nemo 折々の自然

折に触れて観察した自然などの記録

丹後半島巡り 3

2019-05-06 22:06:46 | 旅行記

平成31年4月27日(土)曇時々晴、俄雨

 起床して窓を開けると漸く青空が覗いている。どうやら天気が回復しそうだ。

 朝食も部屋食で和食膳。具沢山で美味しく頂きました。参考までに部屋の外にある露天風呂を載せておきます。

  

 出発前に付近を散歩しましが、冷たい風が強く吹いて寒さを感じました。ホテルの脇の道を見ると外湯の一つ『まんだら湯』のユニーク

 な建物が見えていました。その手前の『曼荼羅場橋』から大谿川を撮った画像も載せておきます。

  

 今日は最初に待望の『コウノトリ郷公園』へ向かいました。

 ホテルから30分足らずで公園の駐車場に到着しましたが、開園まで少々早く到着したので、公開エリアにある人工巣塔』を覗いてみま

 した。雛が2羽いて、子育て中のようでした。

  

 公開時間となり、鎌谷川にかかる橋を渡って、『コウノトリ文化館』に入り、公開ゲージから観察することになりました。 

   

 目の前の草地などに10羽ほどのコウノトリが、思い思いの場所で餌を漁っていたり、のんびり立ち止まっていたりしています。

  

 建物の屋根上では、けたたましく嘴を鳴らして(クラッタリング)相手を呼んでいる個体や、上空を飛び交う個体などどれに焦点を当て

 たら良いのか戸惑うほどでした。夢中でカメラに収めていると、あっという間に予定の30分が経ち、渋々引き上げざるを得ませんでした。

  

コウノトリの郷公園 

 国の特別天然記念物コウノトリを保護増殖し、科学の理論に基づいて野生復帰を実践する研究機関として1999年に開園しました。

 兵庫県のコウノトリ保護事業の歴史は、1955年の特別天然記念物コウノトリ保護協賛会の発足や、1965年のコウノトリ飼育場における

 飼育の開始に遡ることができ、すでに半世紀以上に及んでいます。そして2005年には、コウノトリの郷公園が満を持して野外への再導入、

 つまりコウノトリの野生復帰を開始したのです。

 コウノトリは湿地生態系の頂点に君臨する鳥で、大型の淡水魚をはじめとする水生動物から、ヘビやバッタのような陸生動物まで、多様

 な餌を食べる肉食の鳥です。現在では、極東に2000羽あまりしか生息していない絶滅危惧種です。 【兵庫県立コウノトリの郷公園】

  1. 名称 英名  Oriental White Stork  学名  Ciconia boyciana(キコニア・ボイキアナ)                                                                                                     
  2.  分類 コウノトリ目コウノトリ科 
  3.  大きさ 両翼を広げたときの大きさ(翼開長)は200~220cm、立った状態での高さは100~110cm。体重は4~5kg。                                
  4.  雌雄の区別 外見上の差異はほとんどありませんが、一般的にオスはメスより大きいです。                                                                             
  5.  餌生物 肉食性で、ドジョウ、フナなどの魚類をはじめ、ヘビ、カエル、バッタなどの多様な動物を餌とします。                                  
  6. 分布 ロシア極東地方や中国東北部等で繁殖し、中国の長江中流域、台湾、韓国、日本などが主な越冬地です。かつて繁殖していた 本や韓国では、野生復帰事業が進められています。
  7.  国内での保護上の位置付け 環境省レッドリスト 絶滅危惧ⅠA類(CR)(ごく近い将来、野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)
     *
 次は 古来より絹織物の産地として栄えた加悦の与謝野町 へ。

 ちょうど祭礼の時期らしく、家々へ獅子頭を付けた方が、数人の笛のお囃子を伴って訪問する場面に出会いました。またちりめん街道

 ある路地では、山車に飾り付けをしていました。
 
  
 上左の画像は『旧尾藤家住宅』で、昭和初期の洋風住宅建築が付加された貴重な建造物で、その和と洋の融合した建築が高く評価され、
 平成14年3月26日、京都府指定有形文化財に指定されました。                【与謝野街観光協会】
 
  

                                                                                                                         

与謝野町 面積 : 108.38㎢、人口 : 2万1834人(2015)

 京都府北西部、与謝郡にある町。

 江戸時代以来、機織業が盛んで、京丹後市とともに丹後縮緬の主産地として知られた。平成13年岩屋に老舗の織物工場跡を活用して丹後

 ちりめん歴史館が開館。加悦の中心街区には「ちりめん街道」の通称がある。近世から昭和初期に建てられた建造物が一体となって織物

 の町として栄えた特色ある景観をよく伝え、重要伝統的建造物群保存地区に選定される。    【与謝野町観光協会】

     *

 ここで昼食の時間となり、天橋立方面へ向かい、阿蘇海沿いにある『シーサイド・センター』で、焼きアワビサザエあさりの酒蒸し

 などを頂きました。この頃から青空が広がり、食後センターの前庭から日差しを浴びた阿蘇海の模様を撮りました。

  

