徘徊老人のひとりごと

地球上を徘徊するボケ老人のひとりごと

徘徊老人世界放浪昼寝旅ーヤンゴン・バンコク・東京・バンコクー

2012年01月17日 | インドシナ3国
1月4日、ヤンゴンからバンコクに戻った。

  ヤンゴンの空港のTVで民主化運動に取り組んでいるスーチーさんの
  演説している姿が映しだされていた。

  なんだか、状況が変わりつつあるような感覚がした。

  実は、ミャンマーでは現地の人と「政治」
  「収入」の話はしないように言われていた。

  だが、街の土産物屋では、
       
      スーチーさんの写真も売っているのだ。

     厳格な軍事政権下ではありえない光景ではないか。

     また、欧米観光客の増加は一体なにを意味しているのか?

 ワタシは昨年6月から「放浪中」であまりニュースを読んでいない。

 ミャンマー情勢も変化をしつつあったのだ。

 1月5日の夜、バンコク国際空港のベンチで夜を明かし、
 1月6日の早朝の便で東京に一時帰国した。

  まだ正月なので、

     家主は簡単な
      
      東北風「お雑煮」を作ってくれた。

    正月なので、夜、毎晩、酒を飲むことも許してくれた。(感謝)

    正月なので、初詣にも行った。
      
    もちろん、ついでに だがね。

    正月なので   
      
      自宅からの「日の出」を撮影した。
      大手町方面から昇る日の出だ。

    正月なので
      
      夕方の富士山も撮影した。
      
      東京スカイツリーも夕陽に染まっている。

      今後の旅の準備で
      
       目黒にあるバングラデシュ大使館にも行った。
      
      バングラデシュ大使館だ。
      ビザ申請には写真3枚と所定の申請書 1通が必要だ。
      申請日の翌日にはビザが発給される。
      そして、そのビザの手数料は「無料」なのです!

     今回、一時帰国したのは、ワタシが所属するランニング・クラブの
     10周年記念宴会に出席するためだ。

     ワタシは「遠来賞」としてTシャツを貰った。

     九州から駆け付けたメンバーは「遠来賞」を期待していたが
     ワタシの出現で、なにも貰えなくて泣いていた。(笑)

     一時帰国のついでに、歯医者の知人に歯を診てもらい
     診察後に、「飲み会」をした。

     飲み会の後の
      
      大江戸線の「六本木駅」 午後10時を過ぎているのにこんな人がいる。

     正月なので
       
       新年会なのか「飲み過ぎて」 こんな人もいる。
       練馬駅までは 椅子の上に寝ていたのだが

       
       終点 「光が丘駅」では、椅子から落ちて床に寝ていた。
       御本人は下車したつもりかもしれない。
       これで「荷物」など「盗まれない」のだから、日本は平和だ。

     新宿の京王デパートでは「恒例」の「全国駅弁祭り」をやっていた。
       
       「ますずし」、「うに壺」、「ひっぱりだこ」を買った。

       
       北海道の「うに壺」弁当
       
       明石の「ひっぱりだこ」弁当
       
       どこだか忘れた(笑)の「ます寿司」弁当

      食べて、飲んでばかりいたので体重が増えた。

     ミャンマー情勢も急激に変貌を遂げつつある。
     日本の閣僚も訪問したりしたようだ。

    ワタシが通過した国は「民主化」の波に飲まれるのか?(笑)

    良い方向に向かうことを祈りながら、

  再び、「放浪」を再開すべく、1月16日にバンコクに戻った。

   家主は、
     「今度、帰ってきたら、お客さんじゃないからね」
     「ちゃんと、家事を手伝ってください」
     「お酒は、毎晩飲んではダメです」

      などなど、帰るのがイヤになるようなことを言う。

   それでも、日暮里駅まで見送ってくれた。

    寒いので自宅から成田までは「貼るホカロン」を背中に貼って行った。

    成田で捨てるのを忘れて、機内で「いやに背中が暑いな~~~」と
    思ったら、「ホカロン」を捨てるのを忘れていた。(笑)

         もの忘れに注意しよう !
       
