My life

私の生活の一端を綴って見たいと思います。

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2006-09-27 22:57:59 | Weblog

山梨県の丹波山村商工会が行っている、まいたけオーナー制度と言うのがありまして、まいたけほた木15個伏せ込み分(約1㎡)の土地を2年半にわたり、16,500円で借り受け、丹波山村で用意したほた木を自分たちで伏せ込み、まいたけが出てきたら丹波山村まで採りに行きます。
それを、私、ニシさん、リュウさん、ムラちゃんの4家族で一区画を借りています。
昨日ニシさんとリュウさんが丹波山村まで行き、大きなまいたけを収穫してきました。
4家族で分けて、写真が一家族分の量です、タバコのケースと比べてもらえばその大きさが分かると思います。やったね!
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GOAL!

2006-09-26 21:16:24 | Weblog

今日は浅草公会堂に映画を見に行きました。
GOAL!と言う映画で、メキシコの貧しい家族がアメリカに密入国して、その息子がサッカー(イギリスではフットボールと言うそうです)でイギリスのチームで活躍をして、成功すると言う、サクセスストりーです。
あまり難しく考えさせる映画では有りませんが、後味の良い爽やかな映画でした。
今日は朝から雨で、映画が終わって浅草見物でもと思っていましたが、どしゃ降りの雨なので、浅草寺を見て、吉祥寺で一杯やって帰ってきました。
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杓子山

2006-09-25 11:49:15 | Weblog
23日、24日で杓子山(1597.6m)へ行って来ました。
今回は、日本無線山岳会創立60周年記念行事で、杓子山を登ってその麓の忍野高原「旅館ふじとみた」で一泊して宴会をしました。
23日の朝5時40分に自宅を出発して、歩いて三鷹駅まで行き、三鷹発6時11分の高尾行きに乗り、高尾発7時25分の大月行きに乗り換え、大月発7時51分の富士急で下吉田(7時28分着)で下車。
今日は一日中曇りの予報なので、寒いと思っていましたが、駅前で旅館の車を待っている間寒くて寒くて皆ヤッケを着たりカッパを着たりして寒さを凌いでいました。
下吉田コースは7人で、旅館の車で不動の湯迄行き、不動の湯(9時25分発)から歩きで林道を大権首峠(おおざすとうげ)を目指す。
大権首峠(10時45分)着、この頃から青空が時々見え始めた。小休止の後本格的な山道に入り、頂上直下の急登の後杓子山(11時20分)山頂に着く。
この山は富士山が遮るもの無しで裾野から頂上まで良く見渡せるので知られています。
杓子山山頂は日差しが出ていて、皆Tシャツ一枚で汗をかいていました。朝の寒さが嘘のようで、富士山には雲がかかっていましたが、裾野の自衛隊の富士演習所が下の方に見え、ドド~ン、ドド~ンと云う音が度々聞こえていました。
昼食をして記念撮影等して居ると、別ルートからの5人が到着(12時10分)。
ここで合流して12人で下山開始(13時)、大権首峠(13時20分)ここから朝来た道と別れ、高座山を目指す、小さなピークを越えアップダウンを繰り返しながら下り、
高座山の登りにかかり、高座山山頂(14時5分)に着く。
小休止後出発(14時25分)、ところが急斜面のザラザラの凹凸のない下りで距離は大したこと無いのですが、15分位掛けてやっとのおもいで下りました。でも、その道の両側にはオミナエシ、ハギ、ススキ、ナデシコ、キキョウ、フジバカマ、フウロウ、その他の草花が咲いていて奇麗でした。午前中の山道ではアケビの実を食べあの薄甘い味も味わいました。
鳥居地峠(15時15分)着、忍野の中学校前(15時30分)着。
旅館のマイクロバスに迎えに来て貰い、旅館に着く(16時10分)。
旅館のオーナーは気さくな人で、三鷹5小出身で昔の牟礼の話しなど、しました。
娘さんの旦那は、カナダ人で布団敷き等して手伝っていました。
宴会の時には、24名(現役、OB、三鷹市役所山岳会Mさん、コバさんが世話している3才の子)もの人達が集い盛大に60周年を祝いました。
次の日の24日は、朝から雲一つ無い快晴に恵まれ、富士山がとても良く見えました。
地元の人が今年の5月から今までの間でこれほど良く富士山が見えるのは、何日も無かったと言っていました。
忍野八海を散策して、帰路に就きました。
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山種美術館

