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若穂の歴男、歴女の掲示板

長野市の一地区ですが、以前は上高井郡若穂町でそのまた昔は綿内村、川田村、保科村。集まる情報の一つひとつが現代の歴史です。

「若穂には7つの崎がある・・・」

2023-11-28 06:50:19 | 日記
『会報 若穂』の12月号を発行しました
会員の皆さんには近々、お手元に届くと思います




今号には18名の皆さんが「筆」(キー)を寄せています
「書く」歴史もいいものです
皆さんもどうでしょう?!



連載《リレー『楽筆』》は7回目になりましたが、Yさんの「長尾崎について」・・・
長尾崎は綿内春山にある山の先で、高速道のすぐ脇になります
150mほど上ると「保科川水論碑」があります







このデッパリの地形 
」とか「」とか「」とか名前がついているものが多いですね

先日の保科地区史跡巡りの時、長老Hさんが「若穂には7つの崎がある・・・」と言われました
ぜひ、次号に寄稿いただきたいと思います

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「駒澤氏」を追う!! 須坂新聞社のKさんからは、『小林季定家由緒書』をお借りできました

2023-11-22 05:21:15 | 日記
綿内大柳の地に200年以上もあったという「駒澤氏」・・・
武田傘下の武士団でしたが、「武田氏」滅亡後は帰農

その後子孫は須坂藩士として取り立てられ、9代貞称(清泉)は家老を務めています
東勝寺(現在は廃寺)は「駒澤氏」が中興した、菩提寺です












その「駒澤氏」の足跡は、綿内にはほとんどありません
何か情報は?
昨日は、『我が家の歴史 駒澤家』 を印刷した須坂聞社を訪ねてきました
その本は、平成9年(1997)に須坂市にお住いのご子孫の方が発行されものです
当時の経過はもうわかりませんでしたが、「駒澤氏」がらみの情報はいくつかお聞きできました
次につながりそうです

須坂新聞社のKさんからは、『小林季定家由緒書』をお借りできました

 


須坂藩士の「小林家」・・・
駒澤氏の別れになるそうです
読み始めて引き込まれました
平成元年(1989)の発行ですから、『我が家の歴史 駒澤家』の一端になっていることは推測できます
筆者は「小林家」のご子孫の方・・・
「駒澤氏」ゆかりの綿内も調査されていて、本には、東勝寺や案内した綿内のWさんなどが登場しています
須坂新聞社訪問で、楽しみが広がりました


貞称(清泉)の大叔父にあたるのが蓮台寺中興の人、智光法印・・・
焼失していた8体の阿弥陀如来坐像を、再び造立された住職です
その偉業で、現在の「九品仏」の寺があります









新たな情報が入ればまた報告します               (小)
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12月号は、予定通り12月上旬には皆さまのお手元に届けることができそうです

2023-11-15 19:26:12 | 日記
「会報」12月号の、事務局による編集作業が終りました
印刷の段階に移ります
今号は、15人を超える会員が登場 
あなたも投稿してみませんか?!


連載『旧い写真の物語』は、松代群発地震時の防災対策の記録です
古い家屋・・・
筋交い補強が唯一でした





こちらは裏山からの、落石防止対策の様子です
地元の皆さんによる「自助」努力!!
今では考えられないことですね
そんな努力が功を奏したのか、温湯地区での落石被害はありませんでした





12月号は、予定通り12月上旬には皆さまのお手元に届けることができそうです
ご協力感謝します

                              (事務局)
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川田のみなさんありがとう! 11日は、「歴史クイズラリー」の第二弾でした

2023-11-12 06:44:04 | 日記
菅平の山には、薄っすらと雪が見えます
そんな寒い朝、11月11日には《若穂てくてく歩いて歴史クイズラリー》の第二弾、川田コースがおこなわれました
参加者は約50名・・・





川田地区会員の皆さんの事前準備と、当日の案内・説明で楽しい史跡巡りができました
皆さまお疲れさまでした















クイズが出された各ポイントでは、コース責任者のSさんが「ヒント」を用意していました
ち密な配慮です




☟ こちらは町川田にある “錦ケ池”
「若穂塾」が制作した紙芝居『錦ケ池』(文:若穂由紀子、絵:冨澤清)によれば
―最大の激戦地 ”八幡原” にほど近く、若穂の町川田には錦ケ池という池があります。どこまで真相かわかりませんが、激闘を終えた謙信主従が越後への帰路、この池で渇いた喉を潤したとする民話があります。








☟ 迎えてくれた双体道祖神・・・
仲睦まじいですね
町川田です





第三弾の保科コースは11月25日です

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