       

       

       
            
            

徘徊老人世界放浪昼寝旅ーミャンマー・日本人墓地ー1月4日

2012年01月12日 | インドシナ3国
ミャンマーのヤンゴンからバンコクに戻る前に、どうしても行きたいところがあった。

 それは「日本人墓地」だ。

 ビルマ戦線での戦没者は13万7千人だそうだ。

 相変わらずですが、その戦争については、詳しい話は自分で調べてくださいね。

 ただ、ワタシとしては、一兵卒として「お国のため」に召集され
 帰らぬ人となった人たちに、素直に「頭をさげる」ためだ。

     
     

     手書きの「日本人墓地」の門。

     
     門を入ると、すぐ右手に仏像がある。

     左には「休憩所」と「トイレ」がある。
     普段トイレには鍵が掛っているが、
     トイレ使用の際には管理人さんが開けてくれる。

      
     墓地の正面に「ビルマ平和祈念碑」があります。
     
     
     ここに進むと、管理人さんが お線香を渡してくれます。
     お焼香して、頭を下げます。
     他の墓地と違って、
     ここの管理人さんは、お金をせびったりしません。
     ノートに記帳します。
     
     この記念碑の周りには色々な碑や墓石があります。
      
      
      杉 良太郎さんの寄贈した「碑」もあります。
     
     ここの「戦没者霊苑の由来」には、
     第二次世界大戦のビルマ戦線で亡くなった戦没者と
     タモエとチャンドゥの旧日本人墓地の代替として
     この地に新たに造園されたのだそうです。 

      
      鳥取県の慰霊碑。
      
       これは『ビルマの竪琴』のモデルになった方が
       建立した「慰霊碑」

       そのほかに「安兵団 野砲兵 第53連隊」の慰霊碑などがある。

       ちょっと調べたところ、
       この兵団は関西(大阪・京都など)出身者の兵団で、
       一番弱いと言われた兵団だ。
       73名が亡くなったという。

       で、ちょっと調べていたら、顔と名前を存じ上げている
       ビルマ研究家のお父様が、この隊に従軍していたということも
       分かったりした。
       
       この「安兵団」の対極をなすのが
       「菊兵団」だそうだ。これは九州福岡県出身者が多く、
       武勇に優れていたそうだが、その方たちの戦没慰霊碑もある。

       この戦争ではビルマの人たちが、日本軍に対して親愛の情で
       接してくれたなどと好意的に受け止めている日本人が多いが
       ビルマ人側から見ると、必ずしもそうではない。
  
       ビルマでは、日本軍お抱えの「従軍慰安婦」が不足して、
       日本兵がビルマ女性を強姦した話しというのも
       調べていると発見する。


       これらの慰霊碑と共に、ここには、ビルマで亡くなった
       日本人の墓石もある。
         
       
        墓石に「故 藤田某之墓」とある。
        大正元年 35歳で没。

        きっと、「藤田さん」とかいう呼称で呼ばれ、呼んでいたのだが
        実際の「名」が分からなかったのだろう、
        このような墓碑銘になったのだろう。

        
        「故 ナカ子之墓」明治44年 26歳没。
        
        「故 オヨシ之墓」
        この「オヨシ」さんの墓には、もう没年が風化してしまっている。

        この、「ナカ子」さんや「オヨシ」さんは、
        「カラユキ」さんだったかもしれない。

        「名字」まである女性の墓石には
         出身県などが刻まれている墓石がある。
         九州の長崎や福岡などが多い。

         「カラユキ」さんを調べると、この地の人が多い。

         貧しいが故(ユエ)に、異国に流され、
         そして亡くなる。

         なんと可哀そうな運命だよな~~~。

         それに引き換え、その当時、アジアに出かけた無頼たちは
         「女郎屋」を経営し、50%はピンはねして
         「女郎屋」から「輸出入業」まで経営し、
         「総合商社」(笑)として
          一代で財をなした人も多いらしい。

         
         この墓地には、もう墓碑銘が風化して読めない墓石も数ある。

         ワタシが訪れた時は午後だった。

         ワタシは静かに頭を下げ、
          「みなさん、やすらかに」と祈った。 

          
      

         

徘徊老人世界放浪昼寝旅ーミャンマーの自動車ー

2012年01月11日 | インドシナ3国
ミャンマーを旅していると、行き交う車に懐かしさを覚える。

        
        東海バスだ。
        これなどは「新しい」バスの範疇に入る。(笑)
        JRバスも走っている。

       ワタシがマンダレイで道路を横切ろうとした時に止まってくれた
       バスは埼玉交通の観光バスで、乗客は日本人の団体だった!(笑)
    
       日本の中古車がミャンマーでは普通に走っている。
       
      「仁愛高校」のバレー部のバスだ。
       
       乗っているのは学生さんだった!
       
