目前の80

まだかもうか

妻が怖くて家に帰れない夫。

2017年10月28日 | ほう、へーな話
反対に女性からは死後離婚とか。

つまりなくなったら、もう関係ないですよ。私、次いきます。

うーー思いもよらない方向に男と女、社会の様相はむかっているみたい。

勇敢な女。ナサケナイ男。

機械が人間のやることを全部やる。

で、人間はすることがなくなって、人間同士で問題を作る。ようにおもうんだけど。

え?違うでしょ、問題解決のために行動起してますって。

ああ、そうでしたね。でも、男、まけてないでしょうか。

おうちに帰るのがこわいだなんて。おかあさんが息子を大切にしすぎた結果ですわなあ。

女は大切にされようが粗末にされようがもともと強い。

頑張れオトコ。

「SF時代」は今のこと?

2017年10月24日 | ほう、へーな話
知人がひとりで外国に行くことになった。

初めての外国である。

が、不安などはなさそうだ。

スマホを1つ持つだけで言葉もまあ、大事なことは通用するゲナ。

それは、かつて物語りとして楽しんでいたSFの世界ではないか。

どこへでも通信可能、わからないことは即座に小さな通信機が答えてくれる。

言葉は万国共通語に翻訳される。情報は無制限。

そんな世界は私が死んでからの世の中だと思っていた。

それが追いついてきて、おばあさんが小さな機械をひとつ持つだけでひとりで外国に行けてしまう。

SF物語など、とてつもないホラ話と思っていたが。

回りを見ればとんでもないことになりつつあるわい。

こんな世界をもうちょっと見たいと思えば未練になるし、もういいと思えば、切りの良いところでであるが。

どうだろう、間もなく80というここにいたって、未練とは。

だって、ほんとに夢のようなことが、普通あたりまえになっているんだから、欲もでるわな。


老友のうっとうしさ

2017年10月21日 | 楽しい後期高齢生活のために
友人からデンワ。共通の友人のぐちである。

二人で旅行した時の不満である。そのことをルルと、訴えてきた。

私にとってどうでもいい事であり、同情したり一緒に嘆く種類の話ではない。

相手が自分からみて当たり前だと思うように動かない、とぐちるのはどうなんだろう。

この一方的な話にのり一緒に悪口を言ってほしいのだろうが、聴く内にだんだんハラが立ってきた。

うっとうしいやっちゃなあ、こんなひとだったっけ?

で、がまんできなくなって、言ってしまった。

あんた、そんなことが許せないのは、そりゃ年のせいだわ、と。

相手は絶句した。そしてごめん、ありがとうといってデンワをきった。

ああ、悪かったかなあ。

私はどうして人がそうしてほしいと思っているように言ってあげられないのだろう。

ウチに電話をして、気分をはらそうと思っていただろうに。

しかしなあ、なんで気の会わない人とわかっている人と行動するんだろうか。

そこがわからん。

私はこりゃあかん、と思えば敬して遠ざかってゆくが。

みんなそういうことはしないのか。

たしかにそれをやると友はいなくなってさみしくなるが。


○落語家的血型判定方 

2017年10月18日 | 楽しい後期高齢生活のために
 むかし、血液型による性格仕分けというのがあった。

今でもあるかもしれないが。

桂春若師匠によればA型はトイレから出ると石鹸で手を洗い、自分のハンカチで手を拭くという。

O型は手を洗うが乾燥は手をぱぱっつと振るだけ。

B型、汚した方の手だけあらい、ズボンの尻で拭く。

ABは洗わない。よって拭く必要なし。

と高座でおっしゃっている。

こういうことをまことしやかに言いひろげる人間をばかにしていたが、こうもおかしく、おもしろくいいきられるとわらう。

たのしい。

春若師匠というのはどうしてアンナに渋い顔で座っただけなのに先ず笑えるのだろう。

名人だろうか。

落語家としては関西に限ると、O型には名人が多く、B型には一人をのぞき、全滅だとか。

ひょっとして、春若師匠はB型?

