nemo 折々の自然

折に触れて観察した自然などの記録

みちのく二大半島紀行 3

2018-10-05 21:10:26 | 旅行記

 平成30年9月24日(月)薄曇

 5時過ぎに起床、朝食までに時間があるのでホテルの付近を散歩する。

 ホテルの玄関の近くにスキーリフトの終点があり、そこから眼下の風景を眺めたり、少し歩いて『岩木山』をカメラに

 収めたりする。 

 上空には雲が多く、期待の朝焼けは望むべくもない。

  

 朝食は昨晩と同じく別館1階の『ルビーホール』でバイキングスタイル。和・洋混合で温泉玉子とおかゆで頂く。

 バスで出発前にホテルの周囲にある『ナナカマド』に赤い実があるのに気が付きカメラに収めました。

  

 『青森ロイヤルゴルフクラブ』でプレー中の様子を窓越しに見ながらバスは山を下って、今日の最初の目的地『千畳敷

 へ行くためJRの『鰺ケ沢駅』へ向かいました。

 バスは東北自動車道を経由して1時間あまりの『道の駅もりた』でトイレ休憩となりました。この間、津軽の名峰『岩木

 山』を半周する形で移動するので、その移り変わる山容を眺めながらの楽しい旅となりました。

    

道の駅もりた アーストップ

    つがる地球村』の先端に位置することから名付けられた『道の駅もりた アーストップ』は、田園風景の中に安らぎを

 感じさせてくれる空間です。

 ここで地元のおかみさんの手作りでいっぱいの『おらほのめへ』(津軽の方言 : 私達の店)に入り、秋分の日でもあるの

 で昼食用に赤飯おはぎを購入しました。

 また道の駅の奥に明治中期に建てられ、地元で一番の地主の建物 『旧増田邸』が、平成22年4月から『そば処・案山子

 として開店しているのが目につきました。

  

  

 『道の駅 もりた』から20分ほどでJR五能線の『鰺ケ沢駅』に到着しました。

 その途中からも『岩木山』が見えていました。

  

鯵ヶ沢町                    

 鯵ヶ沢町は日本海(青森県の西海岸)に面し、総面積は 343.08㎢ (H27.10.1 現在の国土地理院発表)と県内で8番目の

 広さを有しています。

 鯵ヶ沢の歴史 は古く、南北朝時代にはすでに集落が形成されていたことが石碑などから推定されています。

 1491年には津軽藩始祖 浦光信公が種里に入部し、以来たびたび文献にその名をとどめることになりました。

 藩政時代には津軽藩の御用港として栄え、海上交通の門戸として重要な位置を占めていました。  【鰺ケ沢町】

 駅前には観光駅長に任命されたブサカワの『わさを』の看板が人気を集めていました。

  

 我々は普通電車で『千畳敷駅』へ向かいました。反対車線には『リゾートしらかみ 橅号』が入って来ました。

  

 出発してしばらくして、車窓右手に日本海が見えて来ました。昨日の津軽海峡とは異なり、静かな海が広がっていました

 30分足らずで駅舎のない『千畳敷駅』に到着、駅前を少し歩くと千畳敷の景観が目に飛び込んで来ます。

 この千畳敷海岸は1792年(寛政4年)の地震により隆起して出来た岩床の海岸とのことです。

   

 案内板の左奥に『恵比寿岩』があり、その左手には小さな九つの『仏像』がありました。

  

 その先にはその昔、領内巡視で立ち寄った弘前藩主が、ここに千畳の畳を敷いて200間の幕を張り、風景を眺望し酒宴を催したことから千畳敷と呼ばれるようになったと言われている岩棚が広大に続いています。

    

 潮吹き岩』で潮の吹き上がるのを待っていましたが、中々思うような写真は撮れませんでした。右の画像は参考まで。

  

 海岸には食堂などが並んでいましたが、これはイカを干している店です。右は『鎧岩』です。

  

 一番左手にある岩礁が『ライオン岩』と名付けられていました。

  

 千畳敷での30分余りの散策を終え、次の目的地『鶴の舞橋』へ向かいました。

 その途中、バスの中での昼食は『おらほのめへ』で購入した、お赤飯とおはぎなどで済ましました。

 バスは40分ほど走ると『津軽富士見湖』にある『鶴の舞橋』の駐車場に到着しました。

            

