日本では神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

日本は神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

間違った自虐史観を撲滅せよ!日本は欧米の植民地だったアジアで33カ国、アフリカで49カ国が独立させた!

2018-11-03 11:20:09 | 日記

私は教科書問題で今だに自虐史観を教えていると聞き、またなぜマスコミは全て左翼で自虐史観なのか疑問に思い、歴史の本を何冊か読んでみました。

するとまったく違う歴史の真実と我々が自虐史で洗脳されていたことがわかりました。

我々の父祖は戦争で残虐非道な行為をしたのではなく、追いつめられて自存自衛の目的と欧米の植民地にされ、搾取され苦しんでいたアジアの国を独立させるために戦い、その結果アジアで33カ国、アフリカで49カ国が独立するという奇跡が起こしたことがわかりました。

なぜ、この真実を教科書に載せないのか、またマスコミも報道しないのか怒りを覚えました。今の教育やマスコミでは愛国心は無くなり「自分の国は自分で守る」という気概もでてきません。

今のままでは急激に軍事力を増大させている中国に侵略されてしまうかもしれません。

早く、自分の国を守る軍事力を持たなくてはなりませんが国民の今の思いでは難しいと思います

しかし、真実の歴史を伝え、洗脳を解けば誇りと気概は復活すると思います。早急に、全国民に伝えなければ

なりません。


ん。


倒産からの復活――新しく立ち上げた会社で売上げ倍増!!

2018-11-03 11:14:42 | 日記

http://voicee.jp/2015070411201 より転載

「これで、倒産だ」

2001年のはじめ、私は一大決心して起業を決意しました。

そして、折からのエコロジーブームに乗り、環境保全機器の販売代理店を始めたのです。

以前勤めていた自動車関連企業で営業成績がトップクラスだったこともあり、営業には自信がありました。「自分ならできるんじゃないか」と思っていたのです。

しかし、現実は甘くはありませんでした。チラシを配ったり、飛び込みの営業もしましたが、商品が売れません。ついに融資まで断られ、4カ月後、資金繰りが行き詰まってしまいました。

「これで、倒産だ」

体が震えました。

生活費さえ工面がつかない状況の中、不安と悔しさが入り混じり、生きた心地がしませんでした。

そしてある時、実家にいる弟が「一緒に仕事をしよう」と誘ってくれたので、かなり悩みましたが現実を受け止め、廃業の手続きを進めました。

弟と起業して再出発をはかる

私は、技術士をしていた弟と、制御機器メーカーを立ち上げました。

主な仕事は制御盤の製作や電気工事です。図面を見ながら、ドリルで穴を開けたり、細かい配線もします。営業畑を歩んできた私にとって、すべてが初めての経験で大変でした。

不況で注文が取れず、経営面でも厳しい状況です。給料の未払いが続き、とうとう長男を保育園に通わせることもできなくなりました。質素な食事に、着るものすら買えない生活。不安そうな妻の顔を見る度に、心の中で家族に詫びました。

見通しの甘さにより、手痛い思いをし、一度は会社をたたんだ自分です。「今度こそは持ちこたえなければ」という思いでした。

幸福の科学の支部に通うようになった

その頃、以前から入信していた幸福の科学の支部精舎が新しく建立されると聞きました。

「地域のユートピアづくりに少しでも貢献させていただきたい」

以来、会社と支部の発展を祈念して、「経済繁栄・成功祈願」を毎月することに決め、以前にも増して、今ある支部に通うようになりました。

総裁先生の御法話を学んだり、信者の皆さんと語らっていると本当に心が癒されていきます。支部に行く度に、事情を知っている支部長や法友が失意の私を励ましてくれ、何度となく勇気をもらいました。

復調のきざしが見え始めた

ある日のことです。打開策を求めて書籍『発展思考』を読んでいるときにハッとしました。

「人間の心なるものは、ちょうど磁石のようなもの」
「人びとの幸福を願う心を持っている人のところに幸福が集まる」

「私は、相手の幸福を願っていただろうか。注文を取りたい一心で、自社のこと、自分のことばかり考えていたのではないか……」

やるべき事が見えてきました。

私どもの強みは技術力だったので、それをより生かす方向でサービスを充実させることにしました。

部品の販売から、設計、プログラム作成、配線、工事、試運転まで一貫して請け負う、小回りのきいたサービスを売りにすることにしたのです。通常こういう業界では、大手以外ではあまりやっていないことです。

