坐禅会 臨済宗南禅寺派圓通寺

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仏教と徒然草

2020-09-25 | Zazen
『徒然草』第243段 (現代語訳)
私が八歳になった年に父にこのように尋ねた。
「仏とはどのようなものですか」。
父は「仏は人がなるのだ」といった。
また尋ねた。
「人はどのようにして仏になるのでしょうか」。
父はまた「仏の教えによってなるのだ」と答えた。
また尋ねた「(その)教えた仏を誰が教えたのですか」と。
(父は)また答えた。
「それもまた先の仏の教えによって(仏に)なったのだ」。
また尋ねた。
「その教えをはじめた第一の仏は、どのような仏でしたか」と言った。
そのとき父は「空よりふったのだ。土よりわいたのだ」と言って笑った。
「(私は)問い詰められて、まったく答えられなくなった」と人々に語って面白がっていた。

(解説1)
『白隠禅師坐禅和讃』の冒頭に、「衆生本来仏なり・・・」とあります。「生きているものは元々仏の姿である」という意味です。多くの日本人は「死んだら仏さんになる」といいます。日本の仏教各宗派ではそのように説くのでしょうが、禅宗では生きている人が仏さんです。極楽をこの世に実現できるように努力しましょう、と諭すのが禅の教えです。
先般、スリランカ人のお坊さんと話しておりましたら「人は生まれたときからブッダの心を具えている。日ごろはそのことに気がつかない」と話しておられました。同席しておられた日本人禅僧は「スリランカの仏教と日本の禅宗と基本的な教えは同じだ」といって感動しておられました。
兼好法師がこの段を最後においたのは兼好の意図があったのです。それは『徒然草』にある様々な人間模様を通して「仏とは人間のことである」ということを述べたかったのです。ここには「仏の教えによって仏になる」とありますが、禅宗の立場から言えば「仏の教えによって本来仏であることに気がつく」のです。
兼好は見識のある人です。人間や世の中をよく見ていますし、人の話をよく聞いています。ところが本格的な修行僧ではありませんでした。そこに自ら反省するところがあって、きびしい目で様々なこと「つれづれに、よしなしごと」を述べていると思われます。

(解説2)
吉田兼好(1283?~1350?)という呼び名になったのは後の時代であって、中学高校の教科書では兼好法師と表記されているようです。父親は京都、吉田神社の神職で役人でした。兼好は30歳前後まで役人をつとめ、それ以降は僧侶となりましたが、大寺の僧侶というのではなく、いわゆる遁世的な生活をしました。
昭和の代表的文学評論家、小林秀雄(1902~1983)は兼好について「彼には常に物が見えている。人間が見えている。見えすぎている。どんな思想も意見も彼を動かすには足りぬ---『全集第八巻・徒然草』p25」と述べています。
『徒然草』最後の段にこれを書いたのはそのような意味があったのでしょうか。父の思い出とちょっとちゃかした様な文章で、兼好は最後に「仏とは何か」を述べたかったのです。「仏とは人のことである」「仏の教えによって仏になる」「その教えは受けつがれる」という内容がここに込められています。これは禅の教えです。兼好は禅修行をしたという形跡はないのですが、若いころ大応国師(1235~1308)にあこがれていたと伝えられます。
最後に父親が、問い詰められて言った「土より涌きけん」のことばは『法華経』「地涌品」に出てくる地涌菩薩をイメージしたと思われます。苦し紛れに出たことばとはいえ、兼好の父親のことばには論拠があります。兼好の父親は神職でありながら『法華経』をも読んだ教養人だったと思われます。

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