学校から帰って 友達と遊び終わり 日が暮れる頃
夕ご飯迄までの間 3軒隣のじいちゃん家に立ち寄る。
ポケットにはミニ折り紙が入っていて それで鶴を折りながら
じいちゃんと一緒に テレビの相撲を観る。
いつもはとても厳格なじいちゃんが 力士の取組みに夢中になり
笑顔で 前のめりに テレビを観る。
時には あぐらの中に座り 一緒に相撲を観た。
大きな身体の横綱力士。 北の湖。
私は 若島津のファンだった。
恐ろしいものが 苦手だった私は
「ゲ~ゲ~ゲゲゲのゲ~」とテーマソングが流れてくると
いつも恐れおののきながら 手の隙間から テレビマンガを観た。
おそらく 人生で初の 奇想天外な恐ろしさ体験は
鬼太郎だったと思う。
強烈に染み込んだ 鬼太郎の世界と相まって
作者の水木しげるが 話す言葉ひとつひとつが 気になって仕方なかった。
最近 移住した場所は洞爺湖畔。
隣町には北の湖記念館がある。
「北の湖」は、故郷にある洞爺湖に因んで三保ヶ関が命名した。
湖を「うみ」と読ませたきっかけは
水上勉の小説「湖の琴」(うみのこと)からの着想という。(wikipediaより)
「強い横綱」とポーカーフェイスの風貌から誤解を招く事もあったが
生涯 相撲の発展の為に努めた大きな ぶれない背中は忘れられない。
大正、昭和、戦争体験をし 生きた 厳格なじいちゃんの記憶と一緒に
ゲゲゲと北の湖は 私の昭和歴史なのだ。