さらに同業他社が敬遠する納期の短い仕事や現場が遠い仕事でも引き受け、お客様の利便性を考えたサービスを打ち出していきました。

ある機械メーカーから初めて注文をとることができ、一気に目の前が明るくなりました。

その後も試行錯誤が続きましたが、徐々に新規の顧客が増え、経営が安定していったのです。

研修を受けて迷いが消えた

そして、中部正心館で経営に関する研修に参加しました。

研修のなかで、これまでのことを振り返っていきました。

倒産によって辛いことも経験しましたが、「人生は一冊の問題集」という真理に表されるように、私の魂を成長させるために必要な試練だったのだと思います。

そして、多くの方に見守られ、ご指導いただきながら仕事をすることができました。今自分がこうしてあるのも、お世話になった方々のおかげであり、目に見えない世界からの導きであったのだと目頭が熱くなりました。

「私心を去って、仏やお客様が喜ばれる選択をしていくしかない」

その後、経営は軌道に乗りはじめ、売上げは3期連続で倍増。従業員も増え、今は社長としてさらなる発展に向けて挑戦しています。

これからも精進して、さらに企業を発展させ、ユートピア建設に貢献したいと考えています。


日本軍の南京占領後、南京に戻ってきた住民達。人口が5万人も増えている。中国は日本が30万人を虐殺したと主張しているが、全くのウソであることがわかる。

2018-11-03 11:08:14 | 日記

すでに多くの人は知っていると思いますが、おさらいです。正しい歴史を知り、日本に誇りをもち、中国の恫喝にき然と反論し日本を守りましょう。


『南京に戻ってきた住民

 南京市の人口は、日本軍の南京への攻撃開始前に約20万人でした。20万人しかいない所で、どうやって30万人を殺せるでしょう。

しかも日本軍の南京占領後、南京市民の多くは平和が回復した南京に戻ってきて、1ヶ月後に人口は約25万人に増えているのです。もし「虐殺」があったのなら、人々が戻ってきたりするでしょうか。


 日本軍の南京への攻撃開始の約1週間前の1937年11月28日に、警察庁長官・王固磐は、南京で開かれた記者会見において、「ここ南京には今なお20万人が住んでいる」と発表しています。

そののち日本軍は12月13日に南京を占領しました。それから5日後、12月18日には、南京国際委員会(南京の住民が集まっていた安全区を管轄する委員会)が人口「20万人」と発表しています。

また12月21日には、南京外国人会が「南京の20万市民」に言及、さらに南京陥落から1ヶ月後の1月14日には、国際委員会が人口「25万人」に増えたと公表しているのです。

 住民が戻ってきました。上智大学の渡部昇一教授によると、南京陥落から1ヶ月後に日本軍が約「25万人」の住民に食糧を配ったとの記録も残っています。

 また占領後、日本軍は、民間人に化けた中国兵と本当の民間人を区別するため、ひとりひとり面接をしたうえで、民間人と認められた人々に「良民証」を発行しています(1937年12月から1938年1月)。

60歳以上の老人と10歳以下の子どもは兵士ではないでしょうから、その間の年齢の人々に良民証を発行し、その発行数16万人に達しました。

南京国際委員会のメンバーとして南京にいたルイス・スマイス教授は、南京の日本大使館の外交官補・福田篤泰氏に宛てた手紙の中で、「この数によれば南京の人口は25万~27万人程度だろう」と書いています。
 このように南京占領後、南京の人口は増えているのです。』

下の写真は
「中国人は日本人カメラマンが行くと、積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。日本兵や日本人を恐れていなかった」

(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後 1937.12.15撮影 南京安全区にて)


韓国大統領、日本にさらなる謝罪求める 「慰安婦教」の開祖は日本人。「従軍慰安婦問題」を最初にでっち上げたのが吉田清治という日本人。反日ムード、反日の教師組合、「性奴隷」の言葉……全て日本人がつくった

2018-11-03 11:07:43 | 日記


https://the-liberty.com/article.php?item_id=13998  幸福の科学出版

本記事のポイント》
・日韓合意は、外交的な"モルヒネ"に過ぎなかった
反日ムード、反日の教師組合、「性奴隷」の言葉……全て日本人がつくった
・まずは、政治家の思考回路や、日本人の意識の中にある間違いを正すべき

韓国の文在寅大統領は10日、新年の記者会見で、日韓合意について、「誤ったもつれは解かなければならない」「日本が心をこめて謝罪してこそ(中略)完全な慰安婦問題の解決だと思う」と述べた。

日韓関係修復のために結ばれた「日韓合意」は、事実上、骨抜きになった。

残ったのは、日本が2015年に「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」と、世界に再発信したという事実だけ。