 食後は歩いて『元伊勢籠神社』へ行きました。籠神社は伊勢神宮の元宮として知られていることから元伊勢籠神社」と呼ばれ、“お伊

 勢さんのふるさと”として親しまれているとのことです。

  

 拝殿で拝礼しての帰り、境内にある『大和さざれ石』に気がつきました。この石は長い年月をかけ、小石が粘土・砂に混じり、大きな岩

 となったとのこと。あの ‘ 千代に八千代にさざれ石の巌となりて… ‘ のさざれ石とのことでした。

  

 この後は、天橋立観光船に乗るため、観光船乗り場の『一の宮駅』に向かいました。

  

 観光船は20分ごとに出航しており、乗船客も多く見受けられました。

 船は左手に天橋立を見ながら進み、ここでもウミネコが飛来し、餌をねだっていました。

  

 船は12分ほどで『天橋立桟橋』に到着しました。  

            

 ここで自由時間があるので、桟橋付近から珍しい『廻船橋』と『大天橋』を渡って、松林の中などを散歩することにしました。

 下の画像は大天橋から桟橋付近と天橋立の松林を撮ったものです。

  

 次いで松林の入り口にあった『日本三景の碑』と、天橋立の宮津湾に面した海水浴場です。

  

 ここまでで元に戻り、知恩寺の山門前にある『吉野茶屋』で天橋立の名物和菓子『智恵の餅』を頂きました。

 江戸時代から伝わるこの餅は食べると智恵を授かるといわれており、軟らかい餅にこし餡をのせたものでした。

  

 かくして今回のツアーの見学は終わり『知恩寺』の山門を潜り、『文殊堂』で拝礼し駐車場へと戻りました。 

  

知恩寺

 日本三文殊のひとつで通称切戸(又は九世戸)の文殊堂として知られている文殊菩薩の霊場です。 

 智恵を授かる文殊さんとして有名で、受験や資格試験などの受験生やその御家族がお参りに来られます。

 茶屋通りに面する山門は、黄金閣とも呼ばれる市の指定文化財で、楼上に釈迦如来を中央に両脇士・十六羅漢を安置する、禅宗様式・

 三間三戸二重門の丹後地方最大の山門です。              【天橋立観光協会】

     *

 バスは宮津天橋立 I Cから京都縦貫道に入り、綾部JCTで舞鶴若狭道、敦賀JCTで北陸道、米原JCTで名神高速道を経由して岐阜羽

 島 I C から岐阜羽島駅に到着しました。

 舞鶴若狭道の途中急に雲が広がり、雨が降ってきた際に低い位置に虹が出て暫し楽しませてくれました。

 また、三方五湖PAでトイレ休憩の際は、雨が上がっていましたが、強い北風が吹いていました。

  

 画像は三方五湖の水月湖です。

  

 その後、名神道では養老SAでトイレ休憩して、岐阜羽島駅に到着しました。

 岐阜羽島駅からは『こだま678号』に乗車し、途中夕食のお弁当(松坂牛めし海女のわっぱめし)を頂いて、東京に着きました。 

  

  

  

     *

 8.25. 旅館発(バス)→ 8.50. コウノトリ郷公園 9.30. → 10.40. 与謝野 11.15. → 11.35. シーサイド・センター(昼食)… 12.40. 元伊勢籠神社

 13.00. … 13.20. 一の宮駅(観光船)→ 13.32. 天橋立桟橋 … 天橋立 … 知恩寺 14.30.(バス)→ 16.00. 三方五湖PA 16.15. → 17.20.

 養老SA 17.50. → 18.20. 岐阜羽島駅 18.48.(こだま678号)→ 21.47. 東京駅着

観察した野鳥】 24種類

  1.ウミウ      2.ダイサギ     3.コサギ      4.アオサギ     5.コウノトリ    6.カルガモ   

  7.ミサゴ      8.トビ       9.ユリカモメ     10.ウミネコ      11.コゲラ       12.ヒバリ    

   13.ツバメ       14.セグロセキレイ    15.ヒヨドリ      16.イソヒヨドリ   17.ウグイス        18.オオルリ

   19.シジュウカラ    20.カワラヒワ      21.スズメ       22.ムクドリ    23.ハシブトガラス        24.ハシボソガラス 

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丹後半島巡り 2の2

2019-05-06 18:10:13 | 旅行記

 次の観光地『立岩』と『大成古墳』の見学のため、バスは道の駅『てんきてんき丹後』の駐車場に止まりました。

 見学は立岩を経由して大成古墳へ行き、駐車場に戻るコースでしたが、雨模様に海からの風が強く、小生は立岩を見学してバスに戻るこ

 とにしました。

  

山陰海岸ジオパーク

 山陰海岸国立公園を中心とする京丹後市の経ヶ岬から鳥取市の湖山池西端を含めた白兎海岸までは、日本列島がアジア大陸の一部であっ

 た時代の岩石から、今日に至るまでの経過が確認できる貴重な海岸です。これら地質遺産が連続する京丹後市、豊岡市・香美町・新温泉

 町、鳥取県岩美町・鳥取市の東西約120Km、南北最大約30kmのエリアが、山陰海岸ジオパークの対象となっています。 【京丹後市】

     *

 道の駅の左手から竹野川の河口へ向かって木製の橋をくぐり、砂地を十分ほど歩いて後ヶ浜海岸にある『立岩』の正面に着きました。

    

