おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

こんにちは

2004-11-30 20:42:20 | つぶやき
こんにちは、誰かいないの?

なんだいるじゃない
また寝てたんだ、泥棒が入っても知らないよ

ふっー、疲れた!買い物も疲れるわ

あれいないの?
何だ買い物か、一緒に行けばよかった

え、違うのか、いつ帰るって
そう、じゃ待ってるかな

どうって、けっこう忙しいわよ
帰り遅いし、こっちは眠くなるし
そう、一人鍋の時もあるしね
でもね、しょうがないわ

食事は家で食べてる
なんか食べてきたのかなって
思っても
何も言わず食べてるみたい

朝も早いし夜も遅いし
ほんと大変そう!誰かさんと違ってね
いつもごろごろしてるじゃない
小さいときから思っていたわ

作ってるよ、ちゃんとやってます
お弁当はさすがにね

これ持ってていい?
ありがとう!遠慮なくもらっていくよ

あ、これもちょうだい
これで今夜のおかずはゲットということで

気を付けてね、相変わらず高いんでしょ
それはいいよ、歩くのはいいみたい

あの人、元気、元気
私のこと娘だとは思っていなかったみたい
よろしくって言ってた

健太はどうしたの?図書館か
へえ、いよいよ本格的に勉強

まあ、いいんじゃない若いんだから
心配してもしょうがないよ

最近の若い人ってよくわからん
勿論、こっちも若いけどさ

家のこともやらないで、お舅さんまかせ
自分はごめんなさい、お母さんって
信じられないよね

私もだったって、そんなことないわよ
けっこう、これでも頑張ってるんだから
家事と仕事と

あ、これ便利そう、もらっていくから
お母さんて、たいへんだったなあって
思うよ、最近

もうじきみたいね男の子でしょ
なんだかんだ仲いいみたいね
康男のところも

うちは、まだまだ

じゃ、いったん帰るや、また後で来るから
お母さんに言っておいてね

嫁いだ娘が近所に住む。
最初は家に帰って来るみたいだったのが、
今は、「こんにちは」

次第に一人前の家庭を築きつつある。
寂しいやら、頼もしいやら
心落ち着かぬ父親ではある。

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忘年会シーズン

2004-11-29 22:05:48 | 世間世界
 巷からクリスマスソングが響き、あちらこちらの木々が色とりどりの豆電球で飾られ、家々の窓にさまざまなイルミネーションが瞬き、テレビで大げさな胃腸薬の宣伝が始まるともう年の瀬ムード。 
 今年の流行語大賞が決まり、ちょっと人気にかげりがあるNHKの紅白歌合戦の出場者が決定しと、もう一年の終わりを告げるようなあわただしい世相になる。気が付くと、もう明後日から12月。
 ちょっと遅く電車に乗ると、赤ら顔をしたサラリーマンが座席でうつらうつら、にぎやかに話す声。普段よりも人も混んでいて、今日は忘年会だったのだなと。
 忘年会がいつごろから盛んになったのか、いやむしろ廃れてきているのか、さだかではない。しかし、今週・来週と金曜日には、どこのホテルの宴会場も予約で一杯のようだ。まさにかきいれどき。
 身の回りでは、今年も色々あった。年初には知り合いが突然亡くなり、てんやわんや。それから息子・娘の相次ぐ結婚と、冠婚葬祭はなやかだった一年。公私ともになんかせわしない一年だったか。どの人にも大なり小なりさまざまな一年だったにちがいない。
 実は、小生にとっての今年最大の話題は、ある日、姓名判断をしてもらったことである。そこでは、何と22歳で絶頂期、あとは、何をやっても報われず、ただただ下降線の一途をたどる。で、92歳になったらやっと今度は上昇するなどと実に情けない判断が出てきた。
 昨日・今日親からもらった名前ではない。半世紀以上の歴史を持つ名前が、いとも無惨な名前であったことに唖然とした。親を恨もうにも両親ともすでに他界。いったい、小生の人生はどうなるのでしょうかね。
 だいたい22歳っていうのは大学を出た年、特によかったとも思えないし、それから下降線をたどっているとも思えない。これは、もう笑ってごまかすしかないと。92歳まで生きられると思うとこれまた結構?かな。もうこれはすべて忘れてパアッーといきましょうかね。
 てわけで、小生の関わる忘年会は、某帝国ホテルの宴会場・大鏡の間で盛大かつ華やかに行われてほしい。
 でも、日本中が今年は台風やら地震やらで激動の年。今も、新潟では寒さに向かって厳しい環境で暖かい場所もなく辛い年を越すというのに、世界もイラクをはじめ、なんだか不穏な気配が一杯だったのに、こんなことでいいのかしら。
 反省!反省!
 そこで、慎ましやかに友人とささやかな忘年会をやることにした。
 残念~!(流行語大賞候補作品) 
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下町のそば屋の意気込み