鶴の舞橋
 平成6年7月8日、岩木山の雄大な山影を湖面に美しく映す津軽富士見湖に、日本一長い三連太鼓橋「鶴の舞橋」として

 けられました。  

 全長 300mもの三連太鼓橋はぬくもりを感じさせるような優しいアーチをしており、鶴と国際交流の里・鶴田町のシンボ

 ルとして、多くの人々に愛されています。

 岩木山を背景にした舞橋の姿が鶴が空に舞う姿に見えるとも言われ、また、橋を渡ると長生きができるとも言われてい

 す。夜明けとともに浮かび上がる湖面の橋の姿や、夕陽に色づく湖と鶴の舞橋は絶景で、季節の移り変わりと共に多くの

 観光客たちの目を楽しませています。                         【メデタイ・ツルタ】 
  
                        *
   
 晴れ間からの日差しがあり、第一の橋を渡り終えると汗が流れるようになりました。

 第一の橋と第二の橋の間には一休みできるような場所があり、水などを補給して第二の橋を渡り始めました。

 振り返ると『岩木山』がその優美な姿を見せてくれています。

 第三の橋の前にある休憩所にはパンフが置いてありました。

 第三の橋を渡ると汗がとめどもなく流れ、しばし橋のたもとにある椅子で休むことにしました。
  
                     *
 その先には『丹頂鶴自然公園』があり、江戸時代の頃にはここ鶴田町には多くの鶴が飛来したといわれ、町名の由来になっているとのこと、現在9羽の姿が見られるとのことでした。
  
                     *
 入口へ戻るために『津軽富士見湖』と第三の橋付近の様子をカメラに収め、元の場所へ戻りました。
再び汗が流れるようになり、駐車場の側にある売店でソフトクームで喉を潤し、三日間のツアーを終えました。
  
                     *
  津軽富士見湖 

 県内最大の貯水湖。万治3年(1660)、弘前藩四代藩主 信政が新田開発のために堤防を築き、用水池にしたといわれて

 います。堤防は延長4.2mと日本一に長く、湖面に津軽富士・岩木山を映すことから、『津軽富士湖』と命名されました

 鶴の舞橋を挟んで『富士見湖パーク』と『丹頂鶴自然公園』があります。         メデタイ・ツルタ
     *
 これで今回のツアーの見学を終え、バスは新幹線盛岡駅へと向かいました。途中東北道の花輪S.A.でトイレ休憩。

 ここのフラワーガーデンには早くも色付き始めた樹がありました。
  
                     *
 花輪S.A.から1時間ほどで盛岡駅着。三日間お世話になった十和田観光バスのS運転手とS添乗員にお礼の挨拶。
 新幹線発車(やまびこ 53号)までの間に夕食用の弁当を購入。        

  

 購入した弁当は八戸 吉田屋の『倉石牛 vs 海鮮御三家』という対決弁当でした。

 倉石牛とは知りませんでしたが、平成20年度に行われた全国肉用牛枝肉共励会では「前沢牛」や「松阪牛」など全国の

 ブランド牛を押しのけ、最高賞である名誉賞を獲得し、日本一に輝いた黒毛和牛種で、この倉石牛の中心産地は五戸町

 とのことでした。

  

 なるほど牛肉は柔らかく、いくら、カニ、うにの三種の味とも美味しくいただきました。

 かくして3日間のツアーは終わりましたが、初日の雨、二日目の波風と天候にはあまり恵まれませんでしたが、下北・

 津軽両半島での観光地を無事に観光することができました。                                                                     

 9.20. 青森ワイナリーホテル発(バス)→ 10.30. 道の駅もりた 11.00. → 11.30. 鰺ケ沢駅 11.50.(五能線・普通電車)→

 12.17. 千畳敷駅 … 千畳敷散策 … 12.50.(バス)→ 13.35. 鶴の舞橋 … 散策 … 14.25. → 15.55.  花輪S. A.  16.15. →

 17.15.  盛岡駅  18.40.(やまびこ53号)→  21.54.  上野駅 着

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みちのく二大半島紀行 2-2

2018-10-05 11:21:30 | 旅行記
 脇野沢港のフェリー乗り場には早くも多くの乗用車やバイクなどが待ち行列を作っていました。
 やがて先頭から乗船が始まり、我々の乗ったバスは最後になりました。
 バスが固定されると、我々は降車して待合室へと移動しました。既に待合室前方の方は満席で、小生は後方左側の席に
 落着きました。 
脇野沢(むつ市)
  下北半島の西南に位置する。北部を恐山山地を構成する山々が占め、南部は海岸線に沿って平野部が続く。
 西海岸部は断崖絶壁の海岸線が続き、下北半島国定公園に指定されている。 
  