立岩

 高さ20mの柱状玄武岩の自然岩で、その聳り立つような姿が日本海と相まって大変美しいコントラストを醸し出しています。

 間人浦にあるこの岩は、厳しく聳え立つ巨岩で伝説によれば、第31代用明天皇のお后間人(はしうど)皇后の第3皇子麿子親王がこの地

 の鬼退治をされた時、一夜のうちに天から降りてきてこの大岩に鬼を封じ込めたといわれています。

 今でも風が強く、波の高い夜などは鬼どもの号泣する声が聞こえるといわれています。           【京都府】

     *

 ここで大成古墳へ行くグループと分かれ、元の道を引き返してバスに戻り、昼食のお弁を頂くことにしました。

 小生は『丹後の笹寿しさっさ』、妻は『丹後弁当』を選びましたが、普段の昼食は麺類が多いので、毎食米飯ではあまり食欲が出ず、

 部を食べられませんでした。

  

  

大成古墳

 大成古墳群は丹後町竹野の高台にあり、6世紀末から7世紀初めにかけての古墳が立ち並んでいます。

 この古墳からは様々な出土品があり、それらは当時の丹後地域の権力を示す貴重な資料とされています。

      *

 午後は引き続き丹後半島をめぐりで『琴引浜』に着きましたが、生憎と雨脚が強くなり、浜から道路を隔てた建物で現地の方の説明を

 くことになりました。雨のため鳴き砂は音がせず、ここでその乾いた砂を見ながらの解説を伺いました。

  

琴引浜

 琴引き浜は鳴き砂で有名な美しい砂浜で、2009年に国の名勝と天然記念物に指定されています。歩くとキュッキュッと鳴る鳴き砂は、

 きれいな海水で洗われた、石英質の多い砂の粒子が擦れあう事によって起こるものだそうです。

     *

 今日の観光の最後は『玄武洞公園』、駐車場から道路を隔てた階段を上り『玄武洞観光センター』前で現地案内人に紹介されました。

            

玄武洞公園

 国の天然記念物「玄武洞」、「青龍洞」をはじめとする5つの洞には、天の四方を守護する神獣の名前が冠されています。 

    規則正しい割れ目を見せる柱状節理は、約160万年前の火山活動で流れ出た溶岩が冷えて固まるときに出来たもので、天然記念物に指定

 されています。玄武洞をはじめ、清龍洞・白虎洞・南朱雀洞・北朱雀洞の5つの洞が南北 250mの間にあります。    

 地質学的にも、逆転磁場の発見の地として世界的に有名な場所であり、山陰海岸ジオパークを代表するジオサイトの一つでもあります。

     *                                                                                                                                                                         

 まず『玄武洞』から案内されました。

 6000年前、波に洗われて姿を現し、人が石を取ったために洞となったもので、数知れない六角形の玄武岩が積み上げられとて不思議な美

 しさを見せている。                                   城崎温泉観光協会

  

 次いで『青龍洞』へ。

          

青龍洞

 迫力ある柱状節理の絶壁が青龍洞だ。高さ33m、幅40m。最も長い節理は15mもあり圧巻の迫力。うねるように伸びる節理から「龍が

 昇る姿に似ている」と青龍洞と呼ばれるようになったという。 

 洞の下には池があり、日のあたり具合で節理を水面に映し、幻想的な光景をみせてくれるそうだ。雨上がりの晴れ間には虹がかかる。

 圧巻の迫力『青龍洞』は、願いがかなうパワースポットであると言われている。

      *

 これで今日の観光が終わりましたが、青龍洞の反対側にある展望台から、左手遠くに明日行くことになっている『コウノトリの郷公園

 の側にある『人工巣塔』が見えており、微かに「コウノトリ」がいることが分かりました。明日の見学が楽しみになりました。

 参考までに翌日撮った人工巣塔の画像を載せておきます。

  

 一日雨が降ったり、止んだりする天候でしたが、それなりに見所があり、充実した観光ができました。

 今日の宿は城崎温泉、降りしきる雨の中『千年の湯 古まん』に着きました。

  

 七つの外湯めぐりの券が付いていましたが、雨模様のこともあり部屋に用意されていた銘菓『幸運の鳥』(コウノトリ)を頂いて、部屋

 の露天風呂で汗を流し、夕食を待つことにしました。

  

     *

 夕食は部屋食で『卯月 花見の宴』という懐石料理を楽しみました。

 食前酒梅の露」で乾杯し、先付碓井豆腐」から頂きました。

  

 向附は「旬魚盛り 妻一式」は鯛と赤烏賊で、後者のモチモチ感が美味でした。台物は「八鹿豚しゃぶしゃぶ  野菜色々」。

  

