おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

椿山荘。カメの散歩。(有楽町線・江戸川橋駅下車。その1。)

2014-06-10 00:25:41 | 歴史・痕跡
 先日、暑い日。久々に「有楽町線・江戸川橋」駅近くのビルでの会議。例によって、帰り道はちょっと寄り道。さすが夕方からでは限られた範囲。残りは後日(またまた暑い日)、再び出かけてみました。

 
左図が明治後期、右図が現代(「今昔マップ」より)。
A:山縣邸(現椿山荘)、B:芭蕉庵、C:細川邸(現新江戸川公園)、蕉雨園は、Bの上辺り。神田川をはさんだは、田んぼ(現早大北側付近)。
 標高は、「神田川」周辺(薄緑色)で約8㍍、武蔵野台地の東縁部・目白台地、関口台地(薄いピンク色)を通る「目白通り」付近で約27㍍。「椿山荘」など、それぞれの施設は、湧水もあり、自然の高低差を生かした庭つくりになっています。

椿山荘

 武蔵野台地の東縁部にあたる関口台地に位置し神田川に面したこの地は、南北朝時代から椿が自生する景勝地だったため「つばきやま」と呼ばれていた。江戸時代は久留里藩黒田氏の下屋敷だった。
 明治の元勲・山縣有朋は西南戦争の功により年金740円を与えられ、1878年(明治11年)に購入、自分の屋敷として「椿山荘」と命名した。
 1918年(大正7年)には大阪を本拠とする藤田組の二代目当主藤田平太郎がこれを譲り受け、庭園を維持し、東京での別邸とした。戦災でほぼ焼失したが、1948年(昭和23年)に藤田興業の所有地となり、その後1万余の樹木が移植され、1952年(昭和27年)より結婚式場として営業を開始した。2013年1月1日より「ホテル椿山荘東京」に変わった。
 現在、庭園は一般公開されており、椿や桜など植物、史跡等を鑑賞できる。そこで、ぐるりと見学。

長松亭。茶室。

無茶庵。

「つばきやま」にふさわしく、各地からの椿が植えられている。

樹齢約500年、椿山荘最古の椎の木。


古泉水。湧水が自噴する井戸。

戦国の武将で茶人でもあった織田有楽(信長の弟)ゆかりの十三重石塔。




 庭園の頂上に建つ三重塔は、平安期の歌人として名高い小野篁ゆかりの寺院、広島県加茂郡の篁山・竹林寺にあったものを藤田平太郎が1925年(大正14年)に譲り受け、椿山荘に移築したもの。室町時代末期のものと推定され、国の登録有形文化財。
眼下を望む。
 まだまだ見所はありそうですが、ここまで。

神田川沿い。右が神田川。

五慶庵。京都二条城前にあった三井邸を譲り受け、昭和29年(1954)に移築。五島慶太にあやかって命名された。


道標。みなもと→18.1キロ 隅田川←6.5キロ

神田川 
 三鷹市井の頭恩賜公園内にある井の頭池に源を発し東へ流れ、台東区、中央区と墨田区の境界にある両国橋脇で隅田川に合流する。流路延長24.6km、流域面積105.0km²と、東京都内における中小河川としては最大規模で、都心を流れているにも拘らず全区間にわたり開渠であることは極めて稀である。かつては「神田上水」を取水し、江戸の水道として利用されていた。(以上、「Wikipedia」より)

 外に出たら、こんな光景にでくわしました。びっくり! カメの散歩です。
???大きい。

もと来た道を戻るようす。今回の一番の驚きでした。

 早速調べると、もしかしたら、「ケヅメリクガメ」かな?
 野焼きや開発による生息地の破壊、乾燥化、食用やペット用の乱獲などにより生息数は激減していると考えられている。2000年にフランスの提案により野生個体の輸出割当が0頭と厳しく制限され、養殖個体(飼育下繁殖個体)のみ国際取引が可能とされた。2000年における生息数は18,000-20,000頭と推定されている。
 ペットとして飼育されることもあり、日本にも輸入されている。大型化するため数畳分の乾燥したスペースおよびその保温設備を用意できない限りは飼育は勧められない。
 三谷幸喜による舞台劇『グッドナイト スリイプタイト』には登場人物のペットという設定で本種(の模型)が登場した。(以上、「Wikipedia」より)
 
 インターネット上では、けっこう飼育している方もいるようです。しかし、これだけ大型になると並の家では飼えませんね。それに長生きもするようですから・・・。
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