                     *
 出航して港を出ると、フェリー『かもしか』(611トン、13.75ノット、定員240名、乗用車20台、バス4台)はむつ湾内と
 いうこともあって殆ど揺れることはなく、滑るように進んでいきます。
 港を出て間も無く、待合室から甲板に出て日差しを浴びながら周囲の景色を楽しむことにしました。
    
                     *
 港を出ると右手に灯台のある小さな『鯛島』があり、その先には小さな漁船も見ることができました。
         
                     *
 さらに進むと左手に下北半島がはっきりとして、湾の中ほどになると津軽半島と下北半島、その奥に北海道が霞んで見
 えてきました
   
                     *
むつ湾フェリー
 北半島 脇野沢港と津軽半島 蟹田港を結ぶフェリー、むつ湾フェリー(株)が航路を運航しています。 

                           

 バスがフェリーを降りたところでお弁当を積み込み、『竜飛岬』へ向かう時間を利用して昼食を摂ることになりました。その中身は帆立とイクラのちらしに、鶏の照焼き、桜大根に根曲り竹、蓮根、人参、蕗、蒟蒻の煮物などでした。

  

 国道280号線を進むと、右手に函館新幹線の本州側最後の駅『奥津軽いまべつ駅』があり、その先を行くと右手に津軽海峡が見えてきました。バスは『竜飛岬』の駐車場でストップ。岬周辺の散策となりました。

  

 先ず何よりも『灯台』のある見晴台へ行きました。目の前に広がる津軽海峡の向こうに北海道の島影が見えました。

   

 その先には津軽海峡の対岸にある『北海道南連峰』の案内板がありました。

   

 また、展望台での見物を終えて引き上げる途中、足元にあるマンホール (水準点・基本 ? )に気がつきました。

  

竜飛岬

 竜飛岬は青森県津軽半島の最北端に位置し、外ヶ浜町に属する。付近は標高 100mの台地で、海食崖や海蝕洞があり、海

 上には奇が重畳して豪壮な海岸美を展開、津軽国定公園に含まれる。        

 「たっぴ」はアイヌ語の「たむぱ (刀) 」を意味する。本州と北海道を結ぶ青函トンネルの入口にあたる。

 太宰治の小説『津軽』の碑、演歌の名曲石川さゆりさんの津軽海峡冬景色にも登場し、その歌碑が津軽海峡を見下ろす高

 台にあり、歌の世界が広がります。                             

 竜飛岬灯台は日本の灯台50選にも選ばれており、竜飛岬のシンボルです。展望所からは津軽海峡と北海道の大地を望むこ

 とができます。                                   【青森県観光情報

     *

  この付近で野鳥観察をされている方がいましたので、ちょうど秋の渡りの時期でもあるので、現状をお尋ねすると、何か

 はっきりとした返事がないので残念な思いで後にしました。

     *

 竜飛岬渡り鳥の中継地として有名で、ノスリが一日に4千羽も数えられることがある。当然、小鳥の大群や珍鳥迷鳥の

 たぐい多い。鳥種:オオタカ・ノスリ・ハチクマ・ヒヨドリ・オオルリなど。     【日本野鳥の会・青森支部】

     岬下から灯台へ続く国道399号線は日本で唯一の歩行者専用の階段国道で、全長約 382m、362段の階段があります。

  

 その右手には『津軽海峡冬景色』の歌碑があり、目の下には『帯島』を見ることができました。

  

 これで今日の観光は終わり、宿泊先の『青森ワイナリーホテル』へと向かいました。

 バスは竜飛岬の台地から右手に見える日本海近くにおりて来ました。

  

 さらに右手の『十三湖』を過ぎてから、中泊町の直売所がある『ピュア』でトイレ休憩となりました。

  

十三湖

 十三湖は南北7km、東西5km、周囲31.4kmと青森県で3番目に大きな湖で、十三の河川が流れ込むので十三湖と言われ

 ています。また、海水と淡水が混合した汽水湖で、ヤマトシジミの生息する自然豊かな湖です。幻の鳥と言われているオ

 オセッカや、天然記念物のオオワシなど、飛来する鳥や生息している鳥が多く、バードウォッチングも楽しめます。

                                           【青森県観光情報

ピュア

 五所川原市から国道339号線を北上し、中泊町に入って間もなく、県道197号線を左折すると左手に見えてくる賑やかな広

 場が、中泊町特産物直売所ピュア」です。敷地内に直売所の広いスペースがあり、地域の6次産業化の拠点と位置づ

 け、ジュース、瓶詰、豆腐や総菜の加工施設も整備してます。             青森県の産直 

     *

 ピュアを出発すると、一面の黄金色をした田圃風景が広がり、その奥には優美な姿をした『岩木山』が見えてきました。

 その風景を楽しみながら、大鰐温泉を通って山道を登り、今日の泊まるホテル『青森ワイナリーホテル』に到着しました

  

