おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

モモタロウの今年の十大ニュース

2004-12-31 11:54:00 | つぶやき
モモ  なんかばたばたしてない、我が家。
タロウ 今の時期になるといつものことだよ。
モモ  台所からはいい匂いがしてたまらないんじゃない。
タロウ そうそう、うまそうな魚の匂いが、クンクン。
モモ  私は魚好きじゃないから別に何とも。
タロウ そういって甘いものばかり食べてるから目を悪くしたんじゃないの。
モモ  うるさいわね、どうでもいいじゃない。お互い年なんだからあんまりがつがつしない     方がいいわよ。
タロウ まあ、その話しはおいといて、今年もいろいろあったね。
モモ  私たちは家の中にいるだけだからあんまりよく分からないけど。
タロウ テレビでも今年の十大ニュースってやってるけどね。事件や事故や地震に台風・・・。
モモ  この家ではどうなのかしらね。
タロウ 今年二人いなくなったじゃないか、男の子と女の子。
モモ  そうそう、今年のはじめはけっこうあわただしかったみたいね。
タロウ たしか結婚とかなんとかいってたね。
モモ  年の初めから女の子のほうが、ばたばた準備してたみたい。
タロウ 落ち着いたと思ったら、今度は男の子の方が家を出て・・・。
モモ  彼女と結婚、って当たり前か。
タロウ 来年早々には、子供も産まれるみたいだね。
モモ  なんてたって、この人は私たちの命の恩人だから、幸せになって貰いたいわ。
タロウ 本当だね。
モモ  今年の夏は、やけに暑くて参ったわよ。
タロウ 暑いのなんのって、生きていて初めてだったね、こんな暑かったの。
モモ  部屋のどこにいても暑いし、外はもっと暑いし・・・。
タロウ こっちはクーラーが嫌いじゃないか、困ったよ。
モモ  げっそりやつれて、夏はもたないじゃないかって心配した。
タロウ そう言うなよ、夏は省エネ、スリムが一番。
モモ  ここのご主人、その暑い中、せっせと図書館通い、本を借りて来ちゃ何だか読んでた
    わね。
タロウ いつも読んでるかなっとそっとのぞくと高いびきだから、どうしようもないやね。
    でも、夏休み返上って感じだったね。ご苦労!ってことかな。
モモ  そういえば、台風もよく来たんじゃない、風は強いし、雨は激しいし、眠らなかった
    わ。
タロウ ほら、被害にあったじゃないか、クーラーの吹き込み口っていうのあれが飛んで雨漏
    りがしてさ。
モモ  あのときは慌てたわね。
タロウ 騒がしいって言えば、土曜日になるとほら、二人の子供つれて若い女の人が来てた
    じゃない、娘さんの友だち。あの子供たちもがやがやどころか、ぎゃあぎゃあって
    うるさいのなんのって。
モモ  それでも一年間近く通って来るんだから、たいしたもんだわ。
タロウ それはそうだ、来年も来るのかな。少しはおとなしくなってくれよな。
モモ  そうそう、娘さんっていえばさ、ここの主人がいつも心配している娘さんも泊まりに
    来たじゃない、あのときも朝までおしゃべりとパソコンで賑やかだった。
タロウ 去年の暮れから、ちょっと精神的に参ってしまって休職だのして大変だった。その娘
    さんも7月にはようやく全快宣言。本当に良かったよ。
モモ  その後も色々あったけど、今は落ち着いて仕事も始めているし。
タロウ 一時はどうなるかって心配したけどね、良かったよ。
モモ  そうそう、一度職場の人が酔っぱらって泊まりにきたじゃない、あの時も大変、大変。
タロウ まあ、本人の名誉のためにあまり言うなよ。
モモ  だってさ、もうさんざんだったわ、被害甚大、もう何日も臭ってさあの部屋には入れな
    かった、でさあ・・・。
タロウ もうその話しはやめろよ、相手の人だってもうふれられたくないんだからさ。
モモ  そうね、私は目がかすんで目やにがいっぱい出て。
タロウ お医者さんに行ったら、年ですからって言われちゃって。
モモ  そっちだって変わらないわよ。兄妹なんだから。
タロウ それから、ブログっていうの、どこからか聞いてきて始めたじゃないか、もう朝晩パソ
    コンのチェックして。
モモ  なんか書き込んでいるらしいわね、私は興味ないけど。そっちは時々のぞき込んでいる     じゃない、いったい何書いてるの?
タロウ 大したことじゃないと思うよ、寝ころんで打ってるくらいだから。
モモ  いつも寝ころんで、パソコン見てるじゃない、まったくいい加減だわね。
タロウ ライフスタイル、ってやつでそれもまた「よし」だよ。
モモ  こうして、一年を振り返ってみるとなんだか早いわね。だんだんと年取っていくわ。
タロウ こっちも同じさ。何だか寒くなってきた、また雪だよ。
モモ  さっさとこたつにもぐり込むわ。
タロウ ところで、最後に今年の十大ニュースを決定しようよ。
モモ  う~!寒い!私興味ないから、ささっとこたつへ行くわ。
タロウ そんな何で?いまさら中途半端じゃないか。
モモ  もういいわよ、勝手に選んで貰ったら。うっ!寒~い。

我が家の猫たちも、こうして一年を終える。
今年は、最後に天変地異が世界を襲った。
来年は、その復興から始まる。
イラクも混沌として先行き不明。
その中で、時代は確実に進む、平和か戦争か
はたまた・・・。
来年は良き年になりますよう。
 