2004-11-28 21:36:23 | つかのまの旅人
朝から新幹線に乗って出かけ、日帰りで帰ってきた。久々に新幹線に何時間も乗って疲れた。前と違って座席も少しゆったりとして以前ほどではないが、それでも同じ姿勢は疲れるものだ。
帰宅し、何となく麺類が食べたいと思い、近所の蕎麦屋に出かけた。最近、この店から「新そばを打ちました。是非おいで下さい」と葉書をもらった。久々に食べに行ったというわけだ。
 さっそく新そばを食した。たしかにのどごしもよく、少し甘みがあって香りも高く、おいしい。聞くと、茨城県の金砂郷に畑を借り上げ、土起こしから肥料入れ、種まきから収穫。そして天日干しと一連の作業を仲間たちとやっている。お店に持ってきても石臼でひいて手打ちにする。と手間暇をかけて打っているとのことであった。
 もうけっこう長い間やっているらしい。写真も見せてもらったが、刈り入れ時がちょうど台風にかかり、ずぶぬれになって大変だったことなどを苦労話も聞いた。たしかに手間もかかっている。もともとこの金砂郷はおいしいそばの生産地だそうだ。
 また、この店では、北海道からもそば粉を取り寄せていたり、おいしいそばを近所の方々に食べてもらおうといろいろ苦労しているらしい。そのかいあってか、近所ではおいしい蕎麦屋さんとしてはやっている。これも、息子さんがあれこれ知恵を使い、体を使いして励んでいるせいだろう。 近所にはラーメン屋もあるが、その息子とも同年代でいい意味でのライバルである。どちらも代が代わり、それぞれ家業を継いで頑張っている。近所の床屋さんも息子から孫の代とやはり家業を継いだ若者が頑張っている。なかでも、この蕎麦屋の息子さんはよく頑張っていると思う。
 たまには、食べに行くことにしょう。疲れた体におなかもこころも爽やかな満足で一杯になった。
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人生は年と共に老いるもの

2004-11-27 20:10:28 | 世間世界
 久々に昔20年以上も前に出会った人たちと再会した。といっても、毎年欠かさずやっている会にこっちが久々に参加したというわけだが。この会の名は「加楽寿(からす)会」楽しみを加えつつ年もとるというようなネーミング。
 実際にもじじばばの会だが。最初の頃は、娘や息子の進学のこと、それから就職、そして結婚、そして孫と年月を重ねるごとに話題も変わり、人も減り、今では10人くらいの会。それでも用事や体調で欠席者も増え、それでも何とか毎年開催している。
 皆、酒も弱くなり、食事も細くなりしてお金もかからなくなった。一番若かった人も今では外形からはそれほど違いが分からない。かつては飲んだ後、カラオケに行ったり、ダンスに行ったりと血気盛んであったが、今や面影もなし。お互いに健康の話しと孫の面倒でおしまい。
 それでも、一年に一度は会おうというのだから元気なのかもしれない。幸いに亡くなった人もなく、連れ合いに死なれた人も一人だけとけっこう元気なのが取り柄の会。今日も飲んで食べて健康談議で時を過ごし、お開き。二次会に行くでもなくそれぞれ家路についた。話しは、面白くそれぞれ勝手に人生を語り、うらやみ助言し、慰めて。この会もいつまで続くか。
 同窓会や同級会も、先生を囲んでまた楽しい。人間は利害損得と関係なく、お互いに言いたいこと、聞きたいことを話ししていくのが一番かもしれない。
 週刊誌では、同窓会で会った人とお互いに不倫を楽しんだなんて嘘みたいな記事が面白おかしく書かれているが、まあそれもそれ、人生わずか80年、同じ時に生きてきたことの意味は大きいと思う。
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いよいよだね

