あれまあ80歳

これからどうしよう

年末の買物混乱に高齢の男性

2017年12月30日 | 楽しい後期高齢生活のために
買物にいくと店の中を横断してレジの列が。

主婦に混じって高齢の男性も目立つ。最近の現象だ。

むかしは年末の買物に高齢の男性が参加など考えられなかった。

ヤルのう、高齢男性。まあ、うかうかしていられない時代なんだ。

後ろからきた若い男性のひとりごと。

なんやこれは。普通やないで。なんやこれは。

って、この人は始めて妻について買物にきたのか。

買物もままならぬ人だかりにおどろき、怒っているらしい。

怒るなよ。みな大イベントに興奮し、生き生きしているじゃないの。

正月とは、こんな訳のわからない時代でも、年中行事の中の大きなイベントなんだなあ。

うちでも朝一番に、とスーパーに行く。

すでに9時から開店。第一陣はレジを済ませて帰っている。

ウム、遅かったか。とあせる。

たった1日スーパーが閉まるだけで、ここまでヤル気を起すなんて、正月への長年の習慣はすごい。

買い物籠は出来心で買ってしまった年末商品でいっぱい。

ヨシ、明日も行くぞ。

家事代行さんがやってきた

2017年12月29日 | 楽しい後期高齢生活のために
家事代行を頼む第一の難関が、妹とは思っていなかった。

訪問の直前にぐずりまくる。初対面拒否である。

参った。こうぐずるとは思っていなかった。

知らない人というだけでパニックである。

が、こいつのために私の人生をこれ以上ゆがませてなるものか。

とは大げさだが、まあそういう気迫を示した。

敵もなんとなく私の強い態度に折れた。

そうか、負けてはいかんのだ。

きてくれたのはやや控えめな方であった。

早めに来て現場から本部に到着のメールをいれ、水マワリとベランダにとりかかる。

大邸宅とはちがい、予定の時間が余ってしまった。

で、キッチンの床もふいてくれた。

ここでふと、母が晩年に介護保健を開始したときのことを思い出した。

介護者が何かしようとすれば「そんなことまでしてもらうのは悪い」とひたすら作業の邪魔をした。

私は母の考えにいらだったものだが。

今回家事代行をこころみて、あの時の母の心理がわかった。

日ごろ自分で当たり前としている家事を、わたし達の世代では人にしてもらうのは引け目、居心地悪に。

私もついつい、それでいいです。結構ですといってしまう。

ウム、私としたことがなんちゅう気の弱い。

が、家はぴかぴかになった。

妹もここで落ち着き、次回も受け入れはできそうだった。

よかった、早めにこういうことを経験しておけば、土壇場でいざこざいわないですむ。

よしこれは成功。

年末年始はジゴク

2017年12月26日 | 病を斜めから見る
妹の今年最後の受診。医師の前で、妹は元気に笑う。

一人前のあいさつをし、どこに問題があるんや、といった風情を保つ。

こんな状態はもって20分なのに。

ダカラといって横合いから、イイえこれは妹の20分だけの化け姿です、というわけにはいくまい。

1日中r乱暴に物を扱い、言葉の端々に喰い付いて来て、ごねまくる姿はみせない。

クソー、食器をいくつ壊した。家の戸障子をどんだけダメにした。

毎日どんだけむちゃくちゃやっている。

そのあとを片付けてまわるこっちはくたくただ。

が、暮れから正月にかけて、サポートはみな休みである。

よほどのことがないかぎり、助けはこない。

もう、知らん顔をするしかない。

なにがあろうが、無視しよう。どうしようもない時には放り出して逃げよう。

今度こそ、負けないで逃げる。無視する。知らんもんね。

年末年始は地獄だわい。



わーいほんまモンのクリスマス。

2017年12月23日 | 楽しい後期高齢生活のために
友人のさそいで、ある施設のもようしを手伝った。

クリスチャンが運営する施設だった。

集まった中には道路上生活をしている男性もいるらしい。

寒い季節にはここに集まるとか。

この日はクリスマスのランチパーティーである。

その手伝いついでに、ランチに誘われた。

いそいそとテーブルにつく。マワリは老年の男性。

テーブルにキャンドルをともして、みなで炎をみつめる。

聖歌合唱、施設長さんのお話。おいのり。

おじさんたちと神妙に耳をかたむけ、口パクで聖歌にくわわり、セルフサービスのランチとなる。

これって、本物のクリスマスですね。私、始めてです。キャンドルに聖歌にお祈りつきは。

世話をしているのはわたしより高齢の女性である。

おじさんたちはこの女性を手助けして、準備、あとの片付けと、おだやかな雰囲気。

うーん、近くに神さまがいるような…。私にしてはしおらしく。

残ったサプリのゆくえ

2017年12月20日 | 楽しい後期高齢生活のために
出費を家事代行に切り替えたところで、手元に残ったサプリをどうするか。

