オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

佐藤初女さん

2008-12-27 | Weblog
12/27 今日から年末始の休暇に入る。
 
 午後、何気なくTVに目をやるとバーモントの「ナターシャ」さんの番組。92歳で亡くなったとのことで、追悼番組か。

ナターシャさんを見て思い出したのが「佐藤初女」さん(森のイスキヤ主催)のこと。
元気にしておられるだろうか。

初女さんを始めて訪ねたのは、14年ほど前の春。弘前の桜が、丁度満開になったその日(4/28)か、その後の青葉になる頃だったか。相棒の、ヒロさんと一緒だった。
やはり、4/28だ。昼に弘前に着き、気温がぐんぐん上がり、あっという間に桜が満開となった。初女さんのお宅に伺う前に食堂に入り昼食を摂った。ためらいながらも、ビールを飲んだ。桜が、僕たちを待っていたと思った。

当時私は、N社で「フィランスロピーワールド」と云う社内誌の企画を進めていた。
構成は固まり、創刊号に取り上げる人物を探していた。探しあぐねていた時、渋谷の映画館で「地球交響曲」を見た。出演されていた初女さんを知る。直に、制作を担当するヒロさんにも観てもらった。私たちのが探していた人物が、まさに初女さんだった。

弘前市桔梗野にある初女さんの自宅を訪ねたのは、それから間もなくだった。

弘前支店広報のTさんの案内で、岩木山の麓にある「森のイスキヤ」も訪問した。此処の風呂は、温泉。ヒロさんは、しっかりと風呂に入れて貰った。その上、風呂上りに洗面台の整髪料「バイタリス」を、たっぷりと振りかけていた。(当時のヒロさんは一応髪の毛があった。丸めたのはアテネからだ)
風呂に入れなかった僕は、悔しくて「バイタリスまでたっぷり使って」と責めた。

初女さんは、おっとりとし上品なおばあさんだった。取材を快く受けてくれた。その後、東京や弘前で何度かお目に掛かった。

ヒロさんの自慢は、初女さの作る「オムスビ」を食べていること、特大で立派なフキノトウを採取し、初女さんに誉められたことである。僕は、オムスビも食べてない。残念!

ヒロさんは、何年か後ち「森のイスキヤ」に滞在。其処に癒しを求め、傷ついた人々との交流を重ねてきた。僕には真似のできないこと、ヒロさんだからこそできることの一つ。


会社も「森のイスキヤ」のような場としての機能・働きを沢山もてればいいのだが…。
(そんなことを言っているから駄目なんだと、誰かに叱られそうだが)

ナターシャさんの姿が、初女さんと重なり、あの頃を思い出した。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 二人だけの忘年会 | トップ | 残るところ二日 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事