2004-11-26 23:18:57 | つぶやき
久しぶりだな、元気にやっているかい
そりゃよかった、順調な仕上がりってやつかね

ふ~ん、再チャレンジか
いいじゃない、初志貫徹ってやつは
ほう、目標通りいくといいね

そうだな、どこかに入ったほうがいいと思うけど
つらいものがあるからな
また1年ってやつは

そうりゃそうだよ、中途半端には変わりないよ
周りは無責任にいうけどね
やっぱり一人前扱いにはならないよね

へえ、お先にエンジョイしてるってわけか

まあ、早く大学に行くもよし
ちょっと回り道するもよしだよ

体調だけは気をつけてろよ
風邪がはやりそうだし
その点はぬかりないか

こっちはぼちぼちだよ
ありがとう、心配してくれて
自分のことを心配しろよ

ほう、受験が終わるまではいっさい関わりなしか
それもそうだけど
ごちそうさまですな
この間見かけたよ、元気そうだった

そう、やっと直ったって感じ!
まだまだ社会復帰には大変そうだけど
働いてるよ、徐々にじゃないの

そうそう、大学入ったら芝居やるんだろ
楽しみだね
そのつもりで応援するから

なかなかうまくいかないもんだよ
焦らないことですね

他には?
まあ、そのくらいに受かればいいんじゃない
そりゃ、贅沢だよ
苦労している人も多いし

そっちならまあ大丈夫じゃない
根性というか負けん気があるし
そういうほうがいいって
本番に弱いやつよりは

まあ一段落したらみんなで飲みましょう
一年間の苦労に対して
体だけは気をつけてくれよ

少しばかり関わった人間が一浪して大学受験。
早くも志望校決めに入った。
心理学関係が第一志望。
今年こそ受かればいいと心から思っている。
昔も今も大学受験は、人生の中で大きな位置を占めている。
遠く遙か昔に大学を卒業した人間は、
声援を送るのだ。
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親殺し子殺し