岩木山

 岩木山は、津軽平野南西部に位置する二重式火山で、山容は円錐形、山頂は三峰に分かれ、標高は1625mと県内で一番高

 い山です。             【青森県観光情報】   * 小生は昭和60年7月29日に登頂しました。 

大鰐温泉卿 

 円智上人により建久年間(1190から1198)に発見されたと伝わる。江戸時代には津軽藩の湯治場として津軽氏の歴代

 藩主も訪れ、御仮屋と呼ばれる館が設置された。また江戸時代には津軽地方の人々の療養の場として広く利用された。

 昭和28年(1953年)6月、碇ヶ関温泉と共に大鰐碇ヶ関温泉郷として県立自然公園に指定された。  【Wikipedia】

青森ワイナリーホテル

 阿闍羅あじゃら)山の山頂に建つ青森ワイナリーホテルは、ワイナリーを併設した全国でも珍しいホテル。津軽産の原

 料を使った「津軽ワイン」を製造しており、ガラス越しに無料でワイナリーを見学することができます。窓の外には四季

 が織りなす色鮮やかな大自然が広がり、憧れのリゾートライフを演出いたします。   【ホテルパンフ

     *

 ゆったりとした部屋で一休みした後、汗を流してからの夕食は、別館1階の『ルビーホール』でバイキング料理です。

 今晩も和食を中心にして、飲み物はこのホテルのワイナリーで製造された『津軽ワイン』の赤と白を、また食事は手作り

 ラーメンを頂きました。

  

 夕食が終わる頃には、津軽三味線のライブ演奏がありました。

 ゆっくり食事を楽しんで、部屋へ戻る際に、廊下にある弘前名物の『ねぷた』が飾られてあるのに気がつきました。

  

                     *    

     7.50. 下風呂温泉発(バス)→ 8.30. 左井港 8.40.(みちのくⅤ)→  9.25. 牛滝港 9.40.(バス)→ 10.30. 脇野沢港10.50.  

 (フェリー・かもしか)→ 11.50. 蟹田港(バス)→ 13.30. 竜飛岬 13.55. → 15.10, ピュア 15.30. →16.45.  

 青森ワイナリーホテル着 6階 2610号室

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みちのく二大半島紀行 2-1

2018-10-04 21:37:52 | 旅行記

平成30年9月23 日(日)晴

 5時過ぎに目が覚め、外を見ると朝焼けの空が美しい。朝食前にホテル前の漁港を散歩する。

 今日は晴天に恵まれた観光ができそうだ。朝食前にホテル前の漁港を散歩する。

 我々の泊まったホテルニュー下風呂・別館は真ん中の少し高い建物だ。

   

 漁港から見上げた空には、鰯雲が赤く染まってきた。部屋に戻り日の出を眺める。

  

 朝食は昨晩と同じ大部屋で和食膳、ホタテやイカ刺し、イカの塩辛とこの近海で取れる烏賊が美味しい。

 ホテル裏側の窓からは、戦時中に鉄道が敷かれる予定で出来た小さな駅舎のみが残っていました。

  

 また、山の斜面には若宮神社の社殿が木の間越しに見えていました。

 部屋に戻り改めて窓から漁港を眺めると、遠く北海道の山並みが見えていました。

  

 ホテルの見送りを受けて、今ツアーの目玉の一つ『仏ヶ浦』へと出発しましたが、海上は風が強く、波が高い状態なので

 遊覧船が出航するかどうかを確認しながらのことになりました。

           

 佐井村の港に着く頃には、遊覧船の出港ができるとのことで一安心。港で待機中の『しもきたⅤ』に乗り込みました。

 井港を出港すると、直ぐに2m程の波に翻弄され大揺れとなり、船内から悲鳴が上がるようになりました。

 船室の窓には大波が覆い被さるようになり、楽しみにしていた奇岩がよく見えなくなりました。

  

 波が穏やかであれば、桟橋から上陸して30分ほどの散策が予定されていましが、この状態ではどうにもならず、船中から

 見物することになりました。写真を撮るにも大揺れの船内ではどうにもならず、船尾の窓の無い場所に移動してカメラに

 収めて見ましたが思うようには撮れず、参考としてパンフの写真を借りることにしました。

       