 酢肴は「茹で香住産紅蟹 花蓮根 パセリ」、強肴は「和牛ステーキ 旬野菜」。

  

 油物は「海老と鱚の天麩羅」、温物は「茶碗蒸し」でしたが後者の味が薄く残してしまいました。

  

 止椀は「赤出汁」、香の物は「二色」、果物は「苺ゼリー オレンジ」でしたが、既にお腹が一杯で、ご飯は遠慮しました。

  

 かくして雨模様の一日が終わり、早めに休むことにしました。   

千年の湯・古まん 

 城崎温泉の開祖を祖先にもつ老舗宿。創業は養老元年(617年)にさかのぼる。城崎七湯のうち三湯が徒歩3分以内という魅力ある立地。 

 宿は情緒深い町並みに映える純和風木造り。部屋は数奇屋造りで、全室趣が異なる。料理は毎月献立を替え、厳選された旬の素材を 

 十分に活かした創作料理。「古木良木宿〜ふるきよきやど〜」                     【旅館 H P 】

城崎温泉 

 城崎温泉は兵庫県豊岡市城崎町(旧国但馬国)にある温泉。

 平安時代から知られている温泉で1300年の歴史をもっています。江戸時代には『海内第一泉』と呼ばれていて、今もその碑が残っています

 城崎温泉は、基本的に外湯めぐりが主体の温泉。外湯は「鴻の湯」「まんだら湯」「御所の湯」「一の湯」「地蔵湯」「」「さとの

 湯」の7箇所。城崎温泉駅前から7つの外湯につながる川沿いが温泉街を形成し、川べりの柳が風情あるものである。

 城崎温泉駅にもさとの湯(駅舎にある温泉)や足湯、飲泉場がある。足湯や飲泉場が温泉街各所にある。

              

 8.50.  ホテル発(バス)→ 9.00. 伊根湾めぐり(遊覧船)9.26.… 9.40. 伊根の舟屋(現地ガイド)10.20. → 10.55. 経ケ岬 11.15. →

 11.35. 丹後松島 11.40. → 11.45. 屏風岩(車窓観光)→ 11.50. 道の駅 てんきてんき丹後 … 立岩… 昼食 12.55. → 13.15. 琴引浜 13.40. →

    14.40. 玄武洞公園 (現地ガイド)… 玄武洞 … 青龍洞 … 15.30. → 16.10. 城崎温泉 千年の湯 古まん着 17号室 泊

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丹後半島巡り2の1

2019-05-06 15:40:36 | 旅行記

平成31年4月26日(金)曇時々雨

 起床してカーテンを開けると、小雨に煙る宮津湾が、遠くに天橋立がぼんやりと見えている。予報は今日も雨を知らせている。

 目の下にはホテルのプールが冷たい雨の輪を作っている。

 朝食のため2階へ降りると、時間前でしたのでその場所からも一枚撮ってみました。

  

 朝食はバイキングスタイルで、定番ものを頂きました。

     *

 今日の観光は『伊根の舟屋』を見学することから始まり、ホテルからバスで10分ほどで船着場に到着しました。

  

 遊覧船の航路は下の図の通りです。

         

伊根の舟屋 

 丹後半島の東端にある伊根町では、船のガレージを舟屋 と呼んでいます。周囲5Kmの湾に沿って 230軒あまりの舟屋が立ち並ぶ風景は

 壮観で、全国的にも大 変珍らしく、重要伝統的建造物群保存地区選定地でもあります。

 またこの景色はどこか懐かしく、日本の原風景 を感じさせる美しさが今でも大切に残されていて、伊根町独自の詩情を漂わせています。

 舟屋は、母屋から道路を挟んで海際に建てられ、1階には船揚場、物置、作業場があり、出漁の準備、漁具の手入れ、魚干物の乾場や農

 産物の置き場等と幅広く活用されています。2階は生活の場、客室、民宿等に活用されています。

     *

  

遊覧船

 伊根湾めぐり遊覧船は、舟屋が立ち並ぶ伊根湾を約 25分かけて周遊します。湾を取り囲むようにして建つ舟屋を海上から眺めるのは、

 陸地からではなかなか味わえない舟屋の風景と趣があります。

 また、船に群がるカモメにエサをあげるのも、伊根湾めぐりの醍醐味のひとつです。        【丹後海陸交通(株)】

  

 雨は降ったり止んだりしていましたが、湾内は波が静かでゆっくりと見学することができました。

 また、出航してすぐに「ウミネコ」が餌を求めて次々に飛来し、しばしそちらの方に注目が集まりました。

  

 船は25分ほど遊覧して船着場に戻りました。現在は漁船が大きくなり、舟屋に入ることができず、その外に係留している船が多く見られ

 ました。幸いにもこの頃には雨は止んでいました。

  

 船を降りると、地元のボランテア・ガイドの方による舟屋の見学となりました。

 下は、観光案内所と、船着場付近の様子です。

  

 鯨のモニュメントもありました。

  

