北野進の活動日記

珠洲市議としての活動報告。志賀原発の廃炉に向けた取り組みや珠洲の情報、ときにはうちの庭の様子も紹介。

食品の放射能汚染にどう向き合う?

2011-06-12 | 脱原発
 午前中は在所の川払い。
 
 午後、6月議会の質問の資料集めの傍ら、庭で桑の実採り。
 昨年は天候のせいか、収穫間近になって、実が熟さず全く収穫できなかった。
 今年は一昨日から収穫開始し、今日はご覧の通り。
 しばらく冷蔵庫に保管して、今シーズンの収穫が終わったらジャムにする予定。




 さて、うちではこのように収穫作業を当たり前のようにおこなっているが、これがもし放射能で汚染されていたら・・・
 福島の農産物どころか、静岡産のお茶からも放射能が検出されるいま、食品の放射能汚染にどう向き合うか、みんなが考えなければならない時代となった。

 かつてのチェルノブイリ事故のとき、輸入食品の放射能汚染について、市民の要望に応えて測定器を備え、独自に検査をおこなった自治体(東京都小金井市、神奈川県藤沢市、千葉県柏市など)もあった。市民がお金を集め「放射能汚染食品測定室」も立ち上げられた。
 370ベクレル(/キログラム)という基準値がいまだに頭から離れない。

 今回の福島第一原発の事故に対して、国の情報が信頼を失っているいま、独自に検査体制を整える自治体があったり、検査を要望する団体が出てくるのは当然だと思う。
 放射能は日本国内どころか米国でも検出されている。

 放射能を測定するのはいいとして、その数値を踏まえて、さあどうする?と言う問いかけに向き合わなければならない。

 検査を徹底し、基準を厳しくして国民の安全を守れという主張は当然ながらあるが、その一方でこんな考え方もある。
 御用学者と違って、的確な事故の分析で、反原発運動家だけでなく広く市民の間にも知名度があがってきた京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんは次のように主張する。

 「安全な食べ物なんてもうない。汚染は「永遠」に続く。
 被曝に関してはどんなに微量でも危険には違いない。政府は基準以上なら危険だから出荷停止。基準以下なら安全と宣伝するが根本的に間違っている。基準を下回っても危険に変わりはない。
 だけど、年齢によって放射線の感受性は全然違う。50歳以上になったら被曝してもほとんど影響はない。原子力をここまで許してきた世代としての責任もある。福島の農業、漁業も支えなければならない。
 汚染度によって60歳以上しか食べてはいけない60禁、50歳以上しか食べてはいけない50禁などのように測定して仕分けする。
 細胞分裂が活発な子どもたちは放射線の感受性が全然違う。子どもたちをどうやって守るか、知恵を働かせて、考えられることはすべてやるべき。」
(週間金曜日850号の記事を私が強引に要約)

 私たち大人に残された選択肢は「食べる」ことだ。
 誰だって食べたくないと思うだろうけど、もうそんなことは言ってられない、と小出さんは主張する。

 う~~~ん そうかもしれないが・・・
 と言ってられるのは、まだまだ周りには汚染されていない(と信じている)食べ物がたくさんあるからかもしれない。
 汚染された食品がすぐそばまで来ていることを知らないだけかもしれない。
ジャンル:
食と健康・美容
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3 コメント

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ふざけるな (元いしかわけんみん)
2011-06-14 16:14:41
福島の農家がまた自殺しました。そのうち茨城や静岡でもそういうことがあるかもしれない。このような手段を使わなくても農家の人の年齢は高いから何万人の農家が今「引退の潮時」と思ってるかわからない。
あなた方の立場上仕方ないのかもしれないけど、恐怖や憎悪を煽って、結局しわ寄せが来るのは自殺した人のような地元の人だったりするのではないの?
あなたは無責任に反対反対言ってれば反核団体の人やら珠洲市からお金がもらえるから良いだろうが。悪いがあなたにしても小出さん(正直煽りすぎだと感じている)にしても許せないと思っている。

>誰だって食べたくない

支援している人はかなりたくさんいるのに?
原因を作った者も許さないが、反対派も結局恐怖や風評を煽って差別の原因を生んでいるだけのように思う。もっとうまいやり方はないのか?いい加減にしてほしい。
あなたのお仲間ではないかもしれないが、農民連は福島をはじめとした風評被害地域の作物をカタログ販売している。南相馬に炊き出しにも行っている。恐怖を煽って政治をしたい連中、福島の惨状を利用して反原発を盛り上げたいだけの奴とはエライ違いだと思う。

あなたをまた選ばざるを得なかった珠洲市の政治は本当に不幸だと思う。
みんな同じ思いですよ (inapapa)
2011-06-16 00:07:32
「原発さえなければ」と悲痛な思いの中、またもや酪農家の方が自殺されました。この悲劇をどうとらえたらいいのでしょうか?