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朝日新聞に抗議

2004-12-30 11:34:53 | 世間世界
一瞬、我が目を疑った。今日の朝日の社説だ。「史上最大の救援作戦だ」。
 スマトラ沖地震・津波は、10万以上の犠牲者と何百万という被災者を生む状況である。1900年以降に人類が味わった、最大規模の自然災害といわれている。すみやかに被害状況をつかみ、救援し、引き続く伝染病等の二次災害を最小限にくい止めることができるか。今、まさに世界中が一致して救助に乗り出さなくてはならない緊急課題である。
 日本からも、政府機関はもとより、多くのNGOが積極的な活動をはじめている。世界各国も最大限の支援活動を開始した。緊急を要する、事の成否によっては、今後の世界の平和や安定にも大きな影響を及ぼすに違いない。このことに誰も異論はないはずだ。
 しかし、そのことをかつての第二次世界大戦、ノルマンディの「史上最大の作戦」を例に引き出して訴えるべきものであろうか。
 たしかにアメリカをはじめとする連合軍の一大作戦によって、ナチスの敗北を決定づけ、第二次世界大戦の終結に大きく寄与した事は、歴史的事実である。その後、日本の敗北によって第二次世界大戦が終わった。
 しかし、終結後、事態はどう動いたか。「東西冷戦」から東西ドイツ・南北朝鮮の分離、また、イスラエルの建国によるパレスチナ問題へと、世界の歴史は混沌とし、今もなお、その悲惨な跡をしょっている。これも、また事実である。所詮、戦争は勝った方も負けた方も、憎しみと怨念から新たな戦争を拡大再生産していく。その反省の上に立って、世界に先駆けた、日本国憲法の第九条が存在するのではなかったか。
 スポーツの世界でも、受験でも戦争とか大作戦とか戦争用語が頻繁に用いられ、当事者を鼓舞する働きをする。それに煽られ、戦いに挑み、勝利の快感を味わい、負けた悔しさを抱く。時には、一個人ではなく、国家ぐるみで。人は、戦争用語を安易に用いる。人間はその言葉に弱いから。
 この社説を書いた人間は、おそらく戦争体験者ではないだろう。しかし、若い人でもなさそうだ。自分ではとても気に入ったフレーズだったのだろう、「史上最大の作戦」をもじることができて。もしかしたら、この筆者の頭には、映画の主題歌・マーチ「ザ・ロンゲストデイ」の旋律が浮かんでいたかもしれない・・・。
 いずれ戦争を知らない(少しも分かっていない)人が、戦争をもてあそぶことはけっして許されない。
 今回のスマトラ沖地震・津波がたとえ史上最大の悲惨な出来事であっても、人為的なもので起こる戦争と自然災害の救助とはまるっきり別のものだ。
今回の自然災害に対しては、世界中の人々が国境や宗教や文化を超えて、人類が知恵と勇気と力を(多くの人と金と資材を・・・)最大限救助に振り向けていくことが最重要課題である。
このときに当たって、平和、自然、救助とは一番縁遠い「戦争」を引例して、悲惨な自然災害の援助活動を鼓舞する必要があるだろうか。
 言葉の用い方が安易な、独りよがりのものではないことを望む。
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女帝の是非をめぐって

2004-12-29 12:44:11 | 平和
 いよいよ皇室典範の改正を目的に、女帝を認める方向(間違いなく)での審議会がスタート。朝日の社説でも、どちらかというと検討自体は、好意的であるような論評であった。
 なぜ今この議論が起こったのか。40年近く直系の皇族に男子が生まれていないこと、そこからの雅子さんへのプレッシャーへの同情、男女同権(?この表現自体適切かどうか。)・・・。
 いろいろ論議はあるが、その前提として天皇制の永久的な存続のためということがあるのだ。
 気になるのは、憲法改正とからめての議論も生まれていること。実は、そこに大きな危惧を感じている。天皇の世継ぎ問題は、憲法と直接絡まない問題である。皇室典範のあり方の問題なのだ。それなのに、あたかも憲法問題でもあるかのようなかたちで議論を進める。憲法改正の大事な要件であるが如くに。
 したがってこの議論は、世論を巻き込んで憲法改正への地ならし的役割を果たす。
 もう一つ、憲法改正論議で重要なのは第九条である。どうしても戦争放棄の規定を改めなければならない、とする勢力が蠢いているさなか、女帝云々の議論を通して、憲法改正のムードを一気に盛り上げ、憲法第九条を含む全面改定へ、世論を導こうとする意図がありありと感じるのだ。
 皇室そのものあり方、今の日本にふさわしい、例えば、政治や国の動向にはきっぱりと縁を絶つような皇室の存在(現憲法でも条文のはじめは天皇・摂政などのことについて細かく規定されている。)についての議論はなされないまま、ただ女帝を認めるかどうかに議論の中心がすべっていくことの危険性。今時、かたくなな万世一系論者からの反対はないだろう。彼らは、まず天皇制護持が第一義であるから。
 どの範囲まで皇室を広げるか、宮家の新たな創設につながるのか(つまり、どの人たちまで国民の税金でまかなっていくか。ことによると、今回の皇太子の妹の結婚にも絡んでくるかもしれないが。)こうした議論もしっかりやる必要があるし、国民も厳しくその議論の方向を監視しなければならない。いろいろな場面で、意見をきちんと表明する必要があろう。
 今、与野党を問わず、憲法第九条の変更を望む政治家が多い中、この問題と併せて憲法改正問題がいよいよ浮上してきたととらえてよい。
 その前には、「教育基本法」の改正問題が必ず出てくる。こうして、「天皇制」を根幹とした新たな国家像の実現が、いよいよ最重要な政治課題として登場してくるのだ。憲法改正が多数決で議決され、国民投票に。そして・・・。しだいに、ものを言えなくなる風潮の中で。
 そうなった時、こんなはずではない、といってももう遅い。気がつけば、アメリカと一体となった、脱アジア・反テロの戦時体制の国家へ。
 外は、牡丹雪。うっすらと積もってきた。
 精神的に寒々しい風景になりつつある。
 新潟では被災者が大雪で苦しんでいる。インド洋に囲まれた南の島々は、前代未聞の津波で痛めつけられる。犠牲者の多くは、海岸沿いで暮らす、大波を防ぐ手だてのない人々・・・。
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KARAOKE・・・そしてTSUNAMI