2004-11-25 22:40:22 | 世間世界
 親が子を殺し、子が親を殺し、夫が妻を殺し、妻が夫を殺す。 
 孫が祖父母を殺し、祖父母が孫を殺す。
 家族を舞台にした悲惨な事件が相次ぐ。なかでも、子が親を殺す事件が連続して起こった。
 夫婦は血のつながりのない、赤の他人同士だが、親子は血のつながった関係。親は子を不憫に思い、子は親を大切にする、そうした親子の絆が断ち切れたまま、子によって親は殺される。その瞬間の親の思いはどうであろうか。
 かつて、家族みんなで細々となんとか生活しながら、それでも食えないままに、生まれたばかりの子を間引きせざるをえず、幼い娘を都会に売り、親を置いて都会に出て働く、年老いた親を山に捨てていく。これらは、それぞれ涙の中での辛い別れであったと思いたいが、そんなきれい事ではけっしてない、悲惨な歴史を持つ。わずか100年も前にはならない出来事であった。
 飽食の日本、切りつめればどうにか生活できる現在にあって、経済的理由でもない、親子の殺し合いが始まっている。親子心中は、親の子殺し・殺人である。これも、減ってはいない。
 今回の二つの事件は、一つは浪人生によって起こされ、もう一つは、長年働きもせず家にこもっていた青年によって引き起こされた。だからといって、子の親殺しだけがセンセーショナルに取り上げられ、親子心中の理不尽さが軽く扱われているとしたら、それはおかしなことだ。一個のそれぞれの生命が、他人によって断ち切られることには変わりはないのだから。
 ところで、儒教では、仁や義や礼を説く。その原点は、親子関係であり、主従関係であった。その孔子に、盗みを働いた父親を息子が正義感から司直に告発したことを批判して、そうした親でもかばうのが息子の立場であり、そこに道徳の本義が存在するとまで言い切った話しがある。孔子は親子の絆にこそ仁の原点があると考えた。
 しかし、人間の本性はそういうふうな性善ではない。すきあらば、我執のために、親も親とも思わない、子を子とも思わない、これが人間の本性である、いわば性悪であると徹底したのが韓非であった。今、世の中を見ると、性悪説に傾きたくなる世相である。親も子に身構え、子も親に身構え、肉親同士、憎悪と不信に凝り固まって相対立・抗争する。
 家庭がホームからハウスつまり家という建物に変わってから久しい。洋間の多い家は、ペンションであり、和室の多い家は、民宿である。
 朝食や夕食(この時間すらバラバラ、食事のメニューもばらばら、てんでに新聞を見たり、テレビをおかずに飯を食う)食べ終わればささっと出かけるか、自分の部屋に引っ込む。片づけは母親の仕事。片づけが済めば、テレビか自分の趣味の世界へ。親子で会話もなければ協力もない。
 これで、家庭が崩壊しない方がおかしい。ただ、金銭だけでつながったハウスには悲惨な事件の温床のみあるだけだ。
 親も子も地域も疲れ果て、他人のことは全くかまってられない。かつての貧しい日本。親が子を殺し、子を売り、親を捨てた頃とどれほど人間は進歩したであろうか。
 鎌倉時代の話しに、病気にかかり死にそうな親が子に向かって、せめて野犬に食われないところに置いていってくれと頼む話しがある。
 貧しさは心までも病むのか、心の貧しさが貧しさを生むのか。我々人間の歴史は、進歩とか成長とかとはほど遠い、千年一日の如2き歩みではなかろうか。
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楽器演奏は肉体労働だ!

2004-11-24 23:58:31 | 世間世界
 生まれて初めてバイオリンのコンサートに行って来ました。バイオリニストの清水高師氏とピアニストのギリロフ氏との共演です。銀座にある、300人くらい客席のホールで、大変素晴らしい会場でのコンサートでした。
 曲目は、シューマン、ラベル、ベートーベンの3曲でいずれもソナタでした。芝居なら長年見てきて、多少なりとも演技や内容などについて批評や感想も言えますが、こういったコンサートはまるっきり門外漢。若干狂気じみたシューマンの作品、ジャズがかった華麗なラベル、ベートーベンの重厚さなど、それぞれがとても素晴らしい演奏でした。
 なによりも感動したのは、バイオリンにしてもピアノにしても短時間あたりの肉体労働密度は大変なものであるという新たな発見でした。例えば野球などは、投手と捕手と打者の3者が中心。打つまでは他は準備活動中。勿論、緊張感、持続力、瞬発力等は並大抵のものではないでしょうが。
 それと比較して2時間近くを右手には弓を持ち、左で弦を自在に操る。それも体全体を使って。ピアノも手だけではなく足もペダルを用いて体全体で表現する。ほんとうに大変な肉体労働だと思いました。まさにプロの芸術魂を垣間見させてもらったようです。
 才能と日ごろの鍛錬とが相俟ってこれだけの演奏ができるのだなあと感心しました。
 同行した知人(この方は、ご自分でも音楽の専門家ですが、子供たち3人とも音楽の道に進ませている方です)に、素人的な発言をしてしまいました。
 「左利きのバイオリニストはいないんですか」
 「不自然な姿勢で大変そうですね。肘が下がってぞなんて注意されるんですかね」
 「顎にバイオリンだこなんてものができないいんですかね」
 数々の失礼な発言お許し下さい。どうぞ、機会がありましたら是非またお誘い下さい。
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ライトアップ六義園