 五百羅漢 : 仏ヶ浦海岸の北約200mの場所に鎮座する巨壁。船上から、または桟橋付近から眺望可能です。

 屏風岩 : 仏ヶ浦海岸の桟橋付近、山側にある大きな岩。南側を向け置かれた屏風を連想させる佇まい。

  

 岩龍岩 : 仏ヶ浦海岸の桟橋に降り、遊歩道を進むと最初に現れる奇岩。先端が特徴的な形をしている。

 香爐岩 : まるで仏具のような形の小さな奇岩。意志を持って作られたかのような特徴的な造形を持つ。

  

 天龍岩 : 仏ヶ浦海岸を訪れる人を迎えるように聳える奇岩。海側と山側では造形が全く異なっている。

 双鶏門 : 岩肌に突如現れる二羽の鶏の姿が滑稽かつ奇妙。高い場所にあるので近づくことはできない。

  

 帆掛岩 : 仏ヶ浦海岸の中央付近に聳える巨壁。その神秘的な姿により、周囲はまるで神殿のような空間。

 蓮華岩 : 仏ヶ浦の浜に点在する背の低い奇岩群。蓮華の姿を思わせることからその名が付けられている。

  

 如来の首  : 仏ヶ浦を代表する奇岩のひとつ。見る角度によって如来の横顔が浮かび上がると言われている。

 極楽浜 : 仏ヶ浦海岸の南側に高く聳える蓬莱山の奥にある神秘的な砂浜。訪れるには少し険しい場所。

  

 蓬莱山  : 仏ヶ浦海岸の南側に聳える巨壁。風雨で刻まれた凹凸が想像を超える時の流れを感じさせる。

 一ツ仏 : 仏ヶ浦を代表する奇岩のひとつ。鋭い形が特徴的で、じっと海を眺めているようにも見える。

   

 大揺れの遊覧船から撮った小生の画像の一部も載せてみます。

  

  

  

 揺れに揺れた1時間あまりの『仏ヶ浦』の遊覧で、気分を悪くされた方もいましたが、『牛滝港』に入港すると私を含め

 た皆さんもホッとされたようでした。

  

仏ヶ浦

 下北半島西海岸に位置する佐井村の景勝地で、国の名勝天然記念物にも指定されている「仏ヶ浦」は、波浪や風雨による

 侵食によりみごとな自然造形美が見られるとともに、霊場恐山のほぼ真西に位置し、古くから恐山奥の院ともいわれ、信

 仰を集めてきた霊域です。

 最も高いところでは海抜100mに及び、複雑怪奇な様相の岩の一つ一つが仏具や仏像、鳥獣を連想させることから、五百

 羅漢、仁王岩、十六羅漢、五つ仏、双鶏門、如来の首、一つ仏などと呼ばれています。

 明治の文豪で歌人の大町桂月がこの地を訪れた際、自然の造形美の妙に心奪われ、「神のわざ 鬼の手づくり 仏宇蛇 

 人の世ならぬ 処なりけり」という歌を詠み、広く世に紹介したことで一般に知られるようになりました。

 地形・地質の概要

 仏ヶ浦は、今からおおよそ1500万年前、第三紀中新世の頃、日本列島は大陸から分裂し日本海が開きはじめていたグリー

 ンタフ造山運動によって出現し、現在見るような数mから100m近い高さの複雑怪奇な様相の岩となりました。岩石は白緑

 色凝灰角礫岩(燧岳溶結凝灰岩)です。下北半島西岸、佐井村福浦から牛滝にかけて2kmほど続いています。  

仏ヶ浦遊覧船                            【仏ヶ浦海上観光(株)】 

 佐井港を出た遊覧船は、右手に北海道や津軽半島を眺めがら南下すること5分、最初の見どころ「願掛岩」の前を通過し 

 ます。海面からそびえ立つ海抜100m級の巨岩は男女が抱き合っている姿に見えることから、古来より縁結びの岩として 

 信仰されてきました。

             

 牛滝港からはバスに乗り、津軽半島へ渡るフェリー乗り場の『脇野沢港』へと向かいました。 

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みちのく二大半島紀行 1

2018-10-04 18:33:53 | 旅行記
平成30年9月22日(土)東京 : 曇、青森 : 雨後曇
 かねてから『下北・津軽二大半島』への観光を検討していましたが、クラブツーリズム社の『津軽・下北みちのく二大
 半島巡り 3日間』のツアーに参加することにしました。
          