2004-12-28 18:38:35 | 世間世界
 年末に来てのこの大惨事。
 この間の新潟中越地震では、一時十万人が避難した。本格的な冬を迎え、降りしきる雪の中で仮設住宅住まいがまだまだ続く。今度のスマトラ沖地震・津波では、死者7万人を超える恐れが出ている。まだまだ行方不明者の数も増え続け、地震被害にはつきものの連絡がとれるに従って被害のすさまじさが明らかになってきている。日本人もすでに死亡が確認された方も含め、たくさんの行方不明者が出ているという。
 インド洋沿岸諸国を襲った地震・津波による被災者は数百万人に達するとみられている。インド領アンダマン・ニコバル諸島の中央部に位置する島の一つは、島全体が津波によって全滅したともいわれている。津波から逃れる高地がない地域・島は逃げるすべがないまま、津波にさらわれた。
 今回、被害を多く出したのは、地震・津波に対する警戒心がなかったこと、瞬時の連絡体制がとれていなかったことなどがあげられている。
 勿論、その通りかもしれないが、地球温暖化のせいで世界的な水面の上昇ということも、被害を大きくした背景にあるのではないか。珊瑚礁で出来ている島、標高1Mわずかの島などひとたまりもないだろうから。だとすれば、人災(我々人類が行ってきた所行の結果)ともいえるのではないだろうか。
 随分と昔、チリ地震の際、その津波がはるばる日本の太平洋岸を襲った。その時の映像を見たことがある。たしか海岸で遊んでいた小学生や先生が、一気に押し寄せてきた波にさらわれ、波が去った後には、海岸にはその人影すら消えてなくなっていた映像にショックを受けたことがあった。奥尻島の時もそうであった。はるか海面のかなたから近づいてくる津波に気づいたときには、もう既に逃げ場を失ってしまっているのだ。
 「TSUNAMI」これは、万国共通の言葉である。
 今回、TVの中で、アメリカの地震学者がたどたどしい日本語をしゃべっているなと思った。それがこの津波ということばであった。それだけいかに日本は、地震発生と共に大きな津波が襲いかかる風土であるかを如実に示している。ビッグウエーブなどという表現ではおさまらない、巨大で被害も多く発生する現象として、日本の言葉がそのまま用いられているのだろう。
 日本の言葉がそのまま世界中に通用するのは、JUDOなどの一部のスポーツ、SUSHIなどの食べ物であった。最近ではKARAOKEのようなものも普及している。それらは、日本で考案された、独自の文化を持つものということであろうか。また、KAROUSHIなどもその中にはあるらしい。
 今回、あらためて日本の風土に特徴的な災害用語として、TSUNAMIを耳にするたびに備えあれば憂いなし、の大事さを思う。
 日本の海岸には必ず地震発生と同時の津波発生の注意看板が設置されている。それでも、東海沖地震が発生すれば、その津波によって多くの犠牲者が出ると言われている。いつきてもおかしくない危険水域に入った東海地震への備えを充分にしておきたい。
 今回、過去最大級の被害については、イラクに派遣している自衛隊をただちに差し向けるくらいの迅速な国際協力・災害救助があっていいと思うが。



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安眠できるねぐらはどこに

2004-12-27 09:20:16 | つぶやき
おはよう
ああっ~
あくびばかり出るよ
何か元気ないみたいだな

最近寝不足でさ
夜が落ち着かないさ
ってこっちもそうだよ

いつもの場所に帰ってるんだろ
そうなんだこっちもそうさ

日も暮れてきたしさ
さあいつものところへ帰ろうかなって
ところがさ
ちょっと雰囲気が違うじゃない
あれ!って思ってさ

かみさんも他の連中もさ
どうしようって相談したけどさ
いくあてもないしさ
今夜はいいかって

だけど落ち着いて
寝られないんだよ
慣れないところに来たって感じさ

結局
うつらうつらしただけでさ
ベッドから落ちそうには
なるしさ

なんだってこうなるんだって
うわさでもちきりさ
この時期は
毎年こうなるのかってさ

だんだんさ
エスカレートしているんじゃないかって
みんなで何だこれはって
さえずっていたわけさ
夜中うるさかったかもね

ほらいつものところ
すっかり刈り込まれてさ
おれたちが言える立場じゃないけどさ
しかたがないっちゃそうなんだけどさ

お前たち、普段は迷惑をかけてるんだろってさ
そう言われたんじゃさ
なんともいえないけどさ
毎日これじゃさ
たまりませんぜ

フッ~!ビ~
あれのどがやられていい声出せないやさ

近所のマンションに
行ってみようかって
相談して移動したんだけどさ

こっちも何だか明るくて
きらきらしてるしさ

この間まで静かだった
ベランダも
きんきらきんになっちゃたしさ

いったいどうなってんのってさ

へえ、わざわざ光り物
買ってきてさ
競争しなくてもいいのにねさ
電気代だって大変だろうにさ

何、アンペアまで大型に付け替えて
特別に発電器までつけて

何だか大型店の売り場もさ
賑やからしいじゃない
子供にせがまれっていうより
大人の楽しみってさ

迷惑なのは
部屋の中の子供じゃないの
明るくて眠れないってさ
お互い様、いい気味だなんて
俺たちはけっして言わないけどさ

人様のやることは分からないね
ホント
いったいいつまで続けるのかね

年内にはいちおう決着がつくってか
もう早く終わりにしてもらいたいさ

ほらほら見ろよ見ろよ
昼間見るとさ
何だかわびしいね
だらっと垂れ下がってさ
人形なのあれさ
傾いたままでなんとも薄っぺらだね

まったくさ、俺たちには夜はないって
安っぽい映画の題名じゃないんだからさ
勘弁してくれよ

そう、しょうがないからさ
ちょっと遠くまで足を運んでさ
寝るしかないね
ああ、困った風習がはやったもんださ

こんな電気ムダにするんだったら
もっと活用することあるだろうにさ
ひょっとするとさ
夏場よりも電力くってるんじゃない

これは電力会社の陰謀かってさ
うわさしてるさ

あっちの木でもこっちの木でも、
豆電球が飾られ、
煌々と明かりがつく。

最近は、いいダイオードが出来たので、
安く、簡単に、カラフルに、
たくさんのイルミネーションが、
取り付けられるらしい。

近所のマンションでは
競うように飾り立てている。
誰が見るやら喜ぶやら。
そうして、
鳥たちはいつものねぐらを追われ、
あちこちねぐらを求めて、
彷徨い歩くのである。