2004-11-23 23:14:28 | 世間世界
 電車の広告を見て、思い立って行って来ました。
 駒込駅に降りたのも初めて、六義園も初めてでした。向島百花園とか後楽園などには何回か行ったことがありますが、ここは、初めて行ったわけです。
 「六義」というのは、中国の詩の6つの体裁、日本では和歌の6つの体、また、書道では6つの筆法を意味するとか。はたしてお庭に、それらがどのように生かされ、意味づけられているかは定かではありません。
 いずれにしても、まさか駅から2分足らずの所にあるとは思いも寄りませんでした。けっこうな人々でにぎわっていました。池の周りや道筋に淡いライトが置かれ、汀の松や紅葉を柔らかく照らし出し、また、道の足元にも所々明かりがつけられ、幻想的な秋の宵をイメージさせていました。 しばし、遠く池の向こうに映える松の姿や、池に写る紅葉の影を眺めていました。写真を撮る人も多かったですが、そのほとんどが携帯電話のカメラでした。それだけ、若いカップルが多いということでもあったのでしょうか。
 それでも、中年や老夫婦が散策しているのもまた何となく静かな風情を感じさせました。途中には茶店などもあってのんびりと時を過ごせます。昼間とはまた違った庭には、大変趣深いものがありました。
 寒さもあまり感じずにぶらぶらと、紅葉した木々を愛でながらの小一時間でした。春には、桜のライトアップもあるそうです。ぜひまた来てみようと思いました。
 そのときを楽しみに庭を後にし、駒込駅に向かいました。旧古川庭園も近くにはあるようです。山手線の駅の中では一番にぎやかでないはなさそうな駒込付近に、かつて中山道沿いに屋敷町が広がっていた場所であったことを感じさせました。



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演劇のすすめ

2004-11-22 22:10:51 | つぶやき
へえ、お芝居やってんだ
高校の時からか
高校生って芝居なんかやるの
サッカーとかテニスじゃないの

外は太陽が燦々と照っているのに
わざわざ窓に黒い紙貼って
部屋まっ暗くして
じっと目を凝らしながら見てる
健康的じゃないよ、それって

女子ばかりってまあそんな感じか
たまに男もいるのか
目立とうってやつばかりじゃないの

まあこっちはあんまり縁がないけど
見に行かないなあ
機会がないしさ

そういえば意外と根暗なやつが多かったような気がするな
俺が高校の時は
授業中なんかぼそぼそ何か見て言ってるし
横目で見ると、なんだ、台詞を暗記してるのか

あの発声っていうの
独特の言い回しっていうか
なんであんな気張っていうのかなあ
分かりませんよ

普段あんな話し方したらかなり気味悪いよ
カツゼツっていうの、漢字はどう書くの?
腹式呼吸とかって時々でかい声出してたな
イ・エ・ア・オ・ウ・ア・オとか
トナリノキャクハヨクカキクウキャクダ
今時そんなのやってないか

でも魅力があるんだろうね
やってる人には
やみつきになるってことか

卒業してからも高校に関わってるんだ
後輩にいやがられてるんじゃなのか
いいかげんに足洗えよ
ってこっちには関係ないけど

独白っていうの
独り言なのにでかい声出していってる
あれじゃあ周りに聞こえてますよって

でも聞こえてないふりして話すじゃない
あれってけっこう面白いよね

そうなんだ、約束事があるんだね
そういやあほら「切っても出てくる芝居の幽霊」
ってあるじゃないか
見てる人に今度の人は前に切られた人と同じだけど
本当は別の人だよってもう最高!

別に皮肉ってるんじゃないさ

へえ、高校では創作劇? 高校生が自分たちで創って
そりゃ面白いかもね
自分たちで書いて演出して舞台に出て

でも、それって自己満足ってやつじゃないの?