 残念なことに今日の天候は悪く雨とのことで、東京を出るときには曇でしたが、仙台付近から雨となり、下車駅の七戸
 十和田に着く頃には風まじりの本降りとなっていました。
     *
  
七戸十和田駅  青森県七戸町
 八甲田を望む大地の息吹と歴史を感じさせる駅で、外壁の曲線は八甲田連峰の山並みと地元名産の南部馬のやさしい背
 中を表現しています。仕上げ材として青森ヒバ、十和田石、南部裂織等を使用しています。
     *
 駅前に待機していた『十和田観光バス』で出発し、雨の中1時間あまりで昼食場所の『下北名産センター』に到着しま
 した。
      
下北名産センター
 むつ市大曲、大魚むつ総合卸売市場内に開業して16年、食のプロが集結している「総合卸売市場」が隣接しているか
 らこそ、皆さんに新鮮をそのままお届け出来ます。
 店内に入ると、そこには下北半島がぎゅっと詰まった光景。ねぶた囃子のBGMが心地よく、思わずお祭り気分になって
 しまいます。 
 自信を持っておすすめする活ホタテ、珍味、菓子、民芸品…あなたの欲しい下北半島が、きっと見つかります。
     *
 ここのレストランで『ホタテ味噌貝』の昼食をとりました。新鮮なホタテの味が何よりでした。  
 また別のテーブルには、その名物ホタテの殻剥きの用意がされていました。
  
                     *
 食後はしばしショッピングタイムとなりました。その中で、下北名物『かっちゃんのべこもち』が目立っていました。
 『べこもち』とは、北海道や東北地方に伝わる、昔ながらの郷土菓子で、地域によってさまざまな風貌をしていますが
 端午の節句や法事のお供え物として作られているそうです。
  
                     *
 相変わらずの雨風の中30分ほどで、今日の最初の観光地『恐山』に到着しました。
 バスを降りて地蔵堂まで吹き付ける雨の中を歩きましたが、傘などは役に立たず、びしょ濡れの参詣となってしまいま
 した。
       
                     *
 総門前の『六大地蔵』と、総門を抜けた『山門』への道。
   
                     *
 山門前の『永代常夜燈と風車』、地蔵堂までの間にある『塔婆と古滝の湯・冷拔の湯
  
                     *
 『地蔵殿』と『慈覚大師堂』への登り。
  
                     *
 『八角円堂』と『賽の河原』『極楽浜』に『宇曽利湖』。
  
                     *
 『胎内くぐり』と『金掘地獄』。
   
                     * 
 この風雨のため、死霊の口寄せをするという霊媒師『イタコ』さんは居らず、我が先祖との会話はできませんでした。
     *
恐 山 
 貞観4年(862年)に慈覚大師によって開山され、天台宗の修験道場として栄えたが、いったん廃寺となり、14世紀に曹
 洞宗円通寺によって再興された。
 風車がカラカラと回り、荒々しい岩場の合間から硫黄の臭いが立ちこめる様子は、地獄に、宇曽利山湖をとりまく白浜
 は極楽に見立てられている。夏の恐山大祭は多くの参詣者でにぎわう。 
     *
 相変わらず降る雨の中、恐山を後にして今日の宿のある下風呂温泉を通過し、荒波が打ち寄せる海岸沿いの道を大間崎
 へと向かいました。
 幸いにも大間崎に着く頃には雨も止んで来ましたが、強風のため海上は荒れていました。
 早速『鮪のモニュメント』など、海岸にある標識などをカメラに収めました。
  
                     *
 その他『大間崎本州最北端の碑』と『石川啄木の歌碑』などがありました。
  
                *
 『弁天島の大間崎灯台』と近くの売店で戴いた『本州最北端大間崎到着証明書』。
  
                     *
 大間崎付近で多く見られた『オオセグロカモメ』の幼鳥と、漁師小屋で食べた『大間マグロ』。
  
                     *
本州最北端の地 大間崎
 津軽海峡をはさんで、函館市汐首岬までの距離はわずか17.5 ㎞。天気のよい日は、函館の五稜郭タワーまで肉眼で確認で
    出来ます。
 マグロのモニュメントは、大間の漁師に一本釣りされた 440kgのマグロがモデルになっています。 
 下北半島全体は、下北ジオパークとして日本ジオパークに認定されております。
 大間崎は、下北ジオパークの16カ所あるジオサイトの中の1つです。      【大間町観光協会】
     *
 これで悪天候の中のツアー初日を終え、宿泊場所の下風呂温泉に向かいました。
 海上は相変わらず荒波が立っていましたが、明日は天候が回復するとのことで期待が持てそうです。 
 今日の宿は『ホテルニュー下風呂』で、下風呂漁港の真ん前にありました。
 小生の泊まった部屋は5階で、目の前の漁港から前面の太平洋が見渡せる絶好の位置でした。
     *
 汗を流した後の夕食は和食膳で、帆立、烏賊、鮟鱇、雲丹、蛸、鯖、もずく、鮭、甘海老などなどご当地で獲れた魚介
 類の新鮮な料理で何れも美味しく頂きました。ただ、大間まぐろが無かったのは残念でした。
  