どうせ飾るなら、
せめて落葉樹だけにして下さいって。
そして、なるたけ早く消灯してと
泣いている。

今、元気なのはカラスばかりだ。
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「しんしゃく源氏物語」又は野田芝居について

2004-12-26 16:37:16 | お芝居
 この芝居は、もともとは、はるか昔、高校の先生だった榊原政常さんが女子高校生のために書いた芝居の一つです。当時、高校演劇は新制高校(古い言い方ですが、実はぴったりした表現ですよ)の文化活動の一貫として盛んに行われ、現役の先生が脚本を書いたり、演出したりと熱心に行っていました。現在、高校生自身の創作劇なども多く発表され、高校演劇は、今でもとても面白いものがあります。
 さて、この芝居は、源氏物語「末摘花」をもとにして、源氏がひょんなことで一度愛してしまった「不細工な」お姫様が、再び源氏の訪れてくるのをひたすら待ち続けている、というお話です。 もちろん、「源氏物語」がもとになっていますから、そのストーリーが少しは頭に入っていないと分かりにくいお話ではあります。高校生(今もそうですが)は、古文の授業で「源氏物語」には接しているはずです。「末摘花」はあまり取り上げられてはいないと思いますが。その上に立って作られた芝居ですね。
 何年か前に、ある高校演劇の地区大会で、この脚本が久々に上演されました。小生も少しばかり興味があったもので、観に出かけていきました。舞台の設定は、廃れた会員制のスイミング・プール。プールの監視員だかどうか不明ですが、プールサイドでデッキ・チェアに身を預け、暇そうにしている召使いたちが、転職雑誌をみながらグチを言い合っているところから始まりました。勿論、衣装もちょっと古ぼけた制服。看板もはげて傾いている。
 それから舞台上は、脚本の言い回しは少し現代風にアレンジしてあるようですが、話しが展開していきました。おばさん役は太った男子生徒で、これがまた図にはまってみごとな演技。お姫様役も歌いながらプールに落ちたりと、てんやわんやの進行ぶり。観てて、とても画期的で楽しいお芝居でした。怖さもテレもない高校生だから出来る芝居なんだなと感心しました。
 ところが、後の講評で、審査員からはぼろくそでした。その理由は、早口で何を言っているか分からなかった、大体、もとの話しをほとんど知らない人にみせるんだからもっと丁寧に、観客を置き去りにしすぎ、観客をもっと信じて(?)、これじゃあついていけない、・・・ぼろくその批評もここまで来ると、すごいと思いました。
 天下の榊原先生(この方は、高校演劇界では大御所も大御所、誰も頭の上がらなかったおそれ多い方なのです。ご本人自身は、けっしてそんな方ではなかったようですが。)の脚本、上演許可を得たにせよ、ここまで崩すとは何事かって、そう言うケチなことではないでしょうが。
 たしかに、状況設定が理解しにくく、台詞回しが分かりにくい。それだけでなく、言葉への抵抗感、その上、わざとでしょう、だんだん早くしゃべっていく早口言葉シリーズ、ぐるぐる体を回してしゃべり続ける振り付け、三輪車は出てくるはで、もうめちゃくちゃでしたから。
 小生の周りの高校生たちも見終わった後、口々に「何!今の芝居」「面白かったけど」「内容が全く分からなかった」「早口で何を言ってるか分からなかった」。これが観ていた高校生たちの反応でしたから、審査員のいうこともまず当たっていたのでしょう。
 元の話しが分からない、最初の発表したものの内容も、もう理解できない、ましてそれを現代風にアレンジしたら、もう全く分からない世界、ひとりよがりの芝居に終わった、これが一応の評価でしょうか。
 何年か前の経験ですが、ふとそんなことを思い出しました。24日に観た野田芝居と比較にはなりませんが、やはり、言語感覚(言葉を自分の中で意味のあるものとして捉え、イメージする力)は、運動機能的にいえば漢字仮名交じり変換能力(日本語力)は、着実に衰えて来ていると思ったのです。
 その中で、時代状況が実態として把握できない物語、それでも、あえてなおそれを追い求めることは、どういう意義があるのでしょうか。今の観客に訴えていくには。
 芝居が時代を超えているのか、時代が芝居を超えてしまったのか。小生には、時代が芝居の後からついてくると思っています。それも何年も後から。
 同じ24日の午後、池袋のサンシャインの中で、本物の雪を降らせるイベントがあり、黒山のひとだかりでした。本物の雪か本物と見まごう雪か、それは定かではありませんでした。
 室内で雪を降らせる人と、それを室内で群がって見上げる人と・・・
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日本人の言語識別能力は退化しているか又は野田秀樹の芝居について