唯一の関西B型有名落語家は桂枝雀さんだけらしい。

ビックバンをみた

2017年10月15日 | ほう、へーな話
市民講座科学に出席。

まず、宇宙の成り立ちから。

ここで科学実験でした。なつかしいなあ。

で、すごい。私はビックバンをみた。

試験管に紙をいれ、ゴム蓋を勢いつけて押し込むと、試験管のなかでビッグバンがおこった。

科学講座にはわりと参加したが、実験をやってくれた先生は始めて。

なんてことのない実験だが、妙に感動した。

世界はほんの単純な原理からはじまっている、ということを目で見るのは感動できる。

この先生、宇宙学者をやりながら、お坊さんだという。そういう人はいがいにおおいとのこと。

うーん、そうなるのかいと、これもまた妙にうなる。

宗教と先端科学がこんなにすらりとけあうのか。今は…。

○着物をほどく

2017年10月13日 | 楽しい後期高齢生活のために
母がのこした着物を一枚だけおいてあった。

母が歩けなくなるまえに作り、袖をとおさないままの1枚である。

母が亡くなった当時のわたしには地味すぎ、そのままになっていた。

それを取り出すと、当然だが地味ではなくなっている。

秋のパンツにしようと解きはじめた。

むかしの女はみな、このくらいの着物を自分でぬえたのだ。

日本人はこんなすごい技術、文化をすててしまったのだと、感じつつほどいてゆく。

こまやかに、眼に見えぬ裏や、すそや、カーブの処理のなんと心のこもったデリケートなワザだろう。

この丁寧さ、こまやかさ。ためいきがでた。

 それは古い建築物ににたシンプルなうつくしさである。

おそらく今はごくわずかに特殊な技術としてのこっていることだろう。

ミシンですばやくぬった外国制のきものにはない重みである。

それを私は解体し、ミシンでパンツにぬいかえるのだが。



○メンタルサポート最強メンバー集合

2017年10月11日 | 成年後見人的立場
 今週は妹への訪問日がかさなった。

どこにも出ないで四年目の妹のため、訪問看護だけではいかんとおもい、後見人さんがプランをたててくれました。

直接の妹の成年後見は私ですが、私も老人で、いつなにがあるかわからない。

そのため成年後見人の補佐として専門家にお願いしています。

毎月1回、後見補佐、障害福祉課の係り、介護保険のケアマネージャーが集合してくれる。

またそれぞれの先任者にも時間があれば顔をもせてもれっておる。

これで妹はいやも王もなく、人と会うわけです。

妹がいやがっても、相手は専門家なので、そこはうまく対応してくれます。

おかげで妹も覚悟したようです。

結果、時にはたくさんの人が時間の許す範囲であつまってくれます。

各自のもつ情報やくらしのアイデアがあつまります。

最強のメンバーとおもっています。

家に人を入れたくないという人は意外におおい。

が、いったんオープンにしてしまうとどうってことはないです。

むしろ人が気楽に集まってくれることが孤立よりもいい。

○科学とあの世

2017年10月08日 | 楽しい後期高齢生活のために
1ヶ月前、とくに考えもなく「のろいについて」の講座をみつけ、ちらしを保存。

同時に佐藤愛子氏著「あの世の客」を図書館に注文。

のろい講座2日前にふと思いついて講座を申し込む。

同じ日に図書館から「あの世の客」がとどく。

それぞれほんのきまぐれで、関係もなかったとおもう。

講座の講師は、私が10年前に訪れたバヌアツで呪いを調査した人だった。

講座の頭で講師に3つの偶然をはなすと「それものろいの範囲にはいります」といった。


三つの出来事(のろい講座との出会い。冥土の客とバヌアツ)が一致したことを

1)ものすごく不思議がるひと。
2)え?と思うがそれ以上気にしない人。
3)なんとも思わない人。

にわかれる。


のろいや霊感などと繋がるのは1)のひとだという。

不思議だ。おかしい。なぜだろと常に考えている。

そんなときに、人から

たとえば) それは背後霊のしわざであると聞かされる。