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下風呂温泉郷
 下風呂温泉は室町時代から刀傷や槍傷に卓効のある湯治場として有名で、人々の足音がたえることがなかったという。
 下風呂の名は、アイヌ語のシュマ(岩)・フラ(臭い)に由来すると言われ、その名の通り温泉全体に硫黄の香りが立
 ち込めている。
 下風呂温泉は「大湯」「新湯」の2箇所の湧口がよく知られているが、海岸から約100m山手の高台に右手に大湯、左手
 に新湯の共同浴場がある。100mも離れないところに大湯と新湯の泉質の違う温泉が2箇所あるのは全国的にも珍しく、
 また、海辺から湧いている温泉「浜湯」もあって、下風呂温泉郷全体で3箇所の源泉があるのはこれまた珍しく、温泉
 ファンにはたまらない名湯がある温泉郷がここ「下風呂温泉郷」だ。      【風間浦村商工会】
     *
ホテルニュー下風呂
 海峡に臨む下風呂温泉は乳白色の源泉かけ流しの天然硫黄泉。
 総ヒバ造りの客室でゆったりと旅の疲れを癒し一年中、美味しい海鮮料理を満喫することが出来ます。
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 7.42.上野駅(はやぶさ3号)→ 10.44.七戸十和田駅 11.00.(十和田観光バス)→ 12.20.下北名産センター(昼食)13.10.
 → 13.45. 恐山 14.25. → 15.50. 大間崎 16.20. → 16.50. ホテルニュー下風呂 506号室 … 18.30. 夕食(大広間)
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南北海道紀行 4

2018-08-23 18:30:54 | 旅行記

平成30年8月14日(火)曇時々雨

 起床して洞爺湖を見ると雨が落ちている。どうも天候にはあまり恵まれなかったようだ。

 ふと、岸辺を見るとカモの群れが泳いでいる。遠いので双眼鏡で確かめると「カワアイサ」が 15羽、全部♀のようだ。

       

洞爺湖 

 北海道南西部に位置し、「洞爺カルデラ」内にできた湖。

 面積は日本で 9番目、カルデラ湖としては屈斜路湖、支笏湖に次いで日本で 3番目の大きさ。

 東西約11km、南北約 9kmのほぼ円形の湖で、有珠山・昭和新山・洞爺湖温泉などがあり北海道有数の観光地域となってい

 ます。 

     *

 朝食は昨晩と同じく1階の『パレシオ』でバイキングスタイル。今朝も海鮮料理を中心とした和食でいただく。

   

 雨は小降りになっているが、依然として降り続いている。

 湖面側からの洞爺湖を見るために外へ出たが、その窓際の庭付近で「キセキレイ」と「ハクセキレイ」が飛び回っている

   

 今日の観光は『昭和新山』から始まる。幸いに雨は止んでいました。 

昭和新山

 昭和18年に噴出。噴火の初めから終りまで記録が残る、まだ活動中の、20世紀で最も新しい火山の1つ。

 1943年から1945年まで活発な火山活動を見せた。現在も噴気活動が見られる。温度低下と浸食などによって年々縮んでい

 る。

 標高 398m。国指定の特別天然記念物。火山そのものを個人が所有するということで世界的に稀な火山である。

     *

 現地に着くと、先ず『有珠山ロープウェイ』に乗り、頂上駅からの眺望を楽しむ。

   