2004-12-25 18:48:53 | お芝居
 最近、相手のしゃべり方が早く感じることがあります。もっとゆっくり話してよ、何言ってるか、意味が分からないじゃないか。
 この間、鹿児島に行った時、こんな体験をしました。
鹿児島空港から市内へ車で移動しました。その時、地元の方が2人同乗して、3人で時候の挨拶とか鹿児島の名物(初めて鹿児島に行ったものですから)とかの当たり障りのない世間話をしました。
 ふと話しが途絶えたとき、私以外の二人が話し始めました。その時、私は呆然としました。まったくの早口で、何を言っているのか分からなかったのです。驚いて、いやあ、お二人とも随分と早口で何を言ってるか理解できませんでした。そう言ったところ、今度は私にも分かるスピードでそれは失礼しました、と。
 その時は、ちょっとした集会でしたので、登壇した地元の方の話しも聞く機会がありました。何人かの登壇者は、いわゆる地の文では、私にも分かる標準語(という言い方は間違っていると思いますが、便宜上使います。)ですが、話しの中で会話文になると、とたんに地元の言葉で早口になるので、聞き取れませんでした。
 話しはこれでおしまいではありません。会合が終わって控え室に行ったところ、10年くらい前まで私の近所にいらしゃったという方にお目にかかりました。お互いに懐かしかったのでしょう、あそこはどうなった、あの人はどうしたかなど、話しが大変盛り上がりました。本当に話が尽きないという感じでした。話しが一段落した頃、地元の方が言いました、お二人の話はとても早口で、話しの内容が全く分かりませんでした、と。
 その時、私は、ハッとして、これは英語を聞くことと同じではないか、と思ったのです。たしかに英語を聞いていると、早口で何をいっているのか分からないという経験をします。
 有名な洋楽(例えば、「ホワイトクリスマス」とか「マイウエー」などのスローテンポの曲)ですら、単語単語が切れ目なく、早口に聞こえます。歌ってみると適当な発音(単語)になっています。してみると、これは、早口だから分からないのではなく、内容・意味のつながりが分からないから、早口に聞こえるのではないか、と思ったのです。
 昨晩、野田秀樹の「走れメルス」を観に行きました。
 この作品は、1980年代初期、「夢の遊眠社」時代の作品です。若かりし野田秀樹の才気あふれるスピード感一杯の芝居です。台詞も彼らしい語り口、切れ味鋭い言葉がちりばめられていました。昨日観ても本当にそれを感じました。
 でも、でも、そのテンポに今の観客はついていけないのではないか、と思いました。早口で何を言っているか分からないという具合に。
 上演当時の時代状況をかなり近未来に移して工夫を凝らしていますし、舞台装置もなかなか面白いものがありました。
 役者は深津絵里も中村勘太郎(声も動作もいよいよおやじそっくりになっていました)もその他の人たちも素晴らしい演技をしていました。久々に腹筋善之介のちょっと浮いた演技を観ることができたりして・・・。
 でも、でも、観客は置いてきぼり、ザンネ~ン!
 ここで話しは終わりではありません。80年代の芝居がもうすでに時代遅れになったのか(どんなに場面設定を今風に変えたとしても、台詞回しの古さが致命的?。)私は、そうは思いませんでした。
 話し言葉のスピードが相手の理解を超えているのではなく、理解を超えているから早く聞こえるのだ、ということではなかったでしょうか。標準語は一応誰にでも分かりやすい(ゆっくりと聞こえる)。これに対して、方言(鹿児島語、東京語)は、それぞれ固有の文化と意味を持っているのです。だから、お互いに早口に聞こえ、理解できない。
 お互い(異文化同士)が分かり合えるための言語ほど、一般的で当たり障りのない言葉で語り、耳に優しくゆっくりと聞こえる話し方言語になるのでしょう。
 だとすると、この芝居について言えば、野田は今も昔も野田語を語ることで(役者に語らせることで)、お互いに共通の言葉を話すことで、固有の文化を失い、分かりあえないことで、お互いをお互いが理解することに諦めてしまう「現代」そのものを鋭く突いているということになると思います。
 とすれば、観客はその意味を捉えられないということが、今回の芝居の狙いであったのではないでしょうか?
 そんな野田のからくりを見事にうち破る観客に、お互いなりたいものですね。 
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恒例の飲み会は中止ですか

2004-12-24 10:26:57 | つぶやき
どうしてってへえそう準備が間に合わなかったってちょっとやる気がないんじゃないですかおれたちが関わってはじめてじゃないですかやらなかったのまあおやじさんをせめてもしょうがないけど世の中変わってきてるしねだんだん何でやってきたかなんてどうでもよくなってきてるしねとりあえずじゃあ乾杯こうやってやるのもいいかなってえっ問い合わせが連絡があったの俺だけですかやるかどうかの寂しいものがありますねみんな忙しいしねそれぞれそれにしても残念だなおやじさん泣かなくてもいいですよもうだんだん爺くさくなってきたんじゃないんですかでも俺たちがこうしてきたんだからまあ飲みましょうよあいつたちともこの間会いましたよ元気元気へえまだ芝居やってるんだあの人はもうやめたみたいですよ就職して堅気の商売にそうそうこの間kiyoshiさんの舞台挨拶見に行きましたよ何か妙な感じでしたねでも恒例の飲み会がないっていうのは残念だなでもこうやって3人きただけでもいいんじゃないんですかじゃああんパンももらえずにちょっと買ってきますよって今日金持ってないいんですよおやじさん少し貸して下さいよそうですかじゃあ今日はこいつから借りますいくら持ってるじゃあ出しておいてよ返す返す来年にはこういう甘いのがすきなんですよ俺ってだから太るって余計なお世話ですよそうだいたい0.1トンってやっぱり余計なお世話ですよすいません追加これ甘くておいしいんですよカラオケですかいいですよ金出して下さいなへえつき合ってたんだどこまでBまでってブスってことごめんごめん冗談冗談あいつ遅いなまあ犬みたいなもんだからそこに座らせておけばいいですから本気にしないで下さいよ店の人えって顔したですねまあぼちぼちちょっとなんか話せよお前痩せたんじゃないいろいろあったってそうだたったねおやじさんこいつねえまあいいかいいか何だって相変わらず詮索好きですねおやじさん別にってねここ最近開店したんですかこの辺もけっこう賑やかになってきましたね俺たちの時とは随分違ってきたね後何年ですかその時は盛大にパッとやりましょうよおやじさんのおごりですいませんいつも貧乏でこいつ羽振りいいんですよ稼いでいるこいつはもうほとんどオタク引きこもりですねキョウジンって漢字変換出来ないくらいですよ今度は来年早々かどうにか都合つけてパッと集まりましょうよおやじさんのおごりでっていつもいつもすいませんねいつか恩返ししますからじゃあカラオケに行きますかいつもラブホテル街のむこうの安い店隣の店よりも絶対安いですよ。
男4人。
せっかくのクリスマスイブの
前日だというのに
どこ行くあてもなく集まった。