2006-09-22 03:08:39 | Weblog
昨日、千代田区に有る山種美術館に「花鳥の詩」と題する画を見に行きました。
日本人が四季を通して育み培った細やかな美意識の、花鳥風月、雪月花を描いたものは心が和みます。
今回の中で特に私の印象に残ったのは、速水御舟(はやみぎょしゅう)の「百舌巣」、上村松篁(うえむらしょうこう)の「白孔雀」と佐藤昌美の「白韻」でした。
その後、山種美術館の真後ろにある千鳥ヶ渕戦没者墓苑に、お参りしました。
そして、その近くに靖国神社が有ったので、どんな所かと見に行きました。靖国神社にはお参りするつもりは更々有りません。何故かと云うとあの戦犯が祀られている所に手など合わせられません。境内に大きな掲示板が有り、遺書、というのが貼ってありました。
これから特攻で死んで行く若者のものでしょう、お父さん宛に、立派に死んでお国のために御霊を捧げる決意と父には恥ずかしい思いをさせない立派な死に方をします。
と云う様な内容のものでした。それを見てやっぱり、靖国神社はだめだとつくづく思いました。
私は、20代の頃だと思いますが、「きけわだつみのこえ」と言う映画を見ました。そのころ戦争中死んで行く人は天皇陛下万歳と言って死んでいった、と言うことを聞いていましたが、その映画の中で若者達は「おかさ~ん」と言って死んでいきました。
これが本当だったと思います。もうそろそろ本当の歴史を後世に伝える時です。
第二次世界大戦では、日本人は3,100,000人の人達が死んでいったのです、後から原爆症で亡くなった人を入れたらもっとです。内訳は、日本国内(沖縄と硫黄島は別)で死んだ人は700,000人、沖縄186,500人、旧ソ連本土52,700人、モンゴル1,700人、中国東北地区(旧満州)245,400人、中国本土465,700人、樺太、千島、アリューシャン24,400人、北朝鮮34,600人、韓国18,900人、台湾41,900人、硫黄島20,100人、フィリピン518,000人、中部太平洋247,000人、ベトナム、ラオス、カンボジア12,400人、インド、ミャンマー(ビルマ)167,000人、タイ、マレーシア、シンガポール21,000人、ボルネオ島18,000人、インドネシア25,400人、パプア州(旧西イリアン)53,000人、東部ニューギニア、ビスマーク・ソロモン諸島246,300人以上です。(千鳥ヶ渕戦没者墓苑の資料による)。
これだけの人達を死に追いやったのは、誰か、その背景は何だったのか考えてみよう。




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昼食会

2006-09-16 23:03:59 | Weblog

今日は英会話トマトの会の昼食会が、吉祥寺のフランス料理店ボナペで有りました。
料理は美味しかったのですが、私は少し送れて行ったので腹ぺこの所にワインを飲んだら、結構良い気持ちになりました。
それから、一番下の孫を三鷹の保育所まで引き取りに行かなければならないので、酔い覚ましと思って歩いて迎えに行きましたが、保育所についてもあまり覚めていなかった様で、保育所の先生は酔っぱらいのおじいさんがお迎えに来たなと思ったことでしょう。
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秋と春

2006-09-15 17:42:24 | Weblog
このところ急に寒くなって秋が来たな~と思いますが、私はもの寂しい秋より、これから暖かくなって何となく気持ちの弾む春のほうが大好きです。春を想い出して花見の事を書いてみます。
 私と妻は毎年高尾山と城山の間にある一丁平と言う所に山桜を見に行くのが、恒例となっています。元日本無線の山岳部に居りました関係で、何時も日本無線山岳部主催の花見に参加させていただいております。今年は4月15日(土)に行きました。前日の天気予報では、曇りで気温が低く寒いと云う事でしたが、良い方に予報が外れて日の差す絶好のお花見日和となりました。
 朝9時30分に京王高尾山口を出発、ハイカーが列をなして歩いています。我々パーティーは稲荷山尾根コースを登り、高尾山へ向かう。途中左側の山肌を白に近いピンクの山桜の花が覆っており、美しい。高尾山頂には早くも宴会をしている人達で賑わっている。我々はそこを素通りして先へ進む、山頂を下り少し上るともみじ台である。そこから一丁平までの登り下りは桜並木のようで、今年は満開でグッドタイミングでした。またミツバツツジも満開で赤紫のミツバツツジと薄ピンクの桜との対照は見事なものでした。
 11時10分に一丁平に到着。先に来ていた人が場所を取っていてくれたお陰で広い良い場所を確保できました。今年の参加者は日本無線山岳部関係13名、アロカ山岳部2名三鷹山岳会3名でした。その後30分位遅れて、元富士重工の山岳部がこれは偶然に出会ったのですが10名位合流して、大宴会となりました。今回の料理は豪勢でした、具沢山のトン汁、焼きそば、かに玉、麻婆茄子、おでん、ジンギスカン(これは本物のジンギスカン鍋を持ってきて焼きました)これらは此処に着いてから料理して熱々を頂きます。銘々で持ってきた飲み物、冷たいビール、酒(やかんでお燗をして飲んだり、冷やで飲んだり)、焼酎、その他を出来たての料理と一緒に飲む。う~うめ~これだから一丁平の花見はやめられね~。あれ少し酔ったかな、失礼しました。
3時間程宴会をして、ほろ酔い気分で下山する。下山道は巻き道をとる。その道にはスミレの花が沢山咲いており、マルバスミレ、エイザンスミレ、名前を知らないスミレ、白い小さな草花、黄色いカタバミの花が見送ってくれました。特にスミレに関しては高尾山周辺に25種類が咲いていると云われている。
道々考える、山は高きがゆえに尊からず、三鷹からこんな近くに良い山が有ります。この山を大事にして行こう。私も遠くの山に行くときは高速道路を使うときもあります。圏央道と中央道のジャンクションの工事現場を通る度、あのコンクリートで出来たタコの足みたいなのを見るたび自然が壊されていると切ない思いです。出来るだけ電車で行こうかと複雑な思いで、高尾をあとにしました。
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ピカソとモディリアーニ