1)の人はその答えになっとくし。背後霊の存在を信じる。

信じれば霊感も霊も幽霊もそのひとの周辺に出没することになる。

2)の人は半信半偽。

疑いも信じもしていないが、たまたま不安や恐れ、不満、怒りなどマイナスのエネルギーがある場合、

こうした偶然や信じがたい出来事のわけをもとめる。以下は1)と同様霊を信じる。

3)のひとにとって、世の中に霊も、あの世もない。

そういう人は科学を無条件に信じていて、疑わない人がおおい。


では私は3例のどれかといえば、どうも3)のように暮らしているが、2)だったのではないだろうか。

それは、何気なくではあるが、呪いという講座に興味を持った。

また、あの世の客というタイトルに興味を持った。これは偶然ではないだろう。

で、2)の人には1)に近い人と3)に近い人が居ると思う。

私は今のところ3)に近いなあ。

なぜなら偶然がいくいら重なっても、「不思議だ」と思うこともなくやりすごすではないか。

霊、霊感、あの世、呪い、人がプラスにせよマイナスにせよ、欲望を持って生きるかぎり、

それぞれの心に迷いが生じ、迷いがいろいろな現象を見せてくれるのではないだろうか。


現代はとても複雑な世の中だ、むかしよりもさまざまな偶然が生じやすい。

科学で答えが出ない出来事もいっぱいある。

それを問題にして悩むか、無視できるかにわかれてゆく。

機械にたよりどんどん鈍感になる人と、不安に取り付かれ、不明な出来事の回答を求める人にわかれる。

その不可解をきっぱりと説明してくれるひとに現代の人間はすがろうとしているのかも。

今霊感商売が繁盛するのもなっとくしてしまう。

科学はどんどんすすすんでも、人間の欲望や不安はなくならない。

解明をもとめ、人は科学にはしるか、おまじないにすがるか。

科学対あの世。なんかおもしろそう。

○新・レンタルファッションどうだ。

2017年10月06日 | 楽しい後期高齢生活のために
新しいレンタルの服がとどく。

こちらは自分で服を選べるが、限りある中から選ぶのは苦しい。

商品の半分は出払っていて残りの中から選ぶようになっている。

選ぶ時点ですでにほしいものはなくなっているということである。

今回は2点までは希望範囲であるが、残り2点はむりやりに選ぶことになった。

毎月しかるべき金額を払い、4点のうち2点までしか意にかなわぬということだ。

それなら応分の金額で自分の気に入った物を買えばいいのだろうが、最近は思うようなものに出会えない。

探しつかれる。

が、来月のレンタルに希望を持つのも難しいことが判明。

つまり慢性的に品切れが続く状態で、早いものがちの奪い合い状態なのである。

よっぽど変った趣味ならともかく、まあまあの好みではそういうことなのだろう。

うーん、悩む。服ってなんでもいいとは行かないものだ。

もう結構意です、若返り。

2017年10月03日 | 楽しい後期高齢生活のために
いきいき
若返る
長生き
良く効く
コラーゲン
今なら無料

新聞一面の宣伝部分だけでもこんな言葉がどっさり。

で、気がついたけど、もううんざりだと思ってみている。

もういい、見たくない。若返りも、いきいきもたくさんだ。

こっちはへとへとで、いくら追いかけられてもこれ以上無理。

どんなに頑張っても人は老いるもんだ。

それ追いかけ、追い詰め、若返り、いきいき、元気はつらつこれでもかである。

いいかげんで年よりは老いようではないかとおもう。

それよりもいい年寄りになる努力をしたらどうなんだ。

むかしの年よりは元気でも若くても、つつましかった。

コレ見よとばかり、世間にしゃしゃり出なかった。

あ、そうか。年よりはねらわれているから、持ち上げられているんだ。

お金を使わせるために持ち上げているんだ。

それに乗って、エステだ、オシャレだ、カルチャーだ、とおいかけ、世間に出て行ってめだちまくっている。

なるほどなあ。若者扱いするのがいちばん喜ぶ。

わかっちゃいるけど、つい乗る、ということで、ほどを決めなくいてはイカンのね。