目前の80

まだかもうか

助けをもとめる声を聞いて

2018年03月29日 | 楽しい後期高齢生活のために
近所に桜並木がある。

美しいと評判がたち、年々人が増え、祭も開かれる。

回りもコンクリートで整備し、歩きやすくなった。

今年も日、いちにちと花びらが開き満開となる。

が、なんかさみしいというか、白々しいと思うのはおかしいだろうか。

見るほどに、最近ここの桜には初々しさがなくなっていく。

真っ白のよそよそしい花びらで、ハイ咲きましたよというようにそっけなく咲く。

以前のようなえもいえないほのかな桜色が消えてしまった。

何故?一説ではマワリをコンクリートで囲ったからよという声もある。

しらじらしい花盛りというのもつまらぬものだ。

ひょっとして桜は病んで居まいか。

助けを求めて居はしまいか。

求める助けに気が付いてもらえないで、輝きを失っているのではないかなあ。

人もまた助けを求めても気づかれることなく、老いて行くひとがいるのだが。

口中の地雷と延命処置

2018年03月25日 | 楽しい後期高齢生活のために
口の中に地雷が3箇所。

このうち一箇所でもアウトになればいよいよ取り外し自由の入れ歯だと宣告をうけている。

友人の多くはかなり以前、若い頃に取り外し入れ歯体験を通過し、今はゆうゆう自適生活である。

うらやましい。若くしての体験って、耐える力をもっていた。

が、こんなに弱っちゃって、大改革に遭遇するのは、体力ぶそくで、不安。

今はひたすら口の中の延命処置にすがっていく。

歯が先か、寿命がさきかという事にならないのが歯の延命処置と普通の延命のちがいだが。

程もなく本番延命処置ともご対面なのだし、何事も挑戦あるのみだよな。

それにつけても年をとるのは大変デス。

気合だ、キアイダっていうけど。

2018年03月21日 | 楽しい後期高齢生活のために
私、それなりに「元気な人」とまわりから言われ、自分でも元気である、と思っていた。

が、歩けないという事態に会い、急速に自信を失い、急速に老い込んだ。

ここしばらくの自分の考えることといったら、ろくなことはない。

言うこともする事もどうしようもなく、ババ臭い。思わぬ現象である。

すくなくとも80越え、いやいや、90だって夢ではないと軽く、タカをくくっていた。

が、意外にも私には根性というものがかけていることに気が付いた。

同年輩の友人はそのてん気合が入っている。

背骨を折ろうが、膝を被地人工関節にしようが一向にひるまない。

おとなしく、物静かであったこの人のどこにこんな根性がひそんでいたのか。

人生は最後まで勝負はわからん。

私、もうすでに気合で負けている。

挽回のチャンスはないだろうか。いや、気合かなあ。


自分が信用できなくなる瞬間の怖さ

2018年03月16日 | 始めての出来事
先日おかしな偶然がかさなった。イコカ、JRのパスカードである。

出かける前に残2千円あるカードに3千円追加した。

一万円札を機械にいれ、7千円おつりが来た。合計5千円がはいっていることになる。

その日のカード使用金額は約2千円を使用したつもりであった。

使用途中で不思議なことにきがついた。

パスカードで改札をぬける折に、残高をチラ見し、??と思う。

残高5・・円。おかしい。が、みまちがえであろうと通過。

帰り、カードで改札を通過。残高チラみで、あれ?5・・円!