悪い悪い、言い方悪かったよ
青春、若さってものかな
まあ勉強・勉強よりはいいかもね

だけど前に高校演劇やってて
今テレビに出てる人なんているの

いわゆる新劇ってやつだね
舞台でやってるのか
小さな小屋があちこちにあるんだ
下北沢? 新宿? 大塚? 

芽が出る日を夢見て
やっぱり青春だね

今度そっちが関わっているのがあったら紹介してよ
気が向いたら行ってみるからさ

元気で頑張ってね
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まつりごと荒ければ天怒る

2004-11-21 23:21:51 | 平和
今年は天変地異が盛んに起こっている異常事態だ。岡山の方から今年の台風のすごさを聞いた。風速60メートルを体験したという。勿論立ってはいられない、あっという間に3メートルも飛ばされた。地にはいつくばって歩いたという。自宅の屋根はすべてはがされ、青いシートがかぶさったまま。
 瓦職人がいなくて、順番待ち。このままではお正月を青シートで迎えることになりそうだと。
 新潟では、いまだにテント生活する方がいるという。寒い冬に向かってどうしたらいいか、途方に暮れている話しも聞いた。
 北海道では、もう50センチのどか雪が降ったという。
 昨日から今日にかけて久々に泊まりがけで北海道から九州まで全国の方々と会う機会があった。どの方々も今年はよい年だったという声は少なかった。経済もなにもかも低迷し、政治不信の中、地震・台風・疫病・・・は、異常なほど。このことを憂える声ばかりである。
 昔から「政(まつりごと)荒ければ天は怒る」というような言葉がある。今年の自然災害は、けっして大げさにいうのではなしに、あまりにも荒い(きめ細かくない)政治が行われていることに天は怒りを為したのではないか。
 迷信として一笑することは簡単に出来る。しかし、笑って済ませられることだ、あくまでも偶然の出来事だ、それほど政治はいい加減に行ってきてはいないか。そういうことをささやけば、どこが悪い、言うことを聞けばいいのだ、・・・そうした政治家や役人の声が声高に聞こえれば、なおさら庶民は黙ってしまう。
 この間発表された地震被害予測は、浮き足立つの庶民の心をますます暗く揺さぶる。
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一億総書き手時代

2004-11-20 22:02:03 | 世間世界
 断定は出来ないが、世の中、今や書き手のみになっているようだ。どこにも読み手はいない。いわば一方通行の感じ。いっそう対話がない時代になってきているのではないだろうか。
 書く人は書くだけで自己満足。他人の文章や意見はどうでもよい。自分の思いを書いて、あわよくば誰かに読んでもらえばよい。もしそれがなくても結構。
 で、他人の文章を読んだり、コメントを書くのまではよいが、それ以上、論争をしたりされたりするのはイヤだ。という、かくいう小生もその落とし穴に落ちつつある。
日本人の、日本語の特性としての対話下手論争下手がこうじてインターネットの世界にも影を落としていると思う。たぶん、一億総オタク時代でもあるのではないか。
 こうして、一人ひとりがばらばらな自己満足に酔いしれている間に、じわじわとかつての言論不自由時代が押し寄せてきているのではないか。
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お国のために死ねと

