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若穂の歴男、歴女の掲示板

長野市の一地区ですが、以前は上高井郡若穂町でそのまた昔は綿内村、川田村、保科村。集まる情報の一つひとつが現代の歴史です。

史蹟の表示で、市に補助金を申請 プレゼンに出席

2020-03-22 10:57:35 | 日記
「若穂地区住民自治協議会」のまちづくり事業としておこなう、若穂の史蹟(古墳・古代住居跡・中世城館跡など)の表示整備・・・。
郷土研究会がそのベースとなる《整備基本計画》をまとめてきました。







令和2年度の補助申請をしたのは、地域活動支援課の『まちづくり活動支援事業』で、予備審査を経て3月19日に審査委員会の審査(プレゼンテーション)がありました。
ここには、傍聴(応援)を含めてメンバー10人(他の重複も含め)が出席。
持ち時間は7分と短時間ですが、スタッフが製作したDVD映像で説明し、後は採否の結果を待つのみです。



(写真は、他団体がプレゼンしている様子です)


「若穂民話の会」も、民話集の作成で2年次目の申請です。



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「あの歴史を風化させ.たくない!」

2020-03-14 11:49:07 | 日記
集団学童疎開で、当時の上高井郡3か村(綿内村・川田村・保科村)に疎開したのは足立区の柳原国民学校と西新井国民学校でしたが、その歴史を追いかける中で《足立の学童疎開を語る会》の皆さんとの、接点が生まれています。

当時を写すたくさんの写真や、会の活動を伝える記録類などを送っていただきました。
電話や、手紙のやりとりもおこなっています。

「今更ながら・・・」の面もありましたが、追ってみて、よかったと実感しています。

「あの歴史を風化させ.たくない!」

記録の程度に温度差はあっても、双方の思いは同じです。
“疎開した側“ も ”受け入れた側“ も、ドラマの続きを演じられる、最後に近いチャンスかもしれません。



(宿舎となった寺から、これから揃って登校です)


(本堂での食事風景。真田氏の六文銭入りの幔幕が張られています)


(近くの川で、一斉に洗濯です)


(これは貴重!!みんなで裏山に焚き木採りに行ってきたんですね)



当時を語り合える《座談会⦆を、学寮だった寺を会場にして開催―――
送られてきたたくさんの写真で、”受け入れ側“ としては初になる《記念写真展》を開催―――

検討しています

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