 海沿いの狭い道路を歩くと、母屋が道路の山側にあり、道路を挟んで海側に舟屋が並んで建てられており、独特の景観になっていました。

 一軒の舟屋の舟を格納するガレージを覗いてみました。

  

 同じく海側の舟屋と、道路の反対側にある母屋です。

  

 また、『江戸時代の舟屋』を見学することもできました。

   

 そのガレージと近くの舟屋の画像です。

   

 これで舟屋の見学を終え『丹後半島巡り』へと出発しました。

 画像は『伊根町役場』とその付近の街の様子です。

  

丹後半島めぐり  

 丹後半島は京都府北部の日本海北東に突出した半島で、与謝半島や奥丹後半島、旧称の由良半島とも呼ばれています。

 島内には4世紀後半に建造されたとされる巨大古墳も多く、この地方に一大勢力があったことが確認されています。 

 美しい日本海に、新鮮な海の幸、日帰り温泉、海水浴場、自然公園などの見所もたくさんあり、歴史の深いロマン溢れる丹後半島は、国

 内旅行先にとてもおすすめです。 

           

 バスは丹後半島の海沿いの道を進み、その先端部分にある経ケ岬灯台のある『袖志園地』に着きました

 灯台はこの園地からは僅かに頭部分しか見ることができず、総てを見るためには園地の左隅にある上り坂を上ることになります。

 我々は時間の制約もありそこを上ることはできませんでしたが、この林の中で『オオルリ』を見ることができました。

  

 園地の右奥にある東屋付近から、僅かに見える頭部分の画像です。また、目の下には崖下に打ち寄せる波を見ることができました。

  

 灯台の全貌は『京丹後ナビ』の画像を拝借しました。

  

経ヶ岬 

 経ヶ岬は、丹後町半島の先端に突き出した近畿最北端の岬です。

 この岬の海岸には、規則的な縦の割れ目をもち、何本もの柱が積み重なった様に見える岩石が露出しています。

 この割れ目は噴出した熱い溶岩が冷え固まるときにできた柱状節理と呼ばれる割れ目です。

 この柱状節理のようすが、いくつもの経巻を立ち並べたように見えることから「経ヶ岬」の名前がついたと言われています。

 経ヶ岬には海抜140mの位置に灯台があり、ここから見る景色は「京都百景」に選ばれています。    【京丹後市観光協会

経ケ岬灯台

 丹後半島の最北端、海抜148mの断崖に建つ白亜の灯台。設置されたのは明治31年(1898年)で、国内に5ヶ所のみの希少な第1等レンズ(フ

  レネルレンズ)を使用した第1等灯台です。 2008年には、経済産業省の近代化産業遺産にも指定され、2018年には「恋する灯台」にも選

  ばれました。経ヶ岬は安山岩からなる柱状節理の発達した海食崖になっており、『山陰海岸ジオパーク』のスポット。【京丹後ナビ】

     * 

 雨は降ったり、止んだりを繰り返していますが、次は『丹後松島』でカメラストッブになりました。 

 雨雲に覆われて辺りが暗いので、松島という感じからは大分違うように見えました。 

    

丹後松島 

 犬ヶ岬の東から経ヶ岬の方向に見える島々と、砂浜の作り出す海岸線の眺めが日本三景の一つ「松島」と似ているため、「丹後松島

 と呼ばれる展望スポットです。春から夏にかけて、朝日や夕日の美しい絶景が楽しめます。 

     *

 次の『屏風岩』は、車窓鑑賞とのことでしたが、小生は山側の座席だったのでタイミングが悪くまともな写真が撮れず、これも画像を借

 りることにしました。

   

屏風岩  

 岩の立っている様が屏風のように見えることから「屏風岩」と呼ばれる、高さ13mもある奇岩。 

 北西にかけて小さい岩が5つほど海に浮かぶ様は、京都の自然 200選にも選ばれており、夕日のスポットとしても人気です。 

     *

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丹後半島巡り 1

2019-05-06 10:55:47 | 旅行記

平成31年4月25日(木)曇時々雨

 かねてから見学したいと思っていた『コウノトリ公園』へ、クラブツーリズム社のツアー『丹後半島ぐるり絶景巡り3日間』に含まれて

 いることがわかり、参加することにしました。 

 このところ好天気が続いていましたが、昨日から変わって雨模様になり、今朝も雨が少し残っている中を出発しました。

 初日の今日は新幹線で『岐阜羽島駅』へ行き、そこから名鉄観光バスで三方五胡を経由して宮津へ行くことになっていました。

  

岐阜羽島駅 

 岐阜羽島駅は1964(昭和39)年、東海道新幹線(東京~新大阪)開業時に新横浜、小田原、熱海、静岡、浜松、豊橋、名古屋、米原、

 京都の各駅とともに設けられた途中駅のひとつです。

 岐阜羽島は関ヶ原の雪や異常時のことも想定しつくられた駅で、東海道新幹線の中間駅としては規模が大きく、4列車まで停留が可能で

 大雪や、異常時における列車の留置などに対応できます。                      【JR 東海】

     * 

 ところが岐阜県から滋賀県を経由して福井県に近くなると、雲が次第に厚くなり、雨が降り出してきました。

 予定の『三方五湖レインボーライン』から山頂公園に着くと、雨と共に濃い霧が出て周囲の展望がきかず、ケーブルを利用して山頂へ行

 く筈でしたが、残念ながら運行中止となっていました。止むを得ず山頂公園のショップでトイレ休憩となって山を下りました。

  

