猫の方は18歳、野良猫が職場の倉庫で子供を産んでしまったのを1尾引き取ったのだ。この娘は頭も性格も容姿も抜群で大当たりの猫だった。この娘の頭は特に抜群で、部屋を仕切るドアのノブに飛び上がってぶら下がり、ノブを両手で回した瞬間に両足で壁を蹴り、ドアを手前に開けて平然と廊下に出て行くのだ。ちょっとお馬鹿なのは、ドアをそのまま開けっ放しで行ってしまうこと。決して閉めてくれない(笑)。(ドアや戸を開けた後、ちゃんと閉める猫がいたら教えて下さい。)この娘が我が家に来た時、2人の子供がまだまだ小さかったので動物を飼うことは、子供の情操教育には非常に良かったと思っている。この娘のおかげで新築の家の壁や柱、戸、カーテン、畳はボロボロになってしまったが、そんな事は些細なことで、どれだけ子供達の情操教育に役立ったことか。子供達は、自然に弱い者いじめをしない、優しい子に育ったのだ。
この娘は自分を猫とは思っていないらしく、人と同じように振る舞っていた。名前を呼ばれれば必ず返事をするだけでなく、呼んだ家族の元に駆け寄ってきた。その時に別の家族が呼ぶと、また返事をしてその人の方に駆け寄っていくのだ。子供がまだ小さい頃には、冬の寒い時期には誰の布団に潜り込むかで大変な騒動になることがあった。家族全員が「入って来な!」と布団を開けると、この娘は迷った挙げ句、誰かの布団に潜り込むのであるが、子供達は、自分の布団に入らなかった時には悔しくて泣き出してしまうのだ。人の食べ物には無頓着で助かったが、私の釣った鮎となぜか海苔だけには反応し、食べさせろと、おねだりをしてきた。
この娘は、随分前に乳腺にしこりが見つかり、悪性との診断だったため切除したものの数年後に再発してしまい、晩年にはお腹に大きな腫瘍をぶら下げて、そこが常に膿んでしまっていたため、悪臭を放ち、体液と血液が常に浸みだして、見るに堪えない有様になってしまっていた。更に慢性腎不全になり、尿毒症になりながらも懸命に生き続け、最期は体重1.6kgまで激痩せし、およそ美猫の頃が想像できないほどボロボロの体になってしまった。それでも死ぬまで力を振り絞りトイレまで何度もよろけながらも歩いて行きおしっこをしていた。
犬の方は16歳。子犬の時に職場に迷い込んできたので衝動飼いしてしまった。
子犬を自宅に持ち帰ると家族は大喜び。この犬は、臆病でおとなしく、良い犬だった。うちに来た時には既に「お手」や「お座り」が出来ていたので、どこかで飼われていたのだと思われた。連れて来たと時はまだ子犬で犬種も分からなかったが、真っ黒で耳がちょっと折れ、しっぽは巻いていなかったことから、ひょっとして黒ラブかもという期待もあったが、やがて期待は裏切られ、日本一の駄犬になってしまった。
自宅の前は公園で狂犬病予防注射の会場になっていたことから、うちの駄犬も注射をしないわけにいかず、毎年注射を打ったが、そこに集まってくる犬のオーナー達がうちの駄犬を見ると、面白がって、何犬と何犬と何犬のミックスだろうかと何時も話題の中心になった。一見、黒くて甲斐犬に見えるようで、散歩中は、「かいいぬですか?」とよく聞かれたが、「かいいぬ」が甲斐犬のこととは分からず、「はい、飼い犬です」と、憮然と答えたことがあった。
犬などというものは、外で繋いで飼うものと信じていたので、数年間は庭に繋いでいたが、今から思うと南向きの陽当たり抜群の場所だったので随分暑い思いをさせてしまったと反省している。彼は、生きる術を身につけており、すぐさま家の犬走りの下に大きな穴を掘り、日中は穴の中で暑さを凌いでいたようだ。数年は夏も冬も外で暮らしていたが、彼への愛情が次第に増し、冬は外では寒いだろうと、寒い期間は、玄関の土間に発泡板などを敷き、家の中で寝るようになった。しかし、決して土間から床の上に上がってくることはなかった。しかし、数年後に玄関の床の上の布団で寝ることを許されるようになり、いつの間にか1日中外に出ることなく、リビングでうろうろと暮らすようになってしまったが、決して畳の座敷には入らなかった・・私の前では・・。というのは、私が朝出勤する際、忘れ物を思い出して家に戻ると、彼は座敷に上がり込み、私が普段座っている座布団の上でくつろいでいるのだ。私が戻ると、彼はバツが悪そうな顔をしてリビングに戻るのだ。私より遅く出勤する娘に聞くと、何時も私が出かけた後は私の座布団に座っているらしい。何ということか・・犬というのは人の顔色を見て暮らしているのか・・。
彼の頭の中は極めて単純で、常に2のことだけしかなかった。すなわち、食べることと散歩(あわよくば脱走)、すること。癒し犬ならず、いやしい犬の話と脱走の話は以前に書いた覚えがあるのでここでは割愛するが、実に単純なところが飼い主から見ると可愛く思えてしまうのだから不思議なものだ。まるで親バカと一緒だ。
彼は見てくれに似合わず、とても臆病で夜中に雷が鳴ったり風が吹いたりすると怖くて家族が寝ている2階に上がってくるのだが、怒られるのが怖いらしく、すぐにまた1階に降りてしまう。一晩中、階段を登ったり下りたりするのが飼い主からするととても可愛いのだ。また、彼は、愛情表現がちょっと苦手らしく、ムツゴロウさんちの犬みたいに主人をペロペロ舐めまくることはせず、こちらから見つめると恥ずかしそうに視線を逸らすのが常だった。散歩に行くそぶりを見せると何故か何時もくしゃみが止まらず、くしゃみの勢いで鼻を床に強打させてしまうのが常だった。嬉し時に反射的にくしゃみが出るらしく、この散歩の時のくしゃみは、逝ってしまう直前まで続いていた。