充分に予想された展開なだけに、日本の自業自得の感も否めない。

その場しのぎで謝罪して、友好関係と政権を延命させるが、時間が経てば必ず効果は切れる。その度に国の根幹は少しずつ蝕まれていく——。日韓合意は、外交的な"モルヒネ"に過ぎなかったのだ。

しかし、日本の"モルヒネ外交"はもう意味がないことに気づかなければならない。そして、「従軍慰安婦の嘘」という病巣を取り除く"根本治療"に、とりかからなければならない


◎韓国の「反日やりすぎ?」ムードを潰したのは日本

そもそも、韓国における「従軍慰安婦の嘘」「反日主義」という病巣自体も、日本が輸出したものだった。

実は韓国にはかつて、「反日教育の内容に、無理があるのではないか」というムードがあったこともあった。韓国では、「日帝が韓国を収奪した」と教えられている。そのことに対して、「根拠に欠ける。むしろ朝鮮人の所得が増えている」という冷静な意見も出ていた。

そのムードを潰したのは、日本の方だった。1982年、日本のマスコミが、「教科書検定において、日本の中国『侵略』が『進出』に書き換えられた」という誤報を出したのだ。

それを機に、韓国の日本に対する猛烈な抗議が始まった。韓国は歴史を冷静に見直す機会を失う。教科書はさらに反日化し、以下のように記述されるようになった。

「日本は帝国主義よりもさらに残忍にアジア各国を蹂躙し、二十世紀の歴史を悲劇で飾った第二次世界大戦を起こした。(中略)このような悲劇は日本の朝鮮強占ではじまった」(『高等学校世界史』1990年)


◎「反日の震源地=全教組」をつくったのは日教組

韓国における"反日の震源地"をつくったのも、日本だ。

それは、韓国における左派の教員労組「全教組」。ここに所属する教師たちは、日本大使館前で行われるデモに生徒を連れ行くなど、韓国人でさえ眉をしかめる「反日教育」を行う。これが、韓国が「反日」でまとまる性質をつくりあげてきた大きな要因だ。

この組織の設立を支援したのは、日本の日教組だった。日教組は80年代から韓国に入り、教員組合のつくり方を指導したのだ。その結果、1987年に韓国では「全教組」が生まれてしまった。


◎「sex slaves」の発明者も日本人

「従軍慰安婦問題」を最初にでっち上げたのが吉田清治という日本人であることは有名だ。しかし、慰安婦に「sex slaves(性奴隷)」というインパクト絶大な訳語をつけ、世界に広げたのも日本人であることは、あまり知られていない。

犯人は、戸塚悦朗という元弁護士。彼は、「従軍慰安婦問題」を国連で取り上げてもらうように、34年間もの間、国連に属する無数の委員会や作業部会に出席して、働きかけ続けた。そして、戸塚氏が「sex slaves」のという訳語を開発。その時、委員たちは初めて関心を示したという。

とうとう1993年、差別防止少数者保護小委員会が戦時奴隷制に関する決議を採決。日本国内の「虚構」が、国際的な「常識」になる発端を開いた。

こうした中で、アジア各国で反日デモが広がる。日本政府はその批判をしのぐために1993年、「河野談話」という最初の"モルヒネ"を打った。その結果、「世紀の冤罪」が確定してしまったのだ


◎さながら「お地蔵さん」と化している「慰安婦像」

韓国における「従軍慰安婦」を、偽宗教になぞらえる声がある。歴史に確固たる誇りがない中、国をまとめるためにつくられつつある「国教」だ。本尊である慰安婦像には、毎日参拝者が訪れ、帽子や服を着せる。お地蔵さんさながらだ。

しかし、そんな偽宗教の開祖や、中興の祖は、軒並み日本人だったことになる。

日本のマスコミが反日という「布教の素地」を整え、日教組が「伝道組織」を立ち上げ、吉田清治と朝日新聞が「基本教義」を立て、戸塚悦朗が「sex slaves」という、「南無阿弥陀仏」さながらの「お題目」を編み出したのだ。

韓国の非常識さを非難する声は、もちろんあるだろう。しかし、「従軍慰安婦問題」を発生させ、ここまで長引かせてきたのは、日本の責任でもある。「まずは、政治家の思考回路や、日本人の意識の中にある間違いを正すべき」という視点が、慰安婦問題解決には必要だ。(馬場光太郎)

