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若穂の歴男、歴女の掲示板

長野市の一地区ですが、以前は上高井郡若穂町でそのまた昔は綿内村、川田村、保科村。集まる情報の一つひとつが現代の歴史です。

長野市役所本庁舎では2度目となる「学童集団疎開」の写真展示が、8月20・21日におこなわれます

2023-08-20 10:48:48 | 日記
長野市役所本庁舎では2度目となる「学童集団疎開」の写真展示が、8月20・21日におこなわれます
期間の長短はありますが、これで7会場目・・・
今回は市の「平和の日のつどい」に合わせた企画で、若穂郷土史研究会が応えたものです
20早朝、役員5名で展示を終えてきました
会場は第一庁舎1階の、展示サロンです







(展示写真は主に足立区西新井国民学校の児童たちの、若穂保科・清水寺での様子で同行教師の磯野重郎さんの撮影によるものです(下の写真は、学童だったKさんが後に創られた先生の胸像です)






  8月末には川田小学校で、9月には保科温泉で、11月には保科小学校での展示が予定されています
一人でも多くの方に見てほしい!
そんな思いで展示を続けていきます


【問】 ℡ 090-2631-4697  (事務局 小林)

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公民館報にみる「7歳までは神のうち」

2023-08-10 15:52:06 | 日記



朝ドラ『らんまん』、観ていますか?

槙野万太郎(神木隆之介さん)と寿恵子(浜辺美波さん)の夫婦愛、とてもいいですね
しかし、2歳になる前に初めての子、園子ちゃんは麻疹(はしか)で・・・
7歳までは神のうちー

かつてはそんな時代だったのです

《「7歳までは神のうち」 明治中期、農村で大人になれた子どもは10人中7人》   (2017年6月6日THE PAGE)
「・・・7歳までは神のうち――かつての日本には、このような悲しい言葉があった。簡単に言えば「7歳まではいつ死んでもおかしくない」という意味である」



朝ドラでは、子が親に先立つ悲しいストーリーも多いですね
幼くしては病・・・
長じては、戦争です





『綿内村公民館報綴』・・・・
戦後の昭和とはいえ、そこから「7歳までは神のうち」を感じとることができます
館報に掲載されている《人口動態》によれば《昭和25年(1950)8月22日ー10月14日》に亡くなった人の年齢は


 (女)・22(女)・(男)・37(女)・93(女)・61(男)・75(男)・63(男)・83
(女)・73(女)

また、《昭和26年(1951)2月22日ー4月30日》では

 (男)・65(女)・75(女)・(女)・23(女)・61(女)・65(男)・ 26(男)

まだまだ乳幼児が多いのに驚かされます




まさに「神のうち」です
出産年齢期の、若い女性も目立ちます
戦後間もない頃の医療環境、食糧事情が察せられるというものです
『綿内村公民館綴』は、生々しいあの頃を語っています 
          (小)


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「綿内村公民館報綴」の事

2023-08-08 15:25:45 | 日記
『綿内村公民館報綴』は第3号(昭和25年11月1日発行)から第75号(昭和33年5月12日発行)までのもので、現在は若穂郷土史研究会の手元にあります
元職員だったTさんが綴っていたもので、当時の館報は村の広報を兼ねていましたから(館長は村長)、村行政はじめ村民の暮らしぶりがよくわかる大変に貴重なものです









綿内村は昭和34年に川田村、保科村と合併して若穂町となりますから、村最後の年までその姿を表しています
統計的な資料は残っていても、なまなましい村の様子がわかるのは唯一、この『館報』だと思われます
ざら紙ですから劣化が激しく、これをどう保存していくかが問題です
同時に、どう情報拡散していくかも課題・・・
保存だけでは価値が半減します









その保存(電子化も含めて)と活用について、会でも検討が必要です         (小)
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パネルや、レプリカというカタチでも・・・

2023-08-06 08:52:13 | 日記
県立歴史館の、企画展にあわせた講演『上野三碑にみる多文化共生と古墳時代社会』(講師は高崎市文化財保護課の須永忍氏)を聴講しました

《上野三碑》
高崎市にある、古墳時代終末から奈良時代に建立された古代の石碑
山上碑(681年)・多胡碑(711年)・金井沢碑(726年)
特別史跡(1954年)・ユネスコ「世界の記録
」(2017年)






8月20日までの企画展は、《主張する古墳 ~新たなシナノの古墳時代像~》です





主担当の考古資料課石丸敦史学芸員は、昨年2月に若穂綿内の「湯~ぱれあ」でも『信州の古墳・北信の古墳』で講演をされています



若穂からも、「榎田遺跡」「大星山古墳」「和田東山古風」3つの展示がありました
まだ期間がありますから、夏休みを利用してご覧ください






(大星山古墳群の出土品・・・)





ところで、若穂の遺跡や古墳・・・
高速道にともなう文化財調査もあって、多くの遺跡や確認古墳があり、貴重な出土品もたくさんあります


(川田条理遺跡・・・)


(3基の前方後円墳がある和田東山古墳群・・・)


(「人面土器」が出土している片山遺跡・・・)



 最近では、農場整備事業にともなう清水原古墳の発掘調査もおこなわれています









当会の先輩たちは綿内四郎さん(元若穂町教育長・故人)を中心に歴史資料館の建設を長野市に求めてきましたが、残念ながら実現のメドはありません

でも、身近でも見ることができたらいいですね
パネルや、レプリカというカタチでも・・・
歴史資料館の建設が難しい中では、既存施設を活用した形でミニ展示できればいいと思います
いわば ”地域アイデンテティ事業” です
                                                        (小)





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写真のミニ展示が続きます 8・20-21は市役所「展示サロン」

2023-08-04 03:42:31 | 日記
 


(高山村「一茶館」の展示風景・・・)



 集団学童疎開の写真展示は、8月9日までは高山村「一茶館」で催されていますが、8月20日(日)・21日(月)は長野市役所第一庁舎1F「展示サロン」での展示が決まっています。《長野市民「平和の日のつどい」》の「15年戦争下の長野市民」にあわせて、市から要請されたものです。
 会場は公文書館のパネル展示がメインで、その一角を若穂郷土史研究会が担うことになりました。

 先日役員4人で市役所を訪れ、会場を見ながら、展示方について担当係長さんと打ち合わせしてきました。今回は2日間で、かつ、学童疎開関係だけの展示にはなりますが、「平和の日のつどい」にふさわしい写真展になると思います。市役所では1月の展示に続く2回目ですが、一人でも多くの人たちに見ていただきたい身近な戦争の一コマです。






(すでに公文書館の展示は始まっています)


(会場の一角に、集団学童疎開関係を追加展示します)


(展示予定の1枚ですが、学寮の保科・清水寺の裏山に焚き木採りのお手伝い風景です)




 その後は川田小学校―保科温泉(指定管理者)-保科小学校と、ミニ写真展が予定されています。賞味期限のある展示ではありませんから、さらに続いて来年以降も活用展示ができればいいですね。
 展示のご希望や、情報提供がありましたら役員または事務局までお願いします。
  
                      
                          (若穂郷土史研究会事務局:小林 ☏ 090-2631-4697)
  
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