2004-11-19 23:34:47 | 平和
 イラクの自衛隊派兵延長を早々と公言したコイズミ。保安官ブッシュの忠犬コイズミは、ますます増長している。自民党も平和の党?公明党もただただ遠巻きにして黙認している。
 なんでここまでコイズミをやりたいように言いたいようにさせているのか。国民の支持だけが頼りだったはず。だとすれば、国民の暗黙の了解を取り付けているという判断がコイズミ一派にはあるのだろう。ブッシュに対してもしかり。
 コイズミの頭には、ブッシュの進めるアメリカを頂点とした力の政策の一翼を担うことしかないようだ。最初の目的から大きくはずれ、今ある大義名分は、反テロ戦争。しかし、自衛隊は平和維持軍でもなければ、国連から派遣要請された選挙管理でもないはずだ。初期の目的からかなり勝手に変更し、いよいよ対テロ戦争をアメリカ軍と一体となって戦うことに。
 現地の自衛隊には、すでに自衛隊反対!の声が起こっている。それらすべてが、テロリストのしわざという判断になり、反テロ戦となっていく。少なくないイラク国民を敵に回しての闘いになるいやもしれぬ、泥沼化さえ危惧されるのである。
 テロ撲滅のためという大義名分は、その貫徹のためには、自衛隊員にお国のために、公のために死ねということであろう。いよいよ小林某の主張する状況へと一歩進んだということではないだろうか。
今は、声を大にして、犬死にはしない、させないということを言うしかない。コイズミたちのこれらの動きは、いずれ兵役・徴兵制度をみこした動きにもなっていくだろうから。けっしてコイズミは平和主義者ではない。
 この先、郵政民営化などはたいした問題ではなく、これからの政治日程では、教育基本法の改悪に始まって、憲法第9条の改悪を中心とした憲法改悪が政治課題になることは間違いない。
 今、国民が切実に願っていることは、老後の不安の解消、経済の回復、教育の明るい未来などである。年金・雇用、治安・・・。自殺者が過去最高、生活保護申請が過去最高、景気はいっこうに回復せず、治安は、ますます悪化するばかり、検挙率は過去最低、警察の不祥事は過去最高。
 コイズミになってから日本は悪くなるばかり、というのがコイズミ政権の実態だ。

 それでも、あなたはコイズミを支持しますか? 

 なぜ庶民の党・平和の党・公明党はコイズミを支持しているのですか?

 なぜ絶対平和主義を標榜する創価学会員は、コイズミの言動を認めているのですか? 
 
 なぜ皆、NOと叫ばないのですか?
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地震は予知から予測へ

2004-11-18 21:50:05 | 世間世界
日ごろ寒さがつのりますという歌詞の通りになってきました。お元気ですか。
 昨日は、もっと身も心も寒さに追い打ちをかけるような話題が登場しました。
東京地方に直下型地震が来たらどうなるかというシュミレーションの結果が公表されました。
震度7とか6強とか小生の住む地域に襲って来るようです。もうこれはシビアな予測です。
崩壊の覚悟を決めるか、今からすみやかに安全な場所へ住まいを移すか。
 そもそも今の時期にこういう予測を打ち出したのはなぜでしょうか。新潟中越地震が起きたり、浅間山の噴火などじわじわと関東大震災級の地震が起こる確率が高まってきているからなのでしょうか。
 日本の地震対策は、これまで予知中心の研究が主流でした。多くの素人目には予知は無理ではないかと思っているのにもかかわらず、何年にも亘り、莫大な予算のもと、必死になって予知は可能だという路線を突っ走ってきました。
 本当は学者の中でも予知よりも地震対策に向けた方がという考えもあったと思います。それは、表面には出ず、相変わらず地震が起きてからの結果発表ばかり。これくらいなら素人でも発表できそうです。曰く、活断層が、地震空白地域が・・・。
 そこで、徐々に路線変更に。予知から対策に。その路線の集大成が今回の発表ではないでしょうか。でも、この程度なら素人でも出来そうです。直下型でマグニチュードいくつなら震度いくつというくらいは。
 地震が起きた後、余震の頻度や強さも大げさな研究がなくてもと思ってしまうのは、素人すぎるでしょうか。
 今回の発表は、もしかしたら首都移転の深謀遠慮が働いた政治的予測ではないでしょうか。福島が安全だよとかの。
 まだ冷たい雨が降っています。
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谷中、不忍、言問通り

2004-11-17 23:20:17 | つかのまの旅人
この間の夕暮れ
日暮里駅から
ぶらりぶらりと周辺を散策した

朝倉彫塑館をスタートにして
寺町界隈をそぞろ歩きとしゃれこんだ

昔懐かしい、素朴な風情一杯の町並み
狭い路地には小さなお店
夕日を浴びて階段を下ると谷中銀座

「銀座」というありふれたネーミングは昔のままに
それぞれの屋号をお揃いの木彫にして
これまた狭い道幅に
威勢のいい売り声と

火事になったらたちまち火の海に
余計な心配もなんのその

それからしばらく歩き、にぎやかな不忍通り
四つ辻で左に折れて言問通り、赤札堂
またしても小さなお店が並ぶ狭い歩道

もう腹減った、えっもう!
鶯谷の方に行き過ぎて、後戻り
ごまゆべし、あんこゆべしをほうばりながら店探し
この間車越しに目を付けていた店はどこだったけ?