 『へしこ』とは、青魚に塩を振って塩漬けにし、さらに糠漬けにした郷土料理、および水産加工品である。

 若狭地方および丹後半島の伝統料理で、越冬の保存食として重宝されている。      【Wikipedia】

三方五湖

 三方湖(みかたこ)、水月湖(すいげつこ)、菅湖(すがこ)、久々子湖(くぐしこ)、日向湖(ひるがこ)の五つの湖。
 
 水質(塩分濃度)と水深がそれぞれ違いから、湖面の色も微妙に違いがあり五色の湖と言われる神秘の湖。
 
 レインボーラインの山頂公園は三方五湖を一度に観ることが出来る絶景ポイントとなっています。

 2005年11月8日 「ラムサール条約湿地」に登録。                                     【レインボーライン】

          

 バスは国道27号線を経由して舞鶴市内へ入り、『道の駅・舞鶴港 とれとれセンター』でトイレ休憩を兼ねてショッピングタイムとなりま

 した。

  

 ここの海鮮市場では、採りたての魚などをその場で調理して食べられるようにテーブルが並べられていました。

 また天橋立土産の『股のぞきという銘菓がここでも売られているのが目立ちました。

  

 次いで京都丹後鉄道の『四所駅』前でバスを降り、ここからローカル電車に乗り、海の上を走ると言われる鉄橋や、若狭湾沿いの景観を

 眺めながら『栗田駅』まで行くことになりました。 

京都丹後鉄道 

 もとはJR西日本の路線で、1990年4月1日から北近畿タンゴ鉄道 (KTR) が運営していた宮津線の一部であるが、2015年4月1日からは

 WILLER  TRINSを第二種鉄道事業者、北近畿タンゴ鉄道を第三種鉄道事業者とする上下分離方式によって運行されている。

 上下分離が行われた際、宮津線については宮津駅を境に東側(西舞鶴側)24.7 km を「宮舞線」、西側(豊岡側)58.9 km を「宮豊線」と

 して路線愛称を分離した丹後半島の付け根を通り、日本三景の天橋立などへの観光の足となっている。

   

四所駅 【愛称:四所しだれ桜公園(ししょしだれざくらこうえん)駅】

 相対式ホーム2面2線を有し、列車行き違いが可能な宮舞線の駅で、駅舎はこの付近に関所があったことから、関所をイメージしたデザ

 インになっています。無人駅で、駅舎は北側(2番のりば側)にあり、南側の1番のりばへは豊岡方の踏切で往来します。

     *

 四所駅は無人駅で線路を跨いで反対側のホームから電車に乗りました。車両は一両編成で乗客は通学の高校生が目立ちました。

 ツアーのパンフに「海の上を走る」とありましたので、小生は車両の先頭でその景色を楽しむことにしました。

 ところが途中から強い雨が降り出し、窓ガラスに水滴が付いて景色が見にくくなり、由良川の河口近くの由良川橋梁(長さ551m、海面

 からの高さ6m)を渡ったので、海の上を渡るという感じではなく、期待が少し大きすぎた結果となりました。

  

 栗田駅からは四所駅から迂回したバスに乗り、次の目的地『天橋立雪舟観展望台』へと向かいました。

栗田駅(くんだ駅)

 栗田湾を優雅に飛び交うカモメを駅舎のメインイメージに、自然豊かな海を駅前広場で演出し、やすらぎとうるおいを感じさせる和風調

 のデザイン。2面2線(相対駅)で列車行き違い可能な地上駅で、駅舎は2番のりば側にあり、互いのホームは跨線橋で連絡しています。

                                                   【京都丹後鉄道】

 相変わらず降り続く雨の中、宮津湾沿いの道に出て間も無く『天橋立雪舟観展望台』の前に到着しました。展望台へは獅子崎稲荷神社

 の階段を上がったところにあります。その急な階段には赤い鳥居が多く並んでおり、小生はその右手にある緩やかな坂道を利用して上が

 りました。ここには『ミツバツツジ』の群落があり、雨の中に少々彩りを添えてくれていました。

  

 展望台からは宮津湾越しに天橋立が見えるとのことでしたが、生憎の靄が濃くはっきりとは分かりませんでした。

  

天橋立雪舟観展望台

 室町時代後期の画僧、雪舟がここからの眺望を水墨画「天橋立図」に描いたことから、その名を持つ展望所。

 階段を5分ほど登った展望所からの景観は完全に横一文字。背後の山々に日が沈む頃の景色は、特に素晴らしい。

 展望所には小さな休憩所があるだけなので、とても閑静で自然の魅力にあふれている。    【京都府】

     *

 これで今日の観光は終わり、宿泊場所の『ホテル&リゾーツ京都宮津』へ到着しました。

  

