逃 亡 の 記 録
にのみや あきら
粘液質の底なし沼に足を取られ
足掻けば足掻くほど身体が沈む
すでに腰から下は黒い泥の中
上半身だけでは脱出できない
息絶えて行く苦しさを想像し
面白くもない自分の過去を思い出す
この度胸はどこからきたのか
泥沼に沈む状態を冷静に自分で確かめている
沼は口を塞ぎ鼻を塞ぎ目も塞いだ
最後の髪の毛の毛が沈んでも
私は意識を失わなかった
灰色の夢の世界を
アドバルーンに乗った気分で
どれくらい彷徨い続けただろう
私の死体は陣痛のような痛みを感じ
未知の世界へ放り出された
生きているのか死んでいるのか
意識だけははっきりしている
泥だらけだから君は泥棒だ!
この不可解な言い掛かりで
私を罪人扱いにしたのは
水母のお化けだった
否定に否定を重ねた
相手の態度はいっこうに変わらない
相変わらず泥棒だ泥棒だの繰り返し
こんな水母ごときにやられてたまるか
私は向きになって主張した
だがどうしても理解してもらえない
そのはず私の声は泥の中に埋まっていた
それならと仕草で説明した
私の大げさな身振りが
かえって悪印象を与えたのか
相手の警戒心が強くなった
耳から空気が拔け言葉が口から出た
泥棒!
私は泥棒ではない
泥棒!
私は泥棒ではない
水母の言葉は聞こえたが
私の言葉は依然として通じていない