高校時代にはよく荒川に通った。ポイントは秋ケ瀬の堰の上流で、常に上流から下流に強い流れがあった。ポイントは羽根倉橋及びその少し上流のテトラとビン沼吐き出しだった。秋ケ瀬の堰の下流にもポイントがあったが、干満による水位の差が激しく水も汚かったのであまり行かなかった。釣りに行ったうち、半分はナイターだったと思う。
テトラの穴を見つけて釣る釣り方で、六脚ブロック上に釣台を設置し、18尺天々の中通し、錘は1.5~2.5号くらいだったが、それでも流れが強い時には釣りにならなかった。とにかく毎回のように根掛かりし、閉口したが、アタリも多かった。へらはなかなか釣れず、マブ、ニゴイ(セイタンボと地元では呼んでいた)、レンギョ、ウグイに巨大な金魚やウナギまで釣れた。
当時の中通し仕掛けの常識は極端に短いハリスを使うことだった。特に荒川では、「マッチ箱」と言われ、マッチ箱の縦×横のサイズのハリスを使うのが常識だった。ハリスが長いとアタリが出にくいだろうとの極常識的な考えに基づくものだった。
ある時ナイターをしている時、2.5号のドボンで落ち込みの途中で浮子が立つ前に持って行かれたことがあった。何とウグイがハリを飲み込んでいたのだが、真っ暗でもウグイはドボンの落ち込みの餌を追えるものなのかと感心した(シンジラレナーイ!)。
またある時、羽根倉橋で1人でナイターをやっていた時、型の良いへらが釣れたのだが、すくった時にタモの中で暴れ、水を被ってしまった。そのおかげで、ナイターでは生命線の蚊取り線香の火が消えてしまい、ヤブ蚊の猛攻に遭ってしまった。とても冷静ではいられず、道具を片づけるのももどかしく、早々に退散した。