 部屋は海側でしたが、やはり遠望は効かず、一日の汗を流して2階のレストラン『四季』でバイキングスタイルの夕食を摂りました。

 小生は、日本海の魚類を中心に選んでいました。

  

 ということで、ツアー初日はすっかり雨に祟られてしまいました。

ホテル&リゾーツ京都宮津

 京都の奥座敷、日本三景「天橋立」を臨むホテル。

 海側の部屋で寛ぐ、ゆったりとした間取り、天橋立宮津湾若狭湾を望む客室からの眺望はまさに絶景。ツインルームの洋室は 36㎡、 

 和室は 10畳の広々とした間取り。お部屋の窓に広がる景色は四季折々の美しさ。 贅沢なひとときを楽しめます。  【ホテルHP】

 念のため晴天時のホテルの画像を載せておきました。

   

 8.56.東京駅発 (こだま641号)→ 11.54.岐阜羽島駅(名鉄観光バス)12.10. → 13.50. 三方五湖レインボーライン・ 山頂公園 14.10, →

 15.40. 道の駅・舞鶴港 とれとれセンター 16.25. → 16.44.四所駅(京都丹後鉄道)⇒ 17.00. 栗田駅 17.10.(バス)→ 17.25. 天橋立雪舟観

 展望台 17.40. → 17.50. ホテル&リゾーツ京都宮津 着  409号室 

宮津市 面積 : 172.74㎢、人口 : 17,384人(2018.10.1.)、人口密度 : 101人/㎢               

 京都府の北部に位置する市である。日本海の若狭湾に面しており、日本三景の天橋立で有名。

 間に与謝野町を挟み、市域が南北に飛び地になっている。この南北の飛び地を天橋立がつないでいるが、自動車は天橋立を通行できない

 ため、自動車で南北の飛び地間を移動するときは与謝野町を通過することになる。

 市の中心部は南部にあり、市街地が宮津湾に面している。天橋立の東側、栗田半島の西側の海が宮津湾、天橋立の西側が阿蘇海である。

 栗田半島にはリアス式海岸の入り組んだ地形が見られる。北部には世屋高原がある。日本海側気候であり、豪雪地帯に指定されている。

                                                  【Wikipedia】

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瀬戸内紀行3

2019-04-15 10:08:57 | 旅行記

平成30年4月2日(火)晴

 冷んやりとした朝、今日も晴天に恵まれました。下の画像はベランダから庭を眺めたものです。

  

 朝食は昨晩と同じく、1 階の食事処『二十三夜』で和食膳でした。

 烏賊刺しに湯豆腐やちりめんじゃこなど具沢山のお菜に、お粥と御飯が用意されていました。

  

 部屋へ戻り、出発の準備して、部屋の様子をカメラに収めました。部屋の入り口の座敷とその奥右の洗面所とその左に浴槽があります。

  

 また昨日発表された新元号の記事が載っている愛媛新聞が届けられていました。バスで出発する際には従業員の見送りを受けました。

  

 バスは市内の道後公園の脇を通り、松山城のロープウエイ乗り場近くの駐車場に着き、5分ほど歩いてロープウエイ乗り場へ。

  

 ロープウエイとリフトが並行して運転していましたが、往路はロープウエイに乗り『長者ケ平』に着きました。

  

 ここから『本丸』まで緩い登りの道を進みます。 

   

松山城

 松山城は、松山市の中心部である標高 132mの城山(勝山)山頂に本丸があり、裾野に二之丸(二之丸史跡庭園)、三之丸(堀之内)

 がある、広大な平山城です。 

 加藤嘉明公が 1602年から築城を開始し、わが国の築城史上、最長の歳月(四半世紀)を完成までに要した四国最大の城郭で、「現存12

 天守」の中では、姫路城と並ぶ連立式の天守を有しています。加藤氏は、城の完成前に会津藩へ転封となり、蒲生氏を経て1635年から

 明治維新までの 235年間に渡り、親藩大名であった松平家の居城となりました。 

 わが国最後の完全な城郭建築と言われている大天守の最上階からは、360度眺望がひらけ、松山平野や瀬戸内海などを見渡すことができ

 ます。 

 日本で唯一現存している望楼型二重櫓である野原櫓や、「現存12天守」の城郭では松山城と彦根城しか存在が確認されていない、韓国の

 倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸から本丸にかけてあり、また、堀之内を含む城山公園全体が国の史跡で、「日本さくら名所

 100選(平成元年)」や「日本の歴史公園100選(平成18年)」の指定も受けています。         【松山市】

     *

 松山城の石垣は、倭城の経験がある加藤嘉明により、ほとんどのものが築かれており、特に本丸の高さ14mを超える屏風折の石垣などは

 壮大なもので、軍事目的を超えた芸術性をも楽しむことができます。 

  

 この城壁の外側にある濃いピンクの桜が目立っていましたが〔ヨウコウ・陽光〕という種類でした。(左の画像の奥に見えます)

    

