西都モノクローム

西都大好きな男が、徒然なるままに街のこと、写真のこと、空手のこと語ります。

お酒の話しの続き

2010-06-27 21:51:27 | 日記
「アブサン」の香りでいろんな事思い出しました。
私の通った大学は留学生が多いところでした。
東洋の神秘である「KARATE」に興味のある学生も多く、いろんな留学生が短期的に部員になりました。
アメリカ人・オーストラリア人・韓国人・メキシコ人などなど一緒に空手の稽古をしました。
仲良くなった留学生もいます(ここでも、空手を稽古する留学生は男ばっかりでした)メキシコ人の留学生が下宿に遊びに来ました、背は私と変わらないけど、胸板がめちゃくちゃ分厚い男でした。

空手部名物寒中稽古が有りました、真冬のプール(ある年は薄く氷が張っていました)に浸かり、基本稽古を繰り返すものです。
いったいそれがなになると思われる方がいると思います、私も言います「いったいそれが何になったんだ」分かりません、空手の技はその稽古によって鋭くなったとは思えないし・・。
でも、記憶にはくっきり刻まれています、生きるという事は、如何に記憶を積み重ねるかと言う事になれば、それは素晴らしい経験でした。
とにかく寒さを感じないようにするには、バカみたいに必死の力を入れなくては暖かくなりません。
そうすると、冷たさを感じなくなります。
でも上がって暫くすると歯の根が合わないくらい体が震え出します。
で、隣のメキシコ人を見ていると平気な様子です。
それも鼻歌を歌ってる見たいに平気です、外人は体が日本人とそもそも違うんだと思いました。
で、その後(多分この後だったと思います)下宿に来たわけです、彼はおいてあるアブサンを見つけ、飲ませろと言いました。
私の心は「こいつ、これがどんなに強い酒か知らない・・ぐふふ(笑)」で飲ませました、アブサンはリクキュールですから飲み出しは甘く感じます、でもその後がーんと効いてくるわけです。
彼は平気で飲みました、全く平気です。飲みほしてしまいました。別の酒を(角瓶だったかな)のみ、帰って行きました。
私の教訓「メキシコ人の前でお酒が強いなどと言わないようにしよう」を書き留めました。                                                                           
お酒の思い出②「太郎物語」高校時代NHKでTVがありました、三浦朱門、曾野綾子ご夫妻の息子さんを題材にしたTVドラマです。
そのなかでお母さん(曾野綾子さん)が(もしかすると父だったかもしれないけど)太郎に進学のことで言います、それはこういう内容でした、東京にもいっぱい良い大学があるのに、なんで地方都市の名前も知らない大学にあなたは行きたいのと聞き、太郎は学びたい学科がここにあるんだと切り返しました。
ドラマの中で、その大学名は「北川大学」でした。
結構面白いドラマだった記憶があります、さて名古屋の南山大学という大学に進学した私は、高校の先輩(優秀な先輩で松下電器に入社しました)が卒業した後の下宿を借りることにしました。
隣の部屋は同じ大学のサイクリング部の2年先輩で、可愛がってもらいました。
彼と仲の良い同級生が良く下宿に遊びにきていました。
私も仲良くなり、ある時、彼の住んでいるところに遊びに行きました。
なんと彼の部屋は2DKー3DK(多分?)で分譲マンションに住んでいました。
場所は住宅地として名古屋で高級とされる(大学のあるところもそういえば高級住宅地でした)千種か名東区です。
彼の名前は太郎さんと言いい、ドラマのモデルになった方でした。
(そういえば北川をひっくり返すと南山になります)太郎さんは私に、ワイン飲むと言いました。
私は「はい、ワイン大好きです」といいました。
太郎さんがコップについでくれたワインは「赤」でした。
私は一口飲みました、それは渋く甘くもなく思わず「太郎さん、これ腐っていますよ」いいました。
私が今まで飲んでいたのは〇玉〇ー〇ワイン(それが、ワインだと固く信じていました・・田舎者です)だったのです。
太郎さんはバカな後輩を優しい目で見ていました。
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