行きも帰りも残高が5・・円というのはおかしい。

少なくとも5千円少々のカードから行きの交通費1千円を引けば残りは4千円台のはず。

ここでだんだん落ちつかなくなってきた。なぜ、残高が5・・円なのか。

朝私が入れた3千円はどうなった。

JRの券売機が誤作動をするだろうか。

もし誤作動ならおつりは出ないはずだ。

私は3千円の入金をしたと思っているが、実は入金しなかったのか。

それにしても財布のなかに、覚えのない5千円札があるのはおかしい。

一万円札は銀行からしか入らない。

銀行の機械が一万円と間違えて、5千円札をだすだろうか。

JRの改札機械が、料金をまちがえて余分にとるだろうか。

すべて否であろう。とすると真実はひとつ。

私が悪いのだ。ガーーーン。私はぼけたのか。

いや、呆けたといっても、この5千円札だけはまぎれもなくおつりのお札である。

おつりがあるかぎり私は入金しているはず。しかし残金は確かに5・・円。

アア、と呆然自失する。

もうだめだ、私はついにおかしくなってしまった。

人ごみの中で私は孤立無援。怖かった。

が、ここまで考えている自分はそれほどでもないはず。


そうだ有人改。と、改札にかけつける。

カードの使用履歴を見てもらった。

今朝入金をしているか。使用は幾らで残金は幾らになっているか。必死であった。

答えは入金も、使用金額も残金も正解であった。

では何故、カード残金が5・・円であったのか。それも3度も同じとは。

駅員さんの推察は、私の直ぐあとに改札を通過した人のカードの残金が

たまたま偶然5・・円であり、私が見たのはそっちであったのではないか、だった。

そういう偶然ってあるの。

それにしても、私もとうとうここまで自分をしんじられなくなってしまったのか。

そっちがより、ショック。

恐ろしいデンワ伝言の誤解。

2018年03月12日 | 始めての出来事
当人へ断るべきことを、とりあえず人にデンワ伝言した。

詳しくは会った時にというつもりであった。

が、又会ってみると、ようすは違っていた。

まず「ガチャンとデンワを切られた」と伝わっている。

これはヤバイ。ろくなことになっていない。

少なくとも一番大切な部分は伝わっていない。

誤解はいったん固定されるとどうしようもない。

そのばかぎりの行き違いならあきらめればいいが、そうでない相手である。

マズイがなってしまったことは言い訳無用だろうか。

それとも受け入れてもらえるように努力すべきか。

心こめて、けっしてそういうイミではなかったと説明してみたほうがいいだろうか。

いまさらそれが通用するだろうか。

言えばいうほどまずくなるという可能性は充分にある。

それならそういうややこしいことをしないで、お付き合いを続けていいものだろうか。

この場合、こっちのプライドは捨てることになる。

私のプライドなんて、なんぼのもんでもないのだろうが。

年はとっても、こういうことはつらいことである。

迷惑なダンシャリ

2018年03月09日 | 始めての出来事
最近友人たちが持ち物を捨てはじめた。そうして不用なものをくれる。

私は人に何かを貰うのは好きな人であった。

何かを貰うことで人が繋がると思っていた。

が、いつのころからか貰うことに負担を感じるようになった。

家に不要なものをおかないようにし始めてからである。

身の回りを整理すると、もらい物とは、以外に邪魔なものが多い。

私は今、できるだけ少ないモノでくらしている。

そこに友人たちの処分品が持ちこまれる。

断ってもあちらは好意なので、遠慮とみなす。困ったことになった。

今まで大切にしてきたものを捨てるのはつらかろう。

が、ダンシャリで捨てるものを人に回すのはどうだろう。

人生相談に、ダンシャリをする人にモノを送り、送り返したと怒っている投書があった。

回答者は、人のあたたかな心をいったんは受けて、いらないなら人にあげなさいと答えている。

だが、年寄りの事情はそれぞれである。

人にあげろといっても、周囲だって似たようなものだ。あげられる人もいなくなる。

貰ったものを捨てなければいけないのは更につらい。

ダンシャリでくれる側は他人に捨てる苦しみを押し付けているともいえる。

本人だってそういう理由でダンシャリをはじめたのであろう。

いらないものはお互いに同じであることを理解してほしい。


癌かボケ2者択一ならどうする

2018年03月06日 | 楽しい後期高齢生活のために
若い頃、友人がガンらしいという話に、みなショックをうけた。

深刻な問題だった。

おろおろとして、どうしていいのか判断できなかった。

が、今はどうだろう。

ガンより「あのひとちょっとおかしい」といううわさのほうがずっと深刻で、ショックな話に変った。

年をとればどっちか必ず覚悟しないといけないのなら、ガンがいいというほうがおおい。

私だって、ガンより自分のもの忘れがどんどん増えていくほうがこわい。

ガンの人と、アルツハイマーのひとを見比べている現在、本気度は若い頃と格段にちがう。

陽気で、親切で、よく気の付く友人に電話をしたらハイ、ハイとしかこたえない。

それ、ダメだ。うっそー、ショック。

といったような会話を最近もかわした。

80歳。こここそ人生最後のウンの分かれ道である。

ガンも認知症も同じく人を選ばずにおそってくる災難である。

それは、予防だの、生活改善だの言ってみても、所詮は気休めだ。

おそわれれば、イチコロ。



60代のころの私からの眼線

2018年03月03日 | 楽しい後期高齢生活のために
最近の自分、すごくとしよりっぽい。

声がでかい。話が長い。人の話を聞こうとしないでしゃしゃり出る。

全面としよりやってる。かっこ悪い。

いや、年寄が年寄りっぽくてどこが悪い、とひらきなおる。

そんな自分をどこかから別の冷ややかな眼が見ている。

その冷たい目線は、自分の別の眼であることに気がついた。

それは今のわたしではない。

今の私はちょっとでも年寄り側に加担しようとしている。

年にはかてない。年ではやむをえぬ。年相当でどこがわるいなどなど。

そういう自分を冷ややかに見つめる別の眼は、若い頃の私である。

60代である。体も心も80代を想像デきなかったころの私だ。

あのころ、80代の両親を介護しながら、私はそういう冷たい目線を親になげていたんだろうな。

親たちがわたしより妹に頼みごとをしていたのは、妹のほうの目線がやさしかったからに違いない。

こころ冷たい人間に、人の気持ちがわからぬと言うのはこういうこと?

自分で80になって気がついても遅い。

こうなったら、他人から冷たくされても耐えるしかない。

覚悟。