いろはにほへと。。。

日々の出来事ブログ.

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やってみよう!?

2009-02-28 20:43:46 | 日常
携帯からの投稿を
分からない事を始めるのはチンプンカンプンですな~…
出来てる
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治験の話

2009-02-27 19:00:01 | 膠原病あれこれ
先月の診察の時に新しいクスリの治験の話をされました。

アクテラムの話でした。
昨年4月ごろから使われているはずだからまったく新しいのではないのでしょうが
今使われてるアクテムは点滴にて使う生物製剤なはず?
はず?は私よく分かってないから・・・

今回治験をするアクテラムは皮下注射のための治験とのこと
点滴でのアクテラムは2週に1度1時間かけての点滴を病院でするよう らしいです。
言われた治験は皮下注射でアクテラムを2週に1度なようです。

昨年あたりから今の私の状態はどうもクスリの効き目も薄らいだような気がしてた
痛み止めに使われてる、プレドニン朝夕で2mg・ボルタレン朝夕・メトトレキセート2.5㎎×週3
プレドニン・ボレタレンはリウマチになった時から飲んでる
飲み始めてメトトレキセートは3年くらいは経っただろう

昨年も秋以降あたりから朝起きた途端に指先が強張るようになって
今でも朝の強張りはとれないままでいるんですが
今のクスリでは効き目も限界?になってるのかな?なんて最近思うように
なっていました。

医師の話ではアクテラムは他のクスリで痛みが軽減されない患者に
使いたいようでした。

ネット検索で一応調べてみたけど治験の功罪が無いわけでないし
ちと考えてみたけど新しいのに興味もあるし、やってみようと思いました。

今日の診察で医師が楽しんでやってみましょう!
なんて言うもんだから
“楽しんで出来るんですか!?不安材料はないんですか??”

医師:楽しんでやるのが一番いいんですよ! 

3月末から始まり5月まで、またその後11月までやるかは状態次第

どういうことになるか分らないがやってみようと思ってしまったヨ。






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ふきのとう

2009-02-27 18:32:57 | 
庭先にあるふきのとうが食べごろとなってました
苦味のある不思議な食べ物だけど
あの苦味が良いんですよね

好きなのはやはり天ぷらが一番かな
先日鍋に良いよ!なんて言われやってみたら・・・・・・
苦いだけでした・・・・・・
豚バラと白菜を鍋に入れ豚バラと白菜とふきのとうを一緒に口に入れないと
とてもじゃないが苦味が後を引きます・・・・・
勧めた人は亭主の姉様・・・
味ぽんで食べると美味しいヨ!
言われた通りにやったのに

ホントに苦かったヨ!

後から天ぷらにして食べなおし でした・・・。








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結婚式出席

2009-02-21 17:35:16 | 夫なるもの
甥の結婚式に出るために朝から出かけた夫、名古屋まで
所要時間は片道で3時間位で大丈夫なはずだけど
夫の姉ふたりが一緒に行くからか朝一番の特急5時40分発で出かけました。

姉とは言え70歳前後の年齢な人達と行くんだから
列車の時間、乗り換えのリサーチから切符の手配まで
思うにまだ若い方の夫がすればいいものを 男だし・・・
そんな手配は姉まかせ 義姉様、ごくろうさんです。 ホント

朝の5時ごろにもう迎えに来た義姉様と義姉夫
車なら駅まで5分の我が家なのに出て行きました。
この寒い朝に30分以上も駅のホームにいるのは夫の性格では辛いだろうなぁ~・・・
って思いながら布団の中のわたし

3時間あれば着くだろうって分っていながら
こんな時間から行くんだから着いてからの暇つぶしはどうなるんだ!?
肝心の結婚式には疲れてしまうんでないの!? 義姉たち二人は・・・


義姉さんたちは着物を着るそうな
相手からのご指定らしく面倒だけど着る様よね! だって
着付けの時間入れても早いと思うがね!年をとるとせっかちになるよね。


夫だけなら日帰りで帰って来たいんだろうけど
義姉ふたりは滅多に来れないんだから名古屋の有名どころを見たいそうな
先に帰って来てしまう事も出来ないから付き合うしかない夫。

ご祝儀、交通費、宿泊費、夫の母から立て替えて出してきてと頼まれた分。
昨夜から気乗りしてないのがヨ~~~ク分るほどの顔つきでした。



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ご無沙汰してました。

2009-02-18 14:42:24 | 日常
季節も冬から春に向かってますね。
冬ごもりでもしてたような気分ですが
気分新たにまたのお付き合いをよろしくお願いします


母の事ではお悔やみのコメントいただきありがとうございます。
昨年夏以降の体力の衰え、食事をあまり摂らないなどが続き
年末になっても様子が良くならないでいたので体力の限界だったのかと
思います。
食べれない場合には遺漏などの処置を何度か言われていたんですが
どうしても管に繋がれ手足などを拘束されてしまうので本人の身体の自由を
奪ってまでしないといけないのか?が疑問のまま最期まで断っていました。
食べる量が少なくなり身体を維持するだけの必要な栄養が摂れず
衰弱してしまったんですが。

今にして思うのは、これで良かったと思えることです。
誰しも迎える最期ですが、親の最期を看取るとは思ってなかったから
息が終わる時を見ているのは一瞬の時間だけどものすごく長い時間のように
思えました。
痛がりもせず眠っているような最期で救われました。

長い事施設での生活をさせてしまいこの点は気持ちに思うものがあるんですが
母の気持ちは家での暮らしを望んでいたであろうと分っていながら気づかない振りでいました。
現実家での暮らしは悲惨なものになっていたであろうと思えるんだけど
施設での暮らしを強いてしまったのが申し訳ないかな。



葬儀の後にもいろんな事が噴出しますね
兄弟が集まるのはこういう時以外では殆んど無いんですが
親が亡くなり葬儀だというのに葬儀の大変さより兄弟間の諸々で疲れましたわ...。



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