与太話をして
いい加減にほろ酔いになった。
それから2時間も歌って
ラーメン食って解散。

つき合ってくれたおやじさんも
まんざらでないご様子で
ご帰宅になった。
俺は自転車でこれから1時間。
ねえおい、もっと話そうよ。

JRの駅前でまだまだ帰りを惜しむ3人であった。
12月23日 天皇誕生日。
コメント

天皇の苦衷の発言

2004-12-23 23:48:44 | 平和
 誕生日恒例の天皇の所感は、異例中の異例だった。どちらかというと当たり障りのない表現でメッセージを寄せるのがこれまでなのに、特に皇太子の発言をめぐってその真意をいぶかる内容を述べた。皇太子の「人権」発言に対してとまどう表現が垣間見られたのだ。
 昭和天皇の跡継ぎとして戦後、「天皇制」をめぐって世論が揺れ動く、その中で過ごしてきた自分と子供世代のギャップ。
 世代間の意志の疎通の欠如は、別に天皇家と言わずともどこでも大小を問わず、よくある場面である。今回は、これに、弟が加わってぎくしゃくした関係が天皇家で起こっている。どちらかといえば、皇太子・雅子さんが不利のような感じがする展開である。
 天皇家の宿命として、自らの役割を通して、国民や世界の人々に向かってどのように開かれた皇室を実現するか、これは、天皇家の永遠の課題である。
本音を語った皇太子と、本音を抑えつつ行動せざるをえない天皇。そこに、また国民が求めている天皇像はどういうものか、欧米の王室のような形態なのか、はたまた戦前のような権威主義的な天皇像か、の論争があるのだ。
 後者は今の日本人に受け入れがたいと思うが、そうなって欲しい連中も多くいそうな昨今の様子なのだから。
いずれにせよ、開かれた皇室になっていかない限り、天皇制の将来は危ういと思う。

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我が家のモモ・タロウ

2004-12-22 22:48:47 | 世間世界
 モモの目がいつも潤んできて、その涙目がなかなか止まらない。目の縁をいつも汚らしくしている。あまりにかわいそうなので、医者に連れて行った。
 すると、医者が言うのにはもう直りませんね、年寄りにはありがちなこと、目薬を差し上げますが、まあ、あまり期待しないようにと。
 確かにその通り、本当に目が鬱陶しければ、自分でせっせとこするはずだが、そうしている風はない。一応、全身が真っ白で、目が少し青みがかって、ひいき目にみてもなかなかと思っていたのだが、これは仕方がないかと諦めつつある。タロウには、そうした兆候はまだなさそうだが。
 よくよく考えてみれば、二人とももう8年目。人間で言えば、還暦を過ぎた年齢だそうだ。そうみると、何となくおじいさん、おばあさんに見えてくるから不思議なものだ。
 食べるものも8歳以上のフードに変えた。医者からは、味のあるものは食べさせないで下さいときつく言われた。食事をしながら、刺身とかちょっと魚をあげるのが楽しみでもあったのだが、猫は、腎臓系が弱いと聞く。味つけしたおかずは、禁物なのだろう。
 そういえば、モモはお菓子、特に甘いケーキが好きで、そのせいかもしれない。タロウはまだ元気だが、食事を変えたら、何だか不満そうな声を立てている。
 それでも二人とも元気で、時には家中を追いかけ回し、2階のベランダの桟を行ったり来たり走っているから、こちらは冷や冷やしている。以前よりも人なつっこくなった感じで、誰彼となく人の後をついて回っている。
 お澄ましのわがまま娘だったモモも老境に入ったということ。タロウは、相変わらず賑やかに声を出している。と、さて辺りを見回すと今いた二人がともにいない。見ると、ストーブの前でゴロンと寝ている二人であった。
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NHKに未来はあるのか

2004-12-21 19:49:05 | 世間世界
 海老沢会長の生出演ということで、放送開始前にはそれなりの期待度があった、NHKの特別番組。
 始まってみると、会長の受け答えに抽象的な印象が、残っただけだった。厳しい追及にも、襟を正すという姿勢は語っても、それを具体的に示すことない。辞任についても、先延ばしする考えを述べているだけ。第一志半ばというが、既に長期に亘ってはえぬきの会長職にあり、今さら何を行おうとするのか。
 地位に恋々とはしないと言いながら、会長職にこだわる醜さ。このままだと、まさに「晩節を汚す」という言葉通りになってしまいそうである。おそらくTV番組を受けて辞任要求が強まる中で、辞めざるをえなくなるだろうから。
 ことによると、今回の不祥事について、会長の意識の中では、NHKはむしろ被害者なのだというものではないか。自分には、落ち度はない、と。
 しかし、こうした不正が長年の間見逃されてきたのはNHKの体質そのものではないか。それへの国民の不信感が、受信料支払い拒否というかたちで、あらわれているといえるだろう。
 結果的には、表面的な反省の言辞ばかりで、実質的な中身のない番組であった。関心の割には視聴率が高くなかったのは、そうした体質を国民は見抜いていたからであろう。なおさら、事態は深刻である。
 最近、ますますどのチャンネルも、たわいのない番組に終始している。だから、小生は、自然とテレビから遠ざかっている。それでいて、別に政治や経済や文化など情報不足になることもない。NHKの番組も視る機会はますます少ない。
 我が家でも、いっそのこと受信料を払うのをやめようかと話している。
 それで、銀行の自動引き落としを解約しようか、と。
 
