水子供養と戒名のこと

時代とともに、お葬式の在り方、戒名の考え方にも色んな意見や変化があります。
水子供養のことなど、記事にしております。

観音様の気持ちと不思議と・・

2017-08-27 10:08:45 | スピリチュアル
主人の意向で、急に大船観音に行くことになりました。



今回は、本当に沢山の気付きがありました。



大船観音は、白衣観音です。



白衣観音は33観音のひとつで白處尊菩薩、服白衣観音、白衣観自在母とも称されています。諸観音の母であるともいわれることから、息災除病の仏として、子宝を授け、安産を成し、子供の無病成長を願う人々がお参りされています。



前回から感じていたことですが、外に大きなお姿として、山の上から地上を温かく見守る観音様と、

その内部にいる観音様の顔と波動が、わたしにとってはまるで違うものでした。





外の観音様のお顔







内部の観音様のお顔





内部の観音様のお顔から感じるものは、

まず、その頬のところに、涙のたまり場のようなもの、涙跡のような、それが渇いて・・といった

うまく言えませんが、とてもそのようなものを感じるのです。



主人と一度中に入り、お顔を拝見したあと、主人は外の藤棚下のベンチで寝始めたので、

わたしはもう一度中に入り、お顔の前にあるベンチに座り、観音様と対峙しました。



何人かの人が行き交う中、観音様は静かな微笑みを、そのような波動を絶やさずおられましたが、

内部の空間から人がいなくなった時、それは起こりました。



誰もいない、観音様とわたしだけの空間の中で、

胸に伝わってきたのは、静かな、でも大きな、悲しい、とても深い、沈痛の「気持ち」でした。



最初、わたしの悲しみなのか・・と戸惑うほどに、それはいきなり入ってきました。



そして、それが観音様の、悲しみだと知ったとき、わたしも涙が出ました。



その悲しみとは・・



ここに来て祈る、これが困った、あれが大変だから助けてください・・というものも含まれますが、

観音様は、「母性」です。

母の悲しみというと、子供の心、子供を反映しています。

今のわたしのテーマ、「水子さん」産まれずに亡くなった霊魂に対する思い。

虐待も含まれます。



そのわたしの思いと、観音様の悲しみが、交差したのかもしれません。



そう思えてなりませんでした。



大船観音様だけではなく、沢山の観音様方が、

それは感じておられる悲しみなのではないかと思います。



「観音様、観音様の悲しみが、少しでも安らぎに変わるように

わたしにも、出来ることをさせてください・・」



入口にノートがあり、多くの書き込みがありますが、わたしもそこにこれからの意志を書きました。



そして外に出て、おみくじを引いたら、8番の大吉でした。



運がいい・・というものではなく、「おやりなさい」というお許しのように受け止めました。



これからは、別ブログにて、日本の堕胎の現状、水子さんの供養について、

学んだことを書いていきたいと思います。





そして、また不思議に思ったのは、

内部の観音様の周りにあったいくつかのもの。



「礼拝台」

「太鼓」

「弁財天の掛け物」



礼拝台は、キリスト教のものですよね。

太鼓は、東海寺の弁天様の御祈祷にドンドンドン・・と使われていますし、神社にもあります。



そして、聖母マリアと、百衣観音は、どこか一本線で繋がっている感覚も大いにあります。



観音様って、何ものにも囚われず、もっと自由な大きな愛で、わたしたちを包んでくれる存在なのではないでしょうか。



主人も仕事で疲れていたのですが、観音様の前のベンチでうとうととしていたら、

すっかり身体が軽くなったと言っていました。



とても有難い、有意義な一日でした。





今日も良い日になります。



有難うございました。
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