「Jerry's Mash」のアナログ人で悪いか! ~夕刊 ハード・パンチBLUES~

「Jerry'sギター」代表&編集長「MASH & ハードパンチ編集部」が贈る毎日更新の「痛快!WEB誌」

<超短編>【通勤ひと駅】小説 『四月になれば彼女は・・・』

2012-04-02 10:17:09 | 編集長「MASH」の短編小説集

夜風はまだ冷たい。

四月だというのに、
「今年の春」は
ずいぶんと「のんびりとしている」感じがする。

四月になると僕には思い出す曲がある。
サイモンとガーファンクルの2分弱の小曲
4月になれば彼女は

僕にとっては大切な曲のひとつ。

4月から9月までをシンプルに、
そしてシニカルに描いた
ポール・サイモンの歌詞には

独自の切なさ

が入り込んで、実に美しい。

4月に彼女と出会い
7月には別れて
9月にはふと思い出す・・・

一種、僕の理想の形を描いたこの曲を、
僕はティーンになる以前の
子供の頃から
愛している。

曲のことをペンで書くことは不可能
と分かって頂いた上で
書かせて頂くとしたら

この詩にマッチした
シンプルなギターの調べ・・・
とでも言おうか。

そして、夜風に流されながら
この田舎道を歩く僕の心には
ある女性の影がちらついていた。

四月になればきっと、あなたもうまくいくわ
そう言って彼女は去っていった。

しかし、あの23歳の春
僕はまったくの「どん詰まり」だった。

ギターを弾くことにさえも疲れていたし、
ロクな音楽の仕事は当然回ってこなかった・・・・

何もうまくいっていなかった
ように感じていた。

しかし、あの春に確信したことがひとつだけあった。

彼女が僕の傍らから、いなくなって良かった・・・

あの夜、ギグを終え、ギターケースを抱え
新宿駅へ向かって歩いていた僕は
人ごみの中で

子供の頃から憧れていた
この曲の歌詞のような大人になれたような気がした


そして、そのことに
僕は必要以上に興奮し、大いに感動した。

今、彼女の影はもう思い出せないくらい薄くなっていて、
この田舎道のまばらな街灯では、到底映し出せない。

しかし、ふとした瞬間に
頭の中を駆け巡る曲達によって
彼女は鮮明に蘇る


それが僕の人生の
些細な楽しみなのである。

来年の「四月になれば彼女は」
またひょこっと顔を出す。

また一段と薄い陰になって・・・。

それを僕はあと何年楽しめるのだろうか。

< MASH

2012年4月2日 筆