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いよいよ大地震が来るぞって

2004-12-20 22:09:19 | つぶやき
もしもし、はい、そうですが
おおっ!お久しぶりです
ええ、元気でやっていますよ
それはよかったですね

まあいろいろありますがね

この間の話しですか
ちょっとふんぎりがね

そうそう、家のあたりはほぼ全壊ってことみたいですね
そう、環七ってご存知ですか
ぐるっと東京都内を回っている道路
あの周囲がかなり危ないみたいですね
意外に山手線の西側、ほとんど壊滅状態に

どういうつもりで
あんなシミュレーションして発表するんですかね
備えあれば憂いなしってこと
これから真剣に考えなくちゃね

地下鉄?
もう地震の時に乗ってたら
たぶんダメじゃないかな
だって今でも水浸しですからね
地下鉄じゃなくて水中鉄道ですよ
周りは水ばかりの中で
トンネルが浮いてるって
上野駅もそうらしいですって

下町の地下鉄は乗れないですね
あちこちで水漏れの注意ばかりですから
最近はひどくなる一方です

そう確かにね
そちらの方が安心感はありますね
そんなに空き家が多いんだ
だからただでっていってもね

どっぷり都会生活につかってるし
今さらって思うんですよ
思案のしどころってやつですね

いっそのこと田舎に引っ込むのも
いいかもしれませんが
失礼、田舎をバカにしてるわけじゃなくてね

これだけ地震が来るぞ来るぞ
備えろよって言われても
出来ることから
やるしかないかって

心配してくれてありがとうございます

本当に地震が来ることがわかったら
すぐ連絡しますよって思っても
まったくあてになりませんからね

今年は台風とか地震とか
あんまりいい年じゃなかったですね
来年こそいい年になるようにって
本当に心から願います

福島県の知人から
東京の地震予測を見て電話をくれた。
この間は、
大分の知人からも、こっちに来たらゆっくり出来ますよって
お誘いを受けた。
静岡からも・・・でもそっちのほうがもっと危ない。

最近は地方に住む知人からの連絡がとみに多い。

地震だけではなく
ますます住み難くなった都会生活。
かといって
簡単に移り住めるものではない。

もっと今の都会の暮らしが
良くなることが一番いいのだが。
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緑の信号なのになぜ「青」信号か

2004-12-19 18:18:40 | 読書無限
 誰がどうみても交通信号の色は緑なのに、「青信号」というのか。別に疑問にも思わず用いている。
 漢文でも「碧」は緑であり、青でもある。「青山」は青い山ではなくて一面緑の山のことだ、また、信号の色も緑そのものよりもどちらかというと青緑色だから、「青」といってもおかしくはない。というように説明して人を煙に巻く。
 また、ao(awo)には、「灰色がかった白色」をさす。そういえば、平安時代の行事である「あお(を)うまのせちえ」(白馬の節会)のように「白」を「アヲ」と言っている例もある。もちろん、これは、純粋の白馬をさすのではないことは自明である、と。
 ああそうかと納得してはいけない。
 一説には古代日本語では、固有の色名としては、アカ・クロ・シロ・アオがあるのみで、それぞれ明・暗・顕・漠を意味していたらしい。また、
① アカの反対色は、シロである。例 運動会、吉事。 
② アカの反対色はアオである。例 色鉛筆、カビ、鬼、カエル。
③ クロの反対色はシロである。例 凶事、容疑、素人・玄人。
④ 以上の4色(アカ、シロ、アオ、クロ)以外の色に反対色をもつものはない。
⑤ アカアカト、シラジラト、クログロト、アオアオトという形式の副詞があるのは、これら4色 である。
 これらの4色は、日本語の色名の4原色という特別な地位を持っているのだ。
そうして、赤信号に対して青信号という命名は、赤鬼に対して青鬼、赤紫蘇に対して青紫蘇などと同じ組合せだということに気づく。そして、ここでの「青鬼」はミドリ色をしているし、青紫蘇もミドリ色をしている。というなんともごく当たり前で自然な結論に達する。
 問題は、なぜそのような組合せが成立したのか。ここからが、ホントに書きたいことになる。
 また、日本語の伝統からいえば、「青」の用法は、「青二才」「青い顔」「青竹」であった。顔色に関しては「アオザメル」や「アオイキ吐息」もある。実は、これらの「青」は、色彩ではなくて、色調である。むしろ、伝統を離れた用法が「青空」なのである。とまるで入門書的書き方になった。
 ここに書いたことの一部には引用がある。『日本語の歴史』(小松英雄 笠間書院)である。
 少し前に出た本だが、ここには、日本語の変化してきた過程を明らかにしながら、これまでの文法的解釈の誤りや、古文の表現に対する解釈の間違いを指摘している。
 筆者の立場は、書き言葉と話し言葉とは明らかに違うのにもかかわらず、文字化されたテキストを絶対視してきたため、書き言葉優先になってしまい、かえって日本語の変遷(発音や意味、用い方・・・)の捉え方が一面的であり、それでもなおさら曖昧になった、ということにある。
 だから、色についてだけでなく、係り結びや助動詞の用法についても誤解があるとして、実証的に解明しようとする。
 これまで習ってきた学校古典文法から見るとかなりユニークな印象を与えるので、受験生は混乱するかもしれない。
 けれども、これから日本語を話す人たちが増えることは間違いない。この点から、日本語を話す我々にとっても分かりやすい日本語入門書として、とてもためになる書だ。興味がある方は、ぜひ読むことをすすめます。
 併せて池上嘉彦さんの『日本語への招待』もぜひ読んで下さい。これには、日本語の主語・述語の構成から発想法、言語を通しての相手への関わり方など日本語論として大変面白い本です。
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中山文科相さま

