after-studio (画と本のある空間)

経営する喫茶店の名前です。

店のHPはこちら→ http://www.samatsu.info/cafe/

『黙移』

2010-11-12 10:50:59 | 書物・文学・詩
相馬黒光著 『黙移』 を読みました。
彼女については、数年前読んだ 山本藤枝著『アンビシャス・ガール』 で初めて知ったのでした。

"黙移”という、タイトルの意味が知りたいと思いつつ読み進んでまいりました。
仙台出身で向学心の強い女性。
しかし、この本を読んで、黒光に先立つそのような女性が仙台には沢山居たことに、静かな喜びを覚えました。
当時の文壇、画壇と深いかかわりを持つ女性が沢山居たことに。

さて、黒光と荻原守衛(碌山)との深い係わりは有名ですが、黒光の薄幸の姉蓮子についての記述は、胸が苦しくなりました。

黒光がまだ少女のころに、姉の蓮子は上京していたようです。
叔母に良家との縁談を纏められ、その日を夢見て花嫁修業をしていたのだそうですが、ある日、突然、仙台に送り返されたのだそうです。
みめかたちも女らしく生まれつき、言葉づかいも物腰も都会風な姉蓮子を、黒光は誇りに思っていたようです。
そんな姉が発狂への坂を転げ落ち、近所の子供らに気違い呼ばわりされ、石をぶつけられ、髪をむしられる。
十年狂いに狂い、未来の夫と信じた人の名を呼び続けながら息を引き取ったというくだりは、あまりにも切なく痛ましいものでした。

『黙移』の最後のほうに、その話がきているのですが、蓮子が狂った詳しい原因については黒光が12歳頃のことで、母親も、それに係わった叔母からも聞くことができずにいたらしく、触れられてはおりません。
しかし、発行から15年後、戦後版を出すにあたって、黒光はあと書きとして更に詳しくそれに触れております。
人間の尊大さが、結婚を夢見る若い二人の人生まで大きく狂わしてしまったことを。
黒光は、このことを書かずには居れなかったのでしょうね。

新宿中村屋の経営者として、多くの芸術家、はたまたインド独立の志士チャンドラ・ボースを匿うなど、女性にしては驚くほど業績を残した黒光でしたが、5人の子供を亡くしたり、狂乱の姉のことなど、悲しみ苦しみの点でも驚くほどの経験をされた仙台の女性でした。

萩原守衛の死に関しても、黒光のそれは壮絶ですね。
守衛が作った、黒光と知れる、立ち膝で仰向き天空の彼方を見ている飛べない女像を、アトリエに見て泣き崩れる黒光。
机の引き出しに見つける守衛の日記を、読まずに焼いてしまう黒光。
語られることのない、二人の想いが重く胸に落ちます。

なにより、『黙移』を読んで、自分も仙台の女性であることに何故か誇らしいものを覚えてしまったのです。

仙台の女性に、是非お勧めの一冊です。