ゆみこの『邁歩如猫行』

街で見かけた猫のこと、太極拳・中国武術のこと、日々の雑感を気が向いたときに書き綴ります。

曖昧さの回避

2015-04-30 23:14:53 | 日記
言葉に対してどれくらい厳密か。

普段の生活の中であればかなりあいまいな定義で言葉を使っていても、それで十分事足りる。そもそも「あれ」とか「それ」など、指示代名詞が飛び交う日常会話においては、言葉の定義など意識することもなく、ひょっとしたら以心伝心に負うところが多いのかもしれない。しかし世の中には高度な厳密さを要求する世界もある。

似たように見える異なる定義の2つの言葉。普段の感覚では特段使い分けることもなく、ほとんど同義語のように使っている。ロシア語や英語では何と言うのかと思って一般の電子辞書で調べてみると、それらの言葉に対する訳語には同じ単語が表示されていたりする。でも厳密な定義に基づく言葉の選択が求められる世界では、本来の意味や定義が曖昧なまま不用意に用いる言葉が状況を複雑化させる。

外国語を扱う世界にいると、その言語以上に、日本語こそ勉強しなければと言う思いをいつも強くする。
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小ぢんまり

2015-04-29 23:58:04 | 太極拳
最近受けた講習内容を自己解釈して動きをマイナーチェンジしたところ、練習仲間から前の方が良かったとの指摘。私にとってはまさに天の声。

講習では虚領頂勁を何度も求められていたため縦方向の伸びは重視してはみたものの、横方向の広がりや奥行はなくなり、小ぢんまりしてしまっていたのだった。

と言うわけで、前のやり方のままで、うなじが適切に虚になる身体操作をもう少し研究することになった。
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千島桜

2015-04-28 23:44:25 | 日記


札幌で咲いた千島桜。
花の中心に行くにつれてピンクが濃く、鮮やかになる。
可憐。

昨日、友人から「桜が満開」とのメール。一日遅れの今日、同じ公園に行ってみたが、昨日の真夏日で咲き切ってしまった花も数多く。今年の桜は駆け足の様相だ。
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目の慣れ

2015-04-27 22:36:15 | 美容・健康
街が小さいからなのかもしれないが、よく人と会う。

でも東京の有楽町や地下鉄駅でも高校時代の同級生と偶然出くわしたりしたことを思うと、私はよく人と会う方なのかもしれない。

昨日は昨年夏の仕事でご一緒した方と太極拳の練習中にばったり出くわした。片やイベントの立ち合い、片や太極拳の練習。昨日の練習は公共の文化施設で行っていた。出会ったついでに言われたことは、この夏の仕事は予算の都合でボツになりそうだと言う悲しい知らせだった。

今日は長年仕事でお世話になっている方と昼休みに出くわした。昨夏からほぼ一年ぶりの再会だ。この間、向こうには大きな環境の変化があった。前の職場をこの春に定年退職し、4月からは新しい仕事に就いていた。職場にもすっかりなじみお元気そうだった。

帰りの地下鉄では7~8年前に同じ職場で一緒に働いていた方と文字通り久しぶりの再会。先方は月日の移ろいを感じさせず、私は見た瞬間に「あ、あの人だ!」と気がついた。しかし「お久しぶりです」と声をかけると、思いがけずきょとんとされた。いつ、どこでご一緒していたか(と言っても、当時は毎週事務所でお会いしていた)状況を説明し、やっと思い出してもらえ、最後は笑顔で別れたのだが…。

社交辞令で「久しぶりにお会いしますが、全然お変わりないですね」などと言うことがあるが、地下鉄で出遭った時の相手の反応はあまりにも正直だった。人が「変わっていないですね」と言うのは社交辞令。自分で自分の見た目がいつまでも変わっていないと錯覚するのは目の慣れ。

太極拳の練習の時と同様、自身および周囲の変化には常に敏感でありたい。
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揺らぎ

2015-04-26 23:32:12 | 太極拳
勁を送り合う練習。

手と手で繋ぎ、片方が勁を送り、片方が受ける。大先輩がやると、体の形が一切変わらないのに、真っ直ぐで揺らがない勁が伝わってくる。技の形と内容が伴うと美しくて強い。

こうしてみると、套路で出てくる虚領頂勁、含胸抜背、沈肩墜肘などの要求を自分がいかに甘くやっているかが良く分かる。それぞれの要求で角度が数度、位置が数センチの幅で揺らぐために、甘く入ったり、ピタッとはまったり。

やはりこういう練習と套路練習は太極拳を上達させるための車の両輪。久しぶりにやってみて相変わらず反省点は多くとも、成果も多い今日の練習。
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