信州スロウライフ12ヵ月

野菜や草花と暮らす生活

衣替えなのですが

2010年06月01日 21時09分35秒 | Weblog




6月1日です。
昨日各部屋のカレンダーを5月分をびりびりと破りながら、あらぁもう今年も半分になってしまった・・・・
2か月のものであれば3枚で終わるわ、と薄ら寒くなった。
1月、2月、3月と決して無駄に過ごして来た訳ではない。

昨年の12月に同僚が亡くなり、それを引きずったまま1月にとんでもないことが起き、
失意のまま2月から病院では電子カルテに移行するため時間外で研修が始まった。

同時に健診のシステムも変わるため、これも研修続き、寒さと暗い信州の真冬の中、家に帰っては短い睡眠で3月を迎えた。
新システムで恐る恐るPCに向かうが、仕事は確実にこれをスキルにこなしていかねばならない。

東京へ通う歯医者の治療も始まった。
2月に抜歯して3ヶ月間、仮歯で失意の傷口は更に大きく広がった。

昨年、眼瞼下垂症で手術し酷い顔で出勤しこのお陰で悟りを開いた。
自分が思うほど人は気に掛けてはいないと。
過剰反応になってはいないかと思ったほどだ。

3ヶ月もすれば状況は大抵変わってくる。
電子カルテも新システムも使いこなせば、古いシステムをすっかり忘れ、便利な新しい画面をスピーデイに使わせてもらっている。

4月、御柱という、7年に1度の諏訪のビッグイベントが途中にあったおかげで、更に日々は飛ぶように過ぎて行った。

そうだ、もっと大きな出来事があった。
ムスメが1月に駒ヶ根のJICAに入所し、3月には西アフリカへ出て行ってしまった。
その間、息子が赴任先のシカゴから帰任してきた。
二人とも立派な大人なので自分達の荷造りをきちんと納め、新たな話題づくりに入っていった。

5月のGWだけは初夏を通り越した夏日が続いた。
毎週東京の歯医者さんへ通い始め、首都圏と信州の気温差に鼻炎とアレルギー反応は一層強くなり、鼻かみ婆さんになってしまった。
5月も末というのに、原村は気温が10以下で寒さが定着してしまった。

悩むのが着る物。
毎日のことだが、朝夕冷え冷えするので調節できる上着や綿のセーターなどの組み合わせでいたが、日を重ねると飽きてくる。

今朝、押入れを開け何気なく薄いカシミアのVネックのセーターが眼に留まり着てみた。
これに長い麻のマフラーを播きつけ諏訪湖の傍を出勤のため歩いたが、温かく軽く気持ちが良い。

今年の冬はすっかりフリース専用で着たが、セーターがこんなに気持ちの良い暖かさだとはおもわなんだ。

衣替えだろうと何だろうと伊達の薄着は受け入れられない。
季節はずれの姿で暫く通勤してみよう。


今年は庭でつつじの類がびっしりと花をつけた。
数ヶ月前までは雪に閉じ込められ枝が折れそうになって、雪の中で這い蹲っていたのに
今は白い花でまるで雪をかぶっているような姿になって花をつけている。

 

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