       「お~~い、試合勝ったか?」と声を掛けたくなるが
        ここはバガンで、学生さんはバレー部じゃない。(笑)

       バガンの空港の駐車場では
       
        結婚式場の迎賓館のミニ・バスが
       
        到着便の客を待つ

       
        ヤンゴンの街を走る「日産自動車株式会社」と書かれた車

       
       東横化学のトラック

       
       生協のトラックも走っている(笑)

       
       これはスゴイ! 網走バスだ!
       ♬ は~~るばる来たぜ、ミャンマ~~ ♬

       
       冷凍車も走っているし、
       最近は塗装しなおして少なくなったが、浅草交通のタクシーも
       「タクシー」として走っている。

       ヤンゴン郊外では
       
       とてつもなく古いバスが現役で活躍している。
       「Hino」と書かれている。
       日野自動車のバス年鑑で調べても分からなかった。
       型はフォルクスワーゲンっぽい型だ。
       もう窓ガラスもないが走っている。

       走っているのは日本車だけではない。

       これなんかすごいよ~~~っ!
       
       耕運機のエンジンを付けたトラック! 
       エンジンはどこ製か分からないが、車体は中国雲南省。
       雲南省からトコトコやって来たのかね~~~~。

       いや~~楽しいな~~~~~。      
       
       
       

       

        
        

徘徊老人世界放浪昼寝旅ーミャンマーのタナカな人々ー

2012年01月11日 | インドシナ3国
ミャンマーで、まず驚くのは
       
       
       この顔に塗った化粧だ。

        これを「タナカ」と言う。

      「田中」じゃない、「タナカ」だ。(笑)

  柑橘系の木の幹をすって顔に塗るのだ。
  その木は市場(マーケット)やお寺のお土産屋でも売っているし
  木ではなく、クリーム状にしたものも売っている。
 
   色は白っぽいものから肌色に近いものまである。

   なぜ塗るか?

  塗ると清涼感があり、汗も吸うし、日焼け止めにもなるのだそうだ。

     
      再度、登場してもらうが、おめでたい席に出席でも「タナカ」だ。

     
      
     子どもにも、「今日は暑くなるからね」ということで塗る。
     「タナカ」は女性だけが塗るのではない、
      男性でも塗っている。

      コテコテに塗っている人がいたので、写真を撮ろうとしたら
      断られた。(笑)

      
      
      学校に行くときも「タナカ」だ。
       
      薄く塗って目立たないようにしている人もいる。
      
      「アジャ・コング」じゃない。「タナカ」だ。(笑)
      
      屋台のパーン屋のおばちゃんも「タナカ」だ。

徘徊老人世界放浪昼寝旅ーミャンマー・ヤンゴン・シュエタゴン・パゴダー

2012年01月10日 | インドシナ3国
夜は30分ほど歩いてシュエダゴン・パゴダに行った。

      
      
      東西南北に入り口がある
      
      この階段を上ってゆくと、外人観光客用の入場券を
      売っている人がいるが、ここにはいなかったのでラッキーだと思った。
      でも、別のところで検問されて、結局入場料US$5ドル払った。

      このパゴダの周りに
      
      小さなパゴダがたくさんある。
   
      で、仏像もたくさん安置されており、参拝者は、自分の信じる
      仏像の前で礼拝する。
      
      
      
      
      沢山あるので、何体の仏像があるのかと訊いたところ
      100以上200以下とのことだ。
       
      
      涅槃佛もあっちこちにあると言うより、寝ている。(笑)

      これほど多いと「一体どの仏に祈ればいいんだ?」となる。

      
      これなど、門に「お兄さん」がいて、客引きしているみたいだ。
      「こっちだよ~~~!」と指差している。

      そして、もっと笑っちゃうのが
      
      この「お兄さん」、ねじり鉢巻き、ちょんまげ姿で
      「お線香の鉢」を持っていて、「ここだよ~~」と
      言う感じだ。

      

      ワタシも結構真面目に沢山の仏にお祈りした。

      

     ミャンマーでは、ずいぶん、お参りしたな~~~~。