ゆみこの『邁歩如猫行』

街で見かけた猫のこと、太極拳・中国武術のこと、日々の雑感を気が向いたときに書き綴ります。

ゆるめてから出す音

2018-08-06 21:25:07 | 詩吟
詩吟の上のふりで、押し出す、押し出す、押し出す。出し続けると、力むばかりで声も硬く、ぎこちなくなる。最後は息も尽きてしまった。

出す、押すばかりではなく、いったん横隔膜をゆるめて腹の底まで引き込み、そこからまた押し出していくのだそうだ。まさに緊張とゆるみの繰り返し。体の使い方はときに太極拳のようでもある。
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前の音

2018-08-02 00:29:19 | 詩吟
電子ピアノで音を出すような正確さは味気ない。吟歴3年。始めた頃から今に至るまで、いつも注意されることである。

前の音の存在を感じさせるような音を出すものだそうだ。ラの音を出すのも、ポンとラの音を出すのではなく、その前の句の終わりが低いミの音ならミを土台にしたラ、高いドの音ならドを土台にしたラを出すと言うことだ。

確かに人の体は電子ピアノなどとは違い、低いミの音で終わっていたら、体の形、喉や口の形もミの音を出した形になっている。そこからラの音を出すのと、体も、喉も、口の形も無いとこらから機械的にいきなりラの音を出すのとでは音を出すための前提条件が全く異なる。口から出るラの音も全く違う響きになる。

音と音は繋がり、詩吟も一旦動き出したら止まることがないもののように思える。
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発すれば

2018-07-09 23:53:14 | 詩吟
深夜の音楽番組。聞くともなく聞いていたら、この歌手の歌は歌詞に妙味があると、進行役が絶賛していた。歌詞の抜粋を解説しながら紹介するのだが、確かに10代の頃の恋愛を想起するような、共感を呼ぶものだった。

解説が終わり、歌が流れてきた。しかし子音も母音も不明瞭なため、音楽に歌詞が埋没する。本気を出しても歌詞が耳に入ってこない。残念なのである。

では子音や母音が明瞭なら言葉は心に届くのか。今日から始めた頼山陽の『静御前』。

…操車百沢のいと
回波廻らず阿嘉の心…

先生について吟じても、まるで呪文を唱えているかのようだった。

発すれば言葉は伝わるものだと思いがちだが、送り手と受け手の波長なり、相性なり、感じあえる能力なりが合致しなければ伝わらないもののようにも思う。
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勁で出る声

2018-05-07 22:54:20 | 詩吟
足裏を踏みしめて、尾骨経由で声を出すと、声が揺らがず、ぶれずに力強く前に出る。真っ直ぐに出て行く感じは、まるで勁で声が出ているかのようでもある。

詩吟に直接繋がるかは未知数だが、体の使い方や、声の出し方の引き出しは多いに越したことはない。

こうして声を出してみると、詩吟も太極拳のように全身運動のようになってくる。
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どっち回り?

2018-04-20 23:55:57 | 詩吟
遥か水平線の先からこちらに向かって地面の下を通って流れが湧き上がってくるのを想像して声を出すのと、空から流れが下がってくるのを想像して声を出す。

詩吟は地の力なのか、天の力なのか。これまで考えていた以上に色々な声の出し方があることを体感できるのは詩吟のお陰である。
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