昔、地域の檀家総代さんや世話役、氏子の方々が
滅私奉公でお寺や神社の運営に励んでおられたのが印象に残っている
年代的には50代から上の方々だったと思う
子供心に「宗教に熱心な人がいるなぁ」という感覚だった
自分が今その年代になって
変わり始めた宗教感に気付く
自分の力だけではどうしようもない限界の壁。
……でもそれは決して悲観的なものではない
人智を越えた、何かもっと大きなものに対する畏敬の念。
娘や息子の世代に言ってもおそらく実感出来ない
自分もそうだったように……
少しずつ静かに静かに浸透していくもの
産まれた時に洗礼を受ける西洋のそれとは違って
日本人の宗教感は八百万の神の導きのもと、
静かに深く自分の中で育っていくものだと考えるようになった
これも一つの『気付き』。
歳を重ねることも悪くはない
滅私奉公でお寺や神社の運営に励んでおられたのが印象に残っている
年代的には50代から上の方々だったと思う
子供心に「宗教に熱心な人がいるなぁ」という感覚だった
自分が今その年代になって
変わり始めた宗教感に気付く
自分の力だけではどうしようもない限界の壁。
……でもそれは決して悲観的なものではない
人智を越えた、何かもっと大きなものに対する畏敬の念。
娘や息子の世代に言ってもおそらく実感出来ない
自分もそうだったように……
少しずつ静かに静かに浸透していくもの
産まれた時に洗礼を受ける西洋のそれとは違って
日本人の宗教感は八百万の神の導きのもと、
静かに深く自分の中で育っていくものだと考えるようになった
これも一つの『気付き』。
歳を重ねることも悪くはない
私が興味を持ったのがご詠歌です。日本のゴスペルとも言われて坊さん任せの葬儀の中で親族や参列者も葬送に参加しているなぁ~って気がする。宗派によって違うので気に入ったご詠歌を選べませんけどね。
うちの祖母がよく御詠歌を唱えていました
熱心な信者でしたね
お寺のことなら自分の事より一生懸命でした
早くに祖父を亡くして心の寄りどころだったんでしょう
全てに神様が宿る日本人の宗教観、大切にしたいですね