 左の城壁の上は『太鼓櫓』と遠く『天守』が望め、右の画像は桜の後ろに『太鼓門西塀』があります。

 石垣の西端の太鼓櫓と太鼓門との間にある24.41mの渡塀には狭間 21ヵ所、石落 2ヵ所が設けられています。

  

 左は『筒井門』と『筒井門東続櫓』、右は『太鼓』と『巽櫓』です。

 城の防備を固める上で、最も重要堅固な意味合いを持つのが筒井門と隠門です。戸無門を通過して、目に付くのは筒井門で、その奥にあ

 る隠門は分かり難くしています。これは、侵入者の注意を筒井門に向けさせ、そこを破ろうとする敵を隠門から打ち出て、背後から襲う

 戦略とみられています。これら門の上には続櫓があり、松山城の守りの堅牢さを象徴するものとなっています。

  

 左は『太鼓門』の前にある場所からの松山市内の展望で、右が『太鼓門』になります。

 太鼓門・同南北続櫓・太鼓櫓・巽櫓は1つの防御単位を構成し、高さ約5mの石垣に一線に構築され、筒井門から本丸南腰郭に侵入して

 くる敵に備えています。

  

 ようやく『本丸広場』へ上がってきました。広場から『松山市内』の一部を見下ろしています。

  

 広場の桜は七分咲き程度になっていました。また、〔オオシマザクラ〕の白と薄いピンクの花が並んで咲いていました。

  

 『天守』と『小天守』右手に『一ノ門南櫓』が見えます。

 天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、黒船来航の翌年落成した江戸時代最後の完全な城郭建築です。 

 小天守は、二重櫓、小天守東櫓とも呼ばれ、大手(正面)の二之丸・三之丸方面を監視防衛する重要な位置にあります。天守、小天守、

 隅櫓を渡櫓で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれています。

  

 天守の左側に回ると『小天守』がはっきりと見えてきました。右は『乾櫓』と『乾門西塀』、『乾門』、『乾門東続櫓』です。 

 乾櫓は築城当初の二重の隅櫓で、本丸の乾(北西)の隅の鈍角の石垣の上に鈍角の櫓が建っています。乾門・同東続櫓とともに搦手

 (裏側)を防衛する重要な構えです。弾丸が壁を貫けないように壁の中に小石や瓦を詰めて厚くする、太鼓壁構造となっています。 

  

 ここまでで松山城の見学を終え、長者ヶ原へ戻ることにしました。右は『太鼓櫓』と遠く『天守』が見える場所でした。

  

 長者ヶ原からの下りは、リフトを利用しましたが、途中の桜が目を楽しませてくれました。

  

 松山城の見学を終え、駐車場に戻りバスで昼食場所の瀬戸内風仏蘭西料理・レストラン『門田』へと向かいました。

 『前菜』は、ハマチの薄切り みかんソース、鴨のロースト、菜の花とイカの生ハム巻き ビーツソースの盛り合わせでした。

  

 『スープ』はジャガイモのスープ、『メインデッシュ』は鯛のワイン蒸し 白ワインソースと、

  

 門田特製ローストビーフ ジュ・ド・ブッフソースでした。この他に『デザート』、『パン』、『コーヒー』を戴きました。

  

レストラン門田(昼食)

 東京の一流ホテル(ホテルオークラ)で腕をみがき、愛媛に戻った時、とても感動したのは、一級品の素材が手軽に揃う環境でした。

 瀬戸内海の素晴らしい素材にこだわって誕生した「瀬戸内風仏蘭西料理・レストラン門田」は、おかげさまで今年 25周年を祝うことに

 なりました。                【門田 征吾

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 これで観光は終わり、バスは松山自動車道を経て高松自動車道に入り、『豊浜S A』でトイレ休憩の後、瀬戸大橋を経由して『岡山駅』

 に到着しました。画像は道後公園豊浜SAの様子です。

  

 岡山駅ではお弁当を購入して、のぞみ42号に乗車しました。

  

 途中、お弁当の岡山名物『桃太郎の祭りずし』とよこづなの『おむすびころりん』を戴いて、無事東京へと戻りました。

  

    

     *

 9.00.別邸 朧月夜発(バス)→ 9.15.松山城 (ロープウエイ … 城内見物 … リフト)11.15.(バス)→ 11.30.昼食(レストラン門田)13.15.

 (バス)→ 松山自動車道 → 高松自動車道 → 14.20. 豊浜S A 14.45.→ 瀬戸大橋 → 15.45.岡山駅 16.53.(のぞみ42号)→ 20.13.東京駅着

【観察した野鳥】  22種類

 1.カワウ    2.ダイサギ    3.コサギ     4.アオサギ    5.ヒドリガモ   6.ホシハジロ   7.キンクロハジロ

 8.ト ビ    9.キ ジ    10.ユリカモメ   11.セグロカモメ  12.キジバト   13.コゲラ     14.ツバメ

  15.セグロセキレイ16.ヒヨドリ  17.イソヒヨドリ  18.ウグイス    19.ホオジロ    20.スズメ    22.ハシブトガラス

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