原発反対のために「利用」する勢力があると考えるのが死んでいった方への真摯な思いなのか、原発がもたらした悲劇だと思うのか?

誰も被害者になりたいと思っている人はいません。でも被害者にある日突然されてしまうのです。そして自らの生活基盤と健康と命さえ奪われてしまうのです。

本当に理不尽です。そしてそんなことを誰も望んではいません。原発を推進してきた勢力も決して望んでいなかったでしょうね。だってそんなことになれば原発の運転や増設ができなくなりますからね。

原発に反対してきた人々も、そんな事態を望んではいませんでした。しかし、その危険があることを訴えてきたのです。そして、不幸にもその事態が起こりました。

「風評被害」を煽っているということはどういうことでしょうか?

つまり、ありもしない危険を言い立てて、何らかの被害を現地に与えることは本当に風評被害ですが、現実の危険を指摘しその対策をとることを訴えることは、本来は国や当事者たる東電がするべきことです。

ところが、その国も東電もその責任を果たさず「隠す、ごまかす、嘘をつく」ことを繰り返して根拠のない「安全」を宣伝し、或いは見当違いの余計な対策を強いているのではないでしょうか?

最近の話では「年間20ミリシーベルトまでは健康にOK」という指針を示したことに対する批判が起こり、その指針決定過程のずさんさとデタラメが暴露されましたが、これも「風評」なのでしょうか? ちなみに、チェルノブイリでは年間5ミリシーベルトは立ち入り禁止区域となる基準値です。

現実の深刻さから、本当に残念なことですが逃げることはできません。現実からしか出発することはできないのです。

問題はその現実を正しく分析し対策をとることなのだと思います。

この点に関して、政府・東電が信頼できるのか? ここが大きな要ではないでしょうか?

原発に反対してきた私たちは嘘をついたことはありません。ありもしない危険を言い立てて風評をたてたこともありません。

原発は危険だ、重大事故が起こる可能性があり、そしてもしも事故が起これば重大な被害を永続的に引き起こすのだと訴えてきました。そのことに嘘はありません。そしてそのことは現実の事故のフクシマの姿が示しているのではないでしょうか?

現地を支え援助する営みは、原発に反対してきた私たちこそ担わねばならない課題だと思うとともに、こんな悲劇を二度と起こしてはならないと言う思いからこそ、現実の被害と危険を嘘偽りなく訴えていかねばならないのだと思います。

そしてその営みと闘いこそが、いま被害にあっている現地の方々の援助になるのだと思います。

反原発の闘いは「商売」ではありません。むしろ、自分の生業や商売に対する推進勢力からの嫌がらせなどによって経済的な損害を受けながら、地道に営まれてきました。その一方で、推進する勢力には国や電力会社から様々な経済的あるいは社会的利益が与えられてきました。

自分が「損」をしても「原発は危険だ」とひたすら訴えてきたのです。

その思いはただ一つ、原発の被害者になりたくない、そしてさらには原発が起こす被害の「加害者」になりたくないという思いからだったと思います。

みんな同じ思いです。原発被害が実際に起こって、誰も「しめしめ」と思ってはいないのです。

「安全な原発」が作られた嘘だったことが、現実の事故によって証明されたいま、これまで原発を容認し推進してきた方々もその前提が明らかに崩壊したのですから、今こそ「危険な原発」に対して物申していきましょう。

残念ですが、フクシマの被害は日本全国を覆うことになり、結局は大なり小なり被曝しながらしか私たちはこの国で生きていくしかできません。

だとしたら、その被害をできるだけ少なくするための知識を培い、対策を取らねばなりません。

そして二度とこのような事故を起こさないために、今ある原発を廃止していかねばなりません。

皆さん、一緒に頑張りましょう!
コメントありがとうございます (北野)
2011-06-17 22:32:54
元いしかわけんみんさん、恐怖や憎悪をあおるつもりはまったくありません。原発事故によって、本当に悩ましい、難しい、厳しい時代を私たちは生きていかなければならなくなった、その現実と向き合わなければいけないという思いを書いたつもりです。
inapapaさんには私の言葉足らずの部分を十二分に書いていただきました。ありがとうございます。

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