ここだここだ
トンカツ屋さんにもういいですか
けっこうですよ、とご主人の声
それではと

そのあとにお客さんも入り始め
なじみの客も
それおいしいですか
いや、物珍しさに一回は食べても
次は食べるのはあまり・・・
正直な受け答え

今はどこでもチェーン店
その分味も値段も通り一遍
今時珍しい客商売
おいしく値段も手頃

1万円出したおつりに、樋口一葉さんが入っていた
さすが樋口一葉ゆかりの町
その心意気に負けました
なんだかうすっぺらな樋口一葉だけど
でも偶然だったのかな

店を出てしばらくぷらぷら
いつしかすっかり闇夜に変わり
今宵はこれにてとおさらば

お腹も満足、ちょっぴり疲れた足にむちうって
坂道を上っていった

お連れの方も満足、満足


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観点別評価の怪(その2)

2004-11-16 22:32:51 | 教育
ちょっと借りてきた「資料」を引用すると、
1言語についての知識・理解・技能
2読む力
3書く力
4話す・聞く力
5国語への関心・意欲・態度
(国語5項目)

1社会事象についての知識・理解
2資料活用の技能・表現
3社会的な思考・判断
4社会事象への関心・意欲・態度
(社会4項目)

というわけで、以下数学、理科、音楽、美術、保体、技術家庭、英語と、どの教科も同じような観点別評価項目が4項目ずつある。その項目はどこがどう違うのかもはっきりしていないし、どの教科にもほぼ同じような観点が示されている。
 教科担当の教師は、それぞれの項目についてA・B・Cで評価する。それをすべての生徒についてつけていくのだ。「内申書」に記入されたその評価を、今度は高校で10点・5点・1点と点数化する。
 わずか50分(あるいは45分)の授業時間で全員の生徒の評価ができるわけはない。そこで、同じ教材を何時間もかけ、一つ一つの項目をこれまた一人一人の生徒についてA・B・Cをつけていく。したがって、もう何時間も同じ教材(国語なら同じ内容の文章を9時間も10時間もかけてもやることになるのだ)を扱いながら、その時間は同じ観点別で教師が記入していく。
 出来る子にはつまらなく、かといってその時間の観点によっては、分かっているからと消極的になったら評価が下がってしまう。だから、分かっていてもつまらなくても、授業にかたちの上で、積極的に参加せざるをえない。
 また、観点別はあまりにもおおざっぱすぎるので、この観点をもっと細かく評価するための項目が、またそれぞれについてたくさんの評価基準がある。そのため、教師用のマニュアルは、実に分厚いものになる。
 これを毎時間毎時間抱えて教師は授業に向かう。こういった作業が(まさに作業が)日常的に行われているのである。これで、学力がつくと思う方はよっぽど脳天気である。
 どこでも数値評価が日常化してななんでもかんでも点数化する中にあって、公立の学校がその先頭に立って実践しているのだ。子供たちを部分部分で細切れに評価していくことほどナンセンスなものはない。
 週休2日制がとか、教材の少量化・精選とかが、学力低下につながったなどという識者や保護者がいるが、実はこの観点別評価によって細かく評価せざるをえない体制こそが教師を苦しめ、子供たちを勉強に向かわせない元凶なのではないか。
 一方で、君が代・日の丸の強制や奉仕活動の義務化などの思い付き政策がどんどん発表され、現場はそのたびに右往左往させられる。これでは、小学校も中学校も公立の学校の敗北は目に見えている。公立校に未来はないように思える。
 皆さん、どう思いますか。
 けっして他人事ではないと思いますよ。



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