オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

チキンソテー

2018-11-21 | Weblog

11/21(水) 今日の弁当は「チキンソテー」がメインか。他には「茄子&ピーマンの味噌炒め」「べーコンとシメジ&ピーマン炒め」「刺身カマボコとスクランブルエッグ」にした。弁当の菜と、義母のおかずは同じだが・・・。

              

問題は、義母はピーマンや茄子を食べない。皿に取り置いても必ず残しているのだ。年寄りの好き嫌いには付き合いきれないが、そう云う分けにもいかぬ。弁当にピーマンや茄子を使い、それらの姿がなくなった残りを置くようにしたが・・・・。果たして、今日の結果や如何に?。

                        

ご飯を少し腹に入れるようにした。と云うのも、ここのところそれなりに食しているつもりだが、体重の方は一向に増えてない。ばかりか、少しづつ減少傾向にある。斯様な次第で、今朝は炊き立てのご飯を軽く頂いた。

 

昨夜は品川駅の線路わきに在る小さな酒場「たあた」で、ADのTAKAHASHI君、某社のWATANABE監査役との飲み会であった。処が、監査役の方が義母が重篤な状況になったとのことでドタキャンになり、TAKAHASHI君との二人酒となった。AD時代に一緒に仕事して以来の付き合い、来心は知り過ぎているし、三年前になるか我が郷里まで一緒に自動車旅をしている。

未だ軽井沢に居るというKIYOTA仙人やAD時代の同僚のことと、話題は尽きない。挙句、隣のスナックでカラオケをやる羽目になった。先客が二人いたが、お構いなしのマイク合戦となり、ここに店を開いて21年という、ママさんにも唄ってもらった。演歌、懐メロ、軍歌と歌いまくるも、全て一番だけしか歌わせて貰えない。私がかって「セイジュ」でやっていたと同じであった。

                        

唄い疲れて、早々に引き上げることとなった。時刻は九時前であった。そのまま山手線で渋谷にでて、独り「奈加野」に寄った。店はガラス空き、店主は八階の自室に引き揚げていた。

奈加野に立ち寄ったのは、コメ代金の回収であった。郷里の従弟が米を送っているので、その代金回収である。米代を貰うために、私は飲み代を取られるという、分の悪さ・・・・。自宅に上がっていた店主に電話をすると「今、焼きソバを作って一杯やろうかと・・・」などどほざいたことを言う。

『焼きそば持って下りてきなよ』と、促した。暫くして、オヤジはブツブツ言いながら店に下りてきた。『なんだよ、この閑古鳥が鳴いてる様は』と、苦言を呈すると、店長が「さっきまでは、入ってたんですよ」と弁明。然し、九時半過ぎでこの状態じゃいかんだろうと、余所事ながら心配する次第・・・・。

オヤジを相手に軽く飲んで引き揚げた。銭さえ貰えばいいんだ・・・、駅に向かう途中、オヤジからの電話「米代、何時の分なんだ?」と。『10月と11月分だよ、毎月十日までがひと月分だろうに』と伝えたが・・・・、よく判ってないんじゃないかな?。

 

 

 

 

コメント
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