【関連記事】
2018年1月9日付本欄 韓国が日韓合意に新方針 「慰安婦」も「北朝鮮」も、解決のカギは日本にある
https://the-liberty.com/article.php?item_id=13995


水田安美の 国連スピーチ全文です。「日本の自分の国が嫌いという考え方「自虐史観」に この戦後70周年の今、終止符を打ちたいのです」

2018-11-03 11:07:16 | 日記

《水田安美 国連スピーチ全文(日本語版)》
今日、私は日本の若者を代表してここへ来ました。


私が伝えたいのは、日本は素晴らしい国だから、自虐史観に終止符を打ちたいこと、
そして皆さんと共に地球規模で幸せを実現するために力を合わせていきたいということを
伝えるために日本からやってきました。

今から日本の素晴らしさを皆さんに伝えます。

まずは、日本の国旗です。

 
このように一見、シンプルな白色の真ん中に赤い丸という国旗です。
この赤い丸は「太陽」だと言われており、日本の信仰の象徴でもあります。


それは、「太陽信仰」といって、天照大神という存在が国家の神として認められて、
日本全体がそれを承認し、今の日本にある皇室制度が成り立っています。
それは「百二十五代」続いています。


その間、途切れずに続いており、系図もはっきり遺っています。
そしてその史実は、少なくとも二千年近い歴史があることは、ほぼ確実です。


「統一王朝として、二千数百年存在する」ということを考えると、
これだけ連綿と続いた国家があるのはすごいことです。


「世界史のなかの奇跡」と言っている人もいます。私もそう思います。


もう一つは、日本の神話です。古事記や日本書紀など日本人が古くから
大切にしている伝統や書物があります。


そのなかに描かれている象徴的なものから「生き方」を学べます。


嘘をついてはいけない、勤勉に生きる、人に優しくするなどといったことが
今ではおじいちゃんやおばあちゃんの口から二千年も語り継がれているのです。


なので、東日本大震災などの大きな災害があっても、お互い譲り合って
一列に綺麗に並び、そして助け合い、復興に向けて努力することができるのです。


このように、日本には「統一王朝や日本の神話が二千数百年の長きに渡って
現在まで大切にされてきたこと」ということは、本当に素晴らしいことで、
これは「世界遺産に匹敵する」ことくらいすごいことだと私は思います。

そして最後に、アジアの植民地解放、アジアやアフリカ諸国の独立に貢献したということです。


第二次世界大戦の敗戦後、天皇陛下の一言で日本人は一斉に武器を捨てました。


そして、その後も日本に帰らず、戦いの現地に残ってその国の独立のために
武器の使い方を教え、共に戦った日本人が多くいます

何故だと思いますか?

それは、他国を侵略したいと思ってないからです。


先ほども述べた日本人の考え方のなかに「困っている人がいたら助けたい」
という、思いがあるからです。

それがよくわかる「インパール作戦」を例に挙げます。


日本ではインパール作戦というと、一番残酷で失敗の作戦だったと習います。
ですが、インドではこのように言われています。


インド国軍50周年記念で現地の方がこう言われたと、
実際その場所に行かれた日本の人に聞きました。


「インパール作戦であれほど日本軍が自分たちの犠牲を払って
戦ってくれたから今この日を迎えられます。そのことに感謝、尊敬しています」


当時の日本人は同じアジア民族としてある民族だけが、肌の色が違うだけで
虐待されるのが許せず、黙って見てられなかったのです。


それは、日本の上の人だけではなく、日本国民が皆そう思っていました。
そうした、神様が見られる視点・地球的正義感を日本人は持っていました


そしてそのアジア独立に感化されたアフリカも独立への動きに変わっていきました。
そんな日本をインドも、アジア諸国の人も尊敬しています。


以前、マレーシアに行ったとき、現地の人に手を握られ、涙を流しながら
「アリガトウ、アリガトウ」と言われたことを今でも覚えています。


私はそれがすべてだと思います。私は日本に生まれたことを誇りに思います。

なので、日本という国はもっと自信を持ってもいいのです。


この国自体が「世界の誇り」であり、「世界遺産そのもの」そう思っていいはずであります。


これを知るだけでもこの素晴らしい日本に生まれた日本人が
「自虐史観」で、自分の国が嫌いという考え方を
変えなければならないということがはっきり分かってくるはずです。