2006-09-11 22:41:11 | Weblog
今日は渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにピカソとモディリアーニの時代と題した、美術展に行きました。ピカソとモディリアーニの他にブラック、レジェ、ユトリロ、ルオー、ミロ、クレー、ビュッフェ等の20世紀前半の画家達の絵が有りました。私は以前から抽象画、キュビスム、はあまりなじめないのですが、今回端から説明書きを全部読んでその絵を見て来ましたが、その説明が哲学的なことが多くて私には理解できませんでした。その中で、キュビスムは20世紀初めフランスに興った美術運動で、物体を球体・円錐形・円筒形の基本的形態に分解し、それを点・線・面で幾何学的に再構成させたもの。との説明が有りましたが、これが何となくハ~そんな物なんだ~、と解ったような気がした程度です。私はキュービズム(cubism)は、キュービック(cubic)の立方体から由来した呼び名だと思います、したがってピカソの画などは立方体を重ねたり形を崩したりして、四角形で描いているのが多い様に思います。何はともあれこれからも機会が有れば見に行くと思いますが、今回抽象的な画をずっと見ていたら、ちょうどまん中当たりに、一点だけユトリロの遠近法を駆使した、写実的なパリの街の画がありまして、それに出会ったときは、ホットして幸せな気分になりました。
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御神輿

2006-09-11 00:24:10 | Weblog
今日は八幡神社の御輿が我が家の前を通りました。一時は廃れて御輿が出ない時期も有りましたが、このところ盛大になり、まず最初に若い娘さんが4人並んで錫杖を突きながらチャリン、チャリンと進みその後に子供達が綱を引きながら大太鼓が行き、車の上の舞台でお囃子がピ~ヒャラ、トントン、ピ~ヒャララと続きその直ぐ後ろを4人のオカメとヒョットコが身振り手振りも面白可笑しく歩きながら付いていき、最後に御輿が来ます。下の孫二人が太鼓の綱につかまって引いていきお昼のお弁当2人前(これが結構良い弁当でした)をGetしてきました。私も子供の頃は祭りが面白かったですが、大分前から興味が無くなっておりました。でも今日の行列を見て、ア~、これも日本の文化だな~と見直しました。
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風邪をひきました

2006-09-07 22:49:39 | Weblog

3日の日曜から風邪気味で、月曜から医者に行きまして3日間毎日喉と鼻を治療して貰い、薬も飲んで今日の午後からいくらか楽になってきました。
私は風邪を引くと耳鼻咽喉科にいきます、先ず喉が痛くなり次に鼻水が滝のように出て(少しオーバー)熱が少し出て寝たきりになります。したがって喉にルゴールを塗って貰い、鼻の奥の鼻水を細い管の吸引機で、一気にズズズーと取って貰うのです、それを毎日良くなるまで行きます。昔は内科に行きましたが、薬だけしかくれないので治るのにずいぶん時間がかかりました。やはり鼻や喉に貯まった風邪菌を直に取って貰うと、治りも早いように思います。
おかげで今週はブログをやるのも火曜日のキントレも出来ませんでした。
朝晩は冷え込み日中は暑い日が続くと思いますので、皆様におかれましては、風邪などひかれません様に、御身大切にお過ごし下さい。

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入れ歯

2006-09-02 23:49:48 | Weblog

昨日は電子レンジが壊れ、今日は入れ歯が壊れました。
これからは物からだんだん自分自身が壊れてきそうな感じがします。
でもモーイイカとも思いますが、まだまだ海外旅行に行きたいので、もう少し頑張ります。入れ歯は今日歯医者さんで型をとって新しいのを作ることにしました。
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