彼は散歩中、飼い主をぐいぐい引っ張って歩いていたが、晩年になるとすっかり衰えて飼い主の後ろを引っ張られて何とか着いてくるようになった。近所の方はそれを見て、「随分歩みが遅くなりましたネー」と声をかけてきたが、それでも死ぬまで散歩への執着は変わらなかった。死ぬ前の晩にも私が何とか外に連れ出し、外でおしっこをさせていた。彼は、家の中では決しておしっこはしなかったのだ。晩年には、相当腎臓機能が衰えたらしく、大量に水を飲むものだからおしっこがすぐに溜まってしまった。これを我慢させてはかわいそうなので、家族が協力して1日に最低4回は散歩に連れ出していた。お昼には娘がわざわざ職場から戻って散歩をさせていたのだ。また、耳は全く聞こえなくなり、目は角膜炎が進行して余り見えない状態だった。晩年は、足腰が弱くなり、フローリングの床では足が滑って開いてしまい、立っていられないので、フローリングの上にマットを敷いてやった。耳が聞こえず目も良く見えず、体も不自由になってしまったため、散歩をしていて車が来ても避けられないし、側溝にも何度も落ちてしまった。介助犬なら聞いたことがあるが、立派な要介助犬になってしまった。
老犬も老猫も、うちの娘(猫ではない方)が懸命に介護した。普段は気の利かない娘の
だが、ペットの介護となると人が変わったように気が回るし凄い行動力を発揮する。動物の介護が特技といったところだ。良いと思ったエサやグッズはすぐにネットで手配し、ネットを駆使して介護の仕方を勉強していた。毎日職場から帰ると猫を病院に連れて行っていた。そのおかげで少なくとも2か月は長生きしたと思う。娘は一晩中自分の布団の中で介護していたので、布団やパジャマは何時も膿や血液で汚れ、異臭を放っていた。
俺がヨイヨイになったら、同じように介護してくれ!と頼んだところ、「すぐに施設に預けるから心配しないで!」と頼もしい返事だった(涙)。
私は実は人の最期を看取ったことがなかったのだが、今回犬の最期を看取ることが出来た。正直なところ、衝撃的だった。亡くなる前の晩は、初めて寝たきりの状態になった。しかし、娘がエサを口の前に差し出すと、さすが癒し犬ならぬ「いやしい犬」らしく、エサを食べたのだ。その時点で死ぬなどとはまだまだ思わなかったが、夜中になると吠えだしたのだ。最近2年程は一度も吠えることがなかったのに・・。私は既に就寝しており、大学生の息子が介護していたので、息子に任せていたのだが、朝起きると体温が下がっており、体が硬くなってしまっていた。彼を抱きかかえた瞬間、もうダメだと直感した。それからはストーブの前で体を温めてやったが、目は見開いたまま、最期は悶絶するように体をのけぞらして逝ってしまった。最期の15分位は、たまに呼吸をしたり、体をのけぞらしたりと苦しげな様子だった。恐らく最期の6時間ほどはかなり苦しく、そのために吠えていたのだと想像するが、死ぬというのは大変なことだと実感した。彼が逝ってしまったその日の午後、娘がネットで注文した後ろ足用のハーネスが届いた・・。
犬の方は、かなり急激に体調が悪くなり、あっという間に逝ってしまった感があったが、猫の方は、結構長い介護が続いた。クリスマス前に一度瀕死になってしまったが、懸命な娘の介護で蘇り、その後2か月近く長生きをした。
日に日にエサを食べられなくなり、娘は懸命にネットで腎不全の療養用のエサを買いまくって与えてみたが最期は全くエサも水も飲まなくなってしまった。娘はずっとシリンジで流動食などを与えていたが、それも最期は受け付けなくなってしまった。何日も寝られず、吐くもの無いのに吐き気が止まらないようだった。そして死ぬ前日には寝たきりになり、トイレに歩いて行けなくなってしまった。目は弱く見開いたままで、さすがに死期が近いと直感できた。その晩の夜中の2時頃に、寝ずに看病していた息子が急に下の階で大きな声で娘と話し出したのが聞こえたので、逝ってしまったことが分かった。眠るように逝ってしまったという表現に近いようだった。
それにしても、娘はよく介護したものだと感心した。やりきった感があるので猫は逝ってしまったが悔いは残っていないはずだ。猫と会話のできる優しい息子も献身的に動物の世話をしてくれた。
今回動物を看取って感じたことは、死ぬのも楽ではないな、ということ。更に、病人を介護するのは本人が死ぬ以上に大変だということ。動物だから、不平不満を口に出来なかったが、身内の家族だったら大変だろう。動物だったから簡単に抱きかかえられたが、人だったら大変だ。寒い夜中に何回も起こされたのでは本当に仕事どころではなくなってしまうという気持ちが良く分かった。
これでペットはやんちゃ盛りの1歳の猫だけになってしまった。(もう1尾いたトラは一昨年急逝してしまった。)最近は捨て犬は見かけないが、猫はまた誰かが(俺が?)拾ってきそうな感じだ。
順番からすると、家族で次に逝くのは俺になりそうだ・・。どんな最期を迎えるのやら・・。