他にも数えきれないくらい、日本の素晴らしいところがたくさんあります。

今、日本は誇りと自信を失いかけています


なぜなら日本は悪い国だと他の国に言われ、
また学校の先生にそう教えられているからです。


私自身も、おばあちゃんから教えてもらっていた日本の歴史と
学校から教わった歴史があまりにも違っていたことから歴史の勉強をはじめました。


そして自信を無くした子供たちは、いじめや犯罪に走ります

私自身も、学生時代いじめられた経験があります。


日本にはあまりにも自分のことが嫌いな子供が多すぎます。


しかし、日本には素晴らしい文化や思想、伝統がたくさんあります。


日本国内でその声を挙げても小さな声にしかなりません。


なので、皆さん一人ひとりが自分の国を愛するように日本のことも愛してください。


幸福を祈ってください。その思いが、日本の子供たちの命を救います。


日本の人々の勇気になります。力になります。誇りと自信に繋がります。


もう、日本の自分の国が嫌いという考え方「自虐史観」に
この戦後70周年の今、終止符を打ちたいのです。

日本が再び誇りと自信を取り戻すことはもちろん、
日本だけではなく世界各国がそれぞれの国で誇りと自信を持ち、
地球規模で幸福と平和と安らぎが実現する未来を私は本気で祈っています。


このスピーチが世界の幸福の一助になることを願います。


日本を絶対にチベットやウイグルのようにしてはならない!自分の国を守るために抑止力を持つべきだ。真なる主権国家として立ち上がろう!

2018-11-03 11:00:29 | 日記

[HRPニュースファイル509]今こそ、真なる主権国家として立ち上がろう!より抜粋

『◆「大中華帝国」の再興を狙う中国

中国は1978年の?小平による改革開放路線によって、それまでの社会主義経済を捨て、市場経済体制に移行しました。

その経済成長は目覚ましく、この二十年のGDPの成長率は実に10%前後で、

GDPはすでにドイツ、日本を抜いて世界第二位の経済大国になっています。



そして中国はその経済力をバックに、驚異的なスピードで軍事力を強大化させ続け、

国防費はすでに日本の防衛費の二倍から三倍となり、アジア最大の軍事大国へと変貌しました。



その目的は何か――それは、かつての「大中華帝国の再興」であり、日本併呑まで視野に入れた、アジアの覇権国家の実現です。

「中華」とは、中国(中華)が世界の中心であり、漢民族以外の異民族は漢民族帝国に膝を屈するものとする思想です。



そこから歴史的な「羈縻(きび)政策(羈は馬の手綱、縻は牛の鼻綱。羈縻とは、手綱・鼻綱で周辺諸国を中国から離反しないように、つなぎ留めておく意味)」や「冊封体制(中国の皇帝が周辺諸国の君主と名目的な君臣関係を結ぶこと)」が生まれました。


「帝国」とは、一人の権力者がその強大な権力によって、自国民のみならず、異民族をも支配する状態を言います。

「覇権」とは、天下に向かい号令をかける権利のこと、あるいはその権利がある状態を指します。

かつて中国史上において、秦、漢、隋、唐、明、清などの王朝が、漢民族居住地域を越えた領域を支配し、アジア全域に影響を及ぼしたように、中国は今、その経済力と軍事力をバックに、再び周辺諸国を支配し、アジアの覇者にならんとの誘惑に駆かられているのです。



◆今こそ、真なる主権国家として立ち上がろう!

私は中国をいたずらに敵視したり、戦争を煽りたいわけでは全くありません。私個人としては、孔子や孟子など多くの思想家を輩出した中国文明には一定の尊敬の念を持っており、中国人の友人も数多くいます。

しかし、ここまで露骨な軍備拡張を行われては、「専守防衛」の立場から考えても、問題視せざるを得ません。

日本もまた国家として、国民と国土を守らなければならないのです。

「自分の国を他国の植民地にはさせない」という、強い意志と気概を持たなければならない時を迎えているのです。

なぜなら、中国は共産党の一党独裁国家であり、マルクスの共産主義思想を核にした唯物論国家です。

その属国となることは、日本がチベットやウイグルと同じ運命をたどる――宗教も、言葉も、歴史も、自由も、思想も、土地も、資源も、全て奪われ、民族全体が奴隷のように扱われ、虐殺され、支配される――ことを意味します。

何よりも今、私たち日本人に求められていることは、自分たちが置かれている状況を理解することです。

つまり、2250年前に始皇帝が興した「秦」にも似た覇権主義の帝国・中国が台頭している現実を直視することです。

私たち日本国民は、このままであれば、十年後、二十年後には日本という国は、中国に呑み込まれて滅びる可能性が極めて高いという事実を知り、今こそ、真なる主権国家として立ち上がるべきであります。(文責・矢内筆勝)