有珠山

 北海道南西部,洞爺湖カルデラ南部に噴出した二重式火山。2万年ほど前に形成され、約 7〜8千年前の山体崩壊で現在

 姿に近くなった。

 直径約2kmの外輪山に囲まれた火口の東縁に大有珠(最高点で標高733m),西縁に小有珠(557m)があり,もに粘性

 の大きい石英安山岩からなる。大有珠は江戸時代に形成されたとみられる。

 1977年―1978年水蒸気爆発が多発,1982年春まで地殻変動も続いて火口原に有珠新山(670m)が生じた。

 さらに,2000年3月に噴火を開始,最大時1万5000人が避難したが,避難指示は7月に火口付近を除き解除された。

 現在も引き続き,気象庁の常時観測する活火山となっている。  【百科事典マイペディア】
    
 ロープウェイを降りて左へ行くと、有珠山の火口に行くことができますが、小生は前面に壁のように聳える山容をカメラ

 に収めて、手の展望台のある方へ。こちらの展望台からは昭和新山洞爺湖が見下ろすことができ、しばしその景観に

 見とれていました。
   
 展望台はまだ雨で濡れていましたが、見物する方が多くいました。 
   
 ここまででロープウェィで下に降り、昭和新山から出発、昼食場所の森町の寿司屋『 真岡』へ向かいました。

 道央自動車道の途中からまた雨が降り出し、途中の景色も霞がかってしまいました。 

内浦湾と駒ヶ岳、青と緑が巡り逢う森町

 渡島半島の空碧く波静かな内浦湾と緑豊かな秀峰駒ケ岳の周囲に位置する森町。

 漁業・農業が盛んな町であり、気候は盛夏でも30℃を越えることはまれで、厳冬でもマイナス15℃まで下がることは珍し

 く、年平均気温7から8℃で、積雪も少なく、北海道でも温暖な地といえます。           【森町】

      *

 寿司 真岡では既に準備されているカウンター席で頂きました。北海道らしい海鮮が味わえ、特に森町噴火湾の鮮度抜群の

 ホタテやエビは絶品で小ぶりの握り寿司は、小生には丁度良かったです。


   

 午後は、ツアー最後の観光地『大沼国定公園』へ向かいましたが、生憎の雨模様で目玉の『駒ケ岳』の姿を目にすること

 ができず残念でした。しかも遊覧船に乗る頃から雨足が強くなり、窓に吹き付ける雨に大沼の景色も霞んでしまいました

   

 それでも船着場の近くでは「カルガモ」が愛嬌を振り撒き、白鳥ボートに乗っている人の姿もありました。

    

 広い大沼からJRの鉄橋を潜って小沼へ出ましたが、暗い空を写す湖面も黒ずみ、寂しい景色に船は間もなく元へ戻りま

 した。

    

 遊覧を終わり、バスへと戻る際には滝のような雨となり、しばし待合室で雨の弱くなるのを待っていました。    

大沼国定公園

 渡島半島の中央部、七飯町、鹿部町、森町の3町にまたがって広がる、面積およそ9,000haの自然公園です。 

 公園区域は、活火山である駒ヶ岳(1,131m)と、その山麓に点在する大沼小沼蓴菜(じゅんさい)沼の大沼三湖に代

 表される湖沼群の地域で、山と水の変化に富んだ景観を一体的に含んでいます。

 これらの沼は駒ヶ岳の火山活動によってできた堰止湖で、屈曲の多い湖岸線と多くの小島とによって、道内では珍しい

 本庭園的な景観を創りだしています。この島は、泥流によって押し出された岩塊や溶岩が集積してできたものです。

     *

 かくして「終わりよければ全て良し」とはならず、バスで20分ほどの『新函館北斗駅』に到着しました。

 ここで3日間ガイドをしていただいたUさんと運転手さんに、お礼の拍手で別れました。

     *

 お盆休みの帰りの方もいて新幹線の『はやぶさ34号』は始発から満員でした。

    

 長い海底トンネルを抜けて『新青森駅』に着くころには雨も上がり、青空も見えてきました。

 ここで積み込んだお弁当で夕食となりました。小生は伯養軒青森支店製の陸奥湾名物帆立の入った『帆立釜めし』。

   

 小振りながら旨味がギュッと詰まった帆立に、あんず、かにフレーク、いくらなどを加え彩り良く盛り付けした伯養軒特

 製の帆立釜めしです。妻は同じく野辺地名物『とりめし』を選びました。

   

 野辺地駅と云えば「とりめし」、「永年野辺地の駅で販売してきた美味しさをお楽しみ下さい」とありました

     *

 盛岡付近の車窓からは『岩手山』も望め、次第に晴れてきた夕空を眺めながら東京へと戻りました。

   

     *

 9.20. 洞爺サンバレス発(バス)→ 9.30. 有珠山ロープウエイ … 展望台 … 1030. → 12.10. 森町・寿司 真岡(昼食)13.00.

 →  13.40. 大沼国定公園(遊覧船)15.00. → 15.20. 新函館北斗駅 16.17.(はやぶさ34号)→ 20.26. 上野駅着

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