2004-12-18 22:50:09 | つぶやき
あの~もしもし、
出来たら大臣に伝言をお願いできませんか

いえ、今日の朝日新聞の論説にお書きになったことでね
ちょっと文部行政のトップの方にしては
と思ったものですから

なにね、たしかにこの間の結果といい
今回の結果といい
何でも一番じゃなくちゃガマンできない
って気持ちは分かりますがね、政治家(屋)として

それじゃかえって反発を生むんじゃないかって
だってこの恥を雪ぐために
今度はもっと徹底した
学力検査を全国規模で行って
競争させよう、それじゃなきゃダメだって

同じ紙面で
陰山さんが言ってるように
平均をとるということは
それよりも下が必ずいるってことですよ
必ず平均以下が半分いるってことですよ
偏差値っていうことは

それでも競争だっていったら
点数あげるために
かつての学力テストの時のように
出来ない子を休ませたり
答えを教えたり
って現場は考えますよ
そしたら処分するなんて簡単なことじゃすみませんよ

学力テストのための
授業ってことになりますね
すべては教師が悪いって
結びつけながら

学校5日制、授業内容3割削減でも
この程度の落ち込みですんでいるのは
現場の教師の努力じゃないですか
やはり、陰山先生の言うとおりですよ

これまでの文部行政の誤りを認めますか
それはさし置いて
教師や現場ばかりを責めるのは酷ですよ

来年から都立高校の17校は
土曜日も授業をやることになったそうです
二学期制も都内の中学じゃ当たり前に
それも今度からは
土曜日授業、3学期制に回帰

私立にとっては
自分たちだけが土曜も授業
3学期制で受験対応
それが公立もやるようになったら
大きな危機感持ちますよ

塾だってそう、土曜日が休みになった
公立は受験に不利、学力をつけさせなければ
と土曜日もかきいれどきだった
それがあちこちで
土曜日に平常授業をやったら
これは、経営の危機ですよ

こうしてまた
みんなを子供も親も地域も巻き込んで
新たな学力競争が始まったんです
あなた責任をとってくれますか

政治家が責任をとらないのは
子供だって百も承知
子供に未来の夢を持たなくさせたのは
あなた方だ
ということをあなた達は
全く思ってもいないでしょう

けっして先生だけではないですよ
これだけは分かって下さいね

学校をもっと地域に開放し
地域で支え、地域で見守るスタイルが
いいと思いますがね

文部科学省のやることと反対のことをやれば
学校は生き生きしますよ
前々から思っていました

かつて農林省の進める政策に乗って
それを農協がお先棒をかついで
米から果物だ、酪農だって

茨城県あたりの農家の方が言っていました
お上の言うことを聞かない方が
反対にした方が
良かったって

あちこちの農家は
多くの借金を抱え
あっというまに農業離れが進みました

今、学校もそうなりつつありますね
第一、まじめな先生が
だんだん来なくなっていますよ
あまりにも魅力のない仕事
となってしまいましたって

学校再生は、文部科学省の手を
離れるところから始まり、ですね
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何か変だぞ女帝問題

2004-12-17 23:40:27 | 平和
 どこかの家の息子の嫁はんが、男の子を何人産もうと女の子を何人出産しようと、たいした興味はない。あそこのお家は、お孫さんが4人とも女の子だから気の毒だねえ、などとは表面きって誰も言わない。4人のうち誰かが婿養子を貰えばいいんじゃない、伝統ある何々家だからぜひともとか、我が家の家名の存続をなどにこだわることはないよ、・・・。そんなわけで、当事者も周りも別に苦にすることもない。
 ところが、こと今の皇室のことになると侃々諤々。ついには、天皇について女帝を認めようとの議論が出てきている。女性の天皇それ自体には、ずっと昔には女性の天皇がいたから、別に不思議はない。ところが、「万世一系」などという世迷いごとに執着する連中は、どうも心落ち着かないらしい。
 継体天皇しかり、皇室の直系の一統が断絶したのは、歴史的事実である。また、あの南北朝時代を想起すれば、血統の純粋性などは、もうとっくの昔に絶えている。にもかかわらず、天皇家の長男相続という、わずか百数十年の歴史に立って、女帝はいいか悪いかの議論がなされている。
 ここでもっと問題なのは、天皇制というそのもののあり方については、深い議論がなされていない点である。天皇一族をめぐる問題は、多々あるのに。
 なかでも、天皇・皇太子(妃)の国事行為のあり方、政治への関与のあり方、天皇家の公的行事のあり方(これは主として雅子さんに関わって議論がされているが)については、さまざまな意見が出されているが、現在の日本国憲法下における「象徴天皇制」のあり方については、ほとんど議論がされていないのだ。
 むしろ、現憲法を変えることで、現在の象徴天皇制を、戦前のような天皇制への回帰は無理だとしつつ、せめて、名実ともに「立憲君主制」的なあり方に変えようとする議論が、「女帝容認」の背景には間違いなくある。
 このことを(わざと)隠蔽して、マスコミなどの論調をみても、男女同権や女性の地位の問題として浅薄にも捉えられ、議論されていることに大きな危惧を覚える。
 なぜなら、男子のみが継承できるとの現規定の場合、これから先、もしかしたら天皇制そのものの存続の危機にまで議論が発展する可能性すらあった。しかし、そうした事態が起こる前に予防的に、女性の天皇も認めると言うことになれば、世の中、男女しかいないのだから必ず「お世継ぎ」は存在することになる。
 長男に男の子が産まれない、という事態になっても(これは、今の制度でも同様だが次期天皇は決定できる)天皇の一族が一人もいなくならない限り、また、国民がこぞって英断をふるって「天皇制廃止」を決定しない限り、永久に皇室は存続する、という新たな天皇体制下に、日本国民もまた永久に置かされるということなのだ。
 これは、戦前とは趣を変えつつも、永遠不滅(になりかねない)の天皇制の出現と、それを政治的に利用しようとする輩の出現に必ずつながる。
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