やめると決めたものを、ずるずると使うのはいかがか。

ちょうどお歳暮の時期である。で、いつものお品+残ったサプリを同封しよう。

自分がやめたものを、人に勧めるのもどうか、とは思うが。

サプリ信者に進呈すれば問題はなさそう。む、私はアタマがいい。

家事代行会社を選ぶために

2017年12月17日 | 楽しい後期高齢生活のために
さっそく家事代行をネットで探す。

多い。どれにつなげばいいのかさっぱりわからん。

で、自分の希望や目的を整理して2タイプから選ぶことにした。

A)料金は1時間3500円、一回出張三時間。三時間×税、交通費1千円。

  内容問い合わせにはこっちの希望に即答できない。

  つまり制限がおおく、問題解決に至らないことがおおい。

B)料金1時間6000円、一回出張2時間。×2時間で税、交通込み。
  
  こちらは何を言っても即答がくる。

  たとえばウチは掃除機はないといえば箒があればいいというように。

  いろいろ難題を持ちかけてみてもすべて即答またはOK。

私流の計算からA)よりもB)のほうが結局はお得と決定。

しかもA)は定期契約につながるが、B)はその都度1時間割のチケットを購入するだけでOK。

あとあとの引張りがない。

中止のために前もって手続きしなくても一回限りのおつきあいといえる。

そこが私にはひどく気に入った。

二年契約で割引があるが、中途解約には違約金がいるなどと言うのは鬱陶しい。

いい会社に思えるのでとりあえずGO-。

サプリに変えて

2017年12月13日 | 楽しい後期高齢生活のために
思い切ってサプリをやめた。

その費用を別の方面に活用する事に決定。

痛い腰を曲げつ、伸ばしつ行っていた掃除を、有料のお助けマンにお願いする。

我ながらいい考えだと思う。

サボりたいわけではないが、中腰での作業がもう無理になっている。

ベランダの掃除をしたあと、腰痛で昨年は3ヶ月針に通った。

針は一回6000円である。バカになるまい。

これを同等の費用で助けてもらって腰痛をパスできれば、サプリをどっさり飲むより合理的だ。

めでたしめでたし。

やめよかな、やめるのよそうかな。

2017年12月09日 | 楽しい後期高齢生活のために
私はいつの間にかサプリ偏愛者になっていた。

ずっと以前の私はサプリを、ドブに金を捨てる、思っていた。

ドブとは老人の体のことにあたるのだが。

ところが自分が老い始めると、そうは思わなくなっていた。

自分から進んでお金をサプリにつぎ込んだと思う。

そうしながら、サプリを飲んでも胃でこなれてしまえば、肝臓でいったん分解される。

その後、別物に仕立て上げられ、どこに行ったやらわからなくなるもの、という了解はあった。

これが真実であるとは思うけど、今の日本でそういうことを叫んでも、だれも振り向かないだろう。

で、今更なにをいうんだと思うのだが。

自分が飲む医薬品が最近急に増えた。こっちは飛ばすわけにはいかない。

医薬品とサプリを満遍なく飲むには、相当のエネルギーがいる。

いや、水分が必要になる。これがしんどい。

そろそろ心臓も疲れ気味である。負担だろう。

やっぱりサプリをやめるべきなんだろうなあ。

おかしいよなあ。わかっていながら無益なものを飲むのは。

人はここまでして自分を騙したいのだろうか。


ベランダの萩

2017年12月08日 | 楽しい後期高齢生活のために
ベランダに鉢植えの萩がある。

10月の始めにホームセンターの安売りで買った。

ひとはち数百円であった。

売り手はすでに開花をあきらめていると思われる値段だ。

こっちも花はさくまいとあきらめていたのに、咲いた。

萩っていい花だなあ。日本の花だ。

思いがけないプレゼントのように思われる。

負けたなあ。

2017年12月04日 | 病を斜めから見る
妹の逆襲のあと、私は胃が痛い毎日をすごす。

妹への憎悪、自分への後悔、これからのこと、なによりも整理できない感情に嘔吐をくりかえす。

が、妹はどうだろう。すべてをぶっ壊して晴れ晴れとしている。

集まったメンタルサポーターを前に「何か問題が?」といった風情だ。

何も覚えていないのか、思い出したくないのか全くそ知らぬ顔でいる。

困惑顔の私にはサポーターからの励まし。

ああ、励ましはもうイラン。励まされたくない。

ちょっと見は私のほうが病人である。

訴えるあいてもないまま友人に妹のブチギレシーンを語ると、ひとこと「情景が眼に見える」といった。

そうか、この人もブチキレられた経験者だった。

暴力夫から子供を守り、夜逃げを繰り返し十数年という兵だ。

人生の中でいつ、どんな苦労に遭遇するか、みな違うものである。

彼女いわく、ハラたつやろケド、かんにんしてやり。

大阪弁とはやさしいことばである。