梅田川は、仙台市の市街地を流れる、いわゆるドブ川である。完全に護岸化され、下水道の整備によって、普段は、ほとんど水の流れのない、ゴミだらけの川だった。ヘラの釣れるのは、梅田川といっても、梅田川が七北田川と合流する、合流点だけであった。正確にいうと、梅田川ではなく七北田川で釣りをしていた。その七北田川は、潮の干満で水位や流れが大きく変化する川で、当然ドボンである。私の好きだったポイントは、梅田川の合流点ではなく、45号線より少し上流の左岸側だった。七北田川でへらが釣れることを知ったのは、大学に入って間もない4月だった。某女子大との合ハイ(合同ハイキング)で、松島に行くのに仙石線に乗った際、七北田川の鉄橋を渡ると時に、パラソルの列が見えたのだ。話は、梅田川と大きく逸れるが(釣り以外の話を待っている読者もいるようなので・・本当は自慢話?)、合ハイの結果であるが、見事、向こう合わせで(ここが重要!あくまでも向こう合わせで、だ!)超美人をゲット!(リリースしなかった)暫くお付き合いをさせて頂いた。その彼女は、大学卒業後は、大学時代の夢を叶え、某テレビ局のアナになり、期せずしてテレビで毎日お目にかかることになった。就職後も手紙をもらったことがあり、喜多方川前のへら釣りの突撃取材でへら釣りをやったが釣れなかったと書いてよこした。大学時代、彼女に「俺の夢は日本一のへら師になることだ」と言っていたと手紙に書かれてしまった。(オー!恥ずかし!そんなバカな事言ってた記憶有りません!!)現在も、彼女は某テレビ局に籍を置いている。しかも当時の名字のまま・・。
話を梅田川に戻そう。大学の研究室では、魚の斃死事故についての調査を市と県から委託されていた。梅田川では斃死がよくあり、その調査を行う機会がたびたびあった。梅田川は水量の極めて少ないドブ川で、魚が生息していること自体間違っているような川だった。しかし、そんな川でも魚は生息していたのだ。場所によっては、アユまで棲んでいた。そんなドブ川なので、斃死事故が起きても不思議ではないのだが、仙台市の市街地を流れているため、人の目に触れやすく、すぐに通報が来るのだ。
魚の斃死事件の調査は、自分にとってすごく楽しい仕事だった。あらゆる知識、感覚が必要な仕事で、とてもやりごたえのある仕事だった。梅田川での斃死の特徴は、にわか雨の降った直後に起こることだ。 続く


私の場合、もっぱら「へら鮒の摂餌に関する研究」でした(笑)。
今も没頭していますが・・。
ここのところ、釣りに行けないので、つまらぬ事を書いてしまいました。