが、実はもう30年以上道満に行っていないので、今のその場所に今も入口があるかどうかは分からないのだが)。売店も反対側に移転したが今もあるのだろうか・・・?

高校時代は、夏休みになると毎日のように道満に通った。炎天下の中、パサソルのささずに居られたのは若さ故だろう。釣りに行くたびに1日で体重が2~3kgも減ったが、体は何ともなかった。今だったら日射病でぶっ倒れるところだ。

常連だったので、顔なじみの釣師が何人かいた。こちらが高校生なのに釣りの世界では一人前に扱ってもらえるのが嬉しかった。

 当時、営業時間が終わると、係員が検量に回ってきた。釣ったキロ数によってはバッチが貰えた。また、当日の大型賞や重量の上位5名は入口に設置してある釣果ボードに名前が載ることになっており、当時はそれを励みに釣っていた記憶がある。当時、何故かドボンかカッツケでしか釣れず、特にドボンは強かった。当時から私はドボンには不信感があったので決して流れのないところではやらなかったが・・。

 道満に最後に行ったのは、大学が決まった春だった記憶がある。大学受験が終わったら真っ先に行きたい釣場リストのナンバーワンが道満だった。2番が荒川本流。3番は古き良き時代のビン沼である。道満の売店からは、岩崎宏美の歌が流れていた。今から30年ほど前の話である。


昔行った思い出の釣場-1 桃源郷

2008-12-13 17:59:59 | 想い出

桃源郷(何とすばらしいネーミング!

忘れ得ぬ釣り場と言えば、桃源郷FCだ。昭和47年、中学1年の時に初めてへらを釣った釣堀だ。旧与野市に有ったが、今から数年前にオーナーが急逝した後、残念ながら閉園してしまった。中学の友人に桃源郷に連れて行かれるまでは、越谷周辺や印旛沼、手賀沼、霞ヶ浦周辺でのマブナ、水郷地帯でのタナゴ、高麗川でのヤマベ(オイカワ)、東京湾でのハゼ、カレイ、富士四湖や円良田湖でのワカサギ釣りなど、へら以外の釣りを父に連れられてやっていた。桃源郷でへらに接してからは、「へら以外は釣りにあらず!」と思いこむようになり、へら一筋で、父とは一緒に釣りに行かなくなってしまった。父には、へら釣りを一生懸命教えようとしたが、父は、すぐに餌がハリから抜け落ちてしまう、忙しい釣りにはなかなか馴染めず、私が余りにもうるさく、「こうしなければ駄目だ!」などと言うものだから、父は次第にへら釣りを敬遠するようになってしまった。父は、私の弟子としては失格だったのだ

話を桃源郷に戻すと、池は2つあり、大きい方の池は、丁度コの字の形をしており、水深は8尺、手前が45℃のカケアガリになっていて、8尺チョウチンでカケアガリの終わりのところで底釣りが出来た。使用竿は8~15尺で池の真ん中に一直線にエアレーションが設置されていて、波よけの塩ビパイプが縦横に設置されているという、当時の流行の池だった。竿掛けは常設されており、玉網も釣堀の物を使うのが普通だった。半日の料金は、確か大人が700円、子供が半額の350円だったと記憶している。釣った魚は、フラシに入れ、釣り終了後に池主に検量をしてもらい、キロ数を貯めると1日券や半日券と交換出来るシステムだった。

 初めて桃源郷に行った日のことを今でもよく覚えている。雨の中、雨よけの三角バンガローを借り、8尺、カッツケ両ダンゴで午前中に9kg程釣った。まさしくカルチャーショックだった。こんなに面白い釣りがあることを初めて知り、今まで経験してきた釣りはへらと較べたら釣りの内に入らないと感じた。

それから桃源郷通いが始まった。自宅からチャリで桃源郷に着くのが朝の3時である。当然まだ開園していないが、フェンスを乗り越えて、星空の下でエサ打ち開始。朝食は桃源郷の玉子掛けご飯(当時コンビニなど無かった)。フラシを2つ使い、片方はスレの魚を入れて、喰った魚と区別していた。ウキは全長15cmのバルサ製で当然ブランコ付き。道糸1.2号、ハリスは0.8号。ハリは関東スレ6号の金メッキを使用していた。すこぶる魚影が濃く、カッツケを始めると、ウキの周りは一面魚の群れになってしまう状況だった。

 最後に桃源郷に行ったのは、高1になる春休みだったかもしれない。今から34年も前のことである。


日研いわき支部20年度総会

2008-12-10 20:29:02 | 釣行記

納竿会の後は、総会である。ここ数年は、某中華料理屋の2階を貸し切ってやっていた。少し部屋は狭かったが、料理のボリューム満点、変わった中華料理が食べられ、みっちりへら釣りの馬鹿話が出来るので気に入っていた。今年も変わった中華が食べられるかと思って期待していたところ、某割烹旅館でやることになったとのこと。

 会場は、座敷にやけに低い椅子とテーブル、テーブルの上に回転円卓と、普段座して釣りをするへら師にとっては落ち着かないセッティングだ。(せめて、あぐらをかかせてくれ!)宴会が始まると何故かすぐに年間成績の表彰式が始まった。例年なら、お楽しみ表彰式は、宴もたけなわになってからなのだが・・。何かおかしいゾ・・。早々に表彰式を終えると宴会部長の登場!しかも2人!ごく限られた有志によるカラオケ大会が始まってしまった。何故か、成績の振るわなかった会員が日ごろのうっぷんを晴らすかのように、あまり上手くない歌を歌いまくっている(釣りもカラオケも腕はその程度ですか??!!)。私は、不本意ながら谷村新司の「チャンピョン」をリクエストに応えて1曲だけ歌った(年間優勝者はつらい・・。)。釣りも上手いが歌はそれ以上に上手いのに皆驚いていたようだ(?)。結局、落ち着いて釣りの話をする機会を与えられないまま、有志によるカラオケ大会は終了し、総会は幕を閉じた。

 来年は絶対、カラオケのない会場で総会をやるぞ!!


日本へら研いわき支部納竿会 12月7日 須賀川釣仙郷

2008-12-08 20:30:26 | 釣行記

 実は毎年釣れず、気が進まない大会なのであるが、「年間成績に関係ないから欠席した」などと言われないためにも、出席しなければならない。須賀川に近づくと雪が降り出した。路面にもうっすら雪が積もっている。釣仙郷の桟橋も雪が積もり真っ白であった。例年に増して釣れる気がしない。どうせ釣れ出しは遅いとタカをくくって、中央桟橋でゆっくり準備をし、12尺一杯の底釣りを開始する。ウキのバランスも取らず、タナも取らないで両ダンゴで振り込むと、何と1投めからあたってしまった。慌ててグルテンを下バリに付けて振り込むと、2投目であっけなく釣れてしまった。2枚目もあっけなくすぐに釣れてしまい、タナを測る暇がない。これを見て、背中合わせの芳春君が向きを変え、隣に越してきた。「釣りは場所じゃなく頭と腕だよ!」と言っていると周りでもポツポツ釣れ出し、隣の芳春君もポツポツ釣れ出した。私の方も3枚目がすぐ来るかと思っていると、何故かその後、アタリが全く出ない。何故か隣の芳春君の方だけアタリが続き、私には全くアタリが出ないのだ。結局、朝10分で2枚釣っただけで、その後アタリ2回。朝一の2枚だけで撃沈!隣の芳春君は、15枚ほど釣ったようだ。ここは、年間優勝者として多くは語らないことにする。来期のトーナメント選手の資格を失った芳春君に、年の納めに